※〈予言:思っていたものと違いました〉
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人智の及ばぬ闇の森
その中でもとびきり異様な巨木がそびえ立つ。
いや、違う。巨木ではない。
あらゆる木々が草が、動物が、争いに負けたケダモノが、ありとあらゆるものが、パッチワークのように繋ぎ合わされた、天をも貫かんとする形容しがたき『何か』
それがケダモノ「アラクネ」の住処だ。
キミは床材、キミは壁、キミは天井。
素敵、まるでいつか聞いたお菓子の家のよう。
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「とまぁ、ここのアラクネというケダモノは中々にとち狂っているわけじゃ」
アラクネの住処で若いアラクネをバタバタとなぎ倒しながら、スクウモノは語った。
戦闘中、ヌースは何度か死を覚悟したが、アラクネの標的はスクウモノであったし、ヌースが流れ弾……流れ糸? に当たりそうになればスクウモノが助けてくれた。
アラクネの住処に突入しなければこんな目にあわなかったのでは、とヌースは思うものの口にはしない。
目の前で起きたのは人食い(ケダモノ)と人食い(ケダモノ)の争いだ。余計な口出しをするには命をかける勇気が必要だった。
なお、余計な口出し程度に命をかけることを蛮勇という。
「しかし、出てくるのは言葉も操れぬガキばかりではないか。いや、すこしでも道理をわきまえているなら我に喧嘩を売る気にならんのは分かるが。アラクネ程度ではな」
口角を上げながら、スクウモノはあざけるように言い放つ。
あざけるようではあるが、あざけっている訳では無い。ただただ強者による事実をぶつけているだけだ。
「我が話をしにきたのだ。ここが巨木の最下層とはいえマトメヤクの1匹や2匹……いや慌てて増えよるの、カカッ、6匹か。出てきておるのだろう。さぁ対話しようではないか」
アラクネの最大限の警戒と隠密をスクウモノは看破する。
スクウモノは己のヒゲを撫でつけながら、言外に言い含む。
もちろん喧嘩でも良いのだが。
「ま、待たれよ祠に住むスフィンクスよ」
アラクネの1体が慌てて表に出てくる。
スクウモノはその瞬間、尾を振るった。
硬質化した尾は音速を越え、他のアラクネが話しかけると同時に、糸でスクウモノを狙ったアラクネを打ち潰した。
「待つよ、我は。お前たちの態度次第だが」
言うと同時に腕を振るった。伸びた腕が我先に逃げようとしたアラクネの胴体を貫く。
他のアラクネは動けない。いつも狩る側だったのだ。このような死をケダモノの形に納めたような存在と対峙した事はない。
いや、アラクネの1体は思う。
生まれたての頃に出会った巨木の長は、似たような存在だったかと。
ボリボリと自らの子供のアラクネを貪り食う長に、次は自分が餌になるのだと覚悟した原初の記憶。
ソレに比べてこのスフィンクスはなんと言ったか。「対話をしよう」と言ったはずだ。
己たちの長よりも話が通じるのなら。
一歩、恐る恐るとアラクネが近づき、口を開く。
「祠に住むスフィンクスよ、なぜ盟約を破り我らの巣へ足を運んだのか」
「ん?」
「そうだ、アラクネの陣地の中、住まう事を許された数少ない盟約の群れよ。なぜ我らの巣に来たのか」
「……ふむ」
アラクネは数が多い。その上、巨木から糸を各地へ張り巡らせることで巨大な陣地を形成している。
スクウモノは改めて考える。確かに祠を中心とした自分のナワバリは、ニンゲンが来る正面以外はアラクネの陣地に囲まれるような形になっていたなと。
いや、正面側も蜘蛛の糸が多かったから振り払ったんだったか。
「……盟約?」
「なっ! 忘れているのかこのナマケモノめ!」
祠にすむスフィンクスはナマケモノ、とアラクネの間でいわれる蔑称に、スクウモノはカカッと笑って返す。
「貴様と結んだつもりはないなぁ、ガキ」
