「僕らは入学したばかりですよ?僕なんて先輩方と話すのもこれが初めてなぐらいです。先輩方の教室で探し物なんてあるわけないじゃないですか」
うーん、ミスったか。なんか男の先輩のほうの気配が怖い感じになってしまった。
「そうか。そんな新入生がわざわざ3年のフロアに来たのか」
くっそ、こういうねちっこい問答は嫌いだ。なんか面倒くさくなってきた。適当にごまかして帰ろう。
「だから、気晴らしだって言ってるじゃないですか。でも確かに放課後に教室をのぞき込んでいたら怪しいかもしれないですね。今日のところは帰ります」
そう言って、僕は先輩たちに背を向けて歩き始めた。少し遠回りになるが、先輩たちの横を通り抜けなければならないルートではなく、反対側の階段を通って帰ろう。
と、その時だった。
「おい」
先輩に呼び止められて、振り返った僕の目の前に拳があった。文字通り、拳だ。正拳といったほうが正しいだろうか。
なんなんだろうか。この学校は将来のエリートを育てる学校だったはずだ。いつの間にか場末のヤンキー高校に変わっていたのか?それとも僕が寸止めでお互いの力を計りあうバトル漫画の世界に入り込んだんだろうか。
意図が分からず無言のままの僕と、無表情で拳を止めたままの先輩。
「あ、あの!か、会長!」
均衡を破ったのはもう一人の方の先輩だった。わたわたと慌てているところを見ると、事前の打ち合わせ通りというわけではないようだ。演技という可能性もあるけれど、あれはたぶん素の反応だと思う。
「動じないか。大した胆力だ」
「いや単純に反応できてないだけなんですけど。ていうか、なんなんですか。突然殴りかかって寸止めするとか、ここそういう学校何ですか?しかも、会長?まさか生徒会長が後輩に殴りかかったってことですか?そういうのってどうなんですかね。廊下で監視カメラもあるなか寸止めとはいえ平然と殴りかかるなんて――」
「ほう。監視カメラがあることに気づいていたか」
監視カメラがあることに言及したのは失言だった。途端に先輩が鬼の首をとったように嬉々として絡んできた。
あーあ、やっぱりどこかでボロがでる。面倒になるとつい気を抜きがちになるのは僕の悪い癖だと思う。
「それでは僕は失礼します」
「待て」
待てと言われて待つ人間がいるだろうか。今回は肩に手を置かれて強制的に待たされたんだけど。ていうか、力強いなこの人。たぶん体幹が尋常でなく鍛えられている。僕がじたばたしても全然揺るぎもしなかったし。
「そう警戒するな。迷惑料としてポイントを送信しようと思っただけだ」
「いらないです」
「先輩からの厚意は受け取っておくものだぞ」
いきなり殴りかかってきておいて厚意もなにもないだろうに。単なる口止め料でしかないが、物は言いようというやつだ。これでまた拒否するとそれはそれで面倒くさいことになりそうなので、おとなしくもらっておくことにした。
端末を出してポイントの受け取り手続きを済ませると、僕のプライベートポイントはちょうど5万増えていた。
微妙な数字だな……これで5000ポイントだったらプライベートポイントに余裕がないことになる。その場合、生徒会長が金欠、あるいは口止め料をケチったというのは考えずらいことから、学内の金銭事情は厳しいということになる。逆に10万、20万以上だった場合、金が有り余っていることになる。毎月10万ポイントもらえるとしても、こんな気軽にポンポン支払えるとは考えずらいことから、学内ではポイントがもらえる何らかのイベントがあると考察できたんだけどなぁ。
そこまで考えてのことかは分からない。単に順当な口止め料が5万ポイントであった可能性もあるからだ。ただ、これは僕の直観だけど、この先輩はそういう言動の裏にあるものを読み取らせようとしたがるタイプだ。僕の考察が間違っているとしても、何らかの事情を隠しているのは確かだ。そう考えると、隠さなければならない事情があるという情報を手に入れられたともいえる。
「先輩、いくつか質問がしたいのですが、よろしいですか」
「答えられる範囲で答えよう」
「一つ、この学校の試験は特別だと思いますか?これは先輩の主観と感覚で構いません。もう一つは、学校側からポイントをもらう方法はいくつありますか?」
先輩がニヤリと笑った。やばい、笑顔が怖い。笑うと怖い人はいるものだが、この先輩は特にそうだと思う。
「まず一つ目の質問だが――特別だと答えよう。もちろん俺の感覚ではあるが、おそらく多くの生徒はそう思っているだろう。そしてもう一つの質問だが、回答は『答えられない』だ」
「それは質問に答えをだせないということですか?それとも、言えないということでしょうか」
「ノーコメントだ」
