クラシックな話   作:名もなき放浪者

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1 ホロウナイト

 

 

 呼ばれたから行く

 それだけ

 

 

 

 いつものように弱い器を仕留めた。初めの頃こそ哀れみを感じていたが、今となっては何も感じない。もしかしたらそう言い聞かせているだけかもしれないけど。

 こいつが道中の敵に散々苦戦しているのを何度も見た。警戒心の低さ、直線的過ぎる動き、ゴリ押ししかしない戦法。他の器のような戦闘訓練の経験もなければ蛾の羽根の衣もなく、その上で頭も弱ければ苦戦も当然と言えた。正直これではコケの騎士すら越えられないと思っていたから、それでもこんな奥まで来れていた辺り運はそれなりにあったのかもしれない。

 仕留めたばかりの死体を見る。中身の影が形をなしたり、壊れた器に別の物が入り込んで動き出す事を警戒しての事だ。

「え?」

 さっきまで転がっていた筈の仮面がない。バラバラになった殻や小さな釘は草に隠れて見え辛いが、目を離した隙に再生されたのか? 少し周囲を探すと、先程の器のものらしき影が佇んでいた。その背には影ではない釘がしっかり背負われている。いつでも離れられるよう慎重に近付いても影は反応しない。更に見分しようとした時、何者かの気配を感じて咄嗟に隠れる。

(さっきの器?)

 確かに仕留めた筈の器。己の中身と殴り合う奇妙な光景だ。相変わらず動き自体は弱そうだが、少しだけ警戒レベルを引き上げる。

(破壊からの復活。元は己とはいえ、影を取り込み結合する。ただの器ではなさそうね)

 元々、器は半分死者のようなものである。動く屍である汚染されたムシ達にも少し似ていて、その殻の中は虚無と呼ばれる影に満たされている。死体が腐ったような光に満たされた汚染と異なり、ゆっくり、あるいは何らかの条件の下で成長し成虫となる事もある。ただ、この個体は他と比べても明らかに小さい。さっき仕留めた器も若干成長はしていたが、こちらは初期の状態から全く成長していないように見える。外的な力を得ずに復活出来た辺り、より虚無との結び付きが強い、より死者に近い存在なのだろうか。

「でも、少々変わり種でも弱い器に容赦はしないわ!」

 先程戦った場所に戻って来た瞬間に針を飛ばす。こちらの動きを知っているだけあって先程よりは動きが良い。

(でも、それだけ。やっぱり弱い)

 さして苦労もせずまた倒す。そして再戦。流れは同じだが、攻撃を見切る頻度が上がるなど少しずつ成長はしている。むやみに突っ込みたがる癖を見越して糸で針を振り回したが、今回相手が選択した動きは接近ではなかった。真上に飛び上がり、ソウルを使用した横方向への魔法。前回まで使わなかったそれは結果的に不意打ちとなり、魔法の進行方向へ吹き飛ばされ大きなダメージとなった。

 偶然クリティカルが出た形になったのを理解しているのか、こちらがダウンした隙に回復効果のあるフォーカスで体勢を立て直される。そして基本的に攻撃の手を緩めない姿勢が功を奏し、今回はこちらが退散する羽目になった。

(結局のところ、能力任せのゴリ押しに変わりはない……。でも、諦める事を知らない特性が上手く噛み合っていたのね)

 何度死のうと蘇り、少しずつやり方を変えればいつかは何事も突破出来る。そんな小さな影を警戒したのか、夢見の守護者達もこの器に接触する事にしたようだ。

「……」

 その様子を影から見守る。

 ハロウネストはとっくに滅び、辺りは病に侵されたムシ達が跋扈している。父様は封印が永遠の物ではないと知っていた。知恵を絞り、最も優れた器と夢見の守護者、高度に組み上げられた術をもって封印を行なっても、避けられない滅びの先見は消えなかった。けれど、考えられる限りの手を尽くして、きっと大丈夫だと思った頃のまま、夢見の守護者達の認識は止まっている。

 封印は破られなければならぬと言うモノモンの声が聞こえる。教師と呼ばれる程の知恵を持つ彼女は、己の守る封印に更なる重ねがけをしている。もしも彼女が封印の永続に賛成していたのなら、たとえ他が破られても彼女の封印だけは決して解けなかったかもしれない。器が完全に壊れ、手の施しようもない程に汚染が広がるその日までは。

(そもそも夢見の守護者の封印は決して解けないと言われている。父様はいつか破る器が現れると確信していたけれど、私にはどう手を出せばいいのかも分からない)

 夢見の守護者達の攻撃を受けて倒れていた器が目を覚ます。一時的に気絶していただけで、動きに支障はなさそうだ。もっとも、あの器なら多少深手を負ったとしても、動くと決めれば足を引きずるような事はしないのだろうが。希薄な精神故に恐れを知らず役目に従う器の性質。この場所に思い入れがある訳でもないのに、王国が滅んでも変わらず役目に従う彼らを揶揄する意味もあり亡霊と呼んだが、こいつは特に底知れない不気味さがあるような気がする。

