Fate/Grand Rail - 千の異星紀行   作:TheLazyMan

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 ――赤く燃える空に、運命の歯車は容赦なく回り始めるかのようだ。

 炎があちこちで盛る街並みは、文明の終わりを象徴する情景の一つといえる。

 それがたとえ虚構や、幻、偽りの景色だったといえども、吹き荒れる炎によって鉄骨が曲がり、建物が崩れ、看板や街路樹が朽ちて原型を留めぬような有様は、慙愧に堪えない。

 故に、多くの人は願う。このような景色を二度と作らせてはならないと。

 

「……こんなことが、現実に起こるなんて。いや、起こっているんだ。けれど――」

 

 ――さりとて、この二人にとってはそうではなかった。

 黒い迷彩柄の衣類をまとった美しい女性、アラベルは、皮肉っぽくも獰猛な顔立ちに、今は困ったような微妙な笑みを浮かべている。それもこれも、目の前にいる白髪の女性、オルガマリーのせいであった。

 自立して動く骸骨の攻撃から彼女を助けたあと、オルガマリーは状況を整理しようと思考を巡らせ始めた。疲れ切った顔で指先で額を何度も擦り、()()()()と、自分の世界に籠ってしまう。まるで目の前にいる彼女にとっての救世主の存在を、記憶の川下へ流してしまったかのように。

 始めこそ、アラベルはその連続する独白を聞き流していたが、一分と経たないうちに内心でウンザリし始めてきた。彼女が忍耐強く機会を待ち続けるのは、狩りの中だけだ。

 

「疑似霊子転移の事故で、完全な外部因子を誘引することができるの? しかも、同じ時間軸の座標に。カルデアにどうやって侵入したの? というよりあの時何が起きたの? レイシフト中に急に光が溢れて……」

 

 焦燥の色が瞳に滲み、声がかすかに震えていた。

 オルガマリーの言葉は次第に速度を失い、空気だけが重たくなる。

 

 ――パチン

 

 乾いた音が、炎のざわめきを切り裂いた。

 アラベルが掌を大きく打ち鳴らし、半眼のままオルガマリーを見据える。

 

「お目覚め? オレにも分かるように独り言を言ってくれる?」

「っ……これは独り言じゃなくて状況の整理よ!」

 

 オルガマリーは反射的に言い返すも、その声音には苛立ちと不安が入り混じっていた。

 アラベルは口の端だけで笑った。

 

「整理ねぇ。悪いけどね、マリー。オレは誰かの独り言を翻訳する用語集なんて持ってない。聞いたところで半分は()()()だよ。で、今の状況で肝心なのは、ここで生き延びられるかだけ。そうじゃないの?」

 

 その冷めた言いぶりに、オルガマリーは一瞬言葉を失う。

 だが、必死に息を整え、混乱する頭を無理やり整理するように言葉を選び始めた。

 その表情は、燃え盛る街の光に照らされてなお青白く、しかし瞳だけは研ぎ澄まされている。

 

「……あなたは、カルデアにとって()()()()()()()よ」

 

 その断言に、アラベルは片眉を上げただけで反応しない。オルガマリーは続ける。

 

「第一に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。事前登録も、侵入の痕跡もゼロ。

 第二に――()()()()()()()()()()姿()()()()()()。あなたがどこから、どうやって現れたのか、まるで痕跡がないの。

 第三に――()()()()使()()()()()。あれは、地球の魔術体系からは到底説明できない力を秘めている。…未知の、けれど明らかに実戦向けの兵装。

 そして最後に――あなたは先ほど、『()()()』とでも呼ぶべき聞き慣れない言葉を、まるで当たり前のように使った」

 

 彼女はそこでわずかに息を吐き、瞳を細めた。

 

「以上が、あなたが私たちの世界の人間ではないと結論づける理由よ」

 

 ――パチ、パチ。

 乾いた拍手が、緊迫した空気を破った。

 

「お見事。随分と手際よく正体を暴いたね、()()()()()()?」

 

 アラベルは口元に笑みを浮かべたが、目は笑っていない。

 その視線は、獲物の動きを見定める狩人のものだった。

 

「で?」彼女は片手をポケットに突っ込み、もう片手で銃のグリップを軽く叩きながら尋ねる。

「そんな厄介な異邦人を前に、カルデアってのはこれからどう動くつもり?

