邪神に向けて歩き続ける俺だったが、普通にやれば俺は邪神に辿り着けない。
何故なら俺は現状、試練に挑むオオクニヌシであるからだ。
これほど強制力の強い神話再現だと、俺が試練を投げ出してスサノオ役と接触することは許されない。すでに試練が開始されている以上、俺に用意された選択肢は、試練を成功させるか失敗するかの二つに一つ。
そして俺にとって、現状は成功も失敗もリスクでしかない。
要するに、ほぼ詰みの状態にあるわけだ。
が、使えるものが無いわけでも無い。
「
懐から飛び出した人型が、森の奥へと飛んで行く。
根の国伝説の終盤、第3の試練。
スサノオは背の高い草の生い茂る野に矢を放ち、オオクニヌシにそれを取って来るよう命じた。
オオクニヌシはそれに素直に応じて藪の中へ歩を進め、暫く経ったところで、スサノオがおもむろに野へ火を放った。
火は瞬く間に燃え広がり、矢を探している最中だったオオクニヌシにも見えるほどにその勢いを増してゆく。
既に火に囲まれてしまったオオクニヌシは絶体絶命の窮地に陥るが、そこに現れたのはネズミだった。
「内はほらほら、外はすぶすぶ」
暗号じみたその物言いにオオクニヌシは困惑するが、すぐに意味を理解すると、その場の地面を強く踏みしめる。
すると地面に大きな穴が空き、オオクニヌシはその中で火をやり過ごすことが出来たのだった。
そして更に、探していた矢までネズミが持ってきてくれた。
こうしてネズミのおかげで無事に試練を乗り越えることの出来たオオクニヌシは、矢を携えてスサノオの下に戻っていく。
……この神話から読み取れることは幾らかあるが、着目すべきはネズミ。
この神話から、ネズミはオオクニヌシの使いとして描かれるようになった。
つまり、今の俺はこの島に居るネズミを自由に動かせるというわけだ。
「奴の体内を探れ」
人型がネズミに定着したのを知覚し、俺は命令を下す。
俺の式神と化したネズミたちは、俺の命令を遂行せんと山を駆け、邪神に殺到するが───
「……まぁ、対策されるわな」
奴の体内から飛び出した蛇たちによって、次々と喰われ、散ってゆく。
神話中において、蛇と百足はスサノオ側の味方であるとも取れる。
故にヤツ自身が蛇を使役できたとしても、何らおかしい話ではない。
そして蛇とネズミは捕食者と被捕食者の関係。
こちら側が圧倒的に不利である。
「仕方ない。多少無茶苦茶にはなるが……オオクニヌシの別名は即ち大黒天。大黒天とは即ち仏に転身したシヴァ神であり、シヴァ神は牛を使役する。更に十二支伝説に語られるように、ネズミは牛に騎乗できる動物である。故に、我が眷属たるネズミは牛に騎乗する」
そう言って俺が柏手を打てば、ぞるりと影から湧き出るように、小さな牛が現れ、その上にネズミが乗る。
「……流石に、長くは保ちそうにないか」
ネズミだけならともかく、他神話をベースに無理やり拡張した権能には無理があった。
普通に考えてオオクニヌシ様とシヴァ神がともに大黒天と呼称される存在であっても二つの神がイコールではないし、ここに牛はいない。
向こうが抵抗すれば、すぐにでもこんなハッタリは剥がれてしまう。
が、一瞬の猶予を稼ぐ分には問題ない。
数多の牛とネズミの軍勢が、邪神の体内に突入し───
「【や め て】」
ヤバい、しくじった。
俺がそう思った次の瞬間、牛が溶けた。
ネズミたちが押し流され、蛇に食われて消える。
そうだよな。
そりゃあそうだよな。
オオクニヌシ様の権能を一端でも使わせていただくという事はつまり、今の俺がオオクニヌシであることをより強化する材料となるわけであって。
そうなれば当然、俺の味方である『ゆう』がスセリビメ様であるということをより強化する材料にもなってしまうと、そういうわけだ。
本当にしくじった。
もっと頭を回すべきだったか。
「【つ か っ て】」
俺がポケットにしまっていたハンカチを引っ張り出し、俺に押し付ける。
どうしても神話を進めさせたいのだろう。
向こうにしてみれば、千載一遇の顕現のチャンスなのだから、逃す手はないという事だろう。
無論、そんなことをさせるわけにもいかないが。
「大人しく黙って…………………………………………………………………………いや、使える」
狂気に満ちた『ゆう』の顔を見下ろし、俺はふとある事に気が付いた。
現状打つ手のないこの状況下で、この手は確実に使える。
神話再現を進めず、かつ現状を打破する方法、それを実行するためには、『ゆう』の協力が必要不可欠だった。
そのためには、まずは『ゆう』に起きてもらう必要がある。
だから先ずは───
「【 】」
「【ッ ! ! ?】」
■
悲しい。
悲しいわ。
どうしてだろう。
こんなに悲しいことがあるだろうか。
さっきから、ずっと悲しい気持ちが止まらない。
拒絶された。
なんで?
そうかもしれない。
そうなのかもしれない。
私に何もするなと言った。私に余計なことはするなと言った。
それは仕方がない。
仕方がないほどに悲しい。
意味が分からない。
理解の必要はない。
私は私じゃないのに私で、でも私はやっぱり私だから私のことのように私は悲しくて。
けど私は私じゃないのは明らかでも私が私であるかのように私に話しかける。
私を私として私を認識しているのか、それとも私が私を私として認識したから私は私を感じるのか。
でも、どっちしても。
「「
「そんなことはないが……本当にしくじったな、随分と混ざった」
声が聞こえる。
優しい声だ。
威厳に満ち満ちた、勇ましい声だ。
私の好きな声だ。
聞こえる。
何かを言っている。
否定の否定。
良く分からない。
混ざった? 混ざった?
何が?
混ざっている。混ざっていない。混ざっている。混ざっていない。
何が? 何を? 何に? なんで?
随分。
どうしようもなく私は私である。
私に。
失敗?
どうして?
かわいそうに。
愛おしい。
「ここから回復は……まぁ、出来なくもない、か」
回復?
復活?
蘇生?
悲しそう。
私と一緒。私とも一緒。お揃いだ。
嬉しい。でも悲しい。
「一つ、頼みがある」
「「頼み」」
頼まれた。
頼られた。
必要とされた。
嬉しい。
喜ばしい。
好き。
「あの邪神の腹の中を、探ってきて欲しい」
「「わかった」」
巨大な海流の怪物がこちらを見ている。
悔しそうに歯噛みしている。
怖そう。
いつもの事だ。
とても大きい。
まだ小さい。
難しい事じゃない。
やるしかない。
頼られた。
嬉しい。
「「行ってきます」」
「……もしかしたら、これが最後かもな」