禁忌庫襲撃記録
2月18日23時50分、禁忌庫の門番を務めている鼠部隊隊員より何者かに襲撃されているとの報告あり。救援を求められる。
23時53分、犬部隊を禁忌庫に派遣。犬部隊隊長から禁忌庫の警備にあたっていた隊員は壊滅したこと、これから対処に当たるとの連絡を最後に犬部隊との通信途絶。
2月19日3時15分、犬部隊隊員の一名が禁忌庫に最も近い支部に到着。犬部隊の壊滅と怪異の脱走が起こったことが判明する。犬部隊隊員は背負っていた隊員の治療を求めた後に意識を失う。
3時17分、禁忌庫に烏部隊を派遣。烏部隊により禁忌庫に残っていた怪異は討伐されるも、多数が既に脱走していたことが判明。「牛の首」の脱走も確認される。
3時45分、生存者であった犬部隊隊員は意識を取り戻すことなく死亡。この隊員が治療を求めていた隊員はかなり危険な状態であったが奇跡的に意識を取り戻す。この隊員自身の優れた回復力と治療班の尽力により欠損部位も再生したうえで一命をとりとめる。
5時30分、烏部隊により禁忌庫の調査が完了。襲撃者はほとんど痕跡を残していなかったため、特定は困難であったが、「梵蓮」という怪異が関わっていることは判明した。また、脱走した怪異の数も判明。危険度肆番の怪異を含め、かなりの数が禁忌庫を脱走していた。
6時、上層部より各部隊に今回の件についての説明とこれからの作戦についてが通達される。
一目見ただけでこの中で何が起こっているのかが分かった。
見た目はただの倉庫、それなのに纏っている雰囲気がまがまがしい。穢れが倉庫中からあふれ出している。
禁忌庫、封印されてなお周りに影響を及ぼし、いつ蘇るか分からない怪異を抑えるために強力な怪異の根源札を集め、お互いに牽制し合わせている場所。
そんな場所が襲撃を受けたと連絡を受け、私たち犬部隊が派遣された。
この様子を見るに門番は既に死亡し、内部は復活した大量の怪異で溢れかえっているだろう。
生きて帰れるか分からない。だけど、派遣された以上、私たちのすることは決まっている。
怪異を討伐する。それだけだ。
禁忌庫に入った瞬間、怪異による攻撃が始まった。私たちは事前の作戦通り、複数人で固まって怪異の討伐を始める。
禁忌庫に封印されている怪異ということもあり強力な怪異ばかりだが、復活してすぐだからだろうか。危険度のわりに強くはない。
ただ、数が多すぎる。怪異を一体相手にしていると上下左右全方向から怪異の攻撃が飛んでくる。
そうして戦っているうちに私たちは分断されていった。一緒に行動していた仲間と一人、また一人と離され、気が付けば私は一人になっていた。
かなりの数を片付けたはずなのに怪異は一向に減る様子がない。
仲間はあとどれだけ生きているか、通信が出来なくなった今では分からない。響いていた戦闘音も聞こえなくなってしまった。
そうして目の前に怪異が迫っているにも関わらず、私は自分が死ぬんだろうなということを考えてしまった。
ほんの一瞬、その意識が他のことに向いたせいで私は怪異との距離感を見誤った。
直撃すれば死ぬことは確実な怪異の爪。それを見て私の中でまだ死にたくないという気持ちが湧き上がってきた。
右腕を体の前に構え、怪異の爪を受ける。そして、怪異の爪が右腕に当たると同時に腕を振るい、攻撃をそらす。
右腕に傷は負ったものの怪異の体勢を崩すことに成功した。そのまま足に霊力を集中させ、倒れこんだ怪異の頭を踏み潰す。
そうして怪異をまた一体倒すが、まだまだ怪異は残っている。
右腕の怪我は大したものではない。まだ戦える。
次の目標へ向けて弓を構え、怪異の群れの中へ突っ込む。
あれから何体怪異を倒しただろうか。霊力もほとんど尽き、怪我をした場所を探す方が簡単なほど全身傷だらけになっている。
だというのに怪異はまだまだ残っている。今にも倒れてしまいそうな体に力を入れて怪異に立ち向かうが、かなりきつい。
作り出すことが出来る矢も威力が落ちたものになっているため、怪異に接近するか、わざと近づかれてから撃ち込むという戦い方をしなければならない。
そんな戦い方をしているのだから傷もどんどん増えていく。
それでも諦めずに戦い続け、数十体は怪異を倒しただろうか。
意識がぼんやりとしてくる中、目の前の犬の姿をした怪異の首を吹き飛ばし、次の怪異へ狙いを定める。
そして、矢を放った瞬間だった。私の右腕が消えた。
驚きと遅れてやって来た痛みで意識が一気に鮮明になる。
犬だ。吹き飛ばした犬の怪異の首、それが消滅する直前に私の右腕を食いちぎっていった。
出血と痛みで今度は意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐える。
右腕を失ったが、まだ弓は引ける。残った左腕と両足を使って弓を引き、怪異を一体仕留める。
だが、そこで私は地面に突っ伏してしまった。
霊力が無くなり、出血も激しい。意識が薄れていく。
だんだんと視界がかすんでいく。まだ倒れるわけにはいかないのに動くことが出来ない。
誰かが私を呼ぶ声を聞きながら私はそのまま意識を失った。
「しおり、起きろ」
私の名前を呼ぶ声で目を覚ます。
目を開くと響ちゃんが私のことを迷惑そうな目で見ていた。
「もしかしてまた叫んでた…?」
「叫んでた」
あの日、禁忌庫襲撃のあった日のことを何度も夢で見る。
そのたびに私は叫んでしまっているようで、これまでにも何度かそのことを指摘されている。
「いつもごめんね」
「べつにいい。私もおなじことあるから」
響ちゃんは自分の過去を思い出したのか、少し寂しそうな顔をして部屋を出ていった。
響ちゃんを見送った後、一度はなくなった右腕を眺める。
禁忌庫の中で倒れた私は知世さんに助け出された。
知世さんは自分も酷い怪我をしているのに私を背負い、怪異の猛攻を潜り抜けて禁忌庫の一番近くの支部まで駆け込んだ。
そのおかげで私は助かったが、知世さんは治療の甲斐なく死んだ。
あの件で犬部隊は私を残して全滅した。襲撃を行った者について少しは分かったこともあるが、分からないことがほとんどだ。
生き残った私は烏部隊として犬部隊のときと同じように怪異の討伐任務にあたっている。
最初はあの日のことを思い出してしまって戦えなかった。
他の人にも協力をしてもらいながら少しずつメンタルケアを行い、今では問題なく戦える。
再び戦えるようになった理由で目標を持てたことが一番大きいだろう。
いつか禁忌庫を襲撃した犯人を見つけて殺し、知世さんの仇を取る。
その日がいつになるかは分からない。相手についてもまだまだ分からないことが多い。
それでも私はあきらめない。
私は右手をぎゅっと握り締め、自分の目標をもう一度心の中で反芻した。