Fate/Grand Rail - 千の異星紀行   作:TheLazyMan

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 便宜上、話をスムーズに展開させるために、意図的に表現を分けて書いいる箇所があります。分類は大まかに以下の通りとなりますが、ほとんど雰囲気で変えたりしてるので、前もってご承知ください。

 真蟄虫・成熟体→成熟体、または親玉
 真蟄虫・幼年体→虫、または雑魚
 スウォーム→上記どちらも、ストーリー進行上の格好付け


8 クライシス

 大空洞は、戦場そのものと化していた。

 

 甲殻がぶつかり合う鈍い衝撃音、魔力の爆ぜる光、金属が震える高音が幾重にも折り重なり、洞窟全体が脈打つように揺れた。

 壁面を覆う瘴気は、戦闘の振動に呼応して渦を巻き、血のような赤と腐蝕した緑に染まりながら、不規則な波動を吐き出す。

 天井からは石塊が剥落し、地面は衝撃で細かくひび割れ、魔力の奔流が砂塵と混じって視界を覆った。

 

「——行きます!」

 

 ジャンヌが前へと進み出た瞬間、淡金色の光輪が戦場に差し込む。

 宝具、我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)——

 それは聖なる城壁のごとく展開し、群れ寄るスウォームたちの咢を阻む光の障壁となる。

 直後、セイバーがその庇護を背に受け、「感謝する」と短く告げるや否や前線へ躍り出た。

 剣閃が空を裂き、無作為に襲いかかる虫の巨体を次々と切り伏せる。

 刃が煌めくたび、魔力が波紋のように放たれ、甲殻を貫き、複眼の奥で光が消えた。

 

 背後では、マシュが両腕で盾を構え、藤丸とオルガマリーを守る壁となっていた。

 突進してくる数匹の虫が、その盾に弾かれ、甲高い悲鳴を上げて転がる。

 その一瞬の隙——藤丸はアラベルから託された愛銃を構えると、一匹の標的に狙いを定めて、重たい引き金を引く。

 耳を裂く銃声と共に、放たれた弾丸はスウォームの頭部から腹部にかけて粉砕したが、その反動は容赦なく藤丸の肩を打ち、視界を一瞬白く飛ばした。

 

「——目を逸らさないで! 離れてはダメ!!」

 

 横から貫くオルガマリーの声。

 藤丸は痛む腕を押さえながら頷き、マシュと背中合わせに位置を整えた。

 

 アラベルの可変式狙撃銃が、低く唸るような発射音と共に火を吹いた。

 銃身は獲物を探す蛇のように滑らかに旋回し、照準が虫の複眼を捕らえた瞬間、炸裂音が洞窟の瘴気を切り裂く。弾丸は瘴気を裂き、甲殻を爆ぜさせ、スウォームたちの断末魔を洞窟に響かせる。高威力に調整された弾丸は、小型のそれを一撃で無へと変える。

 だが、その照準が親玉の巨体を捉えた瞬間、空気が張り詰めた。

 引き金を絞る——衝撃が肩を叩くと同時に、弾丸は一直線に飛翔し、巨体の右肩を深く抉った。

甲殻が裂け、硬質な音を伴って破片が飛び散る。

 親玉は鈍く唸り、たたらを踏む。しかし、それだけだった。

 ——狙うべきは急所、致命部のみ。そうでなければこの化け物は倒せない。

 

「……だけど、鎧は抜ける。まだやれる」

 

 アラベルは満足げに呟き、銃を構え直した。

 

 その後方で、ジャンヌはなおも宝具を維持し、侵入してくる虫の群れを剣で断ち切っていた。

 だが、一体の触腕が結界をすり抜け、鎧に傷を刻む。

 冷たくぬめる感触が肌をかすめた瞬間、ジャンヌの瞳に憤怒が走る。

 ——()()

