お兄さんが消えてしまった事を理解した私は、とりあえずお兄さんの洋服をすべて集めた。
このままここに置いておいてはダメだと思ったからだ。
そうして布の塊を腕一杯に抱えた私だったが、そこから先、どうすればいいか分からなかった。
ここは島だった。そして人はいない無人島だった。
移動する手段は、持ち合わせていない。
どうしようかと途方に暮れていた私が浜辺を歩いていると、お迎えが来た。
白い紙で顔を隠した、和装の男の人たちだ。
私が持っている剣の力に反応して、飛んで来たらしい。
彼らは最初、非常に強い警戒心を露わにし、距離を取りながら私に色々と尋ねてきたが、正直なところ、私に話せることなんて「怪物に襲われたけど、白い髪のお兄さんが助けてくれた」くらいしかなかった。
けれど、その男の人たちにはそれで十分だったらしい。
男の人たちは私を丁重に本州まで返してくれた。
その時の船内で、色々なことを聞かれた。
私が今持っている剣はどうした、だとか。
お兄さんはどうした、だとか。
それに対して、私が話せることは、やっぱり少なかった。
お兄さんが消えた、とだけ伝えたら、俄かに男の人たちの顔色が悪くなって。
泣き出したり、吐く人がいて、どうすればいいか分からなくなって。
そんな中で、お兄さんのコートの中から、一枚のメモ用紙が落ちて来た。
走り書きで、幾らかの単語が書かれていた。
『クサナギ、ゆう、神、同化、たき』
どういう繋がりかは理解できなかったが、何かしらの意味がある単語の羅列とは理解できた。
男の人たちにそれを渡すと、男の人たちは少しだけ元気が出たみたいだった。
暫くすると、男の人たちの内の一人が、紙を外して私に話しかけて来た。
「……えーと、『ゆう』と言ったか」
「はい、『ゆう』です」
「その、すまなかったな。先程は取り乱して」
「大丈夫です。お兄さんが居なくなって、不安なんですよね。分かります」
私の心も、不安でいっぱいだったから。
私が私だからこそ、理解できる。
きっと今の私は、つい数時間前まで、純粋に臨海学校を楽しもうとしていた私じゃない。
多分、あの人と……私の心の中に住み着いたあの人と私は、混ざりすぎたんだと思う。
今の私は、もう小学生だった『ゆう』とは別人だ。
多分……元には戻れない。
「……成程、メモの内容は本当らしい」
「私の名前も、ありましたよね。どういう意味だったんですか?」
「まぁ……引継ぎ……後は頼む、的な文だった。……その指示に従って、君はこれから、とある神社に行ってもらう。それで……もう家族や友人とは、二度と会えない」
「……そうですか」
その言葉を聞いて、私はほっと息を吐いた。
「悲しんでいるようには、見えないな」
「今の私は……前の私とは、多分、違い過ぎるので」
「……そうだろうな、私の目から見ても、君は……見た目の割に、大人び過ぎている」
「そう……ですよね」
以前の『ゆう』は死んだ。
それで、今の『ゆう』が生まれてしまった。
家族や友人ともう会えないのは悲しいが……会った後に『違う』と言われるよりは、いい。
「その剣だが」
「はい」
「我々で預からせてもらう。その剣は、あの御方が我々のために残したものだ」
「……わかりました」
抵抗する理由も、特に無かったので。
私は剣を、男の人に……男の人が差し出した台の上に、置いた。
「……感謝する」
何について感謝されたのかは、分からなかった。
■
「……そう、ですか。遂に、ですか……おぉ、おぉ……」
私の地元と勝るとも劣らない田舎の地に比較的最近築かれたらしい立派な神社に、私は連れてこられた。
そこの神主さんであるという瀧さんに事の顛末を説明すると、瀧さんは涙を流して崩れ落ちた。
「すみません、すみません……泣かないと、嘆かないと、心に決めていたのですが……」
瀧さんが説明するには。
お兄さんは、もう千年以上も前からこの世界に存在していて。
瀧さんとそれより少し前の年代の、寺社の関係者は、幼い子ころからあの人のお世話になっていたらしい。
瀧さんの気持ちは、痛いほどわかった。
だから私は、瀧さんの様子を黙って見ていた。
それから数分ほど経って、瀧さんは漸く涙を納めた。
「時間を取らせてしまいました、すみません。早速、あなたには───」
「───あれ、新しい子?」
「ッ!」
突然、女の人の声が降って来た。
見上げると、そこに居たのは、私よりも幾らか上であるらしい年齢の少女が居た。
綺麗な人だと思った。
同時に、悍ましい人だとも思った。
「……ふぅん」
パチリ、と。目が合う。
その瞬間、私は目の前にいるその人が、同類だと理解した。
きっとあの人も、元は私みたいな普通の女の子で。
何かに巻き込まれて、お兄さんに助けられて、人間じゃなくなった。
そんな、同類だ。
そして向こうも、正しく私の事をそう認識したらしい。
「『かな』さん。またあの人、引っ掛けて来たよ」
「まぁ、お兄さんはそういう人だし……」
それからもう一人、出て来た。
やっぱり、綺麗な人で───さっきの人よりも、私に近い。
そんな感じのする人だった。
「初めまして。『かな』って言います」
「『そら』よ。多分察してもらえてると思うけど、まぁ、先輩って感じかな。あ、『かな』さんが一番上ね」
「は、はい。『ゆう』って言います。お兄さんには、お世話になって……」
