怪異調査報告書   作:狐憑

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番外編 鋭先夢乃の残業

「えぇ…また残業ですか?」

 

 慈鳥八雲から仕事についての説明を受け、鋭先夢乃は落胆した表情を浮かべる。

 彼女は既に何件もの仕事をほとんど休みなくこなしていて、目の下には隈がくっきりしており、長い髪も手入れが出来ておらず、ぼさぼさになっている。

 心なしかかけている眼鏡も曇っているように見えた。

 

「これはお前にしかできない、お前にしか頼むことのできない仕事だ。分かっているだろう?」

「まあ確かにそうですけど…」

 

 しかし、自分にしかできないと頼まれると夢乃は断ることができない。

 

「ちゃんと代休を用意してくださいよ…」

 

 書類の山を横に片付け、夢乃は八雲から言い渡された任務へ向かった。

 

 

 

 Y県S村、忘れ去られた神により住民の7割が殺害された村で夢乃は仕事を開始する。

 

「さすがに静かですよね…」

 

 神による惨劇から日が経っていない村は人の気配がなく、とても静かだった。

 

「さて、だいたいのことは狸部隊と狐部隊の皆さんがしてくれますし、私の仕事をしましょうか」

 

 そう呟くと夢乃は眼鏡をぐいっと押し上げ、地面をじっと見つめる。

 

『いた!あそこだ!』

『追いかけろ!』

 

 彼女の眼鏡を通して見えるのは過去のもの。

 今回の神の信者となってしまった子どもがいじめっ子から逃げていく光景だ。

 

「…あんまり見たくないですけど仕事ですからしょうがないですよね」

 

 夢乃の仕事は信者となった子どもが、なぜ信者となってしまったのかについてを調べること。

 そのためには過去の光景を辿り、子どもが神と接触し、神が人を殺していくまでの光景を見なければならない。

 彼女のかけている眼鏡、とある怪異の持っている力を基に作られたそれは過去の光景を映し出すものになっている。

 この眼鏡と最も相性が良いのが夢乃であり、怪異がなぜ発生したのかやその場にいた人物たちが何をしたのかを調査するように求められるせいで、彼女は休みなく働かなければならない。

 

『こっちに逃げちゃだめだ』

 

 夢乃がいじめっ子から逃げていた子どもの足取りのみに注目し追いかけていると、家へ向かう道に先回りしているいじめっ子を見つけたのか、子どもは近くの竹藪の方へ逃げ始める。

 

「あー、そっちに行くんですね…」

 

 竹藪は子どもが一人通ることが出来ればいいほどの狭さの道しかなく、夢乃が通ろうとすれば竹や草などに服や髪が引っかかってしまうだろう。

 それでも夢乃は仕事のために竹藪を通らなければならない。

 

「帰ったらゆっくり休もう…」

 

 腰をかがめて通っても髪が引っかかるなどしてなかなか前に進めない中、夢乃は休みを取る間に何をしようか考えることでイライラする感情を抑える。

 

「ここですね」

 

 そうやってやっと抜けた竹藪の先、既に人が来なくなって久しいであろう開けた空間に、祠が存在していた。

 祠の瓦はほとんどが地面に落ち、木の部分は雨風にさらされたうえに虫に食われてぼろぼろになっている。

 その祠を夢乃は見つめる。

 

『こ、こんにちは』

『誰だ?』

 

 夢乃の眼鏡に映るのは子どもと人型ではあるがその姿が崩壊しかけている神。

 今回の惨劇を引き起こした神と信者となってしまった子どもの出会いだった。

 

『…お前は何を願う?』

『願いですか?』

『そうだ。…お前は誰かから攻撃をされているのだろう?私ならばお前を攻撃する者が二度とお前を攻撃できないようにすることが出来る』

 

 その神の提案に子どもは自分がいじめられないようにしてほしいと願った。

 

「なるほど、これが始まりだったんですね」

 

 惨劇の始まりを目撃した夢乃は納得して頷くと、倒壊している祠に向けて右手をかざす。

 

「空っぽの祠が怪異の寝床にならないように破壊しないといけないんでしたね。…方界残夢」

 

 すると、その右手の周りを囲むように4つの立方体が現れた。

 

「収束」

 

 その立方体は祠を囲むように移動すると、それぞれが祠に向けて光線を放った。

 光線を受けた祠は分解されていくかのように中心から崩れていき、後には何も残らなかった。

 

「これで最初の仕事は終わりですね。次の仕事を始めますか」

 

 祠の消滅を確認した夢乃は来た道を戻る。

 その最中に行きと同じように竹や草に引っかかってイライラしたが、行きと同じように休みのことを考えて自分を落ち着かせた。

 

 竹藪から出た夢乃は再び過去の出来事を追い始める。

 

『お前のことをいじめていた者たちには罰を与えた。またお前がいじめられることがあれば私に言え。再びその者たちに罰を与える』

『あ、ありがとうございます』

 

