Fate/Grand Rail - 千の異星紀行   作:TheLazyMan

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6 群星の眼下

 

 ――カルデア 作戦司令室――

 

 ――低く唸る機械音が、まだ不安定な電力の揺らぎを物語っていた。

 復旧した通信設備の周囲で、破壊的な爆発を生き延びた技術スタッフたちが慌ただしくコンソールに向かう。数日前まで当たり前だった青白い照明は今も薄暗く、ところどころで火花が散る。

 

 ロマニ・アーキマンは、傷だらけながら奇跡的に原型を保った司令卓に両手をつき、背後の大型モニターに映し出された施設図を見つめていた。

 赤く点滅する箇所が、カルデアの損傷箇所を示している。炉心区画は依然として真紅に染まり、深刻な被害を告げていた。

 

「……炉心の出力が安定しない。これじゃ全系統の復旧は夢のまた夢だ」

 

 報告に来たスタッフ達の声はかすれ、疲労で滲んでいた。

 

「あちこちで死傷者多数……炉心管理室だけでも五人が行方不明です。おまけに炉心周辺は魔力汚染がひどく、今は作業員の立ち入りすら困難な状態です」

「シミュレータールームに残っていた肉の塊は排除できたようですが、あちこちの電気系統がやられて漏電を起こしおり、修理をしようにも部品のストックも失ってます」

「状況は分かった。レイシフトの安定化を()()()にする。全電力および全魔力リソースをそこに回してくれ。――他は後回しだ」

 

 ロマニは短く息を吐き、即座に判断を下す。

 スタッフが頷き、指示を伝えるために走り去る。

 その間も、耳元の通信機からは断続的に外部の音声が流れていた。

 

『……あー、聞こえてるな? そっちの回線は安定してるみたいだ』

 

 くぐもった低音。通信の向こう側、冬木の冷たい風の音まで混じっている。

 それは、クー・フーリン――キャスターの声だった。

 

『狩人の嬢ちゃんが腹を割ってくれたおかげで、俺も安心して話せる。まずは俺から事情を話すとしよう。

 さっきも言ったかもしれねぇが、俺はこの冬木の聖杯戦争で召喚された英霊の一人だ。聖杯戦争は分かるよな? ろくでもない願いを叶えるために、七人のマスターと七人のサーヴァントがそれぞれペアを組んで、最後の一組になるまで殺し合いをする儀式だよ。

 そんで、俺が召喚されてすぐの話だ……セイバーのマスターが、西の山に陣取って何やら大儀式を始めやがった。そいつが()()()()()()だった』

 

 ロマニの指先が止まる。

 

『聖杯戦争の真っ最中なのに儀式を起こすなんざ、きっと中身はろくでもないものに違ぇねぇ。

 俺とマスターがそいつを止めようと、西の山に駆け付けた、その時だった。

 儀式の光が空を裂いたと思ったら……街全体が巨大な炎の壁に包まれた。燃えて、崩れて……そこからだ、この街がこうなったのは』

 

 司令室のスタッフが一瞬手を止め、通信内容に耳を傾ける。

 

『あまりに突然の出来事だったんで、俺は何とか自前の守護陣を展開して逃げ延びた……。

 だが、マスターは炎に呑まれた。……その時点で、もう冬木は特異点だったんだろうな』

 

 クー・フーリンの声が、わずかに沈む。

 

『おまけに、この身体も長くは保たねえ。マスターを失ったサーヴァントの末路なんざ、わかってるだろ? ……いずれ、消えるさ』

『それが、我々カルデアに声をかけた理由ですか?』

『そうだ。このクソッタレな状況を作ったヤツに、俺が消える前に一泡吹かせてやりてぇ。それが今の俺が抱く、ただ一つの願いさ』

 

 ロマニは眉間を押さえ、深く息を吐いた。

 カルデアの損傷、炉心の不安定、そして特異点の危険度――どれもが時間を奪っていく。

 問題を解決する糸口が見え始めたとはいえ、カルデアの設備の復旧、或いは特異点の攻略というゴールにたどり着くために、どれほどの長さを糸を引き寄せればいいのだろうか。

 今の時点で、ロマニは想像することもできなかった。

 

 ◇

 