 次に飛びかかってきたスウォームの突進を、彼女は剣ではなく()()で受け止め、そのまま地面へ叩きつけた。

 骨が砕ける重い音が響き、続けざまに鉄靴がその頭部を容赦なく踏み砕く。

 聖女の面影はそこになく、ただ戦場の修羅のみが立っていた。怒れる獅子の咆哮が幻聴のように聞こえるがごとく、であった。

 前線で斬り結ぶセイバーは、爆ぜる血飛沫の向こうからその姿を一瞥し、内心でジャンヌを評する。

 ——あれほどの苛烈さを秘めているとはな。聖女の皮を被った猛獣よ。

 

 後方では、オルガマリーが素早くロマニとの通信を開く。魔力の拡散と瘴気の乱流のせいか、通信と音声は途切れがちだが、オルガマリーは大切な情報は聞き洩らさなかった。

 

「戦況を分析して。今の私たち、優勢なの? 劣勢なの?」

『……十匹以上は倒したけど、残りの数が多すぎる。それにあの親玉が健在だと、戦力差はほとんど縮まらない』

「みんな! あいつをやらないと、何も変わらないわ!」

「ならば——」

 

 セイバーは振り返りざま、血を吐くような咆哮を放った。

 

「この戦を終わらせるには、やつの首を断つしかあるまい!」

 

 その声は戦場を貫き、カルデアの面々の胸を震わせた。

 決して安全ではない道。無謀と紙一重の決断。だが、誰も彼女を止めなかった。

 なぜなら、その背中は——勝利を引き寄せるためにしか存在しない、と感じ取ったからだ。

 

「雑魚は引き留める!」

 

 アラベルが低く言い放ち、狙撃銃を旋回させる。

 次の瞬間、銃声が重なり合い、火線がセイバーの突撃路を切り開く。

 撃ち抜かれるスウォームは、味方と敵の境界を問わず、爆ぜて肉片を撒き散らした。

 ——フレンドリーファイア? そんな概念は彼女の射線には存在しない。

 正確で冷酷、だが確実に英霊のための道を拓く銃弾だった。

 

 セイバーはその雨のような援護を背に受けながら、地を蹴った。

 脚部に魔力が集中し、視界の景色が一瞬で後方へ飛び去る。

 跳ね上がる瘴気、砕ける岩盤、飛び散る虫の血肉。

 漆黒の騎士王の全身は一つの矢となり、親玉の巨体へ真っ直ぐに向かっていく。

 

 巨体の目前に迫るや否や、剣を振り下ろした。

 だが、親玉は分厚い前腕を前に突き出し、その一撃を受け止める。

 衝撃が刃と骨と甲殻を震わせ、戦場全体が一瞬息を呑む。

 ——それでも退かぬ。

 セイバーはその腕に飛び乗り、滑る甲殻を蹴って駆け上がる。

 アラベルの弾丸が背後から親玉の眼窩を掠め、奴の注意をわずかに逸らす。

 好機だ。

 

「——はあああああッ!」

 

 高く跳躍し、空を裂く勢いで首の背面へと迫る。

 全魔力を刃に込め、すれ違いざまに、うなじへ一閃。

 白銀の弧が走り、厚い甲殻が悲鳴のような音を立てて裂けた。

 ——瞬間、親玉の喉奥から耳を劈く絶叫が迸る。

 瘴気が震え、大空洞全体が怒りと痛みに共鳴するかのように鳴動した。

 

 セイバーの一閃が巨体を裂いたその瞬間、藤丸は思わず息を詰めた。

 彼の視界に広がるのは、仲間たちの苛烈な戦いぶり。

 アラベルの冷徹な援護射撃、マシュの揺るがぬ盾、セイバーの勇猛無比な突撃、そしてジャンヌの光壁がすべてを守護している。

 

「……()()()

 

 胸の奥で、確かな手応えが芽生える。勝利の未来を、初めて鮮やかに描けた気がした。

 

 だが——その瞬間、世界が反転する。

 

 手傷を負ったスウォームの親玉から、底なしの闇が膨張した。

 それは目で見るものではない。音でも、匂いでもない。

 魂の奥底を、冷たい爪でなぞられるような、抗いがたい悪意の圧。

 脳が警鐘を鳴らすよりも先に、身体が勝手に動いた。

 

令呪をもって命ずる! ——ジャンヌ、全力で宝具を維持して!

