さて、諸君は聞いた事があるだろうか。異世界転生というものを。いや、或いは転移だろうか。どちらにせよ、流行り廃りの速さが加速する昨今において異世界というワードは今やありふれた物でしかないだろう。なんなら日本に限らず世界的にもその言葉は普及しつつある。流石に海外の辞書か何かで異世界というワードがローマ字でそのまま紹介されていたときは笑ったが。話が逸れた、閑話休題。
私はどうやら転移したようで、まさにその渦中であると言えよう。それも、世紀末じみた世界だったのだから、その事実を前に詰みを感じたのも無理はないだろう?
「ふむ」
紹介が遅れた。私は……そうだな。名乗るなら『セールスマン』とでも言おう。以前の名前をここで使うことは躊躇われるのでね。現在私はコーヒショップで注文したコーヒーに口をつけながら新聞を広げる。さながら休憩時間を満喫する会社員だ。しかし、そんな見た目とは裏腹に新聞の内容は随分と物騒で、硬い表情筋の裏では悶絶するかの如く嘆きで溢れている。
「ホロウ内の爆破とはまた派手な事だ」
──『ホロウ災害』というものがこの世界には存在している。その全てを解明した訳でもなく、未だ未解明のものが多いそれは、一度発生すると、そこにいるもの、生き物を侵食し化け物へと変えてしまう。死がない訳ではないが、それでも日々の生活にその匂いがない世界から来た私からすれば、毎日が恐怖でしかない。一歩歩いたら、そこは化け物の巣窟でした、或いは自分が化け物になっている。そんな可能性を常に考えながらなど正気じゃない。そんな訳で私は常にそういった脅威から逃げる為に奔走している。もちろんホロウをどうにかするのが一番いい方法だが、そんな頭など私にはないよ。だから今日も私は生き残れることを願いながら仕事に励むのだ。
「っと、電話か」
スーツの内ポケットからプルプルと携帯が震えている。幾つも携帯を持ち歩いているから誰なのかは分からないが、仕事関係なのは間違いないだろう。
「もしもし」
「おい!話と違うじゃないか──!」
耳に当てた携帯のスピーカーから、怒鳴り声が聞こえて思わず耳から携帯を遠ざける。だというのに、通話相手は怒りを収めることなく怒鳴り声ばかりが聞こえてくる。
「内容はハッキングツールの製作依頼だった筈だ。物は完璧に仕上げた。その後の事は預かり知らないと前もって言ったはず」
「ああ、確かに役立ってくれたさ!だが蓋を開けてみりゃなんだこれは!ハッキング後の操作は全く受け付けねぇ……あの憎き『パエトーン』をあと少しで──」
「そんな事は知らん。ハッキング後のあれやこれはそっちの管轄だろう。」
凡そ想像はついたが。そもそも知識がない人間がハッキング後の事まで頭が回るとは思えない。相手にハッキング後に抵抗されてどうにもならなくなったオチだろう。
「それと、金輪際電話を掛けるな。この電話番号はもう削除予定だからな」
「ふざ──」
相手の言葉を待たずに電話を切り、データの初期化を済ませ店を出てゴミ捨て場に適当に投げ捨てて歩き出す。
「さて……午後も頑張りますかね」
願わくば、今日も生きていられますように。そうしみじみと願いを空に届けながら歩く男の後ろ姿は、サビザンボンプのようだった。