ランデブー:ディネルース最後の旅   作:芝三十郎

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WEB版読了後推奨、「オルクセン連邦の崩壊」読了後推奨。 彗星の軌道修正の失敗を受けて、対処本部は宇宙船アンファングリア号に連絡を入れる。エレンミアは、全世界への一斉放送を行う。


最後の(ラスト・)努力(ディッチ)

 それから数カ月後、聖星の軌道と交差するように飛翔を続けてきた宇宙船アンファングリア号は、ツィーテン宇宙飛行センターから緊急通信を受けた。

 

 沈痛な声で呼びかけたケーニヒ大将に対し、応答したのはディネルースであった。

 

「こちらウォルフ・3」

 

「ディネルース殿下。ヘリオスとヘラクレスの両作戦は……」

 

「承知している。こちらでもモニターしていた」

 

「面目次第もございません。もはや両殿下にお縋りする他、なくなりました。まことに申し訳も……」

 

「気にするな。元は、我らの先祖の過ちだ。この船の乗組員が全員エルフなのも、運命かもしれん」

 

「ですが!」

 

「いいんだ。ヴィルトシュヴァイン。一つ頼みがある。ウォルフ・2が一斉放送をやりたい。対策本部のチャンネルに乗せてくれれば、惑星全土に届くな?」

 

「エルフィンドだけでなく、全土にですな。直ちに可能です」

 

「お願いします、将軍」

 

 エレンミアが固い声で言った。彼女が多くの民に向けて自らの言葉を届けるのは、これで三度目のことだ。最初は、エルフィンド王国が無条件降伏を受諾すると決めたとき。二度目は、今から数十年前、キーファ岬沖紛争を止めた時だ。

 

 今回は、そのどれよりも規模が大きい。声を届けるべき相手は、同族の白エルフだけではなく、旧オルクセン連邦諸国だけでもない。人族も魔種族も、母星に住む全員に向けて、彼女は語らねばならない。それだけの責任があるし、地上のためにも必要なことだった。

 

 地上では、最後の希望だったヘラクレス作戦の失敗が伝わり、絶望と混乱が広がりつつあった。

 

 衝突回避の望みが絶たれた以上、残る第三段作戦は、被害の限定である。残る<ヘラクレス・2>を聖星に直撃させ、破砕。そのまま母星に殺到してくる彗星の欠片を、全世界の軍が保有する対衛星ミサイルで迎撃し、さらに打ち砕く狙いだ。

 

 大砲の弾にそのまま直撃されるよりは、散弾銃で撃たれる方が、瀕死の重傷でも生存できる可能性が微かにあるだろう、という判断である。彗星直撃時の津波高は一千メートルを超えてもおかしくない。しかし、もし複数の岩塊に分割できたならば、複数の大洋で発生する三百メートルの津波で済むかもしれないという、それは絶望の濃淡の選択だった。

 

 だだし、その後に起こる寒冷化には実質的な差はないと予測されているから、絶滅の危機は確実にやってくる。

 

 それでも、何もせずに滅びを受け入れることだけは、人間と魔種族の受け入れるところではなかった。可能性が低くとも挑戦し、成功しても僅かな報いしか得られないことを承知して、それでも何かをやり続けることだけが、運命への抵抗だった。

 

 しかし、そのような強靭な意志は、支え無しには続かない。

 

 今度こそはと願いを託した<ヘラクレス>の失敗と、衝突が不可避になったという情報は、避難民たちに動くことをやめさせた。無言で抱き合って泣く者たち。あるいは絶叫して嘆く者たち。凶行に走り、治安維持にあたっている兵士に射殺される者。その光景を目撃して失意を深め、座り込んで動かなくなる者。そのような光景が至るところにあった。

 

 今や避難民たちは心の支えを失っていた。それを希望という。

 

 避難民の士気モラールと統制を保つため、経路上や避難先の至る所に設置された放送機が、不意に唸りをあげた。かと思うと、女性の澄んだ声が流れ始めた。

 

「みなさん、私の声が聞こえますか。私はエレンミア・アグラレス。エルフィンド国の王女で、白エルフです」

 

 ベレリアント半島の山麓上に設けられた避難キャンプでは、白と闇のエルフたちが画面や無線の近くに大急ぎで集まった。しかし世界の他の地域、他の種族の者たちは、相変わらずの宣伝放送だと思い、座り込んだままである。

 

 放送は続いた。

 

「私はいま、宇宙空間にいます。ディネルース・アンダリエルとともに宇宙船アンファングリア号に乗り、彗星へと向かっています」

 

 少なからぬ避難民が顔をあげた。

 

