ランデブー:ディネルース最後の旅   作:芝三十郎

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WEB版読了後推奨、「オルクセン連邦の崩壊」読了後推奨。 惑星防御作戦が始動する数カ月前、ディネルースとエレンミアは石板と魔術の謎に挑んでいた。ヒントをくれたのはマルリアン元将軍だった。


魔術の刻印

 その数カ月前、月から帰還したばかりのディネルースは、軌道港の展望窓から母星を見下ろしていた。青い円盤のように見える海に、雲が模様を描いている。湾曲した地平線の彼方には、道洋の先にある大洋、その西端が見えている。

 

 大瞑海は、現代にいたっても航行不可能な未踏の大洋である。その原因は、渦巻く多数の白雲として見ることができる。現代の気象学でも説明不可能な現象。不滅の嵐である。

 

「もっと早く気づいてもよかった。あんなものは、あり得ないんだ」

 

「気象の専門家じゃないんだから」

 

 口を挟んだエレンミアに、ディネルースは首を振った。

 

 大嵐の下では海流すら激しく乱れ、大暝海中央の海底に到達した者はいない。しかし磁針は必ずそこを指すことから、強力な磁場をもつ何かが沈んでいることは確実視されている。

 

 それが降星の時に落下した月の欠片、恐らくは最大のそれだという仮説を教えてくれたのは、彼女の夫だ。もう二百五十年も前のこと。

 

 それにも関わらず、彼女が大嵐の真実に思い至ったのは最近のことだ。気づきを妨げていたのは『世界は昔からそうなっているのだから、それが自然なのだ』という思い込みだ。だが、今なら分かる。

 

 海底の月が発しているのは、磁力だけではない。

 

「魔術による気候改変。私は何度も間近に見ていたんだ」

 

 終わらない嵐の原因は、恐らくそれに違いない。世界でただ一頭、グスタフだけが仕えた奇跡の魔術は、気象を操ることができた。同じことを海底の月がやっているとすれば、月は魔術を持っている。というより、月自体が魔術の産物だったのかもしれない。思い返してみれば、それが第一の手がかりだった。

 

 ディネルースが第二の手がかりを得たのは、前星紀の宇宙開発である。東西陣営の長であるキャメロット、ロヴァルナに伍して、中立国オルクセン連邦は宇宙開発に邁進した。

 

 一国で陣営と競わねばならないオルクセンは、自国だけが持つ優位性を徹底的に活用した。今や魔種族だけが扱える魔術である。オルクセンで食料保存庫から夏服まで様々なもとに使われてきた冷却用刻印魔術は、科学技術が進んだ時代にあっても、凄まじい優位性を持っていた。

 

 当時、発明されたばかりのエアコンから、爆発的に普及しつつあった自動車のラジエーターまで、あらゆる冷却装置は、要すれば熱をどこかへ移す仕組みである。

 

 しかし冷却用魔術刻印だけは別だ。どこにも排熱していないのである。明らかにエネルギー保存則に反しており、その機序は長年の謎だった。その疑問を棚上げにして、さまざまな製品に利用された。食料保存庫、工場や家屋、夏服の冷却まで。理屈は分からずとも、とにかく動作はするのだ。

 

 当然、宇宙開発にも応用された。

 

 宇宙空間では大気がないため、空冷ができない。そのくせ、遮るものがない太陽光は数百度もの熱を精密機器に与える。熱をどうやって制御して機材を守るかは重要な課題である。

 

 通常は、機材が発した熱を伝導効率のよいヒートシンクを通してラジエーター・パネルに移し、電磁場として宇宙空間に輻射する。この方法はシンプルで、安上がりでもある。しかし、排熱効率は良いとはいえず、大きなパネルが必要だ。

 

 それに対して刻印式冷却魔術は、薄く小さな金属板をつけるだけで動作する。熱はどこにも逃げず、急速に消えてなくなる。当時の高価なロケットでは、宇宙空間に持ち上げる重量は可能な限り減らす必要があったから、その意味でも魔術刻印は世界一効率的なラジエーターだった。宇宙機にも人工衛星にも使われた。

 

 やがて発明された全球測位システム衛星に魔術刻印が使われた時、奇妙な現象が観測された。

 

