Fate/Grand Rail - 千の異星紀行   作:TheLazyMan

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 ――時は少し遡る――

 

 

 作戦司令室は、()()()()だった。

 星の命運を左右する作戦が間もなく始まるというのに、誰もが余計な口をつぐみ、必要な報告のみが司令室内にもたらされる。それとて、強い緊張を抱えた硬い口調であった。

 

 レフ・ライノールは、まるで能面のような感情を見せぬ面持ちであった。作戦がこの段階へ進行するまでに、既に彼の思惑はほぼすべてが達成されていた。

 予定通り、余計な顔ぶれは排除されている。彼にとって作戦進行上の懸念事項であった者は、作戦司令室の外へと配置するよう所長に働きかけていた。つまりここにいるのは、レフ本人が手を下すことによって命を落とす者ばかり。人知れず、己の命を天秤に乗せられた哀れな運命の犠牲者なのだ。

 …運命、といっても、それは誰かが定義した、限りなく単調で、そして絶対的な結末であるが。

 

 不意に。壁際のモニター群のうち、1台のモニターに不規則な点滅が生じた。

 観測データに、ありえない位相の波形が走る。観測していたスタッフはその正体が分からず、顔に滲んだ緊張の皺も険しくなる。

 しかし、その様子を見ていたレフは、やけに落ち着いていた。

 

(……そうなのか。世界は時折、こうして妙なノイズを差し挟むのだな)

 

 レフは知っていた。この場にいる人類で、彼の()()のみが、その意味を正確に理解していた。

 あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。カルデアのデータベースに登録されたどの航跡とも一致しない。そこに何の意図もなく、まるで空虚そのものが偶然吐き出した泡沫のようだ。

 

 数値を見つめるレフの唇に、無意識の笑みが浮ぶ。

 今の彼にとって、このような微細な異常など、既に何ら意味を為さない。たとえ密やかな光輝があったとしても、遠からず焼却の炎の中で灰一つ残さず消えてしまう。

 彼の胸中には、まるで虚ろで透明な波に揺蕩うような、それでいて魂の核を喪わない奇妙な高揚感があった。

 この時、レフは虚無に耽溺していた。全ての存在から意味を剥ぎ取り、余白だけを残す絶対的な概念に。或いは、虚無の先に燻る火を幻視していたのかもしれない。黒い炎は意味を与える――この世界の最期から生まれる崇高な理想という、唯一無二の意味を。

 

(……これも運命か)

 

 彼の指先が制御盤に触れる。その所作に気付いたスタッフが眉をひそめかけた瞬間、レフは冷淡に視線を流し、告げる。

 

「それは無視しろ。()()()()()()()()()

 

 彼の言葉とは裏腹に、異常値は消えず、むしろ脈動を増していた。

 色温度の違う光が、波形の端から端まで走る。赤でも青でもない、虚空の狭間を裂いたような色――人類史の外から覗き込む、何かの眼光のようだ。

 レフの背骨に、薄い寒気が走る。だが、それは怖気ではない。()()であった。

 まるで、外界から新たな駒が炎の中へ投げ込まれる瞬間を見ているように。

 それが何であれ、人理の系譜に属さぬもの。ならば、歓迎すべきだ。虚飾の舞台を栄えさせる火種は、多ければ多いほどいい。

 

 計画の秒読みが、無感情に進む。

 その時、計器が短く悲鳴を上げて、レフはついに確信した。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 

 

 ――廊下の空気は焼けた金属と焦げた樹脂の匂いで満ちていた。

 

 天井の蛍光灯は半分が砕け、赤色警報灯が断続的に明滅する。

 床には崩れた壁の破片と、吹き飛ばされた壁材の残骸。

 どこか遠くでは、誰かの叫びと、消火システムの放水音が混ざっている。

 その中心から外れた、やけに静かな一角――カルデア内の廊下で、二人の人物は対峙していた。

 

