歩く、歩く、歩く。
黒い蛇の濁流の中、小さく短い脚を前に運び続ける。
怖くはない。怖いわけがない。
蛇は私に害を及ぼさない。決して。
見据えるのは、目の前で佇む
なら、私はそれを遂行するのみ。
歩く。歩く。歩く。
濁流は次第に深く、激しくなる。
しかしそれは私の脚が前に進むことの妨げにならない。
蛇は私の体を避けるように進む。
私に興味はないと言わんばかりに。
そして私も、蛇なんかに興味はない。
行かなきゃ。
行くしかない。
頼まれた。
頼られた。
成し遂げなきゃ。
私が
私が
だって、そうでしょう?
私たち、
■
『ゆう』が蛇を掻き分け、怪物の下へ向かうが、蛇は『ゆう』に対し何の反応も示さない。
当然だ。スセリビメ様はスサノオ様の愛娘。大切に大切にと育てた娘に、スサノオ様が蛇をけしかけるわけもない。
たとえそれがそういった『役割』を押し付けられただけの別人だったとしても、『そうである』とみなされる限り、効果はある。
だから、スサノオ役たるアイツがどれだけ抵抗しようと、無駄だ。
何故なら、スサノオはスセリビメを疑わない。疑えない。
スセリビメの企みに、気付けない。
スセリビメの謀略に、嵌らねばならない。
たとえ策もクソもない正面突破だとしても、防げない。
幾ら蛇を放出しようと、体を捩ってその場を脱出しようと試みても、アレがそれに成功することはない。
「互いに、妙なことに巻き込まれて苦労するな? そうでもなきゃ、こんな面倒なことをする必要も無かったんだが」
ふぅと溜息を吐き、『ゆう』を離して空いた手で新たな煙草に火をつける。
力強く吸い込めば灰が全身を廻り、俺という輪郭を補強してゆく。
「さて、見せて貰うぞ、その真っ黒な腹の中」
俺の視界の先で、怪物が苦し気にもがく姿が見えた。
■
歩き続ける。歩き続ける。歩き続ける。
蛇の濁流は既に私の体をすっぽり包んで、吞み込んでいた。
黒。黒。黒。黒。黒。
闇夜よりも暗い黒が視界の先に広がっている。
視覚はもはや機能していない。
聴覚が捉えるのは、蛇同士が擦れ合う音だけ。
上下左右、何処を見ても同じ。どこからも同じ音がする。
方向感覚はもう機能していない。
でもやっぱり、私は足を運び続ける。
ずっと真っすぐ進んできたのだ。
今更進む方向を間違えるわけもない。
だから私は、ひたすらに進み続ける。
そうしていれば、私の体はいつの間にか海水に浸っていた。
「………………ぁ」
けど、私の脚は止まらない。
真っすぐ、真っすぐ、真っすぐ。
何かに導かれるように進んでゆく。
光だ。
光が見える。
黒い光が瞬いている。
闇の奥底で、黒の中で、より黒くて悍ましい何かが、そこにある。
ダメだ。
それはきっと、触ってはならないものだ。
それに触ったら、私は耐えられない。
だから、触ってはいけない。
触っては、いけない。
消えてしまう。
消えたくない。
お願いだから。
触らないで。
お願い。
「───変なの。お祈りするのは、
剣を掴む。
瞬間、黒い光が爆ぜた。
■
「…………は」
黒い光が、奴の体内から迸る。
信じられない程に神々しく、悍ましく、恐ろしい、穢れの爆発だ。
「はは、はははははははは」
あぁ、そうかよ。
納得した。納得したぞオイ。
おかしいと思ってたんだ。
俺が全力で探しても見つからないとか。
目を光らせてたのに、気が付いたら無くなってたんだもんな?
気が付かなかった。
「ははははは、はははははははははははははは、はははははははははは!」
しかし……ああ、納得した。
色々なことに納得した。
お前なんかがスサノオ役に選ばれる時点で、可笑しいとは思ってたんだ。
俺がいくら探しても見つからなかったのも。
俺との争いでこんなことが起こったのも。
「ははははは! はっはははははははははは!!」
嗚呼、ずっとだ!
ずっと探していたんだ!
そこにあったか!
そこにあったのか!
道理で見つからないわけだ!
道理で分からないわけだ!
まんまと持ち去られて、穢されてたんだからな!!
「ようやく見つけたぞ、『草薙の剣』ィ!!」
勝った。
何もかも。
そろそろ完結させるか……