「しかし『生きる』を探すというが、美味い食と比べ漠然としておるのではないか。何かあるのかヌース」
スクウモノからの問いかけに、一先ず殺される事はないようだとヌースは胸を撫で下ろした。
考えがあるかと聞かれれば、ある。
ヌースにとって、生も死も、様々見せつけられた場所。
「……ヴァレリア王国に行こう」
ほぅ、とスクウモノは感心する。
出会った当初、ヌースはヴァレリア王国の反乱について話したが、その時は食われる為に語っていた。
自分の体から余分なものを捨てさる為に、言い捨てていた。
そんな風にヌースが最初に手放した、捨ててしまいたかった記憶の在り処。
ヴァレリア王国。ヌースの故郷。
そこに戻る決断をするのは苦しかろう、辛かろう。
そして、ヌースの表情を見て、スクウモノは読み取る。苦しみとは別に、少しの罪悪感と、自らの浅ましさへの軽蔑を。
「カカッ」
スクウモノは思わず笑いがこぼれた。
ヌースは、スクウモノと共にヴァレリア王国に戻るのは『生きる』問いの為だと理性で理解し、そう在ろうと努めている。
しかし、反乱が起きた故郷に、親しい強大なケダモノを連れていく事に、どうしても期待をよせてしまうのだ。
王城を、家族を、民を。
もはや取り戻せぬ、零してしまった命と栄華を。
無理な事と分かってはいても、ケダモノの力ならばと『スクイ』を求めてしまうのだ。
そして不可能な願いを望むのは浅ましく、無様で、醜い事だと、ヌースは思っているのだ。
可哀想なヌース。
ニンゲンらしくもう少し愚かであれば、そんな苦悩を抱えずにすむだろうに。
そんなヌースに好感を覚えるのは、人に惹かれるケダモノとしての性か、スクウモノとしての自我か。
スクウモノもまた、新たな解けぬ謎への苦悩を胸に秘め、言葉を返す。
「なるほど、ヌースにとって王国は生と死を象徴する世界。答えを探すのにそれ以上の場所はなかろう」
王国に向かう事に同意すれば、ますます苦しい顔を深めるヌースに、スクウモノは思う。
苦しむ顔も嫌いではない。むしろ好物と言える。しかし、しかしだ。
これは旅の目的を新たに、新しい物を見つけにいく為の旅のはじまりなのだ。
もう少し、こう……楽しむべきだろうと。
「ところでヌース、主も知っての通り我は美食を求めていた訳だが、ヴァレリア王国で何か美味な……あー……別に、人がいっぱい居るのだろう、美味しそうだなルンルンみたいな意味ではなく。ヌースが美味しいと感じたものの話をだな」
言葉の途中で、ヌースがギョッとした顔をしたので弁解する。
問いに挑もうとする者の邪魔する気は、元より無い。
スクウモノのそんな思いと弁解が通じたのか、ようやくヌースがぷっと笑ってみせた。
「ケダモノって、人以外も食う……よな? 疑似餌の姿なら人の食べる食事を食べたりしてると思うんだが」
そんなヌースの軽い疑問に、スクウモノは首肯する。
「ならば、王国の店で一緒に食事しよう。反乱のせいでどうなっているか分からないが、例え不味い飯でも友と食うと美味しく感じるものだ」
「それは……不味いのは嫌だな。それに共に食べると取り分が減るだけでは」
スクウモノが思ったままに返答すると、いよいよヌースは腹を抱えて笑ってしまった。
それにスクウモノがムスっとして見せると、いよいよ笑いが止まらなくなる。
「ぬぅ、ヌース!」
「あはははは、すまない。はぁはぁ、スゥー……ふふっ、いや、あまりに可愛らしくて」
美女とされるスクウモノ自慢の疑似餌の姿は問いの時には引っ込めた。
何をもってヌースが可愛いというのか見当がつかないスクウモノは、理解出来ない事にイラつきが溜まってくる。
「他は、何か、美味しいもの」
「あー、ははは、えーっと」
ヌースはスクウモノを少し怒らせたことに気付き慌てて考える。
しかし、元々食道楽という訳ではなく、むしろ食に疎い人間だ。
美味しい食事の記憶を必死に辿る。出てきたものは一つの光景。
「母の……手料理だろうか」
「む?」
スクウモノは疑問を覚える。
「ヌースは王族の三男。それならばその母も王族……輿入れしたとしても貴族の出だろう。それが手料理?」
「母は私と違って食が趣味でね、専用の調理場を作らせるほどだったんだよ。色々食わされたものだ」
ヌースはヴァレリア王国にいた時を思い出す。
「王族って、基本的には冷たい食事しか出来ないんだよ。毒味などいくつかの工程を経て、食事をするんだ。もちろん国自慢の料理人が腕を振るうのだから美味しいのだけど……どうしても味気なくてね」
それは今では記憶の中だけに存在する食卓。