 片や、レフ・ライノール。カルデアの主任技術者にして、カルデアの基幹システムの構築にも携わった天才魔術師。濃緑のスーツと、同色のトンガリ帽をかぶった紳士風の男。その絶対零度のごとき眼差しは、平時のそれとは想像のつかない冷酷さが浮かんでいる。或いは、己以外のすべての存在を唾棄するかのごとく蔑み、価値を認めていないというべきか。

 

 片や、アラベルと名乗る女性。白髪のミディアムヘア、黄金色の瞳。旅装ともいうべきフード付きの黒い迷彩柄のコートを羽織り、その下には同じ柄のロングパンツとシャツを着ている。上下を揃えた迷彩衣裳は、まるで誰かの監視から逃れようとしている流浪の傭兵風でもあった。

 当然ながら、レフは目の前の人物と面識はない。カルデアに入ってからも、入る前もだ。

 

「……ふむ」

 

 レフはまるで標本箱の中の奇虫でも眺めるような視線を送っていた。

 彼のローブの裾には黒い煤が付着し、その瞳には炎より冷たい光が宿っている。

 

 アラベルは言葉を返さない。

 フードの下から見えるのは、獰猛な獣のように剣呑で、無風の樹木のように静かな表情だった。隙のない冷徹な美貌は、まるで孤狼のような凄味がある。

 彼女の表情が意味するところを、レフは何気となく勘付いた。業務の一環で人類史のデータベースを整理していたとき、歴史上の人物の一人が、今の彼女と同じような表情していた。その人物は、フランス王朝が召し抱える処刑人だった。斧で首を切り落とすよりも、杭に人を縛り付けて火にかけるのを好む、残忍な性質で恐れられていた。

 

「……貴様も、焦げる匂いは好きか?」

 

 レフが薄く笑い、近づこうとする。その靴音が、瓦礫を踏む音と重なる。

 ()()()()()()、レフが足を踏み込んだ瞬間であった。

 

 アラベルの右手が即座に動く。その指は、いつのまにか腰帯に吊るした道具のグリップに掛かっている。

 それは、船乗りの地図でも、星見の望遠鏡でもない――由来の知れない金属とセラミックの骨格に、どこか旧式のリボルバーの面影を残した、一挺のハンドガンだった。

 ()()()()()()()()の刻印が入った銃身がレフに向けられる。自然で、瞬くような所作。

 体の奥から沸騰した危機感に従って、レフは咄嗟に両手を前にかざす。

 

 

 ――アラベルの視界から、背景が消えた。ただ、標的と引き金の間だけが鮮明になる

 ――そして、彼女は引き金を絞る

 

 

 ()()()()()()()

 銃口から吐き出されたのは、通常の弾丸ではなかった。

 空気が歪み、廊下の壁ごと消し飛ばす圧縮衝撃波。

 床を走る振動が、まるで艦砲射撃の直撃のように足元を揺らした。

 

 レフの両手が、体の前に光の障壁を生みだす。迸る黄金の波濤がそれにぶつかった。

 そして、まるで紙の束を引き裂くように障壁が引き裂かれる。

 波濤が障壁の残滓を飲み込んで廊下を埋め尽くし、勢いのままに突き当りの防火壁にぶつかると大きな爆炎と瓦礫の暴風とが巻き起こった。

 

「……面白い」

 

 その声は掠れていたが、狂気の熱を帯びていた。

 波濤の残滓を縫って、レフは姿を現す。力の波濤と炎とが彼のローブのあちこちを焼き、帽子も焦げ付いていた。

 彼は知っていた――この火力を正面から受ければ、いかなる魔術師であれ、ただでは済まない。

 

「とても面白い力だ。……貴様は、危険だな」

 