「私たちは、あの星に乗り込むつもりです」

 

 地上世界を無言の驚愕が走った。大勢が立ち上がり、互いに声をかけあって、放送装置の周りに集まり始めた。まだ平野部に残り、必要なインフラの維持や物資の生産にあたっている者たちは、通信端末やテレビの画面を食い入るように見つめた。

 

「皆さんも知っての通り、聖星とも呼ばれるあの星は、数々の対抗手段を退けました。マスドライバーや核爆発に抵抗して、執拗に私たちの母星を目指しています。

 

 いま、避難の労苦に耐えている多くの皆さん。まだ街に残り、社会を維持するために働いている皆さん。老いた者、病や障害によって避難に困難を抱える隣人たちに手を差し伸べている皆さん。

 

 皆さんには知る権利があります。もし何もかもが上手くいかなかったとき、誰を恨むべきなのか。

 

 この事態を引き起こした責任は私、エレンミア・アグラレスにあります。彗星は宇宙的偶然で衝突軌道をとっているのではありません。私があの星を呼び寄せてしまったのです。

 

 あの星は、ただの小天体ではありません。私とディネルースは、あの星に意志があると考えています。聖星が軌道を再修正したのは、偶然ではありません。自然現象に見せかけた対抗手段です。あの星を魔術で操っている者がいる。その者が、私たちの敵です。

 

 その種の陰謀論が社会に溢れているのは知っています。私がこれからお話するのも、それらと似たような、突拍子もない話です。信じて頂けると期待してはいません。しかし、これからお話することは、これまで私たちが見つけてきた複数の疑問に対する説明にもなるはずです――この世界についての。

 

 私達の調査によれば、自然現象だと思われていることの中にも、魔術によって引き起こされたものがあります。大瞑海を航行不能にしている永遠の嵐もそうです。私たち魔種族の進化も、恐らくは。

 

 ええ、そうです。キャメロットや南北センチュリースターでは、進化論を学校で教えるべきかどうか、論争がありますね。エルフ族の伝説でも、偉大なる指導者がそのように造り変えたから、生物は現在の姿になったのだといわれています。私は、一片の疑問もなく進化論を支持します。しかし、その進化の一部について、部外者の意志が介在したようなのです。

 

 魔種族は、約五千年前の降星のあと、急速に変化して現在の姿になりました。環境の激変による淘汰の影響だと思われていました。しかし実際には、とある魔術装置が種族の進化を意図的に引き起こしたと考えられます。

 

 特に私達エルフには、かつて存在した雌雄の別が、ごく短期間で失われたという事実があります。出生の母体である白銀樹は全く同じであるにも関わらずです。一世代のうちにそんな変化が起こるとは、自然な進化では有り得ません。

 

 そこには明確な意志が介在していました。訪問者、ヴィラール。エルフの神とも、偉大な指導者とも呼ばれる者たちの意志が。彼らは私たち白エルフが、中世的な農耕生活に安住し、かつ同時に世界の支配種族たることを望みました。

 

 古い教義は教えています。白エルフは至高にして至純の種族であり、血の穢れも、肉の交わりも知らず、自然の恵みだけで繁栄するのだ、と。世界の魔種族は野蛮で、劣っており、白エルフに仕えるか、討伐されるべき邪悪なのだと。白エルフは、人間に崇められ、闇エルフを使役して、邪悪な魔種族を退け、永遠の楽土ベレリアントで暮らすのだと。

 

 実際、かつての世界は、その通りでした。エルフ以外の魔種族は言葉を持たない野獣のような存在で、人間やエルフにとって恐るべき脅威でした。

 

 しかし、五千年前、月が落下した直後、エルフ以外の魔種族も言葉を手に入れ、文明を築きました。聖星教が生まれ、人間の諸王国が手を結んで恐るべき迫害を開始しなければ、魔種族はそのまま星欧の支配種族となっていたでしょう。迫害と虐殺は大きな傷跡を残しました。その後、私たち白エルフが行った蔑視と迫害、そして虐殺が、魔種族の中にも大きな断絶を作り出しました。

 

 傷を癒すには数百年の時が必要でした。今や、エルフと他の魔種族、魔種族全体と人間は和解し、手をとりあって困難へと立ち向かっています。

 

 しかし、このような状況を快く思わない者がいるのです。その者がかつて考えた正しい歴史から逸脱しているとして。その者は、歴史の軌道修正を試み、何度か私たち白エルフに干渉してきました。千二百年前、聖星教の創始にすら関与していたかもしれません。

 