 

 右手の甲で紅が閃き、令呪が弾けるようにサーヴァントへと魔力を流し込む。

 

「マスター!?」

 

 ジャンヌは目を見開いたが、すぐに理解し、聖旗を高く掲げる。

 白銀の光壁がさらに眩く膨張し、その輝きが瘴気を押し返した。

 

 ——遅かった。

 真蟄虫・成熟体の体内で、二つの力が絡み合っていた。

 ひとつは聖杯から吸い上げた膨大な魔力。

 もうひとつは、この世界の理そのものに干渉する、運命の力。

 それらが融合し、重なり、歪み、色を失った球状の渦が形成されていく。

 光でも闇でもない、存在の外側から覗き込むような色彩。

 触れた者の過去も未来も、そして「今」さえも削ぎ落とす——そんな、得体の知れぬ圧が広がる。

 

 

 ——《虚時の殻(アポカリプス・マニフェスト)》

 

 

 直後、大空洞全体、がその球体に飲み込まれた。

 轟音。衝撃波が地を裂き、天井を崩し、空間そのものが歪む。

 カルデア一同はジャンヌの光壁に守られ、その中で必死に踏みとどまる。

 外のスウォームたちは、絶叫を上げる間もなく霧散していった。

 

 しかし——前に飛び出していたセイバーは違った。

 退く暇などない。

 咄嗟に剣を地面へ叩きつけ、魔力を解放する。

 轟音と共に、地が隆起して分厚い土壁を形成し、殺到する力を受け止める。

 それでも衝撃は骨の髄まで響き、全身の感覚が白く塗り潰される。

 光と闇の境界で、戦場は一瞬にして死の静寂へと変わった。

 

 ◇

 

 大空洞を覆い尽くした衝撃の余波は、壁面を削り、地盤を砕き、空洞内に土煙と瘴気を渦のように巻き上げた。

 息を吸うたびに喉が焼け、視界は一面の灰色に沈む。

 音も形もない、ただ粘つく闇だけがそこにあった。

 

 その闇の中で——

 親玉のスウォームが、この場の覇者として振る舞うがごとくゆっくりと、地面に足をつける。

 甲殻が鈍い音を立て、土を抉る。

 

 次の瞬間、その巨体の内部を奔る魔力の鼓動が、空気ごと戦場を震わせた。

 

 セイバーの果敢なる斬撃が刻んだ傷も、アラベルの鋭い銃弾が穿った孔も。

 体中に負った傷の場所——そこから濁った体液がどろりとあふれ、蠢く肉芽が傷口を飲み込み、黒く艶めく甲殻が再び閉じていく。肉が伸び、血管が絡み合い、骨のきしむ音さえも生々しく響く。

 それは治癒ではない。——喰らった痛みを、嘲笑うかのような高速再生だった。

 

「——()()()()()()()()

 

 土煙を切り裂く閃光と、狩人の悪態が、その瞬間を断ち切る。

 次の瞬間、アラベルの砲口から迸った光条が、親玉の足元へ吸い込まれた。

 耳を裂く炸裂音と共に、激しい爆炎が咲く。

 その炎は嵐のように土煙を巻き上げ、そして——吹き払った。

 

 視界が晴れる。

 ジャンヌの聖旗のもとに集う仲間たちは、宝具の加護によって無傷だった。

 だが、その旗の輝きはもう微かに瞬き、次の瞬間にはふっと掻き消える。

 

「……っ!」

 

 ジャンヌの肩が落ち、息が乱れる。

 全身から光が抜け落ちるように、宝具による結界が消滅していった。

 令呪による魔力支援がなければ、宝具を維持する余力を奪われ、その五体は四散していただろう。彼女は持てる魔力をすべてあの防御に費やしていた。

 オルガマリーは唇を震わせ、強大な成熟体を見る目の奥には恐怖を刻まれている。

 

「……仲間ごと吹き飛ばすって、気でも狂ってるの……?」

「違う」

 

 アラベルは銃を構えたまま、淡々と言い放った。

 

「ありゃもう、ただの真蟄虫なんかじゃない。

 魔力と——運命力の両方を宿した、この世でただ一匹の怪物だよ。

 奴に仲間なんて概念はない。あるのは……自分以外は全部、使い捨てるという本能だけさ」

 

