「鬼を殺せと殿の命だ。もしお前を殺さなければ家族に何があるか分からない」
「…それならしょうがない。だけど、俺もまだ生きたい」
「ならどうしろと言うのだ」
「俺の腕を一本やる。お前はそれで鬼を殺したと言え。俺を見逃してくれるならお前の子孫に俺の子孫が嫁いで繁栄するようにしてやる。鬼に負けないような力も授けてやる」
「わかった。迷惑をかけてすまん」
「気にするな、友よ」
探せばすぐに見つかるような、これと言った特徴もない町が俺の住む町だ。
高校を卒業すればほとんどが進学や就職で出ていくような町、そんなせいで人口もどんどん減っている。
そんな町だが俺は結構気に入っている。
あんまりがやがやしたところが好きではない俺にとっては、この町は住みやすい町だった。
そうして過ごしていたある日、転校生がやって来た。
この町の高校から出ていく奴はたまにいるが、転校生がやって来るなんて聞いたことがなかった。
それはみんな同じであり、その転校生に注目が集まるのは当たり前のことだった。
転校生の名前は
見ていると吸い込まれそうになるくらい黒い髪を長く伸ばし、優雅であるのに親しみやすそうな雰囲気をした彼女は転校初日からいろんな人に声をかけられていた。
山鬼さんは質問攻めにあって最初はあたふたしていたが、一人ずつ順々に答えていた。
俺も初めて見る転校生の話を聞こうと、集団の中に混ざって山鬼さんの話を聞いた。
山鬼さんは立ち振る舞いから分かるように、かなりいいところのお嬢様だった。
一族がいろんな会社を経営していてかなり大きなところだとか。
この町に引っ越してきたのは、父親が新しい事業をこの町で始めようとしているからだと言っていた。
あとは山鬼さんが体調を崩すことが多くなったからその療養とも。
彼女が誰とでも打ち解けれる性格だったからだろう。
本当に転校生かと思うくらい山鬼さんはすぐに学校になじんだ。
たまに休む時もあるが、元気に学校の行事に参加して。
町におかしな噂が流れ始めたのはそれと同じくらいの頃だった。
夜に歩いていると人のものとは思えないような叫び声が聞こえてくるとか、角の生えた何かをみたとか。
ただ、噂の元が酔っぱらっていた人の話だったり、夜一人で歩いていた人の話だったから気のせいだったのだろうで済まされていた。
だが、そんな噂は娯楽に飢えた高校生にとっては貴重な楽しみになる。
噂が本当か確かめようとする人が出てくるのは当たり前だった。
こう言っておいてなんだが、俺も噂には興味があった。
ある休みの日の夜、噂を確かめようとするグループで夜の町の探索が行われて、俺もそれに加わった。
その日はかなり寒く、身体を震わせながら噂の何かを探し続けた。
そうして探し続けて町のはずれの森に差し掛かった頃だった。
「ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
声が聞こえた。
その声は人のものに似ているのに人のものとは違う、かといって獣とも違う声だった。
その声を聞いてグループの何人かは「もう無理」と言い残して帰っていった。
だけど、何人かは恐怖心を押し殺して探索を続けた。
俺もそのうちの一人だった。
残った数人で声の聞こえた方へ近づいていく。
声は聞こえなくなったが、がさがさという音が先ほどの声の主がすぐそこにいることを伝えてくる。
そして、懐中電灯の明かりがそこにいる何かを照らした。
「は?」
その声が誰の口から出たものかは分からない。
俺の口からかもしれないし、他の人の口からかもしれない。
もしかしたら全員の口からかもしれない。
それほど目の前の光景は異様だった。
「?」
俺たちの声に気づいて振り向いた何かの正体は鬼だった。
炎のような赤い髪に顔の上半分を覆う仮面、そしてその仮面のすぐ上から生えている白い角。
古風できらびやかな着物に身を包んでいてとてもきれいだが、その手には小動物が握られていて、口元は真っ赤な血で濡れている。
異様としか言えないその姿にその場にいる全員が動くことが出来なくなる。
「あ…」
鬼の口から洩れた声、その声によって静けさが破られた。
俺以外の全員が叫び声を上げながら逃げていく。
まあ本当に鬼なんてものを見たら怖くてそうなるのが普通だろう。
そうなるのが普通のはずなのに、俺は動かなかった。
目の前にいる鬼、普通であれば恐怖の対象となるそれが怖くない。
むしろ心配するような気持ちと懐かしい何かに出会えたような気持ちが湧き上がってくる。
「大丈夫ですか?」
なぜ自分の口からそんな言葉が出たのかは分からない。
ただ、目の前にいる鬼が何かに苦しんでいるように見えて。
「…」
「…」
鬼からの返答はなく、俺も何も言わず、静かに時間が過ぎていく。
「あっ!」
お互いに何も言わず、動くこともできなかったその時、何もしていないはずなのに鬼の顔を覆っていた仮面の紐が切れ、その顔が露になる。
その顔は良く見知ったもの、山鬼さんの顔だった。
驚きで言葉が出てこず、身体も動かない。
そうしている間に山鬼さんは仮面を拾って森の外へ向かって走り始める。
追いかけようにもその速さは追いつけそうなものではなく、俺は一人静かな森の中に立ち尽くすしかなかった。
翌日、クラスは鬼について正体は何なのかや人間を食べるんじゃないかなどの話題で持ちきりだった。
そんな中、俺も鬼のことを考えていた。
ライトの明かりしかない暗い森の中だが、あの時見えた顔は山鬼さんのもので間違いない。
その山鬼さんは今日もいつもと変わりない様子で学校に来ている。