 レフの指先に魔力が集中して、光が灯る。

 アラベルはそれを見届けるより早く、次弾装填を既に済ませていた。

 空の薬莢が宙に落ちるのと同時に、強銃の先端が再び黄金の炎を噴く。轟音が廊下の金属壁を震わせる。

 レフは再び光の障壁を展開した。先ほどの光景を焼き直すかのように障壁に罅が入って引き裂かれるかと思った瞬間、レフの瞳が淡く紅に輝く。

 障壁の罅の内側から、轟音とともに()()()()()()()()()()

 赤黒い肉塊が柱のように生え出し、無数の脈動する血管を走らせながら成長する。

 触腕のような枝が奔流の前に伸び、黄金の輝きとぶつかっては爆ぜ、黒焦げの肉片を撒き散らす。

 

「……気持ち悪いな」

 

 アラベルは眉をひそめた。

 それが生物か、奇術の類か、あるいはもっと別の何かなのか――彼女が答えを考える前に、レフは反撃に転じていた。

 

「さて……次は私の番だ」

 

 レフがそう呟くのに呼応して、床下から低い脈動音が響き、カルデアの壁がぐにゃりと膨らんだ。

 次の瞬間、赤黒い肉質が壁面を突き破って伸び、無数の蠢く触腕が廊下を覆い尽くさんと次々に現れる。

 それは血管のような管を脈打たせ、腐臭と鉄の匂いを撒き散らし、あちこちに生えた血走った瞳はアラベルを視界から捉えて離さない。

 

「ろくでもない男だね」

 

 アラベルは眉をひそめ、銃を斜めに構える。

 触腕の一本が鞭のように振るわれる――彼女は足首だけで身をひねり、ギリギリで回避しつつ、銃口で肉を弾き飛ばす。

 火花混じりの爆裂弾が触腕を焼き裂き、飛沫となった肉片が壁や床に叩きつけられる。

 先ほどの二射と違って、今の一射は火力が明らかに低かった。銃弾を使い分けているのだろうか。

 しかし、レフにとって全ては些事。瞬間火力で押されるのなら、ただ物量の嵐で圧し潰すのみ。そういわんばかりに、次々と肉の柱を呼び出していく。

 赤黒い肉の柱が、鞭のようにしなった。空気を切り裂く唸りが耳を裂くより早く、アラベルは体をひねり、壁際を滑るように回避した。

 一本が振り抜かれる――そこにあった壁は、粉々に砕け、鉄骨が悲鳴をあげる。

 その脈動を横目に、アラベルは銃を翻す。機械仕掛けのような無駄のない動きで、迫り来る触腕を撃ち抜く。

 黄金の粒子が弾け、柱の一部を焼き崩す――が、代わりに別の柱が湧き出るように伸びてくる。

 

 回避、発砲、回避、また発砲。

 その連続はまるで獣の舞踏のようだ。だが、敵の物量は止まらない。

 廊下は狭く、上も左右も肉の壁に覆われていく。

 

 ――この場所はよくない。もっと距離と空間が必要だ。

 

「鬱陶しい……」

 

 吐き捨てるように呟くと、アラベルは後ろへ後退しながら銃を争点し直し、銃口を廊下の天井へと向ける。構え直す。

 次の瞬間、銃口が閃光を孕み、廊下が黄金の輝きで塗り潰された。

 壁も床も天井も、光に呑まれて視界が一瞬で真っ白になる。

 

「っ……!」

 

 レフの視界が奪われる、その刹那。

 アラベルは踵を返し、ほとんど無音の足取りで廊下を駆け出した。

 迷路のようなカルデア内部を、光の残滓を背にしてひた走る。

 

「逃げるか。……いいだろう。()()()といこう」

 

 視界を取り戻したレフの口元が歪む。

 床から新たな肉柱が生え、壁や天井を這うようにして追撃を仕掛ける。

 それは道を塞ぎ、アラベルの進路をわずかに狭めんとするが、彼女はそれを蹴り飛ばし、肉の壁を飛び越えて廊下の角を曲がる。それこそが、レフの思い通りになっていると知らずに。