アラクネが息を呑み、スクウモノが腕を振るう。しかし今度はアラクネを狙ったものではない。
巨木の最下層。一番頑丈に作られているその土台を、スクウモノは巨大化させたその腕で、吹き飛ばした。
「うわあああああ」
「おっと、ヌース、そんなとこに居ては危ないぞ」
「危なくない場所ってどこだ!」
メキメキメシメシと、天まで届かんとする巨木が、ただの一撃で悲鳴をあげる。
ボトボト落ちてくる若いアラクネ達と、地に落ちている巨木の影が伸びていく事で巨木が折れる未来をその場にいた誰もが見た。
巨木の超質量による大災害、ソレは不可避であるのだと。
「目が覚めたか、アラクネ」
スクウモノが呟き、手を軽く振るう。
と同時に、ピタリと巨木の揺れが止まる。
この時、外から見ているものがいれば驚愕しただろう。時が止まったかのように、落ちているもの、倒れようとした巨木など、全てのものがピタリと止まったのだから。
「これは一体、何を……」
言われてヌースは気付く。スクウモノが手を払った先、透明な何かが揺れている。
「なっ!?」
一度気付けば、今いる異様な空間が露わになる。
崩れた巨木、空中にいるアラクネ、なにもかもが透明な細い糸で繋がれている。
唯一自由に動けるのが糸を払ったスクウモノと庇われたヌースだけだ。
「な、な、な」
吹き飛ばされた土台部分が糸に導かれて巻き戻しのように元に戻っていく。
その際、若いアラクネやマトメヤクもまとめて壁へと作り変えられていく。
もがくアラクネ達もケダモノだ。あしらえるスクウモノがおかしいだけで、人外としての力をもっている。
それが細い糸から逃れる事が出来ないでいる。
ヌースは、自身に糸が1本でもついていれば、あのように壁の一部になっていただろうと想像して恐ろしく思った。
大部屋にはスクウモノとヌースだけが残った。ガランとした大部屋にどこからか声が響く。
『おひさじゃーん☆ ナマケモノちゃんげんきだねー♪ 今日来たのって何系ー?』
「これは……糸か?」
ヌースは何も無い所からの声に思えたがそこには糸があるのに気付く。おそらく糸の振動で遠方に声を届けているのだろうと推察した。
ヴァレリア王国でも実用化されていなかった通信技術の可能性に、ヌースは震えを抑えることが出来なかった。
『は? キミ誰っすか? うち、ナマケモノちゃんと話してんだけど』
スッと、ナマケモノの尾がヌースを撫でる。ヌースも理解した。今、自分に糸が張られようとしていたのをスクウモノが払ってくれたのだと。
「我の餌よ。手を出さんでくれアラクネ。そなたを殺すのは骨が折れる」
『ナマケモノちゃんの骨ってどこ系ー? ケラケラケラ、え、てか餌連れてるとか何何、おもしろじゃーん』
ケラケラとカカカと、ケダモノ同士が笑う。
友好的にすら聞こえるその会話とは裏腹に、互いに相手を警戒しているのが分かる。
姿を見せないアラクネに、ヌースからは振りほどけ無い力でヌースを抱きかかえるスクウモノ。
きっと油断すればあっさりと殺し、死ぬ。これはそういう関係なのだ。だからこそこの盟約が成り立っているのだ。
『で、まじで何? 寝てるとこ起こされてさー。つまんない事ならオコだぞ☆』
「おお、そうよ、そなたに用があってきたのだ。アラクネ」
ヌースは、なぜスクウモノがアラクネの住処にきたのか、流石に察していた。
まさかとは思っていた。そんなことはないだろうと。
そんな「つまらない事」で危険地帯には来ないだろうと。
「糸をくれ」
『は?』
ヌースは頭を抱えた。
場に静寂が訪れる。
『ナマケモノちゃん、頭おかしくなった?』
「なにおぅ」
ヌースと一緒にするなとスクウモノが怒る。ヌースはますます頭を抱えた。
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かくかくしかじか
