私、
自分で望んだわけではない。
できることなら私も皆と同じように外を、日の当たる世界を歩きたかった。
だが、私の病はそれを許さなかった。
この世に誕生した時から私を蝕み続けている病、その病は治ることはなくじわじわと私を弱らせている。
大津家にかけられた呪いが私の病の正体だ。
呪いであるためか医者にもどうしようもないようで、私は十歳まで生きることはできないだろうと言われていた。
だが、私の今の年齢は二十だ。死ぬだろうと宣告された年を過ぎても私は生きている。
ただし、皮膚は爛れ、体の中もひどい状態なのか一日に数度は血を吐く。
十歳までは私のことを心配していた家族も、死なずに醜く生き続ける私を恐れて今ではほとんど部屋に来ることはない。
そんな私の部屋に来るのは私の世話をする者がほとんどだ。もっとも、彼らは私が話しかけても答えることはなく、ただ淡々と仕事をするだけなのだが。
あとはごくまれに私が幼かったころの知り合いが来ることがあるくらいだろうか。
それとは別に私の持つ力を頼る方が来ることがある。
大津家には代々普通の人間にはない力を持つ者が生まれてくる。
この力を怪異と呼ばれる存在を討伐する集団に貸すことで大津家は今の地位を築いた。現在でもその集団に大津家は協力している。
私の家族も彼らに助力を求められることはあるが、私が最も頼られることが多い。私の持つ力が最も強いからだ。
もっとも、私は家を出ることが出来ず、怪異がどの様な存在なのか、どのような姿をしているのかは物語の中でしか知らないのだが。
そんなほとんど知識もなく死人同然の私が最も強い力を持つ理由は、生まれた時から死がすぐそばにあったからだろうと私は考えている。
私の持つ力は日光に霊力を付与するというものだ。日の光そのものには魔を祓う力はないがかなりの力を持っている、これに霊力を付与することで怪異殺しの光が完成する。
私が怪異を討伐する集団に協力をする際には彼らから怪異がどこにいるのかの情報をもらい、その場所に霊力を付与した日光を浴びせる。
霊力を付与した日光は建物や木などを貫通する。これでどこに隠れていようが関係なく日光を浴びせることが出来る。
よほど強力な怪異でない限り日光を浴びせれば一瞬で討伐できる。強力な怪異であっても霊力を付与した日光を浴びせ続けた状態で他の者に攻撃されれば対応できないだろう。
とはいっても怪異の討伐へ協力を求められるのも月に一度あるかないかだ。
私の力を必要とするほど強力な怪異が発生しないのは良いことだが、私を訪ねてくる人がいないのは寂しい。
病もだが、孤独こそが私を一番蝕んでいるのかもしれない。
そうして一人で何をするでもなく過ごしていた春の日、庭の砂を誰かが踏む音が聞こえてきた。
誰か昔の知り合いが訪ねてきたのだろうか、それとも怪異を討伐する集団の者が何か用があって来たのだろうか。
そう思い庭の方に目をやると、そこにいたのは見たことのない女性だった。
少し変わった白い着物に身を包み、黒い髪を腰まで長く伸ばした美しい女性。
庭に咲き誇る花々に負けないほど彼女は輝いて見えた。
「あなたのことが好きになりました」
私が突然現れた彼女に驚いていると、私への好意を伝える言葉が聞こえてきた。
最初は聞き間違いかと思っていたが、ここにいるのは私とゆっくりと歩み寄ってくる女性の二人のみ。
聞き間違いでないことはすぐにわかった。
「突然申し訳ありません。私は紅染と申します。…あなたに恋をした者です」
庭から私の部屋に上がってきた彼女は頬を赤く染めて微笑んだ。
「…それは本当か?こんな醜い私を好きになるなんて。そもそも私はあなたのことを知らないのだが」
私はその好意を疑った。
皮膚は爛れ、ほとんど動くこともできないこの私を誰が好きになるだろうか。
それに目の前の女性と私に面識はない。彼女が一体何を考えているのか私には理解できなかった。
「本当です。私は外見で判断をしません。それにあなたは私を見るのは初めてでしょうが、私はあなたを見てきました。あなたが家族から避けられていること、病気に苦しみながらも必死に生き続けていること、誰かと触れ合いたいと考えていること、全て私は分かっています。そんなあなたに私は惹かれたのです」
私の前に座った彼女の表情に嘘をついている様子はない。
彼女の私を見てきたという言葉に違和感は覚えたが、どこかから覗き見たり噂でも聞いたりしたのだろうと結論付けた。
「…こんな私を好きになるなんて物好きなものだ。どうせ私は後数年も生きることが出来ない人間なのに」
そうは言っても私はいつ死んでもおかしくない状態。
確かに孤独は寂しいが、そんな私に構っているなら他の人と過ごした方が良い。
私はそう思い、彼女の好意を断ろうとした。
「それに、「物好きでも良いのです。私はあなたを愛している。あなたをこれからも傍で見続けることが私の望みなのですから」
そんな私にぐっと彼女は顔を近づけて私が続けようとした言葉を遮った。
なぜだろうか、そんな彼女に私は気を許し始めていた。
「わかった、あなたの好きなようにすればいい」
口では彼女と距離を取るようにしたが、私は自分のことを気にかけてくれる人が増えたことがうれしかった。
「ええ、好きにいたします。それではまた会いに来ますので」
彼女、紅染はそう言って私の部屋を出ていった。
なんとも不思議な女性だと私はその背中を眺めた。
それから数日に一度、紅染は私の部屋に来るようになった。
部屋を出ることのできない私に彼女は外の世界のことを教えてくれた。
外の世界ではどんなものが流行しているのか、人々の暮らしはどのようなものなのか、どのような噂が流れているのか。
紅染の手助けで少しだけ動くことが出来るようになった私は、彼女と共に庭を眺めながら話をした。
彼女はいつも突然に用を思い出したように立ち去ってしまうため、少しの寂しさは感じるが、それでもこれまでほとんど誰も来ることのなかった私の部屋に誰かがいること、話をできる相手がいることがうれしかった。
最初は紅染を遠ざけようとしていた私もだんだんと彼女と会うことを楽しみにするようになっていた
だが、私にかかった呪いは意地が悪かったようだ。
二十年の間、じわじわとだけ私を苦しめていた呪いは急激に悪化し、私はほとんど動くことが出来なくなった。
紅染の付き添いがあってもだ。
そんな状態の私がもうすぐ死ぬだろうということを怪異を討伐する集団も耳にしたのだろう。
彼らが私に助けを求めることが多くなった。
私が生きているうちにできるだけ多くの怪異を討伐したいと考えていることもあるが、どうも都での流行り病により強力な怪異が多く発生していて人手が足りないこともあると彼らは言っていた。
私はどうせそれほど長くない命だと彼らに協力した。
それが私の命を削ることになると理解していてもだ。
そうして都に雪が初めて降った日、私は自分が今日死ぬのだと悟った。
呪いが悪化して死がより近づいたからだろうか、私の感覚は研ぎ澄まされていった。
人の気配、誰かの命の途切れる瞬間、どのような存在なのか分からなかった怪異について。
それは自分の生命の終わりにも適用された。
夜、降り積もる雪を見ながら自身の命が終わる瞬間を待っていると、誰かが雪の中を歩いてくる足音が聞こえた。
「紅染、久しぶりだね」
ある日から姿を見せなくなった紅染がそこに立っていた。
「お久しぶりです。中行さま」
雪に溶け込むような白い着物に夜の闇に紛れるような黒く長い髪、初めて私が紅染と会った時と同じ格好だ。
違うことは、彼女の手に刀が握られていることくらいだろうか。
「やはり君は人間ではなかったんだね」
「気づいていらしたのですね」
死が近づいてきたころに研ぎ澄まされた感覚、それによって私は紅染が人間でないことに気づいてしまった。
いや、最初から彼女が人間ではないのだろうとは思っていた。
彼女の言葉やその行動からわかっていた。
それに対して確信が持てたというだけだ。
彼女にもそれは分かっていたようで、その日から彼女は今まで姿を消していた。
「私は怪異、恋から生まれた怪異です。私に刻まれているのは好いた人を殺せというもの。今まではなんとか抑え込んでいましたが、もう無理そうなのです」
ゆっくりと刀を手に紅染が私の方へと近づいてくる。
恐怖はなかった。どうせこのまま苦しんで終わる命だ。最後は好きな者に捧げて苦しまずに死ぬのも悪くない。
「ありがとう、紅染。紅染のおかげで苦しまずに死ねそうだ」
私の前にかがんだ紅染の刀を振るえる手で握り締め、私の弱く振動する場所へ近づける。
「…ゆっくりとお休みください、中行さま」
その紅染の言葉と共に刀が私を貫く。
不思議と痛みはなかった。
だんだんと視界が暗くなっていく中、私の上に誰かが被さるのを感じる。
雪が降り、寒い空気の中、温かいそれを抱きしめながら私はゆっくりと暗闇に落ちていった。