 私たちは何度も進路を歪められながらも、自らの意志で現在の世界を選び取りました。私たち白エルフと闇エルフは、共に白銀樹の森を育て、新世代の子ども達を胸に抱きました。

 

 しかし、それが干渉者の知るところとなりました。彼の者は軌道修正を諦め、今の世界を滅ぼし、太古の昔に返し、最初からやり直すことにしたのです。

 

 これが聖星出現の理由です。そして、破滅的な大きさの彗星が、直前まで見つからなかった理由でもあります。

 

 敵は魔術で世界を改竄している。彗星は、彼の者が現在の世界を滅ぼすと決めた時に、この宇宙に出現したと考えられます。明白な撮像が、後になるまで気づかれなかったのは、そのせいです。それどころか、数千年前の彗星回帰の記録すらも、現在の彗星軌道に帳尻を合わせるために、改変された架空の歴史かもしれないのです。

 

 ごく一部の方々が、滅亡の運命を受け入れようとしているのも知っています。しかし、私は、まっぴらごめんです。私は最近、新たに生まれたエルフの赤ちゃんたちを抱っこしました。彼女らは、精一杯に生きようとしています。それが間違いだなんて、絶対に言わせません。あの星は、そんな彼女たちを殺そうとしているのです。でも、幼いうちに死ぬために生まれる命なんかない。

 

 だから、私たちは行きます。彗星に乗り込み、あれを操っている魔術を止めてきます。好き勝手に世界を弄りまわすのを止めさせ、現在を守るために。

 

 敵はそんな相手です。必ず勝つと、そうお約束はできません。でも、見ていて下さい。信じて待っていて下さい。

 

 生きていて、うまくいかない現実に挫折しなかった者がいるでしょうか? あの星を操っている奴は、思い通りにいかないからって、何もかも台無しにしようとしています。自分で世界に立ち向かう勇気のない卑怯者だ。そんな奴に、このまま好き勝手されてたまるか! あのふざけた石ころに殴りこんで、尻を蹴っ飛ばしてやります!」

 

 叫びとともに、机に両手を叩きつける音が響き渡り、そのまま全世界に配信された。エルフ、オーク、その他すべての魔種族と人間たちは、演説の全てを理解できたわけではなかったが、とにかくも笑い、叫び、空に向けて答えた。

 

「いいぞ、お姫様!」

「エレンミア! エレンミア!」

「ぶちかましてくれ!」

「私の分もよろしく!」

 

 笑いと希望が悲嘆を押し返した。演説が再開されるまで、歓声は続いた。

 

「……大変、不適切な表現があったことをお詫びします。とにかく、私たちは、やるだけやってきます。願わくば、皆さんもそうして下さい。

 

 このような時にも、避難生活に必要な製品を作り、荷物を運び、水道や電気を維持し、怪我や病気を治療し、娯楽を提供している皆さんに感謝します。苦しい生活の中でも、隣人に敬意をもって接し、生きる喜びを見出そうとしている皆さんに、心から敬意を捧げます。

 

 世界を守っているのは皆さん自身です。厳しい状況は続きますが、やるべきこと、必要だと信じることを続けてください。そうしたら、きっとお祈りの言葉はいりません。では、いってきます」

 

 それが放送の終わりだった。

 

 その夜と昼、数知れぬ者たちが拳を突き上げ、歌や音楽を奏で、ごく限られた飲み物で乾杯をかわした。貴重な酒を久々に楽しんだ者は多かったが、悪酔いする前に声を掛け合い、割り当てられた避難住居やテントに帰った。そして、早めに眠りにつくだろう。

 

 明日には、またやるべきことがあるからだ。

 

 

 放送終了からしばしあって、ツィーテン宇宙飛行センターのケーニヒ大将に届いたのはウォルフ・3ことディネルースの声だった。

 

「以上で演説は終わりだ。放送を切ってくれ」

 

「直ちに。殿下、エレンミア様は?」

 

「ウォルフ・2は、あー、いま、手が離せない」

 

「何か問題が!?」

 

「いや、膝を抱えて丸まっていてな」

 

「素晴らしい演説だったとお伝えください」

 

「後で伝えておこう。さて、もういいぞ。ヴィルトシュヴァイン」

 

「殿下、まことに……私たちは、肝心な時はいつも」

 

「エレンミアも言っていただろう。諸君も、必要なことを為せ。私たちは、死にに行くのではない」

 

「豊饒の大地の恵みがあらんことを」

 

「ありがとう、ヴィルトシュヴァイン」

 

 ケーニヒ大将は、感情を抑えて宣言した。

 

「予備作戦<カルカロス>を発動する。同作戦指揮権はