ホラゲーにハッピーエンドを作った男の末路   作:POTROT

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かな③

「があぁ があぁ」

 

 巨大な鴉の鳴き声が聞こえる。

 きっと、痛みが引いて戻って来たのだろう。

 引き続き卵を守るためか、そうでなければ、『かな』に復讐するために。

 鴉は頭がよく、自分に悪さをした人間の顔を忘れないという話は、有名だ。

 

「お兄さん」

 

 そんな鳴き声を聞いて、いつの間にか目を覚ましていたらしい『かな』が、男に向かって話しかける。

 

「お兄ちゃん、変わりかけてた」

 

『かな』が思い出すのは、卵の中に見た、変わり果てた兄。

 健康的だった小麦色の肌ではなく、ピンクと、赤と、白に彩られ、しかし安らかな表情で横たわっていた、兄だったモノの姿。

 

「……(ケガ)()に取り込んだ人間を、(ケガ)()の眷属に作り変える。珍しいことじゃない」

 

「……じゃあ、お婆ちゃんと、お父さんは?」

 

「………………」

 

 たった1週間だ。

 たった1週間で、兄はあそこまで変わり果てた。

 ならば、それよりもずっと長い間この穢れた夜に居るであろう祖母は、父は、一体、どのような姿になっているのだろう。

 

「それを伝えるのは、俺の役割じゃあない。自分の目で確かめて────そして、認めて、サヨナラを言ってやる。それが、嬢ちゃんのするべき事だ」

 

 そして、それをサポートしてやるのが、今の俺の役割だ、と。

 男が立ち上がり、『かな』の手を握る。

 

「次は、西に行く。西にある、川。そこに、嬢ちゃんの父は居る」

 

「川……」

 

 勿論、『かな』はそこに行った事がある。

 ショッピングモールと同じく、何度も、何度もだ。

 夏なんて、父の休みの日の度に遊びに行ったのを覚えている。

 

「……お父さん、お魚さんになっちゃうのかな」

 

 父は、泳ぎが上手だった。

 そんな父が、川にいるのだから、父は魚になっているのではないか、と『かな』は思った。

 

「自分の目で見て、確かめるといい。君のお父さんが、一体何になったのか」

 

 手を引かれて、街の西にある川へと歩いてゆく。

 そして、堤防から川を覗き込んで見れば、そこにあったのは、やはり『かな』の知っている川では無かった。

 川幅は『かな』の知っていたはずのそれに比べて倍以上に広く、比較的穏やかだったはずの流れは、大雨が降った後よりも急で、そして────

 

「……島?」

 

 川の中心には、『かな』の知らない島があった。

 いつも『かな』が遊んでいた、ブランコと鉄棒、砂場とベンチのある公園が、すっぽりと入ってしまいそうなほどの島だ。

 そして、その島には、こちら側の方から伝わる、古臭い木の橋がかかっているようだった。

 

「あの島って……」

 

「穢れた夜だからこそ現れるものだ。あの上に、嬢ちゃんのお父さんはいるぞ」

 

 堤防を降りて、河川敷へ。

 普段はとても開けていて、スポーツの練習に励む人達の姿がよく見えたはずの河川敷は、しかし今はとても背の高い草に覆われていて、ほんの数メートル先すらよく見えない。

 

「げぇこ、げぇこ」

 

 冬だというのにも関わらず、蛙の鳴き声が響き渡る。

 

           「げぇこ、げぇこ」

   「げぇこ、げぇこ」

                        「げぇこ、げぇこ」

 

                 「げぇこ、げぇこ」

 

 「げぇこ、げぇこ」

          「げぇこ、げぇこ」

「げぇこ、げぇこ」

                        「げぇこ、げぇこ」       

 

 「げぇこ、げぇこ」    

          

 

            「げぇこ、げぇこ」

 

 いないはずの蛙が鳴く。

 蛙が鳴く、蛙が鳴く、蛙が鳴く。

 茂みの中から、無数の瞳がこちらを見つめている。

 何百匹、何千匹もの蛙が。

 舌なめずりをして、今か今かとわたしを待っている。

 食べられる。

 きっと、食べられてしまう。

 あっという間に。息吐く間さえ無く。一瞬で。

 気が付いたら、わたしはきっと彼らの胃の中に入っているのだ─────

 

 

 

 

 

「わっ!!」

 

「きゃあぁ!?」

 

 真横から響いて来た大声に、『かな』は悲鳴を上げる。

 キーンと、耳が鳴った。

 

