家族が全員死んだ。直接その場を見たわけではない。だけど、家に備えてあるお札が自分の分以外すべて焼け焦げていた。
このお札は一人一人に対応していて、その人に異変があればお札にも異変が起こる。そのお札が僕の物以外に異変が起こったということは家族が全員死んだということだ。
全ての始まりは僕が小学五年生のころ、祖父の住んでいるS地区に遊びに行ったことだった。
まだ春と夏の境目くらいの季節で、日向ぼっこをするにはちょうどいいくらいだった。午前中に川で近所の子たちと遊んだりして疲れた僕は、祖父の家の縁側で日向ぼっこをして休んでいた。
日光の温かさと田舎の静けさと遊びの疲れが合わさって、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
だけど、
「ぽっ、ぽぽぽぽぽぽ、ぽぽっ」
という声が聞こえてきて目を覚ました。最初は何か機械か放送の音かなと思っていた。だけど、すぐにそうじゃないことに気づいた。
祖父の家の塀。高さは2メートルくらいあったはずだ。その塀から赤い帽子をかぶった女が覗いていた。聞こえてきた声はその女の口から出ていた。
最初は逆光で女の顔はよく見えなかった。だから、小学生だった僕は背の高い人がいるんだなと思っていた。だけど、その顔を見た瞬間、そんな考えはなくなった。
その女の顔は痩せこけていて、左右の目の大きさが違っていた。右目は野球のボールくらいの大きさで、左目は縦に10センチくらい伸びていた。鼻はなく、口はぽっかりと大きく開いていて、壊れた機械のように「ぽぽぽ」という声がそこから洩れている。
そんな女が濁った眼で僕を見ているのだ。僕は悲鳴を上げて家の中に逃げ込んだ。
その後、父親と母親にそのことを話し、縁側まで一緒に確認しに行ったが、女の姿は消えていた。
両親は夢でも見たんじゃないかと言って。僕もそうだったんだろうと思いかけていた。
状況が変わったのは祖父が畑仕事から帰ってきて、そのことを話した時だった。
「まずいことになった」
祖父はそう呟くと、どこかに出かけて行った。すぐに祖父は帰ってきたが、その手には大量のお札が握られていた。
「今から明日の朝までお前を離れの近くの小屋に閉じ込める。理由は小屋で話すからついてこい」
両親が何か言おうとしていたが、それよりも早く祖父は僕の手を取って、小屋へ向かった。
「お前は八尺様に魅入られた」
祖父は部屋中にお札を貼りながら言った。
八尺様。大きな女の姿をした怪異で、様々な姿で現れるが、白く長い服と赤いつば広の帽子をかぶった姿が一番多いらしい。
「八尺様」という名前はここ数十年でつけられた名前らしく、昔からこの地区にいた何からしい。八尺様は十数年に一度現れては今の僕のように、誰かに目をつけ、殺す。
ただ、目をつけられた段階では対処法があり、それがお札を張り付けた部屋に一日隔離し、それから地区の外に逃げることらしい。
八尺様はこの地区の東西南北に建つ石塔による結界によってここから出ることが出来ないらしい。
「明日の朝までに必要なものはここに置いておく。明日の朝、この扉を儂が開けるまで誰もここに来ることはない、誰かが来ても絶対に外に出るな、声も出すな。…もう一つ、これを渡しておく。怖くなったら握り締めろ」
お札を貼り終えた祖父は、そう言って小さな木でできた仏像を渡すと、小屋を出ていった。
最初は漫画を読んだりして過ごしていたが、時間がたち、外が暗くなってくると少しずつ不安になってきた。
幸い、小屋に電気は通っていたから暗い中過ごすということはなかったが、それでも一人は怖かった。
どのくらい時間がたったのかわからなく、ついうとうとしてしまっていた。
「おーい、迎えに来たぞ。もう大丈夫だからここを開けてくれ」
声が聞こえてきた。聞こえてきた祖父の声に一瞬返事をしそうになったが、祖父の言葉を思い出し思いとどまった。
祖父は自分が扉を開けると言っていた。それなのに、開けてくれと言うのはおかしい。
「おーい、開けてくれ」
「迎えに来たから一緒に帰りましょう」
「アケロ」
「開けないとお父さん怒るぞ」
「アケロアケロアケロ」
「いるのは分かっているんだ」
一度に知っている人の声と何かの声が混ざり合って聞こえてくる。扉をドンドンと叩く音が途中からさらに混ざり、恐怖で悲鳴が出そうな口を左手で押さえ、右手で祖父からもらった仏像をしっかり握りしめた。
どのくらい時間が経ったのかわからない。いつの間にか朝になっていたようで、祖父が扉を開けて入ってきて、よく頑張ったなとほめてくれた。
後は、この地区を出るだけなのだが、祖父は僕に仮面をかぶせて大きな車に乗せた。
車の中には僕と同じように仮面をかぶった子どもが何人か乗っていた。八尺様に僕が誰か分からないようにするためらしい。
「ぽぽっ、ぽぽぽ、ぽ」
車が走り始めてすぐに声が聞こえてきた。車はかなりのスピードを出しているはずなのに、声は遠くなることなく聞こえてくる。