 ――特異点F 私立穂群原学園跡地――

 

 冬木市西側の廃校、そのグラウンド中央に、淡く青い光が地面に描かれていた。

 クー・フーリンが足で軽く円を叩くたび、魔方陣の紋様がわずかに脈動する。

 

「こいつは魔性避けの隠れ蓑だ。真蟄虫だろうが、シャドウ・サーヴァントだろうが、見つけられやしねぇ」

 

 彼はそう言って、短く煙を吐くように息をついた。

 魔方陣の内側は、冬木の焦げた空気がわずかに薄れ、妙に静かだった。

 ジャンヌが感嘆の吐息を漏らし、マシュは安心したように盾を少し下ろす。

 だが、アラベルだけは相変わらず落ち着いた顔で周囲を見回していた。

 

「さて……お前らが知らないことを教えてやる」

 

 クー・フーリンはしゃがみ込み、魔方陣の外の闇を睨む。

 彼の話によれば――。

 特異点が生じる前、この地では歴史の通りに、聖杯戦争が行われていた。彼自身もその参加者の一人だったが、今では残りの顔ぶれも限られている。

 

「セイバーとアーチャー、それと俺……まあ、いたにはいたが、延焼が広がった時点で他は全員死んじまった」

 

 言葉は淡々としているが、その奥に焼け付くような光景が滲んでいた。

 アーチャーは最後まで耐えていたが、忍耐の過程で何かの影に触れてしまったのだろうか。

 その瞬間から彼は人ならぬものへと変じ、シャドウ・サーヴァントとなった――そして、それを討ったのが他ならぬアラベルだ。ちなみにシャドウ・サーヴァントという呼称は、マシュの提案で便宜上、この場で決められていた。

 

 マシュがわずかに息を呑むが、アラベルは視線を逸らすだけで何も言わない。

 

「残ってるのは、セイバーとそのマスターだ。セイバーは今、聖杯のある場所に籠ってやがる」

「籠ってる……?」ジャンヌが眉を寄せる。

「ああ、大空洞と呼ばれる洞窟だ。どうやら聖杯が置かれてるらしい。おまけにセイバーのマスターもそこにいるはずだ」

 

 クー・フーリンの声には、そこだけは揺るがない確信があった。

 魔方陣の光がゆらりと揺れ、外からの風が、焼けた街の匂いをわずかに運んでくる。

 それは、この静けさが決して長く続かないことを告げていた。

 

「――お前だけだな。ここで自分のことをろくに話してねぇのは」

 

 沈黙を切り裂くように、クー・フーリンが低く口を開いた。

 アラベルはわずかに眉をひそめ、首を傾げる。

 

「もう話したでしょ。星海の外から来た狩人って」

「そういう肩書きの話じゃねぇ」 アルスターの光の御子は一歩踏み込み、赤い瞳を細めた。

「俺たちは同じ世界の出だから何となく分かるが……お前の話は次元が違う。生まれ育った場所、そこにある常識、その世界の掟――そういうもんを話せって言ってんだ」

 

 言葉は静かだったが、獣が息を潜めて獲物を追い詰める時のような圧力があった。

 周囲の視線も自然とアラベルに集まる。マシュの瞳は不安げに、ジャンヌは純粋な疑問を宿し、藤丸は好奇心から、オルガマリーはどこか責めるような視線を投げかけている。

 そして司令室の向こうからロマニの声が通信越しに響く。

 

『確かに……僕も興味あるな。星の外なんて、カルデアの観測範囲でも例がないし』

 

 アラベルはしばらく口をつぐんだまま、魔方陣の光を見つめていた。

 やがて、短く息を吐く。

 

「……はぁ。つまらない話だからね」

 

 指先で銀色の髪先を弄びながら、唇の端をわずかに吊り上げる。

 その声色には、飄々とした皮肉と、どこか割り切った諦念が混じっていた。

 

「聞いて後悔しないでよ」

 

 ◇

 

 さて――どっから話せばいいものかな。

 たとえばこの宇宙、ただの真空に星がぽつぽつ浮かんでる箱庭かと思ったら大間違いでね。見えないところに、とんでもなくでかい奴らがいる。人間の物差しじゃ測れない、星そのものを孕み、育て、呑み込む存在――星神(アイオーン)ってやつがね。

 連中は全員、頭のネジが違う方向に外れてる。……いや、外れてるっていうより、最初から一本しか持ってないネジがあって、それが命尽きるまで同じ方向にしか回らない。破壊することしか考えない奴、長生長命だけを求める奴、理不尽で面白いことをするのに人生賭けてる奴……そいつらの()()()()()()()が宇宙の法則を縛ってる。物理法則? 因果律? ああいうのは、星神の趣味で出来上がってるもんだと思ってね。オレたちはそういうこだわりを便宜上、()()、と呼んでいる。そして星神と同じ運命を辿る人というのは、宇宙に充溢するエントロピーからその運命にまつわる力を引き出せるようになる。こっちの世界でいうところの魔力と魔術に近い関係、って認識でいいよ。

 

 で、そんな狂った舞台の上で、もうちょっと人間くさいことをやってる連中もいる。スターピース・カンパニー。これがまた厄介でね、星から星へ、資源と文化と借金をばら撒きながらデカくなった宇宙商社の大集合体さ。

 奴らはあちこちの星系を開拓し、あらゆる文明を信用ポイントっていう数字の鎖で縛った。食料も医療も芸術も、はたまた命ですら、全部ポイントで計られる。そんで、言葉の壁? そんなものは()()()()()()()っていう、脳みそに直接翻訳を流し込む機械で取り払った。おかげでどんな種族とも口喧嘩できる便利な世の中になったのさ。

 

 ああ、そうだ。移動手段だってバカにならない。開拓の星神、()()()()()が宇宙の至るところに築いた銀軌――宇宙規模の鉄道のレールだよ。これを使えば、恒星間航行がまるで散歩みたいなもんになる。貨物も人も思想も、ありとあらゆるものがレールに乗って、銀河の端から端まで転がっていく。スターピース・カンパニーの築いた経済共同体も、この銀軌を利用して拡大していったの。

 ……ま、オレの暮らす世界ってのは、だいたいこんな感じかな。

 宇宙は広くて、面白くて、そしてどうしようもなく息苦しい。

 

 で――オレ自身の役目だけど、肩書きは()()()()()()()。響きは格好つけてるけど、実態はもう少し泥臭い。銀軌の外れや、正規航路に載らない裏道――虚数の海や未踏星域を渡り歩いたり、航路を確保したり、遭難船を救ったり、たまに海賊や怪物を沈めたりする。宇宙の保安官……とでも言えば聞こえはいいけど、まぁ要するに、危ないところで危ない仕事をして金を稼ぐ連中の一派なの。

 オレは、そんな一派であることを名乗ってるけど、まぁ、フリーランスというか派遣社員みたいな……ようは、正式に彼らのメンバーとして認められた立場じゃない。けどやむてるこもは同じだから、自称、って頭文字がつくわけ。

 

 オレが地球に来る直前にやってたのは、そんな仕事の中でも少し毛色の違うやつでさ。

 昔ね――宇宙全域を食い荒らす()()()()()って呼ばれる厄災があった。繁殖の運命に属する、繁殖の星神。そいつがやたら滅多に眷属を増やしまくって、それが真蟄虫……或いは、スウォームって呼ばれてる。連中は一度群れを作れば、惑星ひとつをまるごと骨までしゃぶる。で、その厄災自体は大昔に鎮圧されたんだけど、スウォームは宇宙各地に散ってそれぞれ変異しながら巣を作った。そんで辺境の星域に、銀軌に近い場所で奴らの巣を確認できたって情報があったんだ。場所はある小さな恒星系――この星じゃないからね? それで近くの宇宙要塞連盟が討伐作戦を立ち上げ、傭兵を募っていた。幸い、そこはスターピース・カンパニーとは仲が悪くてね。オレみたいな厄介者でも受け入れてくれるっていうから、資金稼ぎも兼ねて、その仕事に乗っかったわけ。

 

 作戦は順調だった――少なくとも、最初はね。

 砲撃と白兵戦で巣を潰し、残った奴らを掃討して……はい終わり、のはずだった。ところが数体の生き残りが、戦場から逃げ出しちゃって。しかも逃げ込んだ先が悪かった。時流が安定しない危険地帯……()()()()。そこは航路の地図にも載らない、行けば必ず迷子になるような時空の渦なの。

