草薙の剣。またの名を天叢雲剣。
かつて高天原を追放されたスサノオ様が退治した八つ首の大蛇、ヤマタノオロチを退治した際、その尾から手に入った、伝説の神器。
古代日本では、大御神より預けられたその強力無比な剣を八尺瓊勾玉、八咫鏡と共に『三種の神器』とし、大御神の血族の証明であり、正当な帝としての証拠として用いた。
しかし源平合戦再終幕、壇ノ浦の戦いにて、安徳天皇と共に海の中に消え、行方知れずとなっていたが……
「そうかそうか、お前が拾ってやがったか……成程ねぇ。お前さてはアレだろう。もとは
海上には赤旗、赤印投げ捨て、かなぐり捨てたりければ、竜田川の紅葉葉を嵐の吹き散らしたるがごとし。
汀に寄する白波も、薄紅にぞなりにける。
主もなきむなしき舟は、潮に引かれ、風に従つて、いづくをさすともなく揺られ行くこそ悲しけれ。
平家物語、能登殿の最期に語られる通り、壇ノ浦の戦いは悲惨そのものだった。
虐殺だ。
船の上にも水底にも死体が積み重なり、平氏の赤旗と血潮で海は薄紅色に染まった。
あの場所には、怨恨も、憎悪も、死も、溢れ過ぎていた。
穢れた者共にとってそこは、絶好の餌場だったことだろう。
その中で───あの怪物は、あの怪物の元となった蛟のような何かは、とりわけ幸運だったのだろう。
たまたま見つけたのだ。
この日本でも最高クラスの神秘を持つ神剣を。
奴は、水底に突き立ったそれを食らったのだ。
その結果があれ、と。
「道理で歪だったわけだ。元々が大きな存在だったと考えるには卑劣が過ぎる。元々が矮小な生物だったとするには俺達の特性を知りすぎている。……はぁ……マジで手こずらせてくれる。小悪党が変に力を持っちまうと厄介っていういい例かね……」
体から力が漏出し、苦しむ怪物の姿を見ながら、俺は煙を吐く。
力の供給源の異変を受け、俺の周囲に居た蛇たちは溶けかかっていた。
「さて……もうタネが割れたなら、後はもう料理するだけだ」
タバコを咥えたまま、俺は怪物を指差す。
「俺は本土より、一人の少女を救うために来訪した神格だ。対してお前は、娘を攫う蛇の怪物。更には、その体内に『草薙の剣』を持つと来たもんだ」
ここまで条件が揃ったなら、むしろそうでなくてはおかしいだろう。
今までは、あの穢れ切った剣を『とにかくすごい剣』とでも曖昧に定義して、生太刀かも知れないと世界に認識させていたのだろうが、こうなってはもう言い逃れできない。
「なら───お前、『ヤマタノオロチ』だろう!」
指を突き付け、そう宣言してやる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!?」
反論するだけの証拠も能力も持たない怪物は、苦悶の声を挙げてその体を変貌させる。
人型に近い姿を取っていた部分は崩れ、8つに分かれた。
「さて……これで、あの怪物は『倒せる』存在として再定義されたわけだ」
スサノオの試練において、オオクニヌシにとってのスサノオとはつまりステージギミックのようなものだった。
戦う戦わないとかではなく、そもそも戦えない。倒せない。そういう存在だ。
だから俺にはアレを直接どうにかすることは出来なかった。
対してヤマタノオロチはどうだろう。
奴がヤマタノオロチとして再定義された今、俺こそがスサノオ役を持ち、『ゆう』がクシナダヒメの役割を担うわけだが。
スサノオならば、ヤマタノオロチを倒せる。
つまり今なら俺は、アイツを殺せるというわけだ。
たとえチートを使ってアイツを殺しても、エラーコードが出ることは無いわけだ。
だが、だからと言ってこのままアイツを倒すわけにもいかない。