「大丈夫だ。アレはお前がいることは分かっても、どれがお前かは分からないから手出しをすることはできない」
祖父の言葉通り、声は地区を出るまで聞こえてきたが、それ以外はなにも起こらなかった。
「お前はもうこれから先この地区に入ってはいけない」
祖父はそう僕と両親に忠告して帰っていった。
両親も最初は半信半疑だったが、僕の乗った車にまとわりつくようについていく長身の女の姿を見て、八尺様の存在を信じるようになっていた。
あれから八年、僕は親元を離れて一人暮らしをしていた。祖父にはあれから会っていない。だけど、お互いの安否は分かるようにお札を置いていた。
5日前、祖父のお札が焼け焦げた。両親に電話をしてみたところ、結界を作る石塔が全て破壊されたという連絡があったきり、電話に出ないらしい。両親は何があったのか見てくると言い、僕が引き留めるのも聞かずにS地区へ行った。
1日前、父親から部屋から出るなという連絡があった後、両親のお札が焼け焦げた。
あれから僕は部屋の外に出ずに過ごしている。
幸い、食べ物は買い込んであったから飢えることはなかった。娯楽についてもネットを見ればいいから大丈夫だった。
だけど、家族が全員死んだという事実が僕の精神を削っていった。
一週間がたった。カーテンも閉め切ったまま、外に出ずに恐怖におびえて暮らしていたせいで僕の精神は限界だった。
精神的に弱ってきたせいか、死んだはずの家族が部屋の中にいることがある。
ただ、僕が近づくとその姿は消えてしまい、それがさらに僕を弱らせた。
「おーい、一週間も大学休んでるけど大丈夫か?風邪ひいてるのかと思っていろいろ買ったきたから開けてくれよ!」
もう動くのも嫌になって布団にくるまっていると、大学の友人の声が聞こえてきた。だけど、これは偽物だ。
友人には絶対に部屋に来るなと伝えている。これは八尺様が僕を部屋から出すための罠だ。
「おい!早く開けてくれ!なんか変な女が廊下を歩いてこっちに来てるんだ!絶対アイツヤバい奴だ!」
そのはずだと思っていた。だけど、次に聞こえてきたのは友人の助けを求める声とそれに続いて悲鳴。
まさか本当に友人が来てしまったのか。僕は正常な判断が出来ず、扉を開けてしまった。
「ぽぽぽ」
幼い頃見たあの顔が僕を覗き込んでいた。
腕が伸びてくる。右手の指が一本一本折られる。痛いイタイいたい。足が曲がっちゃいけない方に曲がっている。痛いイタイいたい。髪がわしづかみにされて、皮膚ごと剥がされる。気絶してしまいそうなほどの痛みに襲われているのに、意識ははっきりとしている。目に映るのは楽しそうに僕をいたぶる八尺様の姿。
ああ、ここで僕が死んですべて終わりだ。
そう思った時だった。
「ぽっ!?」
八尺様が驚くような声を上げ、僕の目の前から消えた。
違う、八尺様の腕が何らかの手段で切り落とされ、僕が地面に落ちただけだ。
誰かの足が僕の前を通るのと同時にこれまで感じてきていた痛みが更に激しくなって僕は意識を失った。
名称:S地区の八尺様
交戦地:O県W市
危険度:参番
▼概要
S地区には昔から何かが住んでおり、近年になって八尺様と名付けられたようです。
この個体は「八尺様」の中でも凶暴性が高く、これまでに何人もの人間を殺していますが、十数年に一度、人間を魅入るときと殺害するとき以外はその存在を感知できていませんでした。しかし、今回は異例だったようです。
▼発見経緯
12月10日、S地区において明らかに人間がやったとは思えない方法で殺害された遺体がいくつも発見されました。
また、S地区に作られていた結界が内部から破壊されており、今回の個体のものと思われる穢れが地区から外に伸びていました。
この穢れを追跡したところ、同日17時22分にO県W市において男子大学生をいたぶる個体を発見。交戦に至りました。
▼交戦記録
この個体は人の声を真似することに長けているようで、私の家族や部隊員の声を真似して動揺を誘ってきました。
また、この個体の攻撃には何らかの傷を受けた者を衰弱させる力がある様でした。
そのため、私の攻撃がだんだんと通用しなくなっていきました。
でしたので、わざと捕まり、肋骨までその指を食い込ませることにより『骨斬命断』を発動。17時35分に一撃で祓うことに成功しました。
▼事後処理
根源札は鼠部隊を通して倉庫に送信済みです。この個体も他の「八尺様」と同じく定期的な清掃を行えばよいものと考えられます。
今回の戦闘において肋骨まで届く負傷をしたため、治療のための費用と回復までの家族が生活するための費用の申請をしているため、受理をお願いします。
ー追記ー
今回の個体の被害者である大学生ですが、酷い怪我をしているものの、命に別状はありませんでした。
そのため、機関の管理する病院にて治療を行っています。
また、この大学生についてですが、怪異により死にかけた影響か、精神的に追い詰められていた影響か、どちらかは不明ですが、能力を得ているようです。
彼の意志次第ですが、機関に加入させることも良いかと考えられます。検討をよろしくお願いします。