 

 普通なら見捨てるところ、なんだけど――あの虫どもを野放しにしておくと、被害は必ず拡大する。数千年に及ぶ宇宙の歴史がそれを物語っている。オレは船を駆って追跡に入った。

 で、案の定だよ。虚数海域の奥で、乱流が牙を剥いた。虚数乱流――あれは海というよりも、怒った神様に海図をぐちゃぐちゃにされた感じかな。そういう運勢最悪な人にだけ巻き込まれる事象が発生してね。気づけば計器は全部狂い、舵は利かず、空間そのものが裏返るような感覚がした。

 

 で、次に目を開けたら……そこがカルデアだったってわけ。

 ほら、言ったでしょ? つまらない話だって。オレとしては、ただ仕事をしてただけなのに、気づいたら別世界の騒動に巻き込まれてる。運命のいたずらってのは、いつだってロクなもんじゃない。

 

 ◇

 

 アラベルの話が終わると、しばしの沈黙が場を支配した。

 その空気を破ったのは、やはり光の御子だった。クー・フーリンは顎に手をやり、気分を損ねたように口を尖らせる孤狼を正面から射抜くように見据えた。

 

「つまりだ。お前の最大の目標は――()()()()と、()()()()()()()()()。それでいいな?」

 

 アラベルに反論の余地はなかった。要約すればそういうことになる。

 

「それなら、今回の特異点そのものには直接関係していない。だが、少なくとも虫の親玉が巣を作る前に潰すって点では、俺たちと利害は一致する。……とりあえず、それでいいか?」

 

 わざわざ話を繰り返すのが嫌なのだろう。アラベルは肩をすくめて、うなずいた。

 しかしクー・フーリンはさらに一歩踏み込む。

 

「てめぇの過去については何も言わねえつもりだな?」

()()()()()でね」

 

 それでもクー・フーリンは、鼻で笑いつつも頷いた。

 

「ま、今は仲間ってことで手を打つぜ」

 

 ――そして議題は、今後の動きへと移る。

 オルガマリーは机を叩き、険しい顔で言い切った。

 

「特異点の核心は大空洞よ。聖杯がそこにあるのは確実。侵攻して原因を断つしかない」

「それより先に、街の生存者を探しましょう。もしかしたら、他のカルデアの仲間もこの特異点にいるかもしれない」

 

 藤丸は躊躇うように首を振る。

 ジャンヌはその意見に目を伏せて頷くが、すぐに口を開いた。

 

「心は同じです……ですが、この特異点がいつまで維持できるかも分かりません。現状、私たちが為せる行動は限られているといっていいでしょう。最優先事項を見失ってはならないと思います」

「オレはどっちでもいいよ。……もし成熟体が出てきたら、今の戦力で足りるのかな?」

 

 アラベルはというと、頭の片隅からあの羽音が離れないのか、自分の各武装の再点検をしている。

 そんな中、マシュが小さく手を上げた。その声は少し震えていた。

 

「……ひとつ、言わなければならないことがあります。私はデミ・サーヴァントとして戦えますが……()()()()()使()()()()()()()

 

 その瞬間、場の空気がまた沈む。

 クー・フーリンは軽く鼻を鳴らし、口元に笑みを浮かべた。

 

「なら決まりだな。俺の現界の時間は限られてる。代わりに前線を張れるよう、お前に特別な訓練をつけてやる」

「特別な……訓練?」

 

 マシュは戸惑いの色を浮かべる。

 

「そうだ。ナリはどうであれ、お前はサーヴァントになったんだろ? サーヴァントたるもの、己の切り札もなしに戦うのは自殺行為だ。今後に大事な戦いが控えているなら、なおさらな。

 だからお前の宝具を覚醒させる。訓練をするぞ。

 幸い、シャドウサーヴァントの残滓が残ってる場所がある。あれを利用すればいい」

 

 藤丸も頷き、オルガマリーも渋々了承する。ジャンヌは静かに祈るような仕草を。そしてアラベルはというと内心で――虫探しは後回しだな、と舌打ちした。

 かくして一同は、クー・フーリンの提案を受け、シャドウサーヴァントの残滓が潜む場所へと向かうことになった。その場所は、高校から南西部にある森林地帯であった。

 