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『調理……調理ぃ……? そのままボリボリ食べるのが一番だよ。やっぱ頭おかしいよ』
「なにおぅ」
一触即発の緊張感などすでになく、空気感はグダグダになっていた。
「ふん、我は闇の森随一の美食家よ。悪食には一生分かるまいて」
『あ、でも肉を糸で縛って食べるのはよくやるよ☆』
「何ぃ!?」
それって糸で獲物を捕らえて、そのまま食べるという意味だろう。ヌースはそう思ったが口には出さない。怖いので。
『逆にぃ☆ ナマケモノちゃん、糸使ったことない感じー? ケラケラ』
「ぐぬぬ……糸など頼らずとも百の方法で獲物を料理できるが? できるが!?」
スクウモノの尾が揺れ、パシンパシンと叩く。その度に床や壁が崩れるが、崩れるそばから糸で修復されていく。
『こらこらナマケモノちゃん、図星つかれて恥ずかしいからってお部屋壊さないで。面倒じゃん。糸ぐらいあげるってば』
「んぬぬぬ……スゥーッ……ふん、はじめからそう言えばいいものを」
『うんうん、ナマケモノちゃんは昔から話が通じるから良いよね。あ、そうそう、糸はあげるからさ、ついでにお願い聞いてくれない?』
「む?」
盟約を結んだあと珍しい、というより初めての事にスクウモノは眉を潜める。
糸をもらいにきただけのスクウモノの行動の方が珍事と呼ぶ行動なのだが、それを指摘してもまた住処を壊されるだけだとアラクネはスルーした。
『ウチのナワバリと接触してる西の海の海岸線がさ、どんどん陸地を侵食してるんだよね』
「ふむ」
『それだけなら闇の森のいつもの地形変動だと思えたんだけど、その陸地にいた私の子供が皆帰ってきていないの』
「ほぅ、それで調べてこいという事か?」
スクウモノが一蹴していたが、アラクネの子供もアラクネだ。そこらの魔物や動物など敵ではない。
そのアラクネのもつナワバリが侵食され、帰ってこないとなれば、確かに異常事態だと言えた。
「しかし、それこそアラクネ。お主が調べるべきことだろう。何故我がやらねばならんのだ。糸程度では割にあわん」
面倒くさい。顔にそう書きながら、スクウモノが答える。
糸さえ手に入れば肉の調理に移れるのだ。食事の準備前にそんな雑事をしたくないとスクウモノは考えていた。
『えっとー☆ ウチが動かない理由と、ナマケモノちゃんが行くべき理由があるんだけど』
「ほぅ」
『ウチが動かないのはナマケモノちゃんが大暴れしちゃって、海岸線を調べさせるつもりのマトメヤクが減ったからね』
「む……半分は自分で壁に埋めただろうに。それで、我が行くべき理由は?」
『海だからだよ☆』
「……ん?」
スクウモノは首をぐるりと180°回転させる。
はて。海だからなんだと言うのか。
ピンと来ていないスクウモノを見て、アラクネはため息をつく。
『ナマケモノちゃんって頭は良いと思うけど、凄い知識が偏ってるよね』
「なにおぅ」
『塩』
ピタリとスクウモノが止まる。
『調理するなら塩ぐらいいるよね。ウチでも知ってるけど』
「……」
目が泳ぐスクウモノを見て、ヌースは生で食べるのか聞いた時を思い出す。
あの時は人の姿をした疑似餌の美少女で、今は巨大な猫の姿をしたスフィンクスというケダモノだが、目を泳がせるその動きは、同一の生物なのだと改めて思わせた。
『行ってくれる?』
「……し、仕方ないな、盟約のもと困っているなら、行かせてもらおうじゃないか」
そうスクウモノが答えると、天井で細い糸がシュルシュルと出てきたと思えば球に成形され、スクウモノの手に収まった。
細く透明な糸で作られた水晶のようにすら見えるその球は、人間の世界で国宝として扱われてもおかしくない程の美しさだ。
ヌースが感嘆の息をはくと同時、スクウモノはゲンナリとした顔をみせた。
「なんか……ネバついてる」
思っていたのと違う。
スクウモノはそう思った。
※〈実現:思っていたものと違いました〉