 

 ◇

 

 背後から瓦礫を乗り越えて迫ってくる肉の壁。

 アラベルはそれに追いつかれないよう見知らぬ施設の廊下を駆けていきながらも、自分が徐々にどこかに向けて追い立てられていると感じていた。

 廊下の分岐に出くわすと、片方の道に肉の壁が生まれて空間を潰す。けれどもう片方には何もされていない。それが二度・三度と続けば、否が応でもレフの思惑を感じざるを得ない。

 

 ――これ、偶然じゃない。

 足を運びながら、アラベルの脳裏には別の光景が浮かんでいた。

 見えざる軌道。誰かが描いた運命の線路。

 敵の力はただの異形化した肉塊ではない。あれは目に見える「()()()()」だ。何らかの強い意志と計画……或いは慮外の力の下、自分以外の誰かの理を捻じ曲げようとしている。

 

「……()()()()()()()()、ってわけか」

 

 皮肉気に呟きながらも、背後で壁が破裂し、肉の触腕が迸る音が響く。アラベルは足を速めた。

 

 廊下の奥、壁が振動すると肉の柱が現れ、廊下の分岐のうち片方を潰した。

 開放されている側の先に待つのは、さらに閉ざされた空間――それを知りながらも、足を止めるわけにはいかなかった。

 アラベルは爆煙を裂いて走り、迫る触腕を銃撃で払いながら、次の戦場へと移動する。

 

 ◇

 

 レフ・ライノールは歩いていた。追い詰める者の歩幅で。

 彼の口元は微笑を形作っているが、その瞳はまるで何も見ていない。

 

「行くがいい。向かうといい。()()()()()()

 

 彼が幻視するのは人を導くでも救うでもない、ただ虚無へ沈めるための導線。

 彼の中にあるのは「やがてすべては燃え、灰になる」という確信だけだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 その全てを冷たく破壊することに、なにを躊躇う。罪がどこに要るのだろうか。

 

 ◇

 

 バチッ……と、空気を裂くような音が響く。

 アラベルの耳に、天井のスピーカーからガリガリとノイズ交じりの声が伝わる。

 

≪……イ……実行シークエ……率カウン……≫

 

(なに? 何かが起こってるの?)

 

 横合いから急に伸びてくる肉の触手を素手で掴んでねじ切りながら走っていくと、廊下の突き当りに大きな防火扉が見えてきた。他の扉と違って、そこだけが明らかに装いが違っていた。

 扉の左右には廊下の分岐が続いていたが、まるでアラベルを誘導するかのように既に肉の壁が道を塞いでいる。背後の廊下は息を呑む間もなく、肉の塊で埋め尽くされていく。

 アラベルが逃げ込むべき場所は、すでに限られていた。

 

「悪いけど、ドアの鍵は()()()()タイプでね」

 

 言葉と同時に銃を構え、躊躇うことなく引き金を引く。

 轟音。黄金の奔流が銃口から吐き出され、その勢いに圧し負けるように、防火扉の鋼板は部屋の内側へ弾け飛んだ。

 鉄屑と煙が舞い上がる中へ、アラベルは走駆の勢いのままに飛び込む。

 

 硝煙と焦げた鉄の匂いが一気に鼻腔を満たし、アラベルは反射的に息を細くした。

 作戦司令室――かつてこの施設の者達がそう呼んでいた場所は、そう呼ばれるにはあまりに無残な光景を広げている。

 壁は爆圧でえぐれ、天井の配線が垂れ下がり、あちこちで炎が揺らめく。

 床一面に散乱する瓦礫の中を、非常灯の赤が不気味に照らしていた。

 ここに至るまで、施設内の廊下の所々で似たような被害を受けた場所を見てきたが、ここが最もひどい。絶対に皆殺しにする。そのような強烈な殺意がない限り、実現できようのない被害であった。

 