 爆炎の残光がまだ残る戦場の中心で、親玉は生きていた。

 甲殻の表面を、再生したばかりの肉が脈打つたび、空気が重く沈む。

 アラベルは、爆炎の熱がまだ銃身に残るのを感じながら、油断なく次弾を装填した。

 砲口から漂う火薬の匂いと焦げた虫の臭気が混じり合い、息がひどく重い。

 

「セイバー、まだ生きてる!?」

 

 狩人の声は反響し、土煙に吸われた。

 その時、親玉を挟んで反対側の土壁が、轟音と共に崩れ落ちた。

 瓦礫の間から、ゆらりと一人の影が現れる。

 ——剣を杖代わりにし、甲冑はひび割れ、鎧の下からは深紅の血が滴る。

 額から伝う血が頬を染め、それでもその口元には挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 

「……舐めるな、銃兵。この程度の傷で、私の誇りは地に落ちん」

 

 誇らしげな声が土煙の中で響く。アラベルは短く鼻で笑った。

 

「……へぇ。化け物同士ってのは、やっぱ似るんだ」

 

 銃を構え直しながら、アラベルの脳裏で冷たい計算が走る。

 この武装の火力——狙撃銃と榴弾砲、或いはそれ以外に所持している全ての道具を使って、瞬間火力を向上させたとしても、あの親玉の回復速度はそれを上回るだろう。

 セイバーの一撃は確かに通る。あれは鍵の一つだ。

 だが、今の戦況ではそれだけじゃ足りない。

 他のカルデアの面々を見やれば、ジャンヌは魔力を使い果たし、盾を握るマシュは息も絶え絶え、藤丸やオルガマリーでは後方支援になる程度で、親玉への与えられるダメージが足りない。藤丸の令呪はあと1画残っているが、それで戦局が大きく打開されるとは思えない。

 攻撃に転じる余力は、薄まりつつあった。

 

 アラベルの胸の奥に、冷たい影が忍び寄る。

 ——見捨てるか。

 その一手が、ほんの刹那、選択肢として脳裏をかすめた。

 

 だが、その思考を断ち切るかのように——

 

 ——■■■■!!

 

 巨大な真蟄虫の親玉が咆哮を放つ。

 耳をつんざく金切り音と共に、大空洞の空気が粘つき、濁った瘴気が広がっていく。

 その霧の中から、半透明の虫が、ぞるり、と数匹姿を現した。

 形は親玉を縮小したような、しかし輪郭が不明瞭で、どこか幽霊じみた不気味さがあった。

 羽音もなく、ただ滑るように地面を這い、包囲を狭めてくる。

 

 アラベルは一瞬、視線を巡らせて固まった。

 これまで散々斃してきた雑魚とは違い、目の前の半透明の虫たちは一歩も自ら突撃してこない。

 空中に浮かぶ幽霊のように立ち尽くし、沈黙を保つその姿は、むしろ不気味で、嫌な予感を胸に刺した。

 

 その刹那、親玉が地面から足を離し、ゆらりと宙に舞った。

 それを合図にするかのように、半透明のスウォームたちは一斉に突撃してきた。

 アラベルの心臓が跳ねる。――過去、星海で無数の敵を目の前にした瞬間の恐怖が、咄嗟に頭をよぎる。

 

「藤丸!!」

「ま、マシュ、宝具を!」

「はい!! 仮想宝具・擬似展開、人理の理!!」

 

 咄嗟に叫ぶ。迷いのない声は響き、大空洞の暗黒の空気を切り裂くようだった。

 盾を仮想宝具として展開し、その質量と魔力を限界まで凝縮する。

 眼前に巨大な光の壁が立ち上がり、突撃を受け止める。

 ――直後、半透明のスウォームたちが楯に突っ込み、瞬間的な爆発が起きる。

 爆散する虫の四肢や体液が空間に散乱するたび、どこか悪意じみた残滓が漂い、まるで親玉の意思が宿っているかのように彼らの残骸を宙に押し上げる。

 