 オレを保護するか、排除するか、それとも――使い潰すか」

 

 オルガマリーの喉がわずかに動いた。燃える冬木の空の下、二人の視線が鋭く交差する。

 オルガマリーは一瞬だけ唇を噛み、視線を逸らさずに言葉を紡いだ。その声音はまだかすかに震えているが、先ほどよりも確固たる芯が通っていた。

 

「……排除なんて選択肢はないわ。理由は三つ。

 まず第一に――ここは特異点。現実に存在する世界から切り離された、いわば孤立領域よ。私ひとりの力だけでは、到底生き延びられない」

 

 アラベルは肩をすくめ、黙って耳を傾ける。

 オルガマリーはその反応を無視して、早口気味に続けた。

 

「第二に――この特異点のどこかに、カルデアの仲間がいる可能性が高い。……私にはやらなければならない使命がある。彼らを見つけ、合流しなければならないの。

 そして第三に――私はカルデアの所長として、この世界に存在する異分子を、ただ放置できるほど、責任感が欠けてはいない」

 

 そこで彼女は言葉を切り、アラベルを真っ直ぐ見据えた。

 

「だから、()()()()()()()。互いに、この場で生き延びるために」

 

 アラベルは片眉を上げ、口元に皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「ふぅん……責任感とやらは立派。でも、その手の立派さは時に死人を増やすよ?」

「承知の上よ」

 

 オルガマリーの返答は短く、そして迷いがなかった。

 アラベルは数秒、無言でその顔を見つめ――やがて小さく息を吐いた。

 

「……ま、今のところ一人で動くよりは得か。その条件、飲もっか」

 

 二人の間に交わされたのは握手ではなく、ただの視線の交換。

 だがそれは、この燃え尽きた街で結ばれた最初の協定だった。

 

 ◇

 

 燃え尽きた瓦礫の匂いが鼻を刺す中、二人は街を見下ろす坂道をゆっくりと下りていた。

 足元には焦げついた舗装、遠くにはまだ燻る煙の柱。夜風は冷たく、しかしどこか生温い。

 

「しかし、カルデアってのは変わった組織だね」

 

 アラベルはポケットに手を突っ込み、片足で小石を弾きながら口を開く。

 

「世界の異変を直すとか、星間航行でもやってんのかと思ったよ」

「星間航行なんて大げさなものじゃないわ。私たちの使命は……歴史の修復」

 

 オルガマリーは視線を前に固定したまま答える。

 

「人類史が異常に侵食された時、カルデアは人類の歴史へ介入して、正しい歴史を取り戻すの。あなたがいるこの特異点は、私たちが観測した最初の特異点でもある」

「ふぅん? 歴史の修復、ねぇ……」

 

 アラベルは鼻で笑い、空を見上げた。

 

「オレの世界じゃ、歴史は強い奴が塗り替えるものさ。正しいかどうかなんて関係ない。エントロピーがより大きいやつが、最終的な勝者となる。

 勝ったやつが生きて、負けたやつは消える。その余韻の繰り返しだよ」

「……それでも、私たちはやらなきゃならないのよ。

 というか、あなたこそ何なの? その……じゅんかい、れんじゃー? それって職業なの?」

()()()()()()()、だよ。自分で名乗ってるだけ、だけどね。

 まぁ……分かりやすく言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って感じ?」

「……正義ではないのね」

「正義なんて、飯のタネにもならないよ。勝者に弄ばれるサイコロと同じ。出目なんてイカサマでどうにもでもなるし、それを嘘と指摘しても審判は買収済みで、勝者の圧力で正論は潰されちゃう。その程度の存在なの。

 ――正義は博打の道具。――狩人にとっては、暇つぶしのオモチャかな?」

 

 しばし、靴音と遠くの火の爆ぜる音だけが二人を包んだ。

 ――その時。オルガマリーの携行端末が、短く鋭い警告音を鳴らす。

 

「……魔力反応?」

 

 彼女の顔が険しくなる。視線は坂の下、煙の向こうに固定されていた。

 

「反応の性質は……カルデアの魔術師のものに近いわ」

「仲間?」

「可能性は高い」

 

 オルガマリーの声がわずかに早まる。端末を操作し、方向を確かめる。

 

「もしそうなら、一刻も早く合流しなければ」

「了解。じゃあ、案内してもらおうか――所長さん」

 

 二人は燃える街の坂道を駆け下り、魔力反応の発生源へと向かっていく。

 向かった場所は、市街地の中央部。冬木市を二つに分かつ大きな橋の西側のあたりだった。

 

 アラベル達が現場に辿り着いたとき、市街地は既に戦場の一部と化していた。

 燃えるビルの影が濃く落ちる交差点。その煙の向こうで、オルガマリーに襲っていたものと同じく、骸骨兵の群れが蠢いている。

 その中心で、大盾を構えた少女が必死に立ち回っていた。

 

「……()()()!」

 

 オルガマリーが思わず声を漏らす。

 マシュと呼ばれた少女は、巨大な楯を振るい、骸骨兵を粉砕していく。

 しかし動きはぎこちなく、呼吸も荒い。数の不利に押され、ゆっくりと後退を余儀なくされていた。

 その後方、横転したバスの屋根に立つ少年――()()()()が、自分の頭ほどの大きさのある瓦礫を抱え上げ、骸骨兵に向かって次々と投げつけている。

 瓦礫は命中するたびに骨の破片を散らすが、止めにはならない。むしろ注意を引いたことで、何体かの骸骨兵が藤丸の方へ動き始めていた。

 

「……バカか、あいつ」

 

 アラベルは低く吐き捨てる。

 マシュは藤丸の動きに気づき、慌てて背を向けた敵を追おうとした――その瞬間、別方向から振り下ろされた錆びた剣が、彼女の防御をかすめた。

 動揺と疲労が入り混じり、踏み込みが遅れる。骸骨兵の刃がもう一度閃く。

 

 その刹那――。乾いた銃声が、炎の唸りを切り裂いた。

 骸骨兵の頭蓋が弾け、骨片が夜空に散る。

 

「えっ……?」

「アラベル……急に撃たないでっ!」

 

 オルガマリーが耳を抑えながら横で叫ぶが、彼女は一瞥もくれず、煙の中を狙い澄ます。

 次弾、三弾と続けざまに撃ち込み、骸骨兵を粉砕していく。

 その動きには迷いがない。救助というより、狩りに近い冷徹さだった。

 

「援護だ、下がらせろ!」

 

 アラベルの声が、交差点に鋭く響いた。

 マシュは短く頷き、楯を高く掲げて藤丸の前に立ちふさがる。

 

 オルガマリーは一瞬、アラベルを非難しようとしたが――すぐに、今は口を挟む時ではないと悟った。銃声が止むまで、ただその背を見つめることしかできなかった。

 

 といっても、その援護は一方的な蹂躙に等しい。

 アラベルの銃が閃光を放つたびに、熱した空気が引き裂かれて、骸骨兵が塵芥のように吹き飛ばされる。全ての銃弾は骸骨兵の脳天……骸骨なので頭蓋骨の中心付近といった方が正しいが……そこに直撃し、倒れ伏した骸骨が動き出す様子もなかった。

 支援をもらって余裕を取り戻したマシュも、手近に迫ってくる骸骨兵と剣と楯とを交錯させる。その可憐な容姿からは想像だにつかない重たい楯の一撃で、骸骨兵を粉砕した。

 そうして、アラベルらの介入があって一分も経たぬうちに、骸骨兵の集団は一掃されていく。

 

 骸骨兵の最後の一体が、アラベルの放った銃弾に頭蓋を撃ち抜かれ、粉塵となって消えた。

 あたりに一瞬だけ静寂が訪れ、残るのは遠くで燃え盛る冬木の炎の音だけだ。

 

「……手ごたえがないね」

 

 アラベルは息を吐き、弾倉の中身を確認しながら辺りを確認する。

 その視線の先で、オルガマリーは鼓膜に残る反響音を追い出そうと耳を掌で押さえながらも、周囲の安全を確かめていた。

 