 部屋の中央に広がる広間――そこに、アラベルの視線が吸い寄せられる。

 巨大な機械の棺のような装置。その縁に、()()()()()がもたれかかっていた。

 ――いや、もたれかかっているのではない。棺に下半身を押し潰され、動けなくなっているのだ。

 すぐそばに、白い服をきた()()がしゃがみ込み、必死に呼びかけている。その声は震え、焦燥と絶望が滲んでいた。

 

「……戦場?」

 

 アラベルの呟きは、炎の爆ぜる音にかき消される。

 そのとき――

 

《レイシフト実行シークエンス、最終フェーズに移行》

 

 耳障りなノイズと共に、天井のスピーカーから機械音声が響く。炎の明滅に合わせるように、非常灯が点滅する。

 「レイシフト……?」 アラベルは眉をひそめた。聞き慣れない単語。

 しかし、声の調子と機械的な抑揚が、ただ事ではないことを告げている。

 

《対象者認証……()()()()()()()()()()()()()()……》

 

 アナウンスは一瞬途切れ、再びノイズを挟んで続く。

 

《……追加対象認証。識別不能個体――()()()。性別:女性。レイシフト対象に追加》

 

「は?」

 

 アナウンスを聞いた瞬間、アラベルの背筋を冷たいものが這い上がった。傭兵Aとは――()()()()()

 この場に偶然居合わせただけのはずの自分が、なぜか巻き込まれていく感覚。

 己の意志とは関係なく、巨大な運命の渦に引きずり込まれるような錯覚。

 しかも、背後の廊下からは、肉の奔流が迫る音が依然として響いている。

 

 アラベルは銃を握り直し、燃える室内を一瞥した。

 逃げ場はどこにもない。隠れようもない。

 いや、正確には――逃げても隠れても、結局は、どこか別の場所へ連れて行かれる。

 

「……ハプニングが起きても計画通りってこと?」

「…………えっ?」

 

 少年――藤丸立香の憔悴した目が、アラベルの方へと向けられる。それに釣られて、意識が朦朧としていた悲劇の少女――マシュ・キリエライトの視線も。

 二人の少年少女の視線を受け止めながら、アラベルは胸の内から苛立ちが湧き上がるのを感じた。無論、二人に対するものではない。

 人の意志を、人の運命を翻弄しようとする、ここにはいない何者かへの憤激だ。

 

 ――気に入らない

 

 この惨状を仕組み、あの少年と少女をこんな目に遭わせた張本人。

 転移した直後の自分を嵌めて、この惨劇の間へと誘導した外道。

 廊下の奥から聞こえてきそうな、粘ついた笑い声。

 顔見知りじゃなくても関係ない。年若い命を弄ぶような真似、許せるはずがない。

 

《……レイシフト実行シークエンス、最終フェーズ完了》

 

 耳の奥で、機械音声が冷たく告げる。

 

《疑似霊子変換投射軸固定。全対象固定。

 異相座標、特異点F。擬似霊子転移、開始します》

 

 非常灯の赤が、まるで血潮のように室内を染めた。

 アラベルは振り返らない。廊下の奥――迫る肉の奔流と、その奥に浮かぶ人影。黒幕の顔。

 その輪郭に照準を合わせ、呼吸を殺す。

 

 「……これは餞別だ。せいぜい喰らえ」

 

 引き金を絞った瞬間、銃声が炎の轟きと重なった。

 閃光が防火扉の残骸を貫き、その奥へと突き刺さる。

 

 同時に――

 床下から白い光が爆ぜ、重力が崩れ落ちるような感覚が全身を包んだ。

 世界が捻じれ、炎も瓦礫も音すらも遠ざかっていく。

 藤丸がマシュの肩を抱き寄せるのが視界の端に映り、次の瞬間には全てが光に呑まれた。

 

 そして、アラベルの意識もまた、眩い渦の中へと引きずり込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 

 

 

 ――()()

 