 カルデア組の不利を悟ったのか、セイバーは、己の消耗など気にする素振りも見せず親玉へと突っ込んでいった。

 その一歩一歩が、大空洞内に震動を伝え、瘴気がうねる。

 されど、その勇猛ぶりを親玉はまるで貌なき漆黒の甲羅に冷ややかな笑みを浮かべるかのように、爆発する幻影をどこからともなく呼び出し、己を守る盾のようにセイバーを阻む。

 ――自爆する虫とは、さすがに斬り合えぬ。

 セイバーは瞬間的に突撃を止め、魔力の波動を放つ。

 だがその波動は、散った幻影の虫たちをさらに吹き飛ばすにとどまり、親玉の身体には微塵の傷も残さなかった。

 

 アラベルは、狙撃銃を微調整しながら援護射撃を続ける。

 反動に身体を揺らしつつも、彼女の視線は冷徹に親玉を追い、心の奥底で最終判断を下すべき瞬間を探る。己の狩りは全うできるのか、或いは、そうではないのか。

 その一方で、オルガマリーの鋭い観察眼がふとアラベルの服のポケットに目を留めた。そこには、かつてクー・フーリンが携えていたはずのルーン石の欠片が、ひっそりと隠されているのが見えたのだった。

 

 ◇

 

 狭い通路に立つクー・フーリンの姿は、炎に照らされて孤高の影を落としていた。

 杖を握る手は微動だにせず、しかしその指先からは一瞬の躊躇もなく火球が次々に生み出される。まるで彼の身体自体が精密なルーン回路の一部であるかのように、魔力の流れが完璧に制御され、炎は狙った一点を逃さず撃ち抜く。

 

 押し寄せる繁殖の波は果てしなく、絶え間なく這い上がる影のように通路を埋め尽くす。

 だがクー・フーリンの眼差しは冷徹で、熟練の魔術師としての計算が全身から滲む。

 魔力を惜しむことなく注ぎ込み、火球の軌道を微妙にずらすだけで、群れの進撃は断ち切られ、甲殻は弾け、翅や足が空中で砕け散る。生々しい死骸が床に散らばり、煙と炎が渦巻く中で、戦場はまるで舞台装置のように彼の意志で動く。

 

「これが、俺の戦場だ」

 

 クー・フーリンは低く呟き、笑みを浮かべる。その唇に浮かぶ笑みは冷たく、無慈悲で、しかし確かに英雄としての矜持に満ちていた。

 炎の中で、虫たちはただの障害物にすぎず、彼の意思に従うかのように焼き尽くされていく。

 

 ――押し寄せる波に対しても、魔術の勢いは止まらない。

 クー・フーリンは手元のルーン石を次々に放り投げ、空中に魔術の網を練り上げる。

 網に触れたスウォームは瞬時に焼き裂かれ、四散し、床に散らばる甲殻や体液が、烈火の熱気と混じり合って洞窟内に独特の臭気を立ち込めさせる。しかしその光景は、無秩序に砕け散る雑魚を抑えるための確かな秩序。戦場の征服者を称えるための灼熱の光輝であった。

 

「……ったく。虫は一匹を見かけたら、一万匹はいると思えってか」

 

 しかし、その波は尋常ではなかった。まるで運命の糸に導かれるかのように、際限なく、底知れぬ勢いで押し寄せる。

 それでもクー・フーリンは笑う。絶望的な状況にも、その笑みは勇壮で、魔術の軌跡は途切れることなく、燃えさかる網の連鎖で洞窟を守り、四散する虫の死骸が一瞬の間に静止する光景は、痛快なまでの無慈悲さを演出している。

 炎と熱気が渦巻く狭い通路の中で、彼の戦闘は完璧な制御のもとに行われ、スウォームの群れは圧倒的な力に次々と屈していく。生々しい破片と激烈な火球が混ざり合う戦場は、まさに英雄の矜持と冷徹な計算が結実した瞬間である。

 

 ――だが、限界は訪れる。

 洞窟内に張り巡らせた魔術の網が、限界の兆しを見せ始めた。ルーン石の力は徐々に弱まり、炎の熱量は衰え、ほんのわずかに傷の少ないスウォームが生きたまま罠を突破し、クー・フーリンに向かって押し寄せる。命を貪る羽音を立てながら、ついに眼前に迫った獲物を捕食するべく、一目散に中空を飛翔する。