 バスの方から、少年と少女が現れる。

 藤丸立香――ざっくばらんに黒髪を流した、顔立ちに年相応のあどけなさを残した少年。上下の揃った白い服装は炎と煤を浴びて汚れているが、澄んだ蒼い瞳には一縷の邪念もなかった。

 マシュ・キリエライト――淡い紫色のボブヘアをした少女。片方の目が前髪に隠されていて、もう片方の宝玉のような紫色の目は露わとなっている。 

 焦げた空気の中でも、その再会はほっとする光を帯びていた。

 

「所長……! 無事だったんですね!」

「あなたたちこそ。よく……ここまで……」

 

 言葉を交わすオルガマリーの声は、安堵と疲労が混じっていた。

 アラベルはその横で、身の丈ほどの大きな楯を構える少女――マシュを一瞥した。

 

(……なにあの恰好。鎧の面積より素肌の方が多いんじゃない?

 ……よくその姿で平然としてるね。()()()()()

 

 腹部やら、二の腕やら、太ももやらを露出し、少女にしては起伏の豊かなボディラインを強調する、戦場にしては倒錯的な装い。

 それに対する感心を心中で洩らしつつも、表情は崩さない。

 藤丸がアラベルに視線を向け、礼を述べる。

 

「えっと……あなたが助けてくれたんですよね。本当にありがとうございます。俺は藤丸立香。カルデアのマスター候補? ……をしています」

「マシュ・キリエライトです。先ほどは背中を守っていただき、助かりました」

 

 少女は恥じらいを見せず、堂々と頭を下げた。

 アラベルは軽く片手を挙げて応える。

 

「アラベル。職業は……まあ、狩人ってことにしとこっかな。星の外から来た、君たちにとっちゃ訳のわからない異邦人だよ」

 

 その口調は軽いが、瞳の奥に鋭い光が宿っているのを、マシュは見逃さなかった。

 オルガマリーが二人の間に割って入り、短く指示を飛ばす。

 

「話は後です。今はこの炎の中から離れましょう。まだ伏兵が残っているかもしれない」

 

 四人は互いに頷き、赤く染まった街の奥へと歩みを進めた。

 

 ◇

 

 炎の匂いと崩れた瓦礫の粉塵が、走るたびに肺へ入り込む。

 四人は火の手の回っていない通りを選び、足音をできるだけ抑えながら進んでいた。

 マシュは息を整えつつ、前を行くオルガマリーに声をかける。

 

「オルガマリー所長……一つ、質問があります。

 レイシフト実験の途中で、何が起こったのですか? 私はあの時、他のマスター候補の方々と同様、レイシフトのために()()()()に入っていたのですが、途中で大きな爆発が起きたあと……」

 

 オルガマリーはわずかに足を緩め、眉を寄せた。

 

「……あなたの言う爆発というものが何なのか、私には分かりません。私自身もあの時、目を眩むような光が起きたあたりから、この特異点に転移するまでの記憶がないのだから。けれど、現実としてこうして()()にいる……それはつまり、経緯はともかくとして、レイシフトそのものは成功していたということなのでしょうね」

 

 その声には苛立ちと不安が混じっているが、神経質な所長らしく、事実だけは()()に述べた。

 後方から藤丸が口を開く。

 

「じゃあ、アラベルさんは……カルデアの関係者なんですか?」

 

 前を見据えたまま、アラベルは口の端をわずかに上げた。

 

「さてね。答えたところで、君たちの頭が混乱するだけでしょ。今はそれより、生き延びることに全力を使うべきじゃない? 生き残って家に帰ったら、話す時間なんていくらでも作れる」

 

 短く言い放つと、その声音には皮肉交じりの軽さと、狩人らしい冷徹さが同居していた。

 一同が黙った瞬間、オルガマリーが歩調を速め、端末から一瞥して情報を拾い上げながら、振り返らずに言った。

 