 瞼を開ける前から、肌を刺す熱と焦げた臭いが鼻腔を満たしていた。

 アラベルは唸り声とともに上半身を起こす。足元の石畳はひび割れ、まだ赤く焼けている場所すらあった。

 

 頭を振って周囲を見渡せば――見事なまでに滅びきった都市。

 灼炎が都市の至るところ死の紅色に染めている。黒煙は天へと渦を巻き、遠くの建物は骨のような外枠を残して崩れ落ちている。燃え残った壁面には、かつての街路灯や看板の断片がぶら下がり、炎がそれらを舐めては色を剥ぎ取っていく。

 一つの都市、すべての街路で似たような光景を呈しているようだった。

 

「……これはまた、趣味の悪い観光地に連れてこられたもんだ」

 

 皮肉げに吐き捨てる。

 ここがどこかなど知る由もないし、わざわざ知りたいとも思わない。

 だが、ひとつだけ確かなのは――先ほど入った広間でも、あの爆風の中でもないという事実だった。

 

 その時、アラベル胸の奥を冷たく撫でる感覚が走った。

 空気が、何か見えない糸に引き絞られるように変質する。

 ――()()()()

 星間を漂う旅で幾度となく感じ取った、あの奇妙なエネルギーの残影。何か大きなエネルギーの放出があった時、その場所・その世界に刻まれる、()()()()()()()()()

 

 アラベルは無意識にそちらへ顔を向ける。

 街の外側――黒煙の彼方、廃墟の地平のさらに先。先ほど感じた力の気配は、そこから生まれたものだった。

 全身の神経が、その方向を警戒するように告げてくる。

 

「……面白くなってきた」

 

 唇の端をわずかに吊り上げながら、アラベルは身につけた武装を改めて確認する。

 手に握られている愛銃――良し。

 腰帯にかけたコンバットナイフ――良し。

 腰のポーチやコートのポケットなどに入れられた暗器類――良し。

 背中側に吊るした()()()()()()()――良し。

 

「これでただの迷子ではなくなったね。――黒幕は、()()()()()()()()

 

 誰にあてるわけでもなく、思考の一部を独白する。

 ――その時、遠くで鳴っていた炎の唸り声に、別の音が混じった。

 金属が擦れる、乾いた打撃音。何かを放出するような音。そして、甲高い悲鳴。

 それは戦場で何度も耳にした、「()()()()()()()()()()()()」だった。

 

「……近いな」

 

 アラベルは愛銃を引き抜くと、廃墟の路地を狼のように疾駆する。

 曲がり角をひとつ、ふたつと抜けた瞬間、視界に飛び込んできたのは――数体の人間大の骸骨が、制服のような衣裳をした女性に迫る光景だった。

 女性の肌は蒼白、長い白髪を振り乱し、何かを生み出すように右手を前に出して左手でそれを支える。息は荒く、背後は崩れた壁で塞がれている。逃げ道はなかった。

 一瞬、彼女の意識が別の事に向けられた瞬間。一体の骸骨兵が飛び掛かって、振り上げられた錆びた剣が彼女の首筋に向かって落ちかける――

 

 その瞬間、黄金の奔流が骸骨兵をまとめて吹き飛ばした

 

 轟音と共に骨が砕かれ、粉となり、幾多の骸骨兵の上半身があらぬ場所へと弾け飛ぶ。

 しかし、一体のみは奔流の端側にいたせいか四肢の欠損はなく、地面に倒れた状態ではあったがまだ動こうとしている。

 剣先を地面に刺して立ち上がろうとした直後、残された頭蓋骨がブーツの踵によって踏み抜かれた。「()()()」という乾いた音と共に、骸骨兵の残滓は粉々に散る。

 

「……まったく、骨までしつこい。撃たれたらちゃんとやられてよ」

 

 息をつき、銃口を軽く払う。いつのまにか接近していたアラベルは、壁にもたれかかっていた女性へと視線を向ける。

 彼女は肩で息をしながら、信じられないものを見るような目で見返していた。

 

