ディネルースとエレンミアは月の一つへと赴き、そこで発見された未知の物体と対面する。
数カ月後、ティリアン空港を出発した特別ジェット機は、半日あまりのフライトを経て、ザンジバル島に辿り着いた。ディネルース王女が窓から見下ろすと、強い日差しを反射して、青い海が眩しかった。
機体は一度旋回すると、島から洋上に伸びる滑走路に着陸した。やがてタラップが据えられると、ディネルースは同輩の王女エレンミア・アグラレスとともに降りた。エレンミアは小花柄のワンピースにアームカバー。ディネルースの服装は白のショートパンツにシャツだけ。二人してサングラスをつけている。
特別機から降り立つ王女二人にはとても見えない格好だ。しかし、赤道に近い島に行き、それが公式な訪問ではないとなれば、そんな気楽な服を選ぶのが、今の彼女達なのだ。
多少の後悔があるとすれば、わざわざ滑走路まで出迎えた相手が、一部の隙も無い長袖の軍服姿だったことだ。南国用のサファリ軍帽も支給されているはずだが、式典用の正軍帽を被り、その左右から白エルフの尖耳を覗かせている。
「両殿下の御来臨を賜わり、恐懼の極みでございます」
白エルフの将軍は見事な敬礼を見せた。ディネルースとエレンミアは、さすがにサングラスだけは外してから一礼を返した。
先に声をかけたのはディネルースだ。王女二名は立場上対等で、国内行事ではエレンミアの方が表舞台に立つことが多い。しかし私的な場では、性格と年長のゆえに、ディネルースの方が何かとリードをとる役回りだ。また、出迎えた将軍とも面識がある。
「ありがとう、オストエレン大将。久しいな。元気そうで何よりだ」
「両殿下におかれましても、ご健勝をお喜び申し上げます」
ヘルヴェア・オストエレン将軍は、史上初の月着陸船の船長を務めたことで知られている。英雄として母星に帰還した彼女に勲章を授けたのは、当時はまだオルクセン連邦の女王だったディネルースだ。
「連邦の解体以来になるな。その後、共和国宇宙軍はどうだね、ヘルヴェア」
昔なじみの上に、肌の色に違いはあっても同族という気安さで、ディネルースは尋ねた。
「冷戦時代のようには参りません。慢性的な予算不足と戦っております。昔とは逆で、オルクセン宇宙局に支えてもらっている格好です」
ヘルヴェアは、たいそう真面目な顔でそう言った。彼女はもともとオルクセン連邦空軍のパイロットで、宇宙飛行士を経て空軍に戻った。その後は空軍から分離独立した連邦宇宙軍に転じた。白エルフであるヘルヴェアが連邦解体後にエルフィンドへ戻らなかったのは、宇宙軍がオルクセン共和国に引き継がれたためだ。
白エルフの将軍は王女たちを待機施設へ案内した。空港のターミナルを模した大きな建物だが、今日は両王女の貸し切りである。ヘルヴェアは彼女らを貴賓室に導いた。さあ、こちらへ。まずは、ごゆるりとお休みください。ご出立は二時間後の予定です。
「本日は風が少なく、海霧もありません。快適に御登り頂けるものと存じます」
そう言って、ガラス窓越しに外の施設を示してみせる。
緊張しているらしく一言も発しないエレンミアに代わり、ディネルースは快活に言った。
「楽しみだよ。この港までは何度も来たが、登るのは二人とも初めてだからな」
かつてディネルース宇宙港と呼ばれたこの施設は、ロケット打ち上げ関連施設の半ば以上を既に解体した。施設名も改めている。新しい名は、いま三名のエルフが見上げている中心設備と同じだ。
空の彼方までそびえ立つ、オルクセン軌道塔である。魔種族たちが冷戦時代から営々と続けてきた宇宙開発事業、その一つの到達点であった。軌道塔は、その名の通り衛星軌道まで伸びている(建設の流れからすれば、衛星軌道から垂れ下がっている)。塔の先端には、カウンター・ウェイトを兼ねる軌道港があり、月基地との往還船の発着や、人工衛星の軌道投入の拠点になっている。
そもそも、星欧に暮らす知性体は、人であるか魔種族であるかの別なく、昔から星の世界への関心が強い。なにせ自らの地域を「星」欧と称するほどなのだ。