 それでもクー・フーリンは迎撃を続ける。火球を次々に飛ばし、魔力の波を繰り出す。しかし、その身体はとうの昔に、現界のリミットに超過していた。それでもこの場に踏みとどまっているのは、英霊としての霊器と自身の魔力を削り、ただ戦士としての根性を奮い立たせているという、己の全ての尊厳を懸けた献身的闘志によるものである。疲労と痛みを全身に纏いながらも、彼の眼差しは狂気にも似た光を帯び、敵に一歩も引かぬ決意を告げていた。

 

 だが、ついにスウォームの一部が迎撃をかわし、クー・フーリンに肉薄する。

 狂乱する群れが押し寄せる中、襲撃の衝撃で肉体の一部が裂ける。爆炎をかいくぐったスウォームの一部が、更なる追撃によって四散しつつも腕部を突き出し、クー・フーリンは咄嗟に頭部を守ろうと左腕をあげる。しかし死してなお無情なる鋭利さを誇る爪の先端は、大魔術師の左腕に食い込み、そして勢いのまま血肉を紙ようにそぎ落とし、クー・フーリンの左腕はちぎれ飛び、鮮血が通路の床を濡らす。

 しかし、クーフーリンの顔には恐ろしいほどに昂ぶった笑みが浮かんでいた。

 

「英霊とは、何だ。英雄とは、何だ。

 己の死を、己の消滅を、己の犠牲を顧みぬ者こそが、真の矜持を示す!

 名もなき虫どもよ、心に刻みやがれ! てめぇらが相手にするのは、いくら血を喪って倒れようとも、必ず立ち上がる、人間の歴史そのものだ!!」

 

 

 ――灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!

 

 

 人型の巨大な炎の檻が、洞窟内を埋め尽くすように展開されていく。 

 無数の火柱が旋回し、巨大な炎の像が生まれる。その周囲では、命と存在とを削って寝られた魔術が渦巻き、灼熱の光と影が洞窟の壁を焦がす。火の檻はゆらぎながら広がり、捕えた虫たちを逃すことなく拘束していく。

 自らも己の宝具による火焔に晒される中、クー・フーリンはなおも立ち続けた。背後には、ここにいないカルデアの仲間たち――生き延び、戦い抜くための希望を託す者たちの姿が頭上に浮かぶ。

 己の命の儚さを顧みず、ただ彼らが全力で戦えるよう、後顧の憂いを断つために。血と汗にまみれ、失った左腕の痛みをものともせず、彼は杖を残った手でしかと握りながら全魔力を注ぎ込み、英雄としての矜持を燃え上がらせる。

 

「カルデアよ! 人理の希望よ! 我が命の炎を受け取れ!」

 

 クー・フーリンの叫びと共に、灼き尽くす炎の檻は瞬間、洞窟内に轟然たる炎を噴かせた。

 それは天井をも焦がす巨大な火柱となり、熱と光の奔流が渦を巻きながら虫たちを包み込む。鋼のように硬い体も、囂々たる魔力の渦に抗うことはできず、火柱に絡め取られた瞬間、皮膚や甲殻が裂け、四散していった。

 彼の声は爆炎に飲まれつつも、まるで洞窟内の空気そのものに染み渡るかのように、幻聴のように響き続ける。 

 

 ――布石は残した……あとは、アイツがそれに気づくかどうか……。

 

 そして、灼熱の渦が収束する頃、周囲に広がる煙と焦げた匂いの中で、英雄の姿はとうに消え失せていた。

 洞窟の至る所では、荒れる業火に包まれたスウォームの残骸が地層のように折り重なり、火焔の勢いによって天井は溶解され、ところどころで崩落を起こし、繁殖の眷属が隙間から入り込めぬほどに通路を塞いでいた。

 

 洞窟の空気は静寂を取り戻す。

 煙の奥、崩れた岩と焦げた土の間に、英雄の意志が残した軌跡が、深く、鮮烈に刻まれた。

 




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一部文章に接続詞が抜けていたため修正。
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