「お喋りをしよう。ここは静かにしているといけない」

 

「お、おしゃべり……?」

 

「そうだ。たわいのない話を、大きな声で、誰を憚るわけでもなく、歩きながら。ではまず俺から話そうか。俺は小さい頃、どうしてもトマトが食べられなかったんだ。どうしても、あのグチャって感覚が嫌いでな」

 

「……わ、わたしも、トマトは嫌い……だよ?」

 

「おー、そうだよなそうだよな! やっぱりトマトは嫌いだよな! まぁ、かくいう俺はもうそんなの克服して、今や大のトマト好きなんだけどな! あっはっはっはっは!」

 

「え、えぇ……!? なにそれ! ずるい!」

 

「ふっふっふ、大人はずるいものなのさ、嬢ちゃんも大人になればわかる……ああ、トマトといえば、俺の友人にな────」

 

 草をかき分け、喋りながら、二人は前へと進んでゆく。

 蛙の鳴き声は、もう聞こえなくなっていた。

 そして、数分も進んでいれば、遂に二人の目の前に木の橋が姿を現した。

 

「さて、それじゃあ嬢ちゃん。今からこの橋を渡るわけだが……お喋りはここでお終いだ。目を瞑って、出来る限り息を殺し、足音を立てないように、ただ俺の手だけを頼りに歩きなさい。何があっても、決して反応してはいけないぞ」

 

「……わかった」

 

 当然、なんで、とか、どうして、とか。

『かな』の中にはいくつもの疑問が浮かび上がって来ていたが、しかし男がそうすべきなのだと言ったのだから、そうするべきなのだと思った。

 目を閉じ、息を殺して、足音を立てないように、手の引っ張る方へと進んで行く。

 

 かた、かた、と。

 一人分の男の足音だけが、川の流れる音に混じって聞こえてくる。

 

 間もなく、酷い悪臭がツンと『かな』の嗅覚を刺激した。

 気にしないように努めつつ、手の引っ張る方へと足を進める。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」

 

 自分の足元を、赤子の鳴き声が通り過ぎて行く。

 気にしないように努めつつ、『かな』は、ひたすらに手の引っ張る方へと足を動かし続ける。

 

「あはははははは」

「うふふふふふふ」

 

 男女の笑い声が、やはり自分の足元を通り過ぎてゆく。

 気にしないように努めつつ、『かな』は歩き続ける。

 

「…………っ」

 

 初めて。『かな』の呼吸が乱れる。

 足首を掴まれた。ひんやりと濡れた何かに、足首を掴まれて、引っ張られている。

 だがやはり、『かな』は努めて気にしないようにしつつ、手の引っ張る方へと進んでゆく。

 自分の足を引っ張ったのが『何』であれ、今の『かな』にとっては、左手に感じる温もりと、左手を引っ張る力こそが信じるべき全てなのだ。

 

 そうして、それから永遠に感じられるような時をずっと歩き続けて────

 

「……もう、いいぞ」

 

 手を引っ張る力が消え、上から声が降ってくる。

 恐る恐る目を開けば、どうやらもう島に着いていたらしい。

 

「今回も、俺はここまでだ。この先に、嬢ちゃんの父はいる。今回もまた、しっかりとサヨナラを告げて来なさい。終わったら、またここでおかえりと言ってやる」

 

「……うん」

 

 男と手を離し、途端に刺すように感じられる寒さと恐怖に抗いながら、島の中心へと『かな』は歩いてゆく。

 そうして、島の中心にそれは居た。

 地を這うのは8本の脚。体を覆う殻は酷く澱んだ玉虫色で、所々に出来た腫瘍のような紅い肉の芽が、グロテスクに蠢いている。

 ぴょこんと飛び出た一対の目玉には真っ赤に充血した白目と、茶色の虹彩、開いた瞳孔を持っていて……そして、一対の鋏は、人の手の形をしていた。

 

「……お父さん」

 

 カチカチと、巨大な蟹が鋏を鳴らす。

『かな』が視線を向けるのは、その左の鋏。

 左の鋏の人間で言う薬指にあたる位置に、暗闇の中で確と光を反射する指輪を嵌めていて。

 その近くには、ケロイド状の火傷跡が見て取れた。

 それは『かな』がひっくり返してしまった、お茶の入った湯呑みから、『かな』を守ろうとして負った火傷だったと、誇らしげに摩っていた父のそれと、全く同じ形をしていた。

 