恐怖のあまり夢でも見ていたのだろうか、そう思って一日を過ごして迎えた放課後、家への帰り道で俺は山鬼さんに呼び止められた。
「…昨日の夜、見ましたよね?」
その一言で昨日の出来事が夢ではなかったのだとわかった。
あの時俺が出会っていたのは山鬼さん本人だった。
「怖がらせてしまってごめんなさい」
山鬼さんが謝ってくるが、気にしないでと言い、彼女の話を聞くことにする。
「実は…」
山鬼さんの話は信じられないような内容だったが、昨日の夜のことがあるため信じるしかない。
話をまとめると、山鬼さんの先祖に鬼がいて鬼としての力を持つ子どもが生まれることがある。山鬼さんはその中でも力を強く受け継いでいて、衝動を抑えられなくなると鬼に変化してしまうことがあり、昨日の夜見たのはその時の姿だったということだ。
「あんな姿を見せておいて言うのもどうかと思うのですが、このことは他の方には黙っておいてもらえないでしょうか。…もちろんただでとは言いません。○○君の望みを一つ、できるだけなんでも聞きます。…言ってください」
そして山鬼さんは俺に提案をしてきた。
あの日見たことを秘密にする代わりに俺の願いを言えと。
「それでいいんですか?」
だから友達になってほしいと伝えた。
山鬼さんは驚いた様子だったが、俺にとってはそれが一番の望みだった。
新しい友達が欲しかったのと、山鬼さんの友達になれば「鬼」のことについて詳しく聞けるようになると思ったのが理由だ。
「わかりました。その、友達としてこれからよろしくお願いします!」
その山鬼さんの言葉に俺は頷いた。
それから俺は山鬼さんとよく話すようになった。
人がいるところでは鬼のことについては話せないから何気ない日常会話を、人がいなくなった放課後には山鬼さんの家のことや鬼のことについての会話を。
山鬼さんは嫌がることなく話をしてくれた。
鬼としての力を持つせいで転校を繰り返してきたこと、いつか自分が完全に鬼になってしまうのではないか不安なこと、俺といると少し落ち着けること。
そんな会話をしながら俺は山鬼さんと仲良くなっていった。
○○君は鬼である私を受け入れてくれました。
きっと怖がられるだろうと思っていたのに友達になってくれて。
転校ばかりで友達の居なかった私にはそれがうれしくてうれしくて。
それに、○○君と一緒にいるとなんだか私は落ち着くことが出来ました。
…だけど、○○君と仲良くなっていくにつれて、彼と離れると鬼としての私が表に出ることが多くなりました。
夜に外へ飛び出して走り回って、自分でもそれを抑えることが出来なくて。
それに、学校にいるときも○○君が他の女の子と話をしているとなんだかもやもやしてしまって。
そんな日の夜は決まって鬼としての私が私を飲み込みました。
そんなことが続きました。だから、○○君に相談しようとしたんです。
最初は嫌われたらどうしようって思って言えなかったけど、今は嫌われてもいいから自分の気持ちを伝えたいって。
そうして○○君のいるところへ行ったとき、見たんです。
○○君が何か手紙のようなものを持って女の子と話をしているところを
しかもその手紙にはハートマークのシールが貼り付けてあって――
「っ、ふふっ。ふふふふふ」
黒い気持ちが湧き上がってきて、私は鬼としての私に呑み込まれました。
名称:
発生地:D県A町
危険度:なし
▼概要
鬼の血を引いた山鬼紅葉という女性が鬼として覚醒したものです。
古風な着物に燃えるような髪、そして頭に生える二本の角と想像される鬼に近しい姿をしていました。
▼発見経緯
A町にて鬼が出るという噂がつい最近確認されました。
そのため一度調査が行われましたが、鬼の発見には至りませんでした。
しかし、2月14日に町の高校にて鬼が出たとの通報が多発。
高校に駆け付けた時には鬼は既に逃げていましたが、痕跡を確認できたため追跡。
町のはずれの森で鬼を発見しました。
▼交戦記録
僕が鬼を見つけると同時に鬼も僕に気づいたようでした。
そして、素早く飛び掛かってきました。
何とかその一撃を躱し、能力を使って鬼をかく乱しようとしました。
しかし、能力を使うと鬼は激高した様でした。
幻影を見ているはずなのに僕の方だけを狙ってきて、躱すことに必死で鬼を攻撃することはできませんでした。
そうしていると一人の男子学生が駆け寄ってきました。
その学生に離れるよう言いましたが、彼は「自分は彼女の友達で助けないといけない」と言って聞きませんでした。
実際、その男子学生を見ると鬼の動きが止まりましたから彼の選択は正しかったはずです。
その隙をついて鬼を羽交い絞めにし、意識を失わせようとしました。
しかし、それよりも速く男子学生が駆け寄ってきて、何かに導かれるように鬼の角を握りました。
そして、学生が力を籠めると鬼の角は簡単に折れました。
鬼は角を折られると同時に意識を失って元の人間の姿に戻りました。
▼事後処理
今回の件は男子学生が別の女子学生から告白されていると勘違いしたことが原因で起こりました。
この勘違いについては男子学生が山鬼紅葉にきちんと説明することで解消された様でした。
今回の件はこれで解決し、山鬼紅葉にもほとんど鬼としての力が残っていないため、今後暴走することはないだろうと判断しました。
一つ疑問なのはなぜ男子学生が鬼の角を折れたかということです。
本来、鬼の角というものは人間の力で折れるものではないのに。
まあ、特に被害が無く終わったのでよしとします。