 この器はとりあえず道なりに奥へ進むらしい。この先にはこの緑の道で信仰されるウヌの湖がある程度で、器にとって必要な物は特にない。しかも湖にはハロウネストの都を封鎖する為に作られた酸が流れ込んでおり、その奥に潜むと言われるウヌに会う事は出来ない。

 が、結局のところそこに道があったから進んだ程度の意味しかないのだろう。こいつ自身は何があっても大丈夫でも、万が一ウヌが出て来るようならこちらもどうなるか分からない。監視すべき器はこれだけではないし、ひとまずこの器の観察は切り上げる事にした。

 

 

 胞子の森のカマキリ達は相変わらず汚染に抵抗しつつ、古い協定を律儀に守り続けている。しばらく前に汚染を受け入れる造反があった事でより排他的になっている部分はあるが、正気のまま余所者を攻撃する事自体は以前からである。彼らの道具を手に入れる事も、彼らの王に謁見する事も、村に住むカマキリ達の猛攻を切り抜けた者のみに許される事だ。協定通りに暗闇の巣側に積み上げられた獣の死骸を確認して、彼らを刺激しないうちに立ち去る。

 都の門へ続く橋の手前。ここまでの道筋については交叉路から緑の道へ入る場所に看板が立てられている。だからあの亡霊の様子を窺うには丁度いいだろうと思ったのだが、なかなか来ない。交叉路から繋がる道は多いが、まさか別の道で都を目指すのだろうか? ここでの観察を諦めて都で待とうかと考えた頃、ようやく待っていた相手が現れた。向こうもこちらに気付いたようで、一応見知った相手であるからか近付いて来たが、こちらにはまだこの亡霊と関わるつもりはない。封鎖の為に落とされた橋を飛び越えると、突破の手段を持たない亡霊が立ち止まっているのが見えた。

 話をするにしても、せめて都の中心に辿り着く程度の実力はなければ。もしも彼が本当に封印を破る器であるのなら、再会の時は近い筈だ。

 

 ハロウネストの都はカマキリの村とは対照的に汚染に塗れている。汚染に耐え切れずに壊れた器が打ち捨てられた古代の穴程ではないが、都を巡回する番兵達の目は汚染に染まり、正気の者を無差別に襲う。食べ物もほぼ尽きた都でも、汚染に満たされた番兵の力は衰えない。それでもごく僅かな生き残り達は息を潜めながらいまだに生活を続けている。文明に飼い慣らされた弱いムシ達とされていた彼らも、ジオでの取引が成立する程度に生き残り続けているのは大したものだ。

 上の岩盤から滴る雨に打たれ続ける噴水を見下ろす。当時は偉大な功績とされたのだろうが、今となっては知るムシも少ない。封印の綻びから漏れる汚染が王国を滅ぼしたのは事実であり、王によって作られたこの像以外に語り継ごうと言う者はない。一応今でも精神力次第で耐えれる程度に汚染の広がりは抑えられてはいるのだが……それももはや時間の問題である。次なる器候補は現れたが、果たして予見の通りに上手くいくだろうか?

 何も考えてなさそうな亡霊に言いたい事だけ言って引き下がる。このまま役目を果たすのなら、王国のはずれで刻印を得て、刻印で王国深部の門を開ける必要がある。より正確に言うのなら、器としての性能の強化にも必要ではあるが、現状維持ではない完全な問題解決を試みるのなら必須条件だ。光に挑む為、呪われた彼らを束ねる。その為にあの強大な虚無を束ね得るのか、説明されてもなかなかに信じ難い話ではあるが……。

(そもそも、影を結合させる力の片鱗を見せるあいつが情けないのも原因の1つよね……)

 入った瞬間に閉ざされた都の門。一旦の脱出経路確保の為にスタグ駅や交叉路行きエレベーターを解放しようとしているようだが、立体通路を飛び交う翅持ちの番兵達に苦戦している。その様子を眺めていると、脇道に入ったところで光の欠片がばら撒かれるのが見えた。

(夢を形作る光の欠片。あの亡霊はもう夢に干渉する手段を手に入れたと言うの?)

 夢見の釘。今は狂気の病をばら撒く災厄となってしまった古い光、そのかつての眷族が守る力。封印を解除する為に必要な手段の1つとして、彼らの領域まで辿り着いた器に授けているらしい。夢見の守護者に会うには必須の物だが、それだけで封印が破れる程甘い作りではない。

 しかし、少しずつ着実に終わりの時は近付いている。そう予感させるには十分な物だった。

 

 

 王国のはずれに向かうルートは複数存在する。都の壁が崩れた部分から抜けるか、ロウワー・トラムを起動してハイブ方面から向かうか。どちらにせよ門からすぐの都の庶民エリアからは繋がっていないし、亡霊は何を思ったのかそれまでの道のりを遡って風鳴りの崖方面の再探索をする事にしたらしく、今から待ち構えたところで前回以上の待ちぼうけは確実だろう。

 