「現状として、戦力が足りません。魔力を補充する手段が限られている中、骸骨兵の反応はあちらこちらで確認できる。このまま遭遇戦を続けたら消耗する一方です。

 マシュ・キリエライト。今作戦における、あなたの任務は何だったか、覚えていますか?」

「は、はい。転移したマスター候補のチームが特異点内で安全地帯を確保した後、特異点内の龍脈の位置を特定し、その場所で()()()()の儀式の補佐をする、です」

「……英霊召喚?」

 

 藤丸が即座に反応する。

 

「レイ、シフト……する前に、ドクター・ロマニと話していたんですが、英霊という特別な存在を呼び出すための儀式、ですよね?」

「ええ。……ここにいる()()()()のために、平易な言葉で説明してあげましょう」

「へぇ。優しいね、マリー」

「うるさい、黙ってなさい……!

 ……英霊とは、過去の人類の歴史上に存在した英雄や、神話・物語の登場人物が、魔力によって肉体を構成された存在を指します。彼らは本来、()()()()という、魔術師が己の理想を達成するのに行う特別な儀式の過程で、一時的な使い魔として召喚される。その召喚のためには、非常に高いコストを支払うことが要求されるの。それこそ、その代償一つだけでその後の百年の栄光を約束するようなものが」

「けれど、今回は違う、ということですか?」

「そう。我々カルデアは、その召喚方法を簡易化し、特異点内およびカルデア内の特別な設備であれば、必要なリソースを吐き出すことで、英霊召喚を実行できるシステムを構築しました。それが、今から私たちが行おうとしていることです。

 ……英霊は魔力の塊。彼らを召喚できれば、戦力を大きく補充できる目算が高い。けれど特異点の中でそれを行うためには、龍脈と呼ばれる、大地に流れる魔力の軌跡の真上に行く必要がある。そこまで行けば、私たちに協力できるサーヴァントを呼び出せるはずです」

 

 アラベルは肩をすくめた。

 

「期待できる奴が来てくれるといいね。ひねくれものがきちゃったら、うっかり、お帰り願っちゃうかも」

「いいえ、アラベルさん。英霊召喚は、召喚する人の性質が大きく反映されます。なので()()が英霊召喚の儀式を行えば、必ず人理に対する善性を持った方が応じてくれるはずです!」

「先輩……藤丸くんのこと?」

 

 ちらりと、アラベルは藤丸を一瞥する。

 そして何を思ったのか、ニマリと、片方の口端を釣り上げた。

 

「君……綺麗な女性を()()侍るだけじゃ飽き足らず、まだ女の子を増やしたいんだ? 見かけによらず欲張りさんだねぇ」

「ええっ!? ち、違いますって!! 俺はそんなつもりじゃ!」

「き、綺麗……!」

「ち、ちょっとアラベル!! 今は冗談を言ってる場合じゃないのよ!」

「ダメなの? 切羽詰まった状況になるほど、人は欲望を表に出すもんでしょ?

 オレも召喚したいなぁ。目がギンギラに輝いた、天を突くような巨人とか」

「そんな英霊がいてたまるものですか!!

 と、とにかく! 私の方で、龍脈の場所は特定できています! 私についてきなさい!」

 

 その言葉を合図に、一行は再び赤い街の奥へと駆け出す。

 オルガマリーの端末が示す場所は、先ほどの合流地点からほど近い住宅街の一角。

 敬虔な信仰心を捧げる、教会の跡地だった。

 

 

 

 

 §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 

 ――カルデア 作戦司令室――

 

 司令室は、かつての面影をほとんど残していなかった。

 壁面は焼け爛れ、精密機器は黒く焦げ、床には落ちた天井パネルと配線の束が散乱している。冷却装置の唸り声もなく、ただ遠くから漏れ聞こえる低い警告音だけが残っていた。

 

「……まったく、これは修理ってレベルじゃないなあ」

 

 茶色の髪を乱しながら、ロマニ・アーキマンは崩れかけた機材を一つずつ確認していく。

白衣の袖口はすすで汚れ、軽口を叩きながらも額には焦りと疲労が混ざった汗が滲んでいた。

 

「よし……魔力供給ライン、応急接続完了っと。これで最低限、通信系統には魔力が回るはず……」

 

 その時、耳元で微かな共鳴を感じる。魔力念話だ。

 