星欧が一つの地域とみなされるのは聖星教の影響圏にあるためだが、その神話は上古に起こった降星――何らかの天体の落下と、それによる大災害を伝えている。
そして、人族が年代記を編めるようになって以降、光り輝く星が再び母星に落下しそうになった。しかし人間族の必死の祈りと改心が奇跡を起こし、星は落下することなく夜の彼方へと去った。その奇跡を起こし、星からメッセージを受け取ったと称する男の伝道が、聖星教の始まりである。その教えを信じない魔種族たちにも降星神話は伝わっており、特にエルフたちは民族宗教として聖星と白銀樹への信仰が篤い。
そのような背景から、星欧諸国は一般に宇宙開発に熱心だが、その中でもオルクセンは別格である。宇宙開発を永世中立と並ぶ国是の一つとみなし、巨額の投資を続けて、十二の月すべてに最初の足跡を残した。
人間諸国が宇宙への情熱を失い、もっぱら人工衛星の打ち上げに腐心するようになった冷戦終結後も、オルクセン連邦だけは異様な執念を変えなかった。
他国では決して正当化できない巨費を宇宙に散じることができた理由は、表向きには魔種族の誇りと国威発揚のため。しかし、その真の動機は、母星外への生存圏拡大という誇大妄想的な秘密計画にあった。旧オルクセン王国時代から引き継がれる国是――『すべては生存のために』という一念と、かつて人間族からの迫害によって実際に絶滅しかけた過去、そして偉大なるグスタフ王の教えが、魔種族たちの背を押し続けた結果である。
オルクセン連邦崩壊後も、後継共和国たちの体制と関係が固まってくると、宇宙開発への投資はすぐに再開された。各共和国が別々に宇宙開発を行う不効率さは誰の目にも明らかであった。国家は分割しても、宇宙開発の競争力まで失いたくはなかった旧連邦市民たちは、旧オルクセン宇宙局を存続させ、共同管理することとした。それに資金の裏付けを与えるため、分配について共和国間での協議が紛糾していた鉄道、煙草に通信等の旧連邦国営企業の株式、対外債務と債権を一括する共同管理団体「オルクセン連盟」が併せて発足した。
こうして、オルクセン宇宙局は連邦崩壊による停滞を乗り越え、共和国宇宙軍と人材交流を続けながら活動した。冷戦期には国際政治上の制約のために建設不可能だった恒久的宇宙基地を、十二個全ての月に維持するまでになった。
常に宇宙飛行士を宇宙に貼り付けるだけであれば、ほんの二名、三名を置いておけばよいであろう。それでも天体観測や科学実験には十分だ。
しかし、魔種族たちの長期計画は、まずは月、将来的には星系内の他惑星を開拓して植民することであった。その技術開発には、合計して百名近い専門家を各月基地に貼り付ける必要があった。それだけの頭数を宇宙で生活させるということ自体が一種の試験でもある。
こうして遂に、王国時代から魔種族たちの、特に軍隊を悩ませ続けた例の問題が、再び頭をもたげた。
なにせ、オークは、よく食べる。しかも美食好みでもある。
月基地での食料栽培は早くから試みられ、藻類を中心に成果をあげている。しかし、肝心の穀類や肉類の生産にはなかなか到達しそうにない。他惑星を改造すればともかく、母星の十分の一ほどの低重力で、面積も乏しい月での食料自給は長い目でみても不可能ではないかと言われている。
こうしてオルクセン宇宙局は、大量の食料と水を地上から各月基地まで延々と運ばねばならなくなった。安定して、安価で、太い補給線が求められた。まずは再利用可能なロケットの大量生産。その次の段階として軌道エレベーターの開発に全精力を投じた。軍からの出向者も多い宇宙局にとって、軌道塔の開発は自然な発想であった。馬車を往復させる苦労を考えれば、初期投資が高くつこうとも、線路を敷いてしまうべきなのだ。
こうして一〇三〇年代に軌道塔が完成すると、宇宙飛行士たちは単調な食生活から完全に解放された。どころか、一生を宇宙に捧げる飛行士でなくとも、化学や農学の専門家を軌道港や月基地に送り込めるようになった。