 竹藪から出た夢乃が見るのは、神の罰によって痛い目にあって逃げていくいじめっ子、それを見る神とその横に立つ子どもの姿。

 

『でも、お礼に何をすればいいのか…』

『礼など必要ない。お前は私を神として崇めろ。それだけで良い』

『わかりました、神様』

 

「なるほど、こうして神と信者の関係が出来たと」

 

 なぜ消えていくはずだった神がその存在を維持できたのか、その経緯を夢乃はしっかりと記憶していく。

 

「続きを見ていきましょうか」

 

 そして過去の痕跡を辿り、村の中心部の方へ向かう。

 村の中心部、人の気配はするものの誰の姿も見ることが出来ない。

 そこに存在するのは村の人口の7割を殺した何かに対する恐れ。

 今回の件が神により引き起こされ、それが解決した今も村の住民たちは再びあの殺戮が始まるのではないかと恐れている。

 

『石を投げつけた罪、殴った罪、蹴った罪、物を奪った罪…』

 

 村の中心部で神は信者である子どもの様子を眺めていた。

 自身の信者に手を出した者には罰を与えたはずなのに、その者たちは懲りずに信者をいじめている。

 むしろ、そのいじめの内容は悪化し、いじめる者の人数も増えている。

 

『その痛み我が身に刻み込んだ。あやつらにその罪の重さを思い知らせねば』

 

 神は信者を助けようとはしない。

 あくまで神は願いを受け入れて叶える存在、信者が望まなければ動くことはできない。

 

「この時はまだまともですね。もう少し先の出来事を見ましょうか」

 

 夢乃は時間を少しだけ進め、神が殺人を犯すようになった理由を探す。

 

『助けてください、神様』

『良いだろう』

 

 そして数日ほど時を進めたところでそれは見つかった。

 信者にとっては再び始まったいじめから助けてほしいという願い。

 だが、神にとってその願いは自身を救った唯一の信者からの願い。

 そして、信者がいなくなれば消えてしまう神にとって、信者を害するものは自らを害するものと同じ。

 神にとって信者を害するものの殺害は人間が自らを害するものを排除することと同じであった。

 

『これで全て。我が信者を害する者は始末したな』

 

 信者からの願いを受けたその日の夜、神はその願いを叶えた。

 いじめっ子たちは罰を受けながらもいじめをやめなかった。

 ならばもう一度罰したところでいじめは続く、それならばもう二度といじめを行えないようにしてやれば良い。

 人であればこれは跳躍した考えであるが、神にとっては関係ない。

 自身の信者を守るためなら神は殺人も厭わない。

 

「…願いを最悪の形で叶えましたね」

 

 夢乃は神がいじめっ子たちを殺害する様子をすべて見た。

 神による殺人は静かに、そして素早く行われた。

 いじめっ子たちは全員が神によって竹藪の中へ連れ去られ、頭部を破壊されて殺された。

 

『やはり不味いな』

 

 神はその死体を貪り喰う。

 神は信者ではない人間からは存在を保つために必要な信仰を得ることはできない。

 それにも関わらず、神が死体を喰うのは神が怪異に近しい存在へと近づいている証拠だ。

 

「このころから変貌し始めていたのですね」

 

 信仰を得るために行った行為が神を墜ちた神へ近づける。

 その様子を夢乃は記憶し、更に先の出来事を見始める。

 

『…神様、僕をいじめていた人に何かしましたか?』

『知らぬな。…だが、この村に良くないものが侵入するのを見た。そのものに連れ去られたのだろう』

 

 いじめっ子たちを屠った次の日、村では子どもが神隠しにあったと大騒ぎになっていた。

 信者である子どもはそれに神が関わっているのではないかと考え、神に直接聞いてみる。

 しかし、神から返ってくる返事は知らないということのみ。

 子どもはそれによって神に疑いを持つが、証拠がない。

 

『悪意のある噂を流した罪』

『頬をはたいた罪』

『疑った』

『睨んだ』

『肩がぶつかった』

『…仕返しをせねば』

 

 日を追うごとに神は些細なことでも罪と認定するようになる。

 信者を守らなければならないという思いが大きくなっていき、神は殺人を繰り返す。

 

『こんにちは。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?』

 

 夢乃は更に時を進めた。

 次に夢乃の目に映ったのは黒瀬永嗣が信者である子どもに声をかける様子。

 神による殺人が隠すことなく行われるようになり、永嗣が先に派遣されて子どもから情報を聞こうとしている場面だった。

 

『この村で怖いことが起きてるって聞いて、調べに来たんだ』

『本当ですか…?』

 

 村での殺人は神によるものだと確信した子どもに神への信仰心はほとんど残っていない。

 子どもは永嗣に神について自分の知っていることを全て話した。

 

「それはまあそうなりますよね」

 