《やぁ、ロマニ。カルデア内のあちこちに生えていた肉の塊は、ほぼ全て消滅したよ。残滓はシミュレータールーム付近にいる、僅かなやつだけさ》

 

 穏やかで理知的だが、どこか堂々たる自信を感じさせる女性の声――カルデアに留まっていた英霊の声だ。

 

「本当かい? いやあ、朗報だなあ……あの、見た目も気持ちも胃に悪い光景とはこれでおさらばか」

 

 安堵の息をつきつつ、ロマニは指先で操作盤の破片をどける。

 

「残ってるのはシミュレータールームか……後で掃除隊を送らなきゃな。ありがとう、引き続き警戒しておいてくれ」

《そうだね。アレを作った誰かが、まだカルデア内に潜んでいるかもしれない。もしかしたらこちらが油断したところで不意打ち、なんてこともある。掃除が済んだところには、私特製のお手軽使い魔クンを残しておくよ。哨戒もかねてね》

 

 念話が途切れると、彼は一瞬だけ立ち止まり、破壊された司令室を見渡した。

 魔力炉の安定化、医療区画の再稼働、監視網の復旧。そして、もう息をしていない仲間たちの冥福と死体処理。……やるべきことは山積みだ。

 だが――

 

「優先は……うん、やっぱり通信だな」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、彼は魔力中継器の残骸に取りかかった。

 

「レイシフトは実行されている。今ごろ、特異点の中では誰かが奮闘しているに違いない。医務室が被害を受けて、自分の仕事がろくにできない中……彼らを助けるのが、今の僕にできる最大の貢献だ。何を見て、何と戦ってるのか、まずは繋がらないと話にならない」

 

 淡い光を帯びた魔力結晶を装置の心臓部に差し込むと、かすかな駆動音が戻る。

 ロマニはにやりと笑い、白衣の袖をまくった。

 

「よーし、カルデアはまだ終わっちゃいないぞ。あとちょっと、持ちこたえてくれよ」

 

 彼の指が次々と魔術式の再起動コードを叩き込み、破壊された司令室に再び微かな生命の灯りがともり始めた。

 

 

 

 

 §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

 

 

 

 ――特異点F 旧教会跡地――

 

 黒く焼け焦げた平地の上に、かつて教会だったものの残骸があった。

 外壁は半ば崩れ落ち、尖塔は影も形もない。割れたステンドグラスが地面に散らばり、月光と炎光を反射して鈍く光っている。

 

「……着きました。ここが龍脈の真上です」

 

 マシュが慎重に瓦礫を避けながら足を進める。

 藤丸もそれに続き、崩落した天井材や飛散した石像の破片を避けつつ中央へ向かった。

 

「足元に気を付けなさい。魔力の流れを乱すような破片は取り除くわよ」

 

 オルガマリーは、まだ震える指先で地面の瓦礫をひとつひとつ押しのけ、平らな場所を確保していく。その間、アラベルは周囲を見回しながら、拾った鉄片で地面を軽く叩き、硬さと安定を確認していた。

 やがて石畳の割れ目が露出すると、オルガマリーは指先を翳し、その表面をなぞっていくと淡く輝く軌跡が刻まれている。大きな円を描いたら、その中に六芒星を描き、複雑な紋様や文字を記していく。

 数分もしないうちに、淡い光輝を放つ魔法陣が描かれた。魔力の脈動が足元から伝わっているのか、空気がじわじわと張り詰めていくのを一同は感じる。

 マシュは無言で背中の巨大な楯を外すと、その中心にゆっくりと置いた。

 

「これで準備は整いました。……先輩、所長」

 

 楯の表面が薄紫の光を帯び、魔法陣の輪郭がくっきりと浮かび上がる。

 その瞬間、アラベルはふと首筋にざらつく感覚を覚えた。

 

(……誰か、見てる?)

 

 それはただの監視の気配ではない。微かだが、肌を刺すような視線が、どこか遠くから注がれている。気配は一定の距離を保ち、決して踏み込んでこない。だが、それは獲物を狙う捕食者の忍耐に似ていた。

 アラベルはさりげなく視線を巡らせた。焼け残った壁の影、崩れた鐘楼の跡、月明かりに黒く浮かぶ瓦礫の山……しかし、動くものは何一つ見えない。錯覚だろうか?