「……あのさ。宝具ってなに?」

「アラベル、黙りなさい」

 

 ◇

 

 一同は南西へと進路を取った。目指すは、冬木の猛火を最も激しく受けた場所の一つ。

 冬木市南西部にある森林地帯――燃え尽きた木々が、灰の柱となって天に向かう土地だ。

 紅の陽射しも、そこでは届くことを拒まれているようだった。地面には薄い灰が積もり、踏みしめるたびに音のない煙が立ち上る。梢はとうに崩れ落ち、枝は黒く焼け焦げ、幹はひび割れている。わずかな風に、かつて森であったものたちが囁くようにきしんだ。

 この荒れ野の奥には、ひとつの古い城がある。雪の季節には白壁が映えたであろうその城は、今や瓦解し、かつての威容を半ば失っている――()()()()()()()()。その廃墟の近辺こそ、シャドウサーヴァントの残滓が潜むとされる地だった。

 

 移動の途中、アラベルが唐突に声を上げた。

 

「ねぇ、ジャンヌ。宝具って、どういう仕組みなの? マリーが意地悪して教えてくれないの」

 

 シニカルな感じのある問いに、オルガマリーが鋭い視線を送る。

 しかしジャンヌは苦笑し、首を横に振った。

 

「構いません。宝具とは……その英霊が生前に刻んだ伝説や象徴が、力として具現化したものです。ある者にとっては剣であり、ある者にとっては旗、または槍……形は様々ですが、どれもその者の()()()()()()()()()()()()()()()()です。

 たとえば私などは、この旗。かつてはフランスという国の救世主となった身ですから、祖国を救済するため、フランスに生きる人々のために掲げた旗。それがジャンヌ・ダルクという英雄の象徴となり、私という英霊の宝具へと昇華したのです」

 

 藤丸はその説明に深く頷き、アラベルも興味深げに眉を上げた。

 だが藤丸はすぐに首を傾げる。

 

「……でも、マシュの宝具が使えないのは、やっぱりおかしいですよね?」

「理由はいくつか考えられるわ」 オルガマリーが口を挟む。

「まず、マシュ自身がサーヴァントとして未熟なこと。次に、あなた――マスターとしての経験値不足。さらに言えば、この特異点そのものが干渉を起こしている可能性もある」

 

 言葉を失ったマシュに、場の空気は一瞬、冷たく固まった。

 その沈黙を破ろうと、ジャンヌが口を開く。

 

「……でも、マシュ。あなたには盾があります。どんな攻撃を防ぐような素晴らしい大楯が。

 大丈夫ですよ。たとえ宝具が使えなくとも、それは立派な――」

 

 慰めのつもりだったのだろう。しかし、その響きはどこか空虚で、思わず頬を伏せるマシュの肩をさらに沈ませた。

 

「あっ……」ジャンヌは自分の失言に気づき、慌てて言葉を繋げる。「違います、決してあなたを責めているわけではなくて、あなたが未熟だってことを言いたいわけではなくて……ええと、その……」

 

 焦りは声に滲み、必死の取り繕いがかえって痛々しい。

 そこで、クー・フーリンが槍の石突で地面を軽く叩き、呆れたように言った。

 

「お前、()()()()()()()()だな」

 

 短く鋭い一言は、ジャンヌの胸を突き、聖女の微笑みを奪った。彼女はかえって視線を落とし、今度はマシュ以上に肩を落とす。

 微妙に気の抜けた空気が、その場に流れた。

 アラベルは口元を押さえ、くすりと笑ってしまう。そのわずかな笑みを、オルガマリーが見逃すはずもない。鋭い視線が横から突き刺さり、アラベルは肩を竦める――まるで、いたずらを見つかった子供のように。

 

 

 ――閑話休題。

 

 

 やがて、 森の切れ目から、半壊した洋城が姿を現した。

 焼け落ちた外壁には煤がこびりつき、崩れた尖塔が空を突き刺すように影を落としている。割れた窓、崩れ落ちた屋根。その静けさは、まるで死の静寂のようにあまりに深い。

 その光景を目にして、一歩足を踏み込んだ瞬間だった――まるで足元で仕掛けを踏んだかのように、空気が変わった。

 ――刹那、膨れ上がる圧迫感。()()()()()()