実際、軌道塔に乗るための待機施設でディネルースとエレンミアが施された教育は、飛行機に乗る際の諸注意とさして変わるところがなかった。いくら現代でも軽易すぎる教育で済まされるのは、彼女らがエルフィンドを出発前に短期訓練を修了しているためである。
着替えるのは宇宙服ではなく、上空用の断熱服だ。スポーツ用品店で売っている冬用の登山着のような見た目で、着心地もよい。その恰好で、王女たちは幾名かの記者から取材を受けた。会見というほどでもない気楽な質問受けで、彼女たちには慣れたものである。
「ええ、あの基地は素晴らしい実績をあげてきましたし、いまも新しい知識をもたらし続けています。亡き夫の名を冠する基地の三十周年式典に参加できることを嬉しく思います」
「はい、変異型アデノ・ウイルスの件は聞いています。症状は本来の風邪と大差ないといっても、閉鎖環境での感染症は見過ごせない脅威です。感染した隊員たちは、まだ隔離生活を強いられていると。窓越しにはなりますが、お見舞いにいくつもりです。宿泊設備が圧迫されて、ほとんどの来賓が渡航できなかったのは残念ですが、基地の衛生が第一ですから」
ありきたりな質問に答えを取り終えると、軌道上までは同行を認められなかった記者たちは、残念がる様子もなく解散した。
その後、王女二名は職員の手伝いを得て、非常用パラシュートと小型酸素ボンベを背負わされた。塔への移動車両も、塔の中でも椅子に座れるから、重さは苦にならない。
しつこく確認されたのは、身体を締め付ける装身具をつけないことだ。日頃は重力のために下半身にある血液が全身に回るため、無重力空間では上半身がむくんだようになる。指も太くなるから、地上サイズの指輪で指を圧迫したままでは血流障害の恐れがあるのだ。
ディネルースは左手から指輪を外した。その黄金の輝きは、挙式の頃の光を失って久しい。細かな傷が無数に入り、曇っている。今年こそ磨きにだそう、いや、来年にはと思いながら、ずっと先送りにしてきた。怠惰ではなく、言ってしまえば、恐怖に近い感情がある。
たとえ一時でも、この指輪が遠くに行くことが恐ろしい。指輪だけが、あの日の輝きを取り戻してしまうことが怖い。共に過ごした時間まで傷とともに拭われ、無くなってしまうかもしれない。
指輪を外したディネルースは、何気なく傍らを見下ろした。そこには何もいない。前回、ここがディネルース宇宙港と呼ばれていた時代に訪れた時には、アドヴィンがいた。亡き夫の護衛で、心許せる友でもあった巨狼は、その遺命を忠実に守り、ディネルースに付き添ってくれた。誰より頼もしい護衛で、心の支えでもあった。彼も、もういない。
彼女は古い指輪をポケットにしまい、ジッパーを締めた。
「さあ、行こうか。ヘルヴェアが待ちかねている」
軌道上への上昇の旅は快適そのものだった。振動はほぼ無い。窓に擬したスクリーンで屋外の様子を楽しめる。雲海を抜けると、青かった空が群青に変じ、やがて弧状の地平線があらわれる。その上に広がる夜空のようなものは、もはや宇宙だ。それから先が長い。最初は感動的だった景色がほとんど変化しなくなる。ディネルースが退屈を免れたのは、高所恐怖症を隠していたエレンミアの気を紛らわすべく、あれこれと話題を出さねばならなかったからだ。
高度五百キロ付近を通過し、足元が無くなるような感覚を覚え始める。さらに動揺を増したエレンミアを落ち着かせるため、両手をつなぐ。次第に慣れたのか、高度約三万六千キロの軌道港に達した頃には、星々や月たちを眺めてはしゃぐ余裕が出てきていた。
軌道港では、上下感覚の調整や移動の訓練を数時間かけて行うと、ヴィッセル重工製の往還宇宙機に乗り込んだ。卵型の機内に身をかがめて入り、三名とも客用座席に座る。
「自分で操縦していきたいんじゃないか?」
ディネルースは冗談を言ったつもりだったが、ヘルヴェアは真面目そのものの声で答えた。
「実は、いささか。資格はまだ持っておりますから」
