IFルートには行くなよ!いいか、絶対だぞ!フリじゃry 作:乳圧の大罪司教
スバル君視点が続きます。
「よお、兄ちゃん。少し俺らと遊んで行こうや」
───そう声がかかったのは、エルザの攻略方法について頭を悩ませながら、路地裏を歩いている時だった。
顔を上げれば、視界に入るのは見慣れた顔が三つ。
今の所、スバルが路地裏に入ると100%の確率で遭遇するチンピラ三人組、トン・チン・カン(スバル命名)だった。
「おいおい、こいつビビッてやがるぜ。顔が真っ青だ」
「状況はわかってるみたいだな」
「だったら、自分が今どうすりゃいいかも……わかってるよな?」
───痛い目見たくなきゃ、出すもん出しな!
そう言って一人がナイフを取り出し、脅すようにスバルに突きつけた。
スバルは内心で嘆息し、さて、今回はどうしようかと少し悩んだ。
エルザのような化物と比べ、眼前のチンピラ達は圧倒的に弱い。なにせ、一対一の素手ならスバルでも勝てるくらいなのだ。
おまけに、周回するたびに(毎回違う路地裏に入っても)何故か必ず遭遇するため、スバルはチンピラ達の行動をある程度パターン化することに成功。何を言えばどう返ってくるのか、こちらの動きに対するリアクションも大体把握出来ている。
事実、先の周回でも容易く対処に成功し───
「っうぶ……!」
───こみ上げる吐き気に、思わず口を手で覆った。
チンピラ達の対処は随分スムーズにこなせるようになった。それは確かだが、それでも相手は武器を持った男達で、人数的にも地の利も不利。毎回簡単に対処出来ているわけではなく、失敗する時だってある。
例えば───先の周回。
スバルはエルザとの戦いに参加するため、武器を欲した。
盗品蔵には盗品として保管されている様々な武器があったが、その多くは観賞用だったり、スバルの腕力では重くて思うように扱えなかったりと、あまり頼りにならなかった。
ゆえに、スバルは自分でも扱いやすい手頃な武器を求めた。
剣や槍のような大きいものじゃなくて、小さくて扱いやすい、その気になれば投擲にも使えるような、汎用性のある武器。例えば、そう……眼前のチンピラの一人、チン───否、
……周回を重ねたことで調子に乗ってしまったのか。トンとカンを速やかに倒せたのは良かったものの、ラチンスとは激しい揉み合いになってしまった。
その結果、スバルは初めて禁忌を犯した。地球でも、この異世界に来てからも、一度として犯したことのない禁忌───すなわち、殺人である。
偶々、偶然、奪ったナイフでラチンスを刺してしまって、その光景を見た他の二人が悲痛な声でラチンスの名を呼んでいた。だからこそ、スバルはこの三人組の中で彼の名前だけは知ることが出来たのだ。
「うっ……おぇぇ……!」
とうとう堪えきれず、壁に手をつきながら吐いてしまった。
ナツキ・スバルは自他共に甘く、空気の読めないうざい男で、引きこもりで、客観的に見ればどうしようもない駄目人間であり───しかし、自分より他人を優先出来る、善良な人間でもあった。
自分が死ぬことには少しずつつ慣れてきているが、人を殺すことにはまったくと言っていい程に耐性がない。偽サテラ達を救うために、他を躊躇なく犠牲にするような……そこまでの覚悟は、まだ出来ていなかった。
「お、おいおい、ゲロ吐いてるぜこいつ」
「ビビり過ぎだろ。なっさけねえな」
「安心しろよ、兄ちゃん。とりあえず持ち物全部置いてけ。それで勘弁してやっから」
スバルが情けなく項垂れている間にも、三人を代表してラチンスが前に出て来る。取り出したナイフをパフォーマンスでもするかのように、ぎこちなくクルクルと振り回し、そのままスバルの鼻先へと突きつけた。
「おら、とっととしろよ」
「…………」
スバルを見下ろす眼には、嘲りと傲慢がありありと見て取れる。
残りの二人は後ろで見ているだけのようだ。スバルに反撃されるなど欠片も思っておらず、完全に油断しきっているのがわかる。今の周回を重ねたスバルであれば、この状況から逆転するのは容易い。
ラチンスからナイフを奪って反撃し、動揺した残りの二人に一撃入れて突破すればいい。スバルにはこれからエルザ戦という重労働が待っているのだ。この三人に労力と時間をかけている暇はない。出来るだけ最低限の体力で突破しなければ。
……頭ではわかっている。
しかし、体は動いてくれない。
もしもまた、殺してしまったらどうしよう、という不安。
そしてもう一つ───殺す方が簡単だ、と考えてしまった自分への、失望と恐怖。
「……ぉ、れは……!」
殴れば拳を痛める。蹴りは隙が大きい。
だが、奪ったナイフで殺してしまえば……簡単に制圧出来る。無駄な体力を浪費することもなく、おまけに武器も手に入って一石二鳥。
エルザ戦に万全の状態で挑むなら、これが最も効率の良い手。
……一度そう考えてしまったら、もう駄目だ。最初の時は偶然だったと言い訳がたつ。だが、次の殺しはスバルの意思による、故意の殺人になってしまう。
そうなれば、以後の周回ではスバルの選択肢の中に『殺人』が入るようになる。『殺人』が、スバルの日常の一部になってしまう。
それはつまり、ナツキ・スバルがナツキ・スバルでなくなる、ということ。
平和な地球で、日本で生きて来た平凡な高校生としての『ナツキ・スバル』を捨て、目的のためには殺人を厭わない『ナツキ・スバルだったもの』になってしまう。
自己の崩壊───その先に何があるのか。どうなるのか。今のスバルには想像もつかない。
「それ、でも……おれ、は……!」
「何ブツブツ言ってんだ! 言う事聞かねえならただじゃ───!?」
───それは、スバルが腹をくくり、ラチンスのナイフを奪うために動き出そうとした時だった。
暗い路地裏を、一陣の風が吹き抜けた。
……一瞬、もしやフェルトが通りかかったのかと思ったが、顔を上げればすぐに違うとわかった。なぜなら、いつの間にやらラチンスの隣に、見知らぬ男が立っていたからだ。
この異世界ではあまり珍しくない金髪に、どこぞの王子様か貴族と言われても信じられるくらいに、整った顔立ち。
ただ単に目つきの悪いスバルと違って、強い意思を感じさせる剣のような鋭い瞳は、青空を写し取ったかのような色をしている。
灰色のコートを纏い、腰に剣を差したその男は、ナイフを持ったラチンスの腕をがっしりと掴んでいた。
「ひえ!?」
「っ、て、てめえ!」
「っルーカス!? なんでこんな所に!?」
怯えるカン。怯むラチンス。驚愕するトン。
三者三葉の反応を見せるラチンス達に続いて、スバルもまた驚愕していた。
ルーカス、という名前には聞き覚えがある。
あれはいつの周回だったか。確か、盗品蔵へ向かう道中でのフェルトとの、あるいは盗品蔵でのロム爺との雑談か。とにかく、二人との会話で出て来た人物の名前だ。
曰く、数か月ほど前に貧民街にふらりとやって来た男。
この街に来るまでの経歴は一切不明だが、恐ろしく剣の腕が立ち、素手の喧嘩も負け知らず。貧民街中のチンピラごろつきを叩きのめし、今では貧民街の絶対的な強者として君臨している。しかし、貧民街の顔役であるロム爺の顔を立てており、ロム爺の言う事はよく聞くという。
「ここにルーカスがいれば……」と、そう言ったのは、エルザに殺される少し前のロム爺だったか。
端正な顔立ち。金髪に青い瞳。
灰色のコートと、腰に差した長剣。
外見や雰囲気もさることながら、その鋭い眼差しから放たれる威圧感は、彼がその辺のチンピラとは一線を画す存在である事を表しているようだった。
改めて容姿を観察してみれば、話に聞いたルーカスという男と特徴が一致することがわかる。
「くそっ、何だよ! こいつは俺達が先に見つけた獲物だぞ!」
「…………」
「は、離せ……! 離せって言ってんだろうが!」
ラチンスが必死に暴れているが、ルーカスの体はビクともしない。
パッと見は細身に見えたが、見比べてみるとラチンスよりも背が高く、ひょろいラチンスとは肩幅も、体の厚みも全く違う。
そのコートの下には、鍛え上げられた肉体が隠されているのだろう。
……と、ルーカスはおもむろに手を離した。
ラチンスの言う事には何も言い返さず、その代わりに鋭い眼光を向けている。
「お、おいやべえって! 逃げようぜ!」
「ラチンス! 今日はやめとこう! な!?」
「………………ちっ。ルーカスてめえ! 覚えてろよ!」
どこかで聞いたことがあるような捨て台詞と共に、慌てて逃げ出すラチンス達。
「…………」
こうしてその場に残されたのは、二人の男。
初めてのイベントで頭が追いつかず、口をポカンと開けた間抜け顔で座り込むスバルと、静かに佇むルーカスの二人だけだった。
やっと主人公の名前が判明しました。
名前はルーカス。通称『カス』です。
本人がフィーリングで適当に名乗った名前なので、オド・ラグナに登録されている名前とは違う可能性があります。