これではっきりした。この学校の重要事項はポイントだ。おそらく、ただのおこずかいではなく、もっと戦略的なもので、かつ学校の統治に深くかかわっている。1年生以外に情報統制をするほどに、重要な何かがある。
情報統制というものは、口で言うのは易しいが実際に行うのは相当な困難だ。かのソビエト連邦やその後継のロシア連邦、中華人民共和国などの共産主義国家や北朝鮮のような一部の独裁国家はインターネットを含めてかなりの情報統制が行われているが、それにかける労力はきっと僕の想像以上だろう。別にそんな国々の内情を想像しなくとも、学生の間での噂話を防ぐことを考えれば、その難しさがわかるはずだ。
特に、高校生なんてもっと大変だ。これが社会人で会社勤めともなれば機密情報や個人情報の取り扱いについても厳格なルールが定められ、それらを守る習慣もできるだろうが、高校生に対し軽い口止め程度では不可能だ。おそらく、何らかのペナルティがある。
そうまでして、ポイントに関する情報を知られたくないと学校側が考えている。
いやだなぁ、不気味すぎる。なんかうんざりしてきたよ。実力主義だと聞いていたのに、ふたを開けてみれば腹の探り合いやらポイントのあれこれやら……
まあ、たぶん近いうちに答え合わせがあるだろう。高校生が何か月も秘密を言わずにいられるなんて学校側も考えていないだろうし。
「お答えいただきありがとうございました。失礼します」
「俺の名前は堀北学だ。君の名前を教えてほしい」
一応感謝を伝えて一礼し、今度こそ別れようとした僕に、先輩は名前を聞いてきた。一瞬迷ったけど、別に答えて不利になるものでもないだろう。
「浦路零人といいます。よろしくお願いしますね、堀北会長」
ところで、堀北会長の半歩後ろで微笑んでた女子生徒は、結局誰だったんだろう。会長の彼女か、副会長だろうか。
聞いておけばよかったかなと思いながら、僕はその場を後にした。
ちょっとほかにも情報を集めたほうがいいかもしれない。
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さて、ここまで集めた情報から、すこし考察を進めてみよう。
まず僕らがいる環境。実に快適な刑務所という表現がしっくりくる。学校のあちこちに監視カメラが設けられ、周囲は壁で囲まれ、ネットも制限されている。ただ、ポイントに余裕があれば高校生ではありえないような贅沢ができ、たとえポイントがなくとも健康で文化的な最低限度の生活を送ることができる。しかし、外部との接触が極端に制限されており、極論学校側が隠そうと思えば殺人でも隠ぺいできるきわめて危険な側面がある。さすがに限度は3年だろうけど、それでもかなりの時間だ。もちろん、資金は潤沢にあるだろうから、さっきの生徒会長のように大量のポイントで口止めも可能だろう。
そしてそのポイント。この学校内であればあらゆるものを購入することができる、と担任の星之宮とかいう酒カスが言っていた。あとで他人の人権でも購入できますかと聞きに行ったらドン引きしながら『さすがにそれは無理かな』といっていたので、限界はあるようだ。独自の通貨でありながら、1ポイント=1円として価値が定められている。これも星之宮に日本円が大暴落してインフレになったら学校の物価も上がりますかと聞きに行ったらお茶を濁されたので、詳細は不明だ。
重要なのはそのポイントが月の初めに振り込まれること。つまりあと1週間後だ。断言してもいいが、まず10万ポイントが振り込まれることはないだろう。なぜかクラスメイトやほかの1年生も来月また10万ポイントがもらえると思い込んでいるが、笑止千万だ。そんな予算があるわけがない。そもそもこの学校は国立、つまり僕らの親が納めた税金で作られ、運営されている。生徒を調子に乗らせるために実質10万円を配ることはあっても、怠惰を覚えさせるために毎月10万ポイントは使わないだろう。
となれば、基本給のように一定のポイントを支給し、生徒の実力を試験で測りそれに応じて追加のポイントを与える、あるいはポイントを差し引くといった運用が予想できる。実力主義を本当の意味で実践するならば、ただのペーパーテストの結果を実力とは言わないだろうから、今後ポイントの増減を念頭に置いた特殊な試験が課される可能性はある。生徒会長の発言から考えても、この考察はおそらく正しいだろう。
こう考えると、やはり1週間後のポイント振込日が答え合わせの日になりそうだ。
革命要素がでてくるまでもう少しかかります。あと、革命といっても、かなり後ろ向きに思われるかもしれないタイプです。
高育が最も嫌がることを主人公にさせていくつもりです。