というか、今の俺では倒せない。
流石に神格を持った俺でも、実体を伴う『本物の神器』を相手には出来ない。
それに……ほぼ完全に取り込まれた『ゆう』を救い出すことも、今の俺には出来ないし。
救い出したところで、結婚するわけにもいかないし。
穢れた草薙の剣を持ち出しても、今度は本土の方がヤバくなるだけであるが、流石にあれだけヤバい代物を浄化するだけの能力は、今の俺にも、この世界にも存在しない。
あるとすれば、地獄の業火だが……それにしても、時間がかかりすぎる。
だから……うん。
全部解決するために、俺が本気を出すとしよう。
「はぁ……やっぱりここで終わりか。しまったな、あらかじめ挨拶回りとかにでも行って来れば良かったか? だがまぁ、大体の後顧の憂いが断てるのは良かった。草薙の剣が揃えば、三種の神器も正しい形で揃うし、結界も正しい形で展開できる。穢れも、徐々に少なくなっていくだろ」
もうそろそろ、とは。前々からずっと思っていたのだ。
何せ俺はもう長くこの世界に留まりすぎた。
生きていなければ死んでもいない、影が落ちているような状況の中を過ごしすぎた。
煙で何とか形を保って、曖昧な肉体をシャツとコートで覆って。
ずっと、ずっと、今日まで存在を続けていた。
全ては、ホラゲーにハッピーエンドを作るために。
ああ、大変だった。大変だったさ。
『存在しちゃいけない存在』がこんなに長い間、存在を続けるには。
無理矢理に無理矢理を幾つも重ねて。
二次元という影を三次元から落とし続けていたが。
流石に、もう厳しい。
「だから、もうこれで十分だ。ここまでやれれば、もういい。義理は通すから後は頼んだぜ、皆」
流石に、千五百年は長すぎ、ってモンだ。
嬢ちゃん達にも、坊主達にも悪いが……満足しちまったよ、俺は。
瀧もすっかり立派に育ったし、他の連中も後進の育成を頑張ってるみたいだし。
草薙の剣さえあれば、もう俺なしでもいけるだろ。
いい加減、親離れの時間だ。
「さぁて、いくぞ? 俺の最後の大仕事だ。とびっきり派手にやって、とびっきり派手に散ろうじゃあないか」
大きく息を吸い込む。
世界よ、刮目せよ。
「俺のォ!! 名前はァ─────────!!!!」
俺が、“転生者”だ。
■
光を見た。
宇宙を見た。
真理を見た。
黒と闇の中で、私はこの世が書き換わるのを見た。
お兄さんは、その外側にいた。
助けてくれたんだ!
私は安堵して、お兄さんに駆け寄ろうとした。
でも、無理だった。
声をかけようとしても、届かなかった。
近寄ろうとしても、お兄さんはどんどん遠ざかってゆく。
虹には決して近づけないように、お兄さんと私の間に、決定的な何かが隔たっているように。
気が付けば、私の意識は再び光の中に放り出されていて。
どうにかしてお兄さんの元にいかなきゃともがいていたら、海に出た。
あの島の海岸だった。
私の手の中には、大きな剣があった。
それは手放してはならないものだと感じたから、私はそれを持って、お兄さんを探した。
朧げな記憶を辿って、確か山の上に居たはずだと、ぬかるんだ山を必死に登った。
「……ぁぇ?」
お兄さんは、いなかった。
けれど、お兄さんが居た証拠は、そこにあった。
コートが、シャツが、ズボンが、靴が、ベルトが。
まるでそれを着てそこにいた誰かが、一瞬にして消え去ったかのように。
誰かが着ていた状態のままに、そこにあった。
傍には、タバコの吸い殻が転がっている。
「…………うそ」
私の中にあった冷静な心は、状況をしっかりと分析していた。
だから、そんな言葉が出たんだと思う。
お兄さんは、この世から消えたんだ。