 昼夜のいずれに位置するかで極端な温度変化を受ける人工衛星では、魔術刻印は二つの割り符になっており、オン・オフ機能を持つ。衛星が昼の領域に入り、太陽光を浴びると、割り符が合わさって冷却が開始されるのだ。

 

 冷却刻印は、測位衛星が昼に入った時、正常に冷却を開始した。ただし、割符が合致して魔術が発動するよりも、温度低下の方が早く始まっていることが判明した。測位衛星が原子時計を搭載していなければ気づくことはできない微細なズレであった。この時系列のズレは、衛星が軌道上を高速で動くことによって生じる時間の遅れを補正しても変わらなかった。

 

 刻印の発動という原因よりも、温度低下という結果の方が先に生じる。この発見により、ある仮説が立てられた。冷却魔術は、それが発動することが確実になった時点で、過去にさかのぼって熱の発生を取り消しているのではないか、と。刻印式に限らず、そもそも魔術というものは、世界の現象を理解・利用する科学技術とは決定的に異なり、世界自体を改変する技なのではないか、と。

 

 これら二つのヒントは、グスタフから転生者に関する情報を聞いていたディネルースに、ぼんやりとした引っ掛かりを残した。三代目の白エルフ女王、末期の床で自らを転生者(ヴィラール)の一員だと名乗った女は、エルフ種族の身体構造を改め、女だけの種にしたという。一世代のうちに身体構造、それも種の存続に関わる生殖と雌雄が一変するなど、進化の枠を超えた種の改変である。

 

 もし本当にそんなことが為されたとするならば、ヴィラールは魔術を使い、他にも世界を様々に改変してきたのではなかろうか。今日では当たり前だと思われていることも、実は干渉の産物なのではないのか。

 

 改変の結果を正当化するために、過去すら操作し、自然現象に見せかけているとすれば、現在を生きる者たちが気づくことはない。

 

 しかし、そんな可能性があり得るとすれば、思い当たる不可解な現象は多々あった。身近なところでは、エルフ族の異常なまでの消化吸収能力である。エルフの胃腸は人間族のそれとほぼ変わらず、病気には同じ薬や手術が奏効する。それなのに彼女らが何故ほとんど排泄を要しないのかは、医学が発達した今日でも謎のままだ。体内で恒常的に魔術が働いており、腸で吸収できなかった成分を、摂取前に遡って消去しているとでも仮定しないと、説明不可能な現象ではある。

 

 最後の決定打を与えたのは、突然に透明化した石板が表示していた文章である。

 

 解読は簡単ではなかった。単語は置き換えられても、それを連ねたときの意味を解釈することができなかったからだ。それを一挙に解決してくれたのは、意外にもダリエンド・マルリアンだった。

 

 エルフィンド王国軍の元将軍であるマルリアンは、歴史家でも言語学者でもない。解読に行き詰ったディネルースが彼女に相談したのは、知識ではなく、口の堅さと発想力を当てにしてのことだった。

 

 会話は軌道港の貴賓室で行われた。ディスプレイの中に映るマルリアンは、今やエルフィンドを離れ、秋津島に暮らしている。

 

 彼女はベレリアント戦争の終結後、国家憲兵予備隊の顧問を一時務めたのみで、世に出ようとはしなかった。邸宅から出ることも稀で、歴史の流れから取り残されたように百年以上も隠棲していた。冷戦終結後に「これではいかん。腐る」と一念発起するや、昔の果断さを発揮して、ベレリアント半島から姿を消した。

 

 その後、二十年余りは行方知れずだったが、ある日、秋津島に姿を現して、新たな職業についた。その大成功ぶりがエルフィンド国に届いた時、昔の彼女を知る者たちは卒倒しかけた。「みっともない国辱」「種族の恥」と罵る声もあったが、当のマルリアンは「私の一生だ。どう使おうが、私の勝手だ」と、どこ吹く風だった。

 

 ディスプレイの中に映るマルリアンの姿は、相変わらず十歳かそこらの幼女然としていた。挙措といい、表情といい、昔よりずっと柔らかく、生き生きとしている。

 

 両王女から突然の連絡を受け、奇怪な文書を見せられて、かつての英雄は小首を傾げた。

 

「『初め・産卵場所・回収』……? なんだ、これは。魚の生態でも調べているのか?」

 

「それが、さっぱり分からん。だが、黄金樹の石板に書かれていたことだ。何か重大な意味があるに違いない」

 