「……今、サヨナラするからね」

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 軽く息を吐き、タバコの煙を吐く。

 いやはや、危なかった。

 やはり彼岸と此岸を渡す役割を持った『橋』は、霊的に見てとても危険だ。

 

 特にこの橋など。

 (ケガ)()にだけ現れるというだけで既に厄ネタ感満載だというのに、それに加えてこの街の性質まで合わさっているのだから手に負えない。

 

(ケガ)()』の第一作目の舞台である、夜の街が位置するこの場所は、比較的川の下流近くの位置する街で、ここから上流にかけて、かなり長い歴史のある町の数々が並んでいる。

 故に────この場所には、多くのモノが流れ着いた。

 

 腐った食べ物、人の汚物、流し雛、土左衛門(水死体)、船に乗った赤子の死体。

 上流の方で、『よくないモノ』とされ、流されて来たそれらの多くが、流れの関係でこの街の近くに流れ着く。

 

 だからこの街には昔からよくないモノが溜まりやすく、川なんて近寄れたもんじゃない。

 それだと困ってしまうから、近くにあんな神を祀ったのだろうが……

 結果はまぁ、この通り。

 

 人は川を穢し、街を穢し、社をも穢した。

 神様が頑張って浄化してくださっていたのを蔑ろにするかの如く、だ。

 その所業は神の逆鱗に触れ、その在り方を歪ませるのには十分すぎた。

 だからこの街の夜は穢れて、川に流れ着いたモノも、浄化される事は遂になくなってしまった。

 ここには、多くの穢れが流れ着くというのに。

 

「下手に霊感のある奴に見せたら、ひっくり返って死ぬんじゃないかね、コレ」

 

 この島は、この橋は、即ち穢れそのもの。

 溜まりに溜まった歯垢が、歯石となって固形化するように。

 溜まりに溜まった穢れが具現化し、物質化した、穢れの塊とでも表すべきモノ。

 

 当然、渡ろうとすれば、普通の人間ならばロクな目に遭わない。

 少女と俺が平気なのは、俺と少女が少々特別だったからだ。

 

 俺には特別な力があるし────少女には、酷く不本意であるが、この(ケガ)()の主と、臍の緒を通じて縁がある。

 だから、この橋を渡り切ることが出来た。

 

 ……まぁ、原作では俺がいないから、一旦家に帰って庭の隅に捨てられている『結婚指輪』を回収してこないといけないのだが。

 

 さて、そろそろ彼女は戻ってくる頃だろう。

 慕っていた父親との別れに、きっと大きな心の傷を負っているはずだ。

 しっかりと、おかえりを言ってやらなければな────

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「……お父さん」

 

 そう呼ばれた1匹の大蟹は、もうぴくりとも動く事はない。

 最後の最後、『かな』を仕留める寸前で突如として動きを止めたところを、新たに川から現れた4匹の蟹に八つ裂きにされたのだ。

 

 アレは一体、なんだったのだろうか。

 あのまま鋏を振り下ろしていれば、『かな』は今頃潰れた肉塊に変わり果てていたはずなのに。

 ただの気まぐれか、偶然か。それとも、かつて父親だったモノとしての、最後の足掻きか。

 何が正解であるかはわからない。

 何故他の蟹たちが急に現れたのかも、そして『かな』に見向きもせずに川の中へと戻っていったのかも、わからない。

 ただ理解できるのは、父とはこれでお別れであるということだけだ。

 

「今まで、ありがとう。お父さんのおかげで、わたし、ここまでおっきくなれた」

 

 手を、合わせる。

 

「……サヨナラ」

 

『かな』がそう言った瞬間、父だった蟹は朽ちた。

 後に残ったのは幾らかの殻の欠片と、月明かりに照らされる白金の指輪。

 それらにもう一度手を合わせると、『かな』はその骸に背を向け、歩き出す。

 

 

 

 

 

 背の高い草を掻き分けて、橋のところにまで出れば、やはり男はそこに変わらぬ様相で待っていた。

 タバコを咥え、ゆらゆらと煙を漂わせて、変わらずにそこに居てくれた。

 そうして、男はすぐに『かな』が帰って来たことに気付くと、にこりと微笑んで────

 

「────おかえり」

 

「……ただいま」

 

 そう言って、『かな』は男の腰に抱き付く。

 タバコの匂いの染みついたそのズボンに顔を埋めると、父との別れで空いてしまった心の隙間が、すっかり埋まる心地がした。

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