「母がたまに、温かい食事を作ってくれたんだよ。多分、味だけなら料理人の料理の方が美味しいとは思うんだけど……人生で最高に美味しい料理は母の手料理だったよ」
そう言いながら食事を思い出すその顔を見て、どれほど美味しい食事だったのかとスクウモノは思う。
「愛情は最高の調味料とか言うけどそういうことなのかな、はは、参考にならない話で悪いね」
「いや……」
スクウモノは考える。今の話は参考に出来るのではないか。
美食の問いについて、ヌースを調理して食べる事は諦めたが、もしや調理以上に美食に繋がる大切なものが、先ほどの話にあるのではないかと。
「ヌース、我と子供を作らないか」
「は?」
唐突なスクウモノの提案に、ヌースは意表をつかれる。
「考えたのだが、ニンゲンがスフィンクスになる事もあるし、我の疑似餌や変形能力で限りなくニンゲンに近づかせれば、ケダモノとニンゲンの間でも子を成せるのではないかと思う。どうだろうか」
「どうだろうかって、え、ええ?」
スクウモノの疑似餌は美女だ。ヌースの本能はアリというが、理性が全力で否定する。
ケダモノで、人喰いだぞと。
しかし、もし、このまま口説かれたら不味いとヌースの脳は激しく警鐘を鳴らす。
そもそも共に生きようとヌースも言った。家族や番という意味じゃなく、仲間や、ケダモノ風に言えば群れ程度の意味だったが確かに言った。
ケダモノだろうと仲間として、隣人として生きたいと思う程度には親しみを感じているのである。
そこに疑似餌で迫られたら、する。
謎を解いてはないが、ヌースは己がケダモノになる未来が見える。
ごくりと唾をのむヌース。理性は陥落寸前だ。
「な、なぜ」
しかし、僅かな理性と童貞たる称号が、こういう時にしてはならない質問を選択させる。
だが相手は正真正銘のケダモノ。子供を作ろうというアイデアを素晴らしい笑顔で、赤裸々に、つまびらかに、ヌースへと話す。
「子供は愛しいものなのだろう? そして愛情は最高の調味料と言ったではないか。ならば我の子は最高の美食足り得るのではないか!? しかもだ! ニンゲンも小さい獲物の方が柔らかく美味いのだ。産みたてだぞ産みたて!」
ヌースの理性は全回復した。
ああ、そういえばケダモノだったなと。
「はぁ……冗談言ってないで王国に行こう」
「じょ、冗談? いや、冗談では、ヌース? おーい」
1人と1匹は新たな旅に出る。
ヴァレリア王国、ヌースの生まれ故郷。
生きるとは何かその問いの答えを求めて。
そこは生と死が近しい、滅びに向かうニンゲンの国。
争いがあっても、なお、ニンゲンの営みがそこにはある。
そう思っていた。
−−−
燃えていた。
ヴァレリア王国はただ、燃えていた。
城壁は赤々と光り、塔は黒煙を吹き上げ、街路は火の筋で埋め尽くされている。
炎の唸りは獣の咆哮のように絶え間なく、時に空気を裂き、時に石を砕く。
――その轟きの中に、人の声は一つも混ざっていない。
逃げ惑う音も、泣き叫ぶ声も、怒号も、祈りも。
聞こえるはずのものが、すべて欠けていた。
残されているのは、燃えさかる火の音だけ。
ぱちぱちと小さな火の粉が爆ぜる。
ぼうぼうと大きな炎が建物を呑む。
崩れ落ちる梁の衝突が轟音を響かせ、灰が雪のように降り積もる。
その下には人がいない。
転がるのは、焼け焦げて形を失った残骸ばかり。
人の影も、命の匂いも、もうどこにもなかった。
ヌースは立ち尽くす。
耳に届くのは火だけ。
熱に焼かれる肌を、ただ現実の証とするしかなかった。
スクウモノは目を細める。
その瞳に映るのは炎の踊りと灰の舞。
だが、どれほど目を凝らしても、そこに人影は一つとして見つからない。
王国は死んでいた。
死の静けさすらなく、燃え続ける音だけが国を満たしていた。
※〈実現:あなたは1人でした〉
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次の話は8月30日に遊ぶTRPGの内容によって書き足す話。
その為、予定プロットだけここの後書きに挿入します。
次の更新はこのプロット消化後の話となります。
ドラゴンのケダモノとの死闘
ヌースの腕が吹っ飛んで
スクウモノが奮闘してドラゴン倒すが
ドラゴンは元々竜が復活してケダモノ化した存在。
殺したと思っていたドラゴンが復活し、炎を吐く
ヌースがスクウモノを庇い燃え尽きる
スクウモノがキレてドラゴンを砕き、細かいチリにして、大地を持ち上げ、山を作る(西遊記の猿を封印する山みたいなやつ)
ヌースの墓標として山を残し、ヌースの腕を回収してスクウモノは闇の森に戻る