 ()()()()()()()()()()。先ほどの一瞬、アラベルの肌に()()()()()()()()が伝わった。

 皮膚の裏側にまで染み込んでくるような、肉体の奥深く、魂にまで浸透するような感触。空間のひび割れの隙間から滲み出すような、淡金色の残滓。まるで運命の糸が擦れ、その繊維が宙に散るように。

 それは、アラベルが星海で何度も体験したエネルギーの雫。

 或いは、「運命」の匂い。――星神(アイオーン)が残した星々の軌跡に残留する、エントロピーの余韻だった。

 

(……尻尾を出した感じかな)

 

 無意識に背筋が張る。

 背中側のクロスベルトの奥、布に覆った長筒状の武装――自分が保有する最大火力の武装にして、アラベルという人間の奥深くに刻まれた消えない傷跡(黒歴史)――その存在を意識する。必要なら、迷わず抜くつもりだった。

 だが今は儀式の邪魔はできない。アラベルはわざと視線を外して唇を引き結び、何事もなかったように藤丸たちに目を戻す。

 

 魔方陣を取り囲むように、三人が既に準備を終えていた。

 召喚の実行者、藤丸が深く息を吸い込み、魔法陣に向けて手をかざす。

 

「それじゃあ――召喚を始めます」

「ええ。私に続いて、詠唱を唱えなさい。決して間違わないように」

「先輩。どうか緊張せずに、リラックスしてください」

「ありがとう、マシュ。……お願いします」

 

 オルガマリーが短く息を吸い、藤丸に合図する。

 

「────素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

 促すようにオルガマリーは首を振った。

 藤丸は頷き、魔法陣の中心に向けて右手を掲げ、声を張った。

 

「そ、素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

「……降り立つ風には壁を」

「降り立つ風には壁を」

「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

「……」

「先輩……落ち着いて」

「……四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 言葉を続けるうちに、藤丸の声に自信がついてきた。それは根拠のない自信かもしれない。しかし、この場にいる人たちが彼のために努力を惜しまず、心力を注いでいるのを感じると、藤丸立香という人間は奮起し、どんな支えを掴まずとも底意地を張って、一人の人間としての大いなる勇気を示す。彼はそういう、堅固な善性を持った人間なのだ。

 集中しきった彼の表情に、オルガマリーはどこか安堵するものを感じていた。

 

 魔方陣に灯る光は輝きを増して、どこからともなく風が吹いてきた。土煙が舞って、小石が飛散する。

 儀式は、佳境へと移っていく。

 

「「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」」

 

 オルガマリーは口を閉ざし、残りの詠唱を藤丸に任せた。

 事前に彼女から伝えられていた詠唱の最後の一小節。その言葉を唱えるために、藤丸は自分という器の底から、あらゆる思いを込めて叫んだ。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!」

 

 魔法陣が白金色に輝き、足元から奔流のような魔力が立ち上る。

 光は渦となって天へ伸び、教会跡地全体を真昼のように照らし出した。

 瓦礫も、焼けた壁も、炎色の空さえも、その光に飲み込まれていく。

 

 ──その時、藤丸の右手の甲に、特徴的な赤い三画の記が独りでに刻み込まれた。

 

 やがて光の中に、ひとりの女性の影が浮かび上がる。

 銀糸の髪が月光の糸のように揺れ、澄んだ紫水晶の瞳がゆっくりとこちらを見回す。

 白と黒を基調にした戦装束は、神聖さと実戦性を兼ね備え、背には純白の旗を携えている。

 その姿は清廉にして凛烈――まさに()()()()に選ばれた者の風格を帯びていた。

 

()()()()ジャンヌ・ダルク。召喚に応じ、此処に参上しました」

 

 その声は澄み切った鐘の音のように、炎に包まれた冬木の空気を震わせた。

 アラベルは、彼女の気配の奥にある()()()()()()()()()()()()を直感し、胸の奥で何かがざらりと動くのを感じた。

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