 

「来るぞ」

 

 クー・フーリンが足を止め、杖を構える。

 アラベルは即座に腰の銃へ手を伸ばし、ジャンヌは聖旗を構える。その備えを嘲笑うかのように、森影から何かが飛び出した。

 

 黒い霧に包まれた巨躯。常人の目では追えぬ速度――それは弾丸どころか、()()の衝撃そのものだった。

 着弾と同時、地が抉れる。影の輪郭が露わになる。

 ここに来る前に、クー・フーリンは語っていた。かつてアレは、狂戦士の名を冠する英霊だった。人類史に名を残し、いずこへ召喚されるとも最強の名を欲しいままにする、最上の戦士。

 ――()()()()()

 それは既に理性を失い、シャドウサーヴァントの黒い泥に塗れた獣の姿だった。

 

 狂える獅子の咆哮。

 次の瞬間、盾を構えるマシュの腹部へ、拳が叩き込まれた。

 

「――っ!」

 

 重音が響き、少女の身体は地面を滑り、土埃を巻き上げながら吹き飛ぶ。

 

「マシュ!」

 

 藤丸の悲鳴が焦燥を帯びて森に響く。

 ヘラクレスは追撃をためらわない。巨腕を振り下ろす軌道の前に、ジャンヌが飛び込み、聖旗の柄で受け止めた。

 衝突音が空気を震わせ、彼女の足が足首まで地面にめり込む。

 

「くっ……!」

 

 霊器を巡る魔力が足りない。全身に力を込めても、その一撃を受け止めるだけで精一杯だった。

 そのやり取りを、カルデアの通信越しにロマニが目を見開いて見ていた。

 

『待ってくれ……あの魔力量、何だ……!? 霊基反応が、常識外れだぞ!』

「当然だ。あれの基になったやつは人類史でも最強格の英雄だった。そいつがイかれた魔力で汚染されたんだ。そりゃイかれた反応も出るだろ」

『いやいや、イかれたなんて、そんなレベルじゃない! あんなの、ほとんど聖杯レベルだよ!』

 

 彼の声は震え、分析結果が事実であることを告げていた。

 アラベルは視線を鋭くし、銃口を向けようと一歩踏み出す。

 だが――

 

「手ェ出すな。これは、あの嬢ちゃんたちの戦いだ」

 

 その行動は、クー・フーリンの冷たい視線によって制される。

 抑え込まれた衝動を飲み込み、アラベルはしぶしぶ銃をホルスターに戻した。

 

 森を裂く衝撃音が、間断なく続いていた。

 巨腕が振るわれるたびに、空気が爆ぜ、土が跳ね、岩が砕ける。シャドウ・サーヴァント――かつてヘラクレスと呼ばれていた者の雷光のごとき猛攻は、止まることを知らない。

 

「はぁッ!」

 

 立ち直ったマシュが、迫る拳を楯で受け止めた。衝撃で足が地に食い込み、体勢が崩れる。そこへジャンヌが踏み込み、旗先を振るう。鋭い斬撃が巨体を裂く――はずだった。

 しかし、剣戟が体躯を走ったにも関わらず、シャドウ・サーヴァントは怯まない。肉を裂かれたという感覚すら拒絶するように、傷口から黒泥が噴き出し、瞬く間に再生されていく。

 そのまま、彼は暴力の塊となって二人を押し潰そうとした。

 

「なっ……何やってるのよ! あなた、止めなさいよ!」

 

 背後でオルガマリーが声を張り上げる。

 マシュとジャンヌが殺される、かといって自分が横やりを入れても殺される――その想像だけで、彼女の声は震えていた。

 だが、クー・フーリンは振り向きもしない。杖を握ったまま、ただ戦場を睨み据えている。

 

 戦闘は、マシュたちの防戦一方だった。

 シャドウ・サーヴァントが己の巨躯を雷のように突き動かし、華奢な少女二人が身の丈にそぐわぬ武器で必死にそれを受け流す。

 土煙が舞い、朽ちた木々が粉砕され、剣戟の音が響く。それはマシュ達が一方的に消耗する小節であり、いずれ来る彼女たちの死を招くための破滅の序章であった。

 

 それを見ていた藤丸の胸が、焼け付くように焦る。

 何かしなきゃ。だが何を――?

