IFルートには行くなよ!いいか、絶対だぞ!フリじゃry 作:乳圧の大罪司教
───これで何度目だろうか。
「っ!」
スバルは、固い木の床に倒れ込んだ。
腹から感じる灼熱と、顔面を強かに打ち付けた痛みで、反射的に口から悲鳴が出そうになる。が、疲労も相まってか喉の奥からは掠れた音しか出ない。
今回も駄目なのだろう。
それでも。もう駄目だとわかっていても……体は立ち上がろうと必死にもがく。
あともう少し。あともう少しなのだ。
自分が頑張れば、少しでも戦力になれば、足を引っ張らなければ。皆で生き残って、笑い合える未来に、ハッピーエンドに辿り着けるはずなのだ。……そう信じなければ、心が折れてしまう。
───もがく。もがく。もがく。
手足に力は入らない。まるで死にかけの虫けらのように、みっともなく、ジタバタともがく。あがく。必死に。……その行為に、意味などないと知っていても。
そうして、スバルの体感で長い時間が経った頃。
灼熱が消え、体の芯から凍えるような寒さを感じ始めた頃。
───ドン、と。
何か、重いものが落ちたような音。
落ちたそれは床をコロコロと転がり、ついにはスバルの目の前にやって来て、止まった。
「──────」
涙のせいか、あるいは血を流しすぎたせいか。視界は霞んでよく見えない。それでも、スバルにはそれが……否。
輝く銀色の髪は乱れ、どす黒い血で汚れて見る影もない。
紫紺の瞳は光を失い、虚ろな眼球にはもう何も映らない。
「っぅあ……!」
無意味だとわかっていても。
それでも手を伸ばしたくて、伸ばそうとして……けれど、スバルの意思に反して体は動かず、意識は闇に飲まれていく。
───己が助けると誓った、銀色の少女の
その光景が、スバルの最後の記憶となった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
───ふと気が付けば、見慣れた光景があった。
多くの人で賑わう商い通り。
スバルはそこにある果物屋の前で立っていて、目の前にいるのはその果物屋の店主である強面の男性だ。
いつも通りの光景に安堵しかけた瞬間───先の
スバルの顔色を見て異常を察したのか、店主が何事かを話しかけてきた気がしたが、スバルはそれを無視して歩き出した。
今のスバルに、悠長に他人とおしゃべりしている時間はない。先の周回における反省点を確認し、修正し、実行しなければならないのだから。
喉の奥からこみ上げる酸っぱいものを飲み込み、考えを整理するために思ったことを口に出していく。
「偽サテラとパック、そんでもってロム爺とフェルト。この面子だけじゃ、何度やってもエルザには勝てねぇみたいだ。……だから今度は、俺も戦ったわけだが」
一周目は、訳も分からず死んだ。
二周目は、己を殺した相手を知り、死んだ。
三周目は、路地裏でチンピラに殺され、しかし、己に与えられた力を知った。
そして迎えた四周目。
路地裏でチンピラ三人を
その後は、戦力的に四周目が一番充実していると考え、四周目の状況を再現しながら、エルザ攻略のために動いている。……が、結果は今の所、芳しくない。
スバル以外の二組は初対面であり、しかも、偽サテラにとってフェルトは自分の徽章を盗んだ相手だ。連携など取れる筈もない。結果、個々人で勝手に戦い、最終的には全滅する。
スバルがエルザの戦法を記憶し、各メンバーに指示しようとしたこともあった。だが、エルザはスバルの想定の遥か上を行く超人───怪物だった。決まった型のないエルザの動きはパターン化出来ず、動きと判断が早すぎて指示が追いつかない。
……そもそも、他の面子からすればスバルは初対面の人間で、さらに言えば、あの場で一番怪しい風体をしている男だ。指示を出したところで、素直に聞き入れて貰えるはずがないのだが。
そして先の周回。
スバルは初めて戦闘に参加した。
……結果、誰よりも最初に死んだ。
「そりゃそうだ。例えるなら、馬鹿でかいヒグマVS狩人四人の戦いに、素手の子供が参加するようなもんだ。戦力になるはずがねぇよ。むしろ、餌が増えてエルザが喜ぶだけだ」
ナツキ・スバルは、太陽系第三惑星地球出身の平凡な不登校高校二年生だ。
コンビニ帰りにこのファンタジーな異世界に突如として召喚され、『異世界召喚だやったー!』などとテンション爆上げだったのは、今はもう昔の事。
日本よりも圧倒的に物騒なこの世界では、多少鍛えた程度の平凡な高校生であるスバルは、完全なる弱者である。その辺のチンピラ相手なら何とか勝てなくもない、しかもお互い素手の場合のみ、という程度の武力しかないのだ。
常人の域を遥かに超えるエルザに対して、戦力になる筈がないのである。
……一応、異世界トリップものの定番として、スバルにも特殊能力がある。『死に戻り』と名付けたそれは、その名の通り、スバル自身の死を引き金として発動する時間遡行能力だ。
時間遡行、と聞くと強力そうに思えるし、実際、この能力のおかげでスバルは何度死んでもやり直しが出来ているのだが───。
「俺の主観だと、能力を使ってるって感覚ないんだよな。死んで気づいたら戻ってるってだけで。……実は、俺の能力じゃなくて、誰かが俺に能力を使ってるって可能性もあるわけだ。そう考えたら、あんまし頼りには出来ねぇ」
その説が当たっている場合、スバルはその誰かが能力の使用を止めた段階で詰むことになる。『死に戻るから次があるさ』と思ってあっさり死んで、そのままゲームオーバーの可能性があるのだ。
スバルには、それが心底恐ろしい。
「……考えろ、考えろナツキ・スバル。次があるなんて思うな。期待するな。……今回で何とかしなくちゃいけねぇんだ。それを忘れるなよ、俺……」
蒼い顔で、ブツブツと呟きながら歩く。
不審な顔を向ける通行人達を余所に、スバルはふらふらと覚束ない足取りで近くの路地裏に入る。
目指すは、貧民街にあるフェルトの家だ。その後はフェルトと共に盗品蔵へ向かう。四周目の状況を再現するためのルーティンのようなものだが、気を付けなければならない点が一つある。
四周目では、フェルトの家へ向かう途中でエルザと鉢合わせている。初回は何とか見逃して貰えたが、今のスバルがエルザと鉢合わせるのは非常に不味い。
なにせ、周回を重ねるごとに、スバルのエルザに対する怒りと憎悪、そして恐怖は積み重なって来ているのだ。その感情をエルザに察知された時、最初の時のように見逃して貰えるとは思わない。
というか実際、それが原因で何度か盗品蔵へ辿り着くことなく殺されているのだ。味方のいない状況でエルザと一対一……末路は決まっている。
「大、丈夫……だよな。ははっ、なんで痛いって思っちまうんだろうな……」
思わず腹に手を当てる。
ジャージは綺麗なままだし、腹にも当然、傷はない。今のスバルは肉体のコンディションだけは最高に近い状態の筈。それでも痛みを感じてしまうのは、スバルの主観では、エルザに腹を斬られてからそれほど時間が経っていないせいだろう。
……あるいは、俗に言うPTSDのようなものかもしれない。
エルザはスバルをすぐには殺さない。腹を斬り開き、溢れた腸を眺めながら、そのまま死ぬまで放置することがほとんどだ。死ぬまでの時間はそう長くない筈だが、死の間際にあるスバルの体感時間は引き延ばされるため、毎度毎度、長い苦痛を味わっている。
日本で平和に生きて来た高校生にとっては、トラウマどころの話ではない。
一刻も早く状況を打開しなければ、スバルはその内、本格的に精神がおかしくなってしまう。取り返しのつかない所まで行って、戻って来れなくなってしまう。……スバルの中で、そういう予感があった。
「エルザを倒して、皆で生き残るんだ。絶対に……。だから俺が、俺が何とかしないと……」
まだ全員生存を諦めていないスバル君です。
もっと周回を重ねると、ロム爺とフェルトを切り捨てるようになります。