数十年程度の加齢では体力の衰えがほとんどない白エルフ族といえども、技術進歩に追随して戦闘機と宇宙機の操縦資格を更新し続けているのは、尋常な努力ではない。
「もっとも、今時の操縦は殆ど自動ですから、面白みに欠けますがね」
ヘルヴェアは宇宙服を着る前にポケットのジッパーを開いて何かを取り出すと、いそいそと左手に装着した。青白い室内灯を反射して、銀色がきらりと光る。
ディネルースは思わず尋ねた。
「大丈夫なのか? 無重力で指輪は」
「ああ、ええ。確かに鬱血の恐れがあります」
王女に心配されたヘルヴェア、懸絶した操縦技量と冷静さで知られた元戦闘機乗りは、動揺と含羞を見せながら説明した。
「ですから、これは、あの、無重力用で。常のものより大きいのです」
地上用と宇宙用、結婚指輪が二つあるということだった。
「なるほど、さすが宇宙軍だな」
本気で感心すると、ヘルヴェアはさらに照れて、むにゃむにゃとよく分からぬことを言った。ああ、ええ。まことに、お恥ずかしい限りで。
「御夫君も同じものを?」
エレンミアが水を向けると、宇宙の英雄は恥じらいを収め、硬質な声で答えた。
「もちろんです。そうでなければ、基地から放り出してやるつもりです」
この宇宙飛行士、戦闘機乗り時代のコールサインは「アイス」だったそうだな――と、ディネルースは思い出した。
宇宙機は十二ある月の一つ、“収穫月”と呼ばれる衛星に着陸した。収穫月はピーナッツのような形をした小天体で、ごく微弱な重力しか有さないから、速度と自転に同調さえしてしまえば、離着陸自体はごく簡単に済む。
固定が済んだ宇宙機に、円筒状のボーディング・ブリッジが連接される。彼女らが初めて対面した宇宙基地の隊員は、基地司令であった。彼女らよりずっと背が低いが、コボルトにしては大柄な方だ。
「両殿下の御来臨を賜わり、光栄の極みです」
細君と似たような台詞で出迎えた基地司令に、両王女は応じた。
「夫の名を冠する基地にようやく来ることができて、私こそ光栄だ」
「ありがとう、タウベルト司令」
宇宙の英雄として知られる基地司令は、続いて宇宙軍大将にも敬礼した。彼も宇宙軍に籍があるが、いまは宇宙局に出向中の身だから、ヘルヴェアもゲストのうちなのだ。
「参謀総長閣下も、ようこそ」
「お久しぶり、放蕩者の基地司令どの」
「人聞きの悪いことを」
「本当のことだ。軍の内勤から逃げ回って出向ばかり。家にも寄り付かない」
「向き不向きの問題だ」
「今度こそ、参謀本部で書類に埋めてやるからな」
カール・タウベルト基地司令は苦笑とともに敬礼を収めた。その左手が銀の指輪をつけているかどうかは、グローブに隠れて分からない。
まずは休憩を、その後に式典をと勧められたが、ディネルースは言下に断った。
「どうせカバーストーリーなんだ。式典は写真の一枚も撮ればそれでいいだろう? 早く例のものを見たい」
出迎え側の段取りを乱すのは心苦しかったが、彼女はこれ以上待つつもりはなかった。呼吸が浅くなっているのは、初めて月を訪れた緊張ばかりではない。
「ここにいても感知できるくらいだ。これほどの騒がしさとはな」
宇宙基地内は、かすかな空調音だけが響いている。しかし、この場にいる全員がそれを感じ取っていた。闇エルフ、白エルフにコボルト。魔種族の中でも魔術の素養を残す者たちだからだ。コボルトの基地司令は、出向中とはいえベテランの軍人らしく即答した。
「では、宇宙服はそのままで。直ちにご案内いたします。できるだけ気を逸らすようにご注意ください」
月面用ローバーを運転したのは基地司令自身だった。もともと四名乗りとはいえ、宇宙軍大佐としては腰が軽すぎるきらいもある。
その軽快さがディネルースには好ましかった。十二の月にある基地の中で、ここグスタフ・ファルケンハイン宇宙基地が最初にそれを発見したのも、タウベルト司令の行動力のたまものだと聞いている。