 脱出前に亡霊が探索していたソウルの聖域を覗く。病を解決する為に始まった筈のソウル研究。自他のソウルが混ざり合い、更に汚染まで入り込んでどんどん気を違えていった聖域とは名ばかりの地獄絵図。しかし、器を基準に見ればあらゆる意味で下位互換の場所でしかない。

 純粋なフォーカスを目指した記録。実現可能かすら疑う文面となっているが、器を満たす虚無と、器に付けられた仮面は簡単にそれを実現する。最初から打ち捨てられたような器全てが出来たとは思わないが、少なくともアビスの外へ連れ出されるような器であれば、戦闘中の限られた時間ですら行える。

 元々の目的だった病の解決も、一旦の解決には辿り着いた器とは違い、目的すら見失って何の成果もなく汚染に飲まれている。

 聖域と言う名の研究所最奥。裏に隠された夥しい死体の山。各地でムシや古代の遺物をかき集め使い捨てた物が山となっているが、この山の深さもアビスよりはずっと少なく、その点だけは唯一マシと言える。その犠牲者達も、実験に飲まれた研究者自身が多い。犠牲を積み上げている時点で五十歩百歩とはいえ、純粋な被害者の数はもっと少ないだろう。

 自ら研究所を壊したのか、被害者の死体の山に混ざるように聖域の主の死体が転がっている。その先に進む道にも破壊の跡があるが、結局魔法もあの亡霊に奪われたのか。元を正せばカタツムリの一族が作った魔法を奪った物だと聞くから、因果応報と言っていいだろうか。

 

 

 亡霊が次に都に戻って来るのはいつになるだろうかと思っていたが、思いの外すぐに戻って来た。しかし、今回は都の奥の探索ではないらしい。よく分からない小さな生き物を連れて駅の近くで何かやっている。……あれは見えない何かと戦闘しているのか? 用はそれだけだったのか、それが終わるとすぐに引き返していった。

 あまりに訳が分からなさ過ぎてもう少し詳しく調べてみると、地上の集落ダートマウスの様子がおかしい。それとなく住民に情報を聞いてみると、何の前触れもなく突如あのテントの集団が姿を現したらしい。彼らの姿からして明らかにあの小さな生き物に関係がある。不気味で恐ろしげで、誰もが警戒するような集団だが、あいつは本当にそんなのに協力していいのだろうか。

 

 彼らへの協力と言う目的が増え、ますます動きが読み辛くなった。適当なタイミングで注意してやろうと決めたが、一回り大きくなったあの生き物はなんとなく亡霊に懐いている気がする。

 亡霊自身はと言えば着実に力を付けているようで、叫ぶような上方向の魔法をいつの間にか手に入れていたし、既存の横方向、下方向の魔法も虚無の属性が上乗せされてより大きく強力になっている。戦闘での動きも……、まあ、以前よりマシにはなって来ているようだ。亡霊ならいつか突破出来れば問題ない筈だ。

 水路に入ったのを見て、その反対側である貴族街の方で出て来るのを待つ。無事に守護者を突破して出て来た事についてはもう驚かない。酷く汚れた姿も完全に予想通りである。もし雨が降ってなかったらどうしていたのだろうか。

 しかし、またしても目先に囚われて横に逸れる癖があると言うか、最低限庶民街と貴族街を隔てる扉は開けたようだが、貴族街は深入りせず古代の穴方面を目指すらしい。あちらには統治者の翼があるから効率的と言えば効率的だが、私の話を覚えているのだろうか? 実力に関してそこまで疑いはしないが、別の不安がある。適当なところでまた顔を出すべきだろうか?

 

 

 たまには封印の様子を見に神殿に来たら、いよいよ汚染が酷くなっていた。少しずつ器が駄目になっているのは知っていたが、また新たなヒビでも入ったのだろうか。

 神殿のある交叉路が汚染に溢れ、ムシ達の凶暴化も更に進んでいる。汚染そのものもあちこちに根を伸ばし、道もムシも飲み込んでいる。こんな状態であるのだが、本当に時間がないのか、段階が進んだだけでまだ猶予があるのか、私には分からない。

 それを判断するのは次の器、つまりあの亡霊になる。少なくとも即座に戻ったりはしていないようだが、これを見たら多少行動が変わるだろうか。あれの場合、猶予とかそんなのではなく、単に汚染が見えたからぐらいの理由で封印に動きそうなのが問題だが。

 

 

 封印が破られる。尖塔を登り、酸を越え、暗闇を抜け。いつの間にかそれらを突破する力は亡霊の手にあった。

 終わりとはこんなにあっさりなのか、と思うと同時にもっと他の道があったのではないかとも思う。殺された母様の寝台の隣で、母様と、新たに身を捧げた亡霊を思う。

 多分、これは最初と同じだ。無事に光は再封印されたが、おそらく器は不完全だ。亡霊が何を感じ、何を考えていたかは分からない。けれど、結局使われなかったこの大掛かりな手順に完成へ至る道筋があるのなら、やはり何か足りないものは確かにあったのだろう。

 私は、亡霊は、他に何か出来ただろうか。

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