「……その肝心のお兄さんが、居ないみたいだけど……?」
『そら』さんが辺りを見渡す。
私は困ってしまった。
同類だから、わかる。
あの人たちも、お兄さんが好きなのだ。
それも……私のように、別の『何か』の影響を受けて好きになってしまったとかではなく、純粋に、お兄さんを好きになって、慕っている。
そんな彼女たちに現実を突き付けていいのか、そう思えてしまった。
いつかは絶対に知らなければならないと理解はしていても、それは今で良いのか。
そう、思えてしまった。
けれど。
「『かな』、『そら』、よく聞いてください。あの御方は消滅しました」
そんな私の葛藤を無視して、瀧さんは即座に現実を突きつけた。
「完全なる消滅です。もはや復活は望めません。……早まった真似など試さないでくださいね。地獄にも極楽にも、その他の場所にも御方の魂はありません。受け入れてください」
「た、瀧さん……!」
あまりにも残酷過ぎる。
そう思って、思わず瀧さんの方を見た。
そうして、気付いた。
彼が、苦しそうな表情をしていることに。
彼もきっと、残酷だとは理解しているのだろう。
しかしその上で、こうするべきと判断した。
だからこそこのように、つけ放すような物言いをしたのだ。
私は瀧さんのその思いを尊重することにした。
ただその上で、彼女たちが受け入れ、立ち直るための手助けをしようと思って───
「そうですか。思ったより早かったのですね」
「そろそろ、とは思ってたけどね。その子を助けた結果、ってとこかしら? あの人らしいって言うか、何て言うか」
「「───え??」」
予想と反して、彼女たちはケロッとした表情でそう宣った。
むしろその冷静さに、私たちの方が動揺してしまう。
「……い、いやいやいや、どうしたんですか二人とも!? あの御方のことが好きだったのでは!?」
「そうですけど……それがどうかしました?」
「な、何かないのですか!? 消えてしまったのですよ!? もう会えないのですよ!?」
「え? あぁ……瀧さんには言ってなかったっけ」
「……は?」
瀧さんの疑問に、『そら』さんは一泊置くと、力強い声で宣言した。
「会えるわよ、お兄さん」
「というか、会えるようにします」
「…………な」
ぞわり。
得体の知れない何かが、私の背中を舐める。
「だって、赦せるわけがないでしょう?」
「私たちをこんなにしておいて、逃げる気満々だったとか、ねぇ?」
「だから、ずっと前から用意してたんです」
「消えるってわかってるんだから、消えた時にどうするか、ずっとね」
「考えて考えて考えて、それで、思いつきました」
「お兄さんをこの世に繋ぎ止める方法を……いや、再び呼び出す方法かな?」
「むしろ、ここからが本番です。ふふ、腕が鳴りますね?」
「ええ。何ならいつ消えるかなって、ずっと待ってたんだから」
何を言っているのか、分からなかった。
理解したくなった。
「……何を、何を、するつもりですか?」
戦慄を隠せない瀧さんが、もはやこの世のものとは思えない雰囲気を纏った彼女たちに問う。
「酷いことはしませんよ」
「ただ……そう、ただちょっと、永遠に私たちに縛り付けるだけで」
「死がふたりを分かつまでとかですらありません。永遠です」
「独占は諦めたわ。でも、添い遂げるのだけは絶対に諦めない」
「縛り付けます」
「釘付けにする」
「絡め捕ります」
「抑え付ける」
「絶対に逃げられないように」
「私たちを拒めないように」
「完璧に」
「確実に」
怖い。
そう思った。
彼女たちは、絶対にそうする。
それだけの何かが、彼女達にはあった。
「……あぁ、そうそう。貴女にも協力してもらうから」
「えっ」
彼女たちの目が、こちらを向く。
「貴女だって、赦せないと思うでしょう?」
「ゆ、赦せない、って」
「あなたがそんな事になったのは、まぁ、間接的にはあの人のせいでしょう? だったら、あの人が責任を取るってのが筋ってもんじゃないの?」
「……」
…………そう、か?
そうだろうか?
それでいいのだろうか?
なんか色々と、それだとダメなような気が……
「おかしいと思わない? あの人、私たちにしたような事、ずっとやってたんですって」
「私たちみたいに人間をやめたのは私たち以外には居ないみたいだけど……それにしても、女の敵ってやつでしょ?」
それは……そうかも知れない。
「責任を取らせなきゃいけないよね?」
「……取らせなきゃ、いけない、かも」
「でも逃げた」
「……赦せない、かも」
「好きにさせるだけさせておいて、ねぇ?」
「有り、得ない……?」
「釣った魚にエサもやらないとか、最低でしょ?」
「さ、最低……!」
そう言われると、何だか色々とムカついて来た。
あれだけ私の事を気にかけて。
文字通り全部をかけて私の事を助けてくれて!
こうして無事に帰してくれて!
けど、この感情をどうすることもせず、消えた!?
赦せるわけがない!!
「「責任、取らせよう?」」
いつの間にか私の目の前まで移動していた二人が、私に手を差し伸べる。
取らないなんて選択肢が、在るわけがなかった。
「取らせる!!」
がしり、と。
私は、その手を掴んだ。
閑話を挟んで最終章です。
FANBOXに「『そら』と『かな』が結託した時の話」を公開しました。