 子どもが望んだのはいじめから救われることであり、その過程で人が死ぬことは望んでいない。

 しかし、神はそんな子どもの気持ちなど知らず、いじめにあたることの範囲を些細なことまで拡大し続けて殺人を犯す。

 子どもからの信仰心はどんどん薄くなっていくというのに。

 

『…そうなんですね、神様を…』

 

 子どもから情報を聞き出した後も永嗣は交流を続けていた。

 そして、子どもに神の討伐をすることが決まったと告げていた。

 

『…?何か物音がするような』

 

 そしてその瞬間はやって来た。

 

『見、つけ、、た』

 

 慈鳥八雲により討伐されかけ、分離することで逃走を続けていた神。

 何度も分離したことで小さくなった体を薄く広げ、神は信者を包み込むように喰った。

 

「…気分が悪くなりますね」

 

 その場面を見届けた夢乃は過去の再生を止める。

 自分の信じた神のせいで村が滅茶苦茶になり、最後には自分も死ぬことになった子ども。

 ただ救われることを望んだだけなのに救われることのなかった子どもの姿、夢乃の顔に苦しそうな表情が浮かぶ。

 

「これで記録の仕事は終わりですね。後は…」

 

 だが、彼女が見たのはあくまで過去の記録。

 今から夢乃がどうしようと変わらないものと割り切るしかない。

 すべてを記憶し終えた夢乃は村の中心を離れた。

 

 

 

「やっぱり発生していますよね…」

 

 村の北東、神が討伐された場所に夢乃は最後の仕事のために足を運んだ。

 そこには様々なパーツを無理やりつなぎ合わせて形にしたような大きな赤ん坊の姿をした怪異がいた。

 

「村の人口の7割も殺されたらそう簡単に忘れられませんよね…」

 

 神の殺戮から生き残った村人たちの脳裏には恐怖が刻まれた。

 その恐怖は神に関する記憶を捏造、消去しても消えず、村を襲った何かが形になった怪異として現れた。

 

「だから私が来たわけですけど。方界残夢」

 

 夢乃は右手を前へ突き出し、立方体を展開する。

 

「収束」

 

 そして、祠の時と同じように怪異を消滅させようとした。

 

「私を害する気かああああああ!!!!!」

 

 しかし光線が怪異へと届く直前、怪異は夢乃の方へ一気に距離を詰めてきた。

 突然のことに対応できなかった夢乃はそのまま怪異の巨大な手で鷲掴みにされる。

 

「はぁ…よりによって最悪のパターンですか…」

 

 村人の恐怖から誕生した怪異に忘れ去られた神の残留思念のようなものが宿っている。

 このまま怪異が成長すれば、神によって起こされた殺戮と同等の被害が出てもおかしくない。

 夢乃には今、この場で怪異を討伐することが求められる。

 しかし夢乃の体は神に握られており、怪異がほんの少し力を籠めるだけで全身の骨を砕かれるだろう。

 

「死ね!」

 

 そして、怪異はそのまま右手に力を籠め、夢乃を握りつぶした

 

「周回断切」

 

 ―はずだった。

 

「面倒くさいですね…」

 

 夢乃を握りつぶそうとした怪異の右手、そのすべての指が根元から切断されていた。

 怪異の指を斬り落としたのは夢乃の周囲を回転する立方体から伸びる光線。

 夢乃は自身の周囲に方界残夢を展開することで怪異の手から抜け出した。

 

「時間がかかるのは嫌なんですぐに終わらせますねー」

 

 振り下ろされた怪異の左手を悠々と回避した夢乃は立方体の上に乗り、宙へ浮かぶ。

 怪異は宙に浮かぶ夢乃へ攻撃しようとするが、地を這うものが空を飛ぶものに手を出すことが出来るはずがない。

 

「四面裁断」

 

 夢乃の周囲に浮かぶ立方体は数を増し、12個となっていた。

 そのうちの4つが怪異が外に逃げることが出来ないように結界を作り出す。

 怪異はその結界を破ろうとするが、結界に触れると体がぼろぼろと崩れ落ちるため出来ない。

 

「収束」

 

 そしてどうすべきか考える暇もなく残りの立方体から光線が放たれ、怪異の体はみるみるうちに崩れて小さくなっていく。

 

「これで終わりですね。夢減積層」

 

 そして、残ったひとかけの肉片。

 根源札を守る肉片は夢乃の放った立方体に押しつぶされて消滅した。

 

 

 怪異の消滅を確認した後、夢乃は地面に降りて根源札を回収した。

 そして、狸部隊に改めて村人たちの記憶処理を行うように指示を行って本部への帰還をする。

 

「はあぁぁぁ…これでやっと休める…」

 

 何日も続いた仕事がやっとひと段落した夢乃は休日の間何をして過ごそうか考え、うきうきとした表情になっていた。

 

 

 結局休日のほとんどを寝て過ごしてしまい、「私の馬鹿!」と叫ぶことになるのは別の話である。

 

 

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