黄褐色の月面を進むほど、反応は増大した。極大出力の魔術通信である。頭が痛くなるが、魔術感覚を遮断しようとしても、できない。耳を塞いでも聞こえる大音響のようなものだ。
「最初に感知した時は寝ていたんですが、これに叩き起こされました。私以外にも一頭だけコボルトの隊員がいたもので、二点交差を繰り返して、徐々に絞り込んでいったわけです」
到着した場所には、直径百メートルほどのクレーターがあった。十二の月の中で最大級の大きさだ。オルクセンの宇宙開発に貢献した大科学者の業績を称え、『ブラント・クレーター』と名付けられた円形の窪地。
そのほぼ中央に、地下へと続く傾斜口が掘られている。ほとんど無重力だから階段は不要だが、手すりがまだないのは、両王女にはいくらか難儀だった。ベテラン宇宙飛行士二名の助けを借りつつ、穴の最奥に進む。
地下六メートルの位置で、半球状の空洞に出た。第一発見者でもあるタウベルト司令が解説を加える。
「この空洞には手を入れていません。もとから、こうだったんです。魔術通信を感知したときから覚悟はしていましたが。一目見て分かりましたよ。こいつは、自然のものじゃないと」
空間の底部中央に、つるりとした黒い石がある。高さ3メートルほどの直方体だ。奥行きは手の平ほどで、あたかも石の板であった。各面は磨き上げられたように真っ直ぐである。
「あらゆる非破壊検査は失敗しました。年代測定ができたのは、表面に付着していた砂だけです。それによると、こいつは生命が陸にあがったより前からここに立っていたことになります。そんな昔に魔術を使う知性体がいて、遺していったんです。
私たちはこれをBMA・1と呼んでいます。ブラント
ヘルヴェアが後を続けた。その声には縋るような響きがあった。
「ご連絡を頂いたのは、公表の仕方について政府と揉めている最中でした。両殿下でなければ、情報漏洩を疑ったところです。あるいは、ああ、まことに失礼ながら――」
「私たちの正気を、だな。全く同感だよ」
宇宙服の内側で冷や汗が流れるのを感じた。
「両殿下は、本当にこれを?」
ディネルースは、相棒に顔を向けた。エルフィンド王国、そして白エルフ族の聖地について語るのに相応しい者に。
エレンミア・アグラレス王女は、決然とした声で答えた。
「ええ、そうです。オストエレン大将、タウベルト司令。私たちはこれを知っています。これと同じものが、我が国にはあります。ですが、これほど古くはありません。三百五十年ほど前、先々代の女王の御代に持ち込まれたものです」
「一体どこから、誰が?」
「分かります。皆さんは、異星から訪れた知性体を疑っているのでしょう? それは間違いです。石板を持ち込んだのは、ヴィラールと呼ばれる者です」
自らも白エルフであるヘルヴェアは、その言葉に反応した。
「訪問者の? あれは伝説ではなかったと。いったい、これは?」
「魔術によって動く、一種の演算装置なのでしょう。そして干渉装置でもある。非破壊検査に留めてくれてよかった。破壊を予感したら、何をしたか分かりません。これは自動で動いているようですから。たぶん、今は警報装置として」
エレンミアは頭上を見上げた。石板が発する強力な魔術通信、その行き先を。ディネルースは告げた。
「決まりだ。将軍、司令。他の月でも
「直ちに手配します」
そう言うと、タウベルトは早速基地への通信を取り始めた。それを横目に、ヘルヴェアがディネルースに尋ねた。
「殿下、『私たち』とは、この場合、どの範囲を指すのです?」
「まだ分からない。最も狭ければ、両エルフ族の全員。最も広ければ、我らの星に住まう全ての生命をだ」
オルクセン宇宙局は、十日余りをかけて他の月でも石板を発見し、魔術通信の概略方位を測定。その交点を特定し、かつ交点が移動していることを突き止めた。
月面上に設置された赤外線望遠鏡をそこに向けた結果、直径約二十キロメートルの小天体を見つけた。
軌道決定の結果、その小天体は、彼女達の住まう惑星への衝突コースに乗っていた。
(次話「聖星の回帰」に続く)