 足が地面に縫い付けられたように動かず、喉の奥で声が詰まる。

 

「……これは、あの娘の戦いだ」

 

 唐突に、クー・フーリンの声が響いた。

 藤丸が目を向けると、その双眸は真っすぐに彼を射抜いていた。

 

「同時に――お前の戦いでもある」

 

 その声音には、重さがあった。容赦も、逃げ道もなかった。

 

「あいつはサーヴァント。そしてお前はマスターだ。誰でもなれるわけじゃねぇ。

 いうなれば、お前は世界に選ばれた。だったら、否が応でも自分の運命を直視しろ」

「……運命……」

「責任を果たせ、()()()()。お前がやらなきゃ、誰がやる」

 

 その言葉に、藤丸の胸中で何かが鳴った。

 彼はふと、自分の手の甲を見つめる。そこには、鮮烈な赤の文様――令呪が刻まれていた。

 それは、ただの刻印ではない。この手一つで、戦況を変える()だった。

 

 森を切り裂く音が絶え間なく続く。

 シャドウ・サーヴァントの巨腕が振り下ろされるたび、地面が裂け、衝撃波が木々を薙ぎ倒した。

 

「ぐっ……!」

 

 マシュは楯を構え、巨拳を受け止めるが、全身が軋み、呼吸が乱れる。

 

「――はッ!」

 

 横合いからジャンヌが突き入り、旗先で斬り払う。

 だが、それは押し寄せる暴風に一瞬の隙を作るにすぎない。互いが互いを庇い合う形で動いても、じわじわと押し込まれていく。

 そして――一瞬の揺らぎ。ジャンヌの足元が崩れた。

 

「しまっ――」

 

 振り返りざま一撃が、彼女を弾き飛ばす。

 肺が潰れるような衝撃が全身を駆け抜け、それでも彼女は、泥まみれの中で踏みとどまった。

 

「……まだ、終わっていません!」

 

 眼前に迫りくる雷光の巨腕。さりとて、ジャンヌの胸に怯懦はない。

 人理を守護する、我が同胞を守りたまえ。

 胸の奥から燃え上がる祈りが、彼女の声に乗る。旗を高く掲げ、光を集め――。

 

 

 ――我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!

 

 

 白金の光柱が戦場を包み込む。

 破滅の暴力が押し寄せる中、その輝きは揺るがず、彼女と、その傍にいるマシュを守る聖域を築いた。風は凪ぎ、空気は清浄に澄み渡る。

 さりとて、それは一瞬の仮初の平和。魔力が不足する英霊が行使する宝具は、限界がすぐに訪れる。決して狂気と暴風雨を正面から受け止める、聖なる楯にはなれない。

 シャドウ・サーヴァントが腕に力を込めて押し込めば、呆気なく、その守りに罅が入る。

 自らの死を告げる死神の手が迫る中、ジャンヌの瞳が、まっすぐ藤丸を射抜く。

 

「マスター……共に、一歩、前へ!!」

 

 ――そうだ、自分は何をしている。

 藤丸は息を吸い込み、手の甲に刻まれた令呪を突き出す。

 

令呪をもって命ずる――マシュ・キリエライト! 全力をもって、この戦いを護り抜け!

 

 赤き光が走り、令呪の力が彼女へと流れ込む。

 瞬間――聖域を覆う光壁に、大きな亀裂が走った。

 

 「……ッ!」

 

 ジャンヌの宝具が軋み、砕ける音が響く。シャドウ・サーヴァントの拳が彼女に迫り――。

 

 だが、それは届かなかった。

 

 

 ――疑似宝具展開!