「ふうん。場所が回収とは妙な話だ。何か、実際に無くなったものでも?」

 

「いや、それは……」

 

 ディネルースは言い淀んだが、エレンミアは元将軍を信じ、真実を全て伝えた。「黄金樹が消失した」と。白エルフの信仰対象が失われたと聞き、さすがのマルリアンも絶句した。

 

 それを契機に、名将の頭脳は猛烈に回転しはじめたようだった。昔より愛嬌を増した顔立ちが、古英雄の面影を取り戻していく。

 

「とんでもない話です。もしそれが、この文章と関係しているとすると……黄金樹が回収された? それが産卵の場所とすると、比喩か何かか……ああ、これは。分かったかもしれません」

 

 確信を得たらしいマルリアンは、文章の続きに没頭した。色めき立つ両王女は、元将軍が読み終えるのを待った。しばしあって、マルリアンは眉間を揉みながら自分の解釈を披露した。

 

「全く、とんでもない話です。何かの詐欺だとしたら大法螺であり過ぎる。

 

 ディネルース、少し趣味を広げた方がいいぞ。これはな、産卵場所じゃない。

 

 『初期スポーン・ポイント』と読むんだ。それなら辻褄が合う……甚だ不敬ではあるがな」

 

 聞いてみると、近年のマルリアンが趣味から得た語彙であるらしい。最近では、主人公が未知の異世界に入り込み、その世界で生活や冒険をして、建物づくりや生物の育成を楽しみ、果ては架空世界の社会や歴史を左右するようなゲームや物語があるという。

 

 プレーヤーが世界に出現する位置が、件の初期スポーン・ポイントの謂いであった。たいてい、プレーヤーは何の装備も持たず、忽然とその場所に出現するのだという。

 

 マルリアンは解説を続けた。

 

「我らエルフは、白銀樹の根元に出生する。私達には当たり前の話だが、他の種族から見たら怪奇現象だ。そういう見方をすれば、白銀樹も黄金樹もスポーン・ポイントといえなくはあるまい」

 

 甚だ乱暴だが、ディネルースは異論を挟めなかった。何もないところに突然、出現する。空から降ってきたように。そのような存在に、彼女はもう一つ心当たりがあったからだ。

 

「伝承の一節に、こうあります……」と、口に出したのはエレンミアだった。

 

「黄金樹は、本来は天界のものであるゆえに、今でも天への道になっている。だから、ほとんどのヴィラールは、黄金樹の側に降り立った。天界に帰る時も、そこで消えたと」

 

 伝説のヴィラールを史実として語るエレンミアに、マルリアンは驚いたようだった。軍人らしく即物的なマルリアンは、世代のわりに神話伝承を軽視している。ベレリアント戦争のころ、神話と歴史を区別しない教義原理主義者たちに散々苦労させられたせいもある。しかし、疑問を口に出すのは我慢したらしく、元将軍は説明に戻った。

 

「石板の文章は、こう続けています。不正なスポーン・アンカーを多数検出した。不正なデータの記録を防ぐため、初期スポーン・ポイントを回収。『二度目の巻き戻し』を実行する、と。ああ、『巻き戻し』というのは……」

 

「分かります」

 

「よかった。最近の若者は原義を知らないものですから」

 

「マルリアン、とんでもないことです。不正なアンカーとデータ? だから認めないと。黄金樹が消えたのはそのせいだと――?」

 

「いかにも、不敬の極み。弁解の術もありません。いかように御叱りを賜わろうとも、私は……」

 

「そうではないのです!」

 

 エレンミアは叫んだ。

 

「いえ、まさにそう。弁解の余地もない――私には!」

 

「私達には、だ」

 

 ディネルースは、すかさず言い添えた。褐色の肌から血の気が引いている。

 

 王女二人は決意と確信を深めた。彼女らは母星に帰還し、惑星防衛会議に乗り込むと、一つの修正案を通過させた。そして「船一隻、腕のいいパイロット一人」を対処本部に要望した。

 

 本部が彼女らに与えたのは、月往還機を大改装した宇宙船と、文句のつけようもない名パイロットであった。両王女は厳しい訓練プログラムを修了すると、伝説にあやかって、与えられた船を「アンファングリア」と命名。

 

 パイロットを加えた三名で、軌道港から宇宙へと飛び立った。

 

 

 

(次話「最後の努力」へ続く。)

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