「なにか言いたいことでもあるんじゃない?」

「……あ、あなたは誰?」

「それだけ?」

「えっ? ……あっ。た、助けてくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして。――オレ、アラベルっていうの。あなたは?」

「……オルガマリー。オルガマリー・アニムスフィア」

「あにむ……なに? 言いにくいね。()()()って呼んでいい? というか、呼ぶね。

 ねぇ、マリー。ここってどこなのか心当たりはある? オレは分からない」

「……心当たりは確かにある。けど、その答えを言う前に教えてちょうだい。

 あなたは、どうやってここに来たの? ここに住んでいる人?」

 

 助けてくれたことに感謝を表しつつも、オルガマリーの瞳には警戒の色が残っている。眼前の人物がどのような者なのか、測りかねているのだ。

 制服の裾を払って立ち上がると、彼女はその態度を露わにするように距離を取る。

 アラベルは腹を立てるでもなく、肩を竦めてシニカルな笑みを浮かべるだけだった。

 

「そうだよね。こっちも、あなたに見覚えなんかない。

 ついさっき、よくわからない施設に()()()()()()と思ったら、肉の柱とおっさんのコンボに襲われて、逃げ込んだ先で爆発と光に巻き込まれて……気づいたらここ。

 これって、なにかのアトラクション? その割にはどこも景色が殺風景で、観光には向いてないけど」

「……何ですって?」

 

 オルガマリーは目を見開き、相手を凝視した。

 

「あなた、本当に……()()()()の所属じゃないのね? 完全に、外部の人間……?」

「そう聞こえるなら、そうなんでしょ?」

 

 あしらうようにアラベルが軽く鼻で笑うと、彼女は一瞬、驚愕の色を浮かべる。

 次の瞬間には、彼女のアラベルの存在など忘れたようにブツブツと独り言を始めた。

 

「どうやってカルデアを知って……光というのはレイシフト……霊器登録もなしに理論上は不可能なはず……座標固定が……いや、もしも――」

 

 彼女の目は完全に別の世界を見ているようだった。

 頭の中が数字と理論でいっぱいになっているらしいその女性を見やり、アラベル深くため息をついた。命を救った相手がこれとはやれやれだ、と。

 

 オルガマリーはまだ、救世主の存在もそっちのけで数字と理屈を呟き続けていた。

 アラベルは彼女を放っておき、右手の景色に目をやる。そこは街を見下ろせる高台のような場所になっていた。

 

 瓦礫と炎と煙――赤黒い空を焦がす火柱が、風に煽られて唸りを上げる。

 街の輪郭は崩れ、かつてあった秩序はどこにもない。

 遠くの街路では、先ほど遭遇した骨と鉄でできた異形が潜んでいるのだろうか。何かが軋む崩壊の響きが木霊しているかのようだった。

 

(……さて、ここは一体、何だ?)

 

 見慣れた星系の空じゃない。星海へ登るための鉄の階段も見当たらない。

 でも、こういう場所は知っている――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 星々の海の向こうには、こういうひび割れた世界が幾つも漂っている。

 それがどんな慮外の存在による影響か、それとも別の誰かの気まぐれによって築かれたものなのか。……いずれにせよ、ろくでもないことに変わりはない。

 

「……まあ、どこであろうと生き残るだけ。いつもと同じかな」

 

 アラベルは愛銃を握りなおす。

 航路を見失って、虚数の波に吞み込まれ、転移を繰り返してしまっても。

 その手に自信と愛銃が在り続ける限り、死地を踏み越える術は知っている。

 あとは引き金を引き、足を動かし続けるだけ。

 

 炎の街を見下ろしながら、彼女は一歩、崩れた舗道に踏み出した。

 ――未開の世界へ、自らの巡狩を刻むために。

 

 




編集歴 8/16:地の文のキャラクター呼称を一部変更。
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