 

 

 マシュの声と共に、巨大な虚像の楯が宙に顕れる。

 仮想空間を穿ち出すように楯が展開し、世界そのものが一瞬ねじれた。

 黄金の奔流が拳を受け止め、力と力がぶつかり合う轟音が天地を震わせる。

 

「ジャンヌさんは……先輩は……仲間は、私が守ります!」

 

 振動を押し返すように、マシュは楯を押し出し、シャドウ・サーヴァントの攻撃を完全に阻んだ。

 背後で、ジャンヌは息を荒げながらも微笑んだ――守られた、という確かな実感を胸に。

 

 シャドウ・サーヴァントの巨躯に虚像の楯が激突した瞬間、轟音が戦場に轟いた。

 楯の圧倒的な質量と魔力の奔流が敵の膝を直撃し、膝からガキッと鈍い音が響く。

 膝を貫かれた怪物はその場に崩れ落ち、黒い影が震えながら細かく震動するように揺らめいた。数秒の間、時が止まったかのように感じられた。

 その沈黙を破るように、ジャンヌの鋭い声が響いた。

 

「ええ、そうです! マシュさん! 盾はただ守るために使う道具ではない。敵を砕き、ねじ伏せて、圧し潰すための武器でもある! 相手を潰してやりましょう!」

 

 彼女の言葉にマシュは力強く頷いた。今やただの盾ではなく、重厚な魔力の塊となった虚像の盾を、彼女はまるで剣のように自在に操らんとしていた。

 二人の間で息がぴたりと合い、攻防の呼吸が交錯する。

 ジャンヌが間合いを詰めて斬撃を叩き込み、その切っ先を盾で押し返す敵の脅威を封じる。

 マシュはその隙を見逃さず、盾を振り回し、盾で打ちつけ、敵の動きを削っていく。

 敵は巨大な獅子の如き暴力で押し返そうとするが、その攻撃は徐々に勢いを削がれ、重みを帯びた魔力の楯に押し込められていった。

 

「いいぞ、マシュ! もっと盾で押し込め!」

「……すごいじゃない、マシュ」

「……ねぇ、()()()()でしょ?」

 

 アラベルの鋭い声が戦場に飛び込み、クー・フーリンに視線を投げた。

 だが、彼は視線をそらし、無言で戦いに集中している。或いは、もう自分の関知するところではない、という意味合いだろうか。

 その意を汲んだとばかりに、アラベルはニヤリと鋭く笑うと、一瞬の隙を突くように彼女は銃を取り出し、狙いすました銃撃を放つ。

 弾丸の火花が散り、一寸の迷いなく、シャドウ・サーヴァントの膝を撃ち抜いた。まるで凍てついた刃に腱を切り裂かれたように漆黒の巨体が膝をつき、重く揺れる黒い体を斜めに崩し、もがき苦しんだ。

 ジャンヌは一気に距離を詰め、力強く聖なる旗を振り下ろす。だが、シャドウ・サーヴァントの巨体に突き刺さることはなく、分厚い黒い影の如き肉体が重く受け止めた。

 傷を負ってもなお圧倒的な防御力に、空気が一瞬硬直する。まるで大地が砕けんばかりの重圧が、戦場に波紋のように広がった。ジャンヌの旗は激しく震え、彼女自身も力を振り絞って耐えたが、体に激しい衝撃が走る。

 それでも、ジャンヌは歯を食いしばり、鋭い視線を敵に注ぎ込む。彼女の宝具が消耗し、魔力が尽きかけていることを誰よりも理解していたが、ここで倒れるわけにはいかない。相手に防御の意識を強制的に押し付けようと、力で押し込むことを止めない。

 

「おさらばです、大英雄! いずれどこかでお会いしたときは、ご恩をお返しします!」

 

 彼女がそう宣告した、その直後――マシュが巨大な虚像の盾を持ち上げながら、宙を飛んだ。

 そして、まるで錘のように盾を振りかぶって、シャドウ・サーヴァントの真上から降りかかる。己の宝具を武器として。守るための道具を、相手の息の根を止めるための武器とするように。

 

 巨大な魔力の質量がぶつかろうとした寸前で、ジャンヌは体を躱し、盾が降り注ぐ破壊力は容赦なくシャドウ・サーヴァントの体を圧し潰した。

 ぐちゃりと鈍い音を立てて、黒い影の塊は砕け散り、消えゆく光の粒子となって消滅する。

 激しい土煙が立ち込める中、そこには、強者の意志と連携が生んだ、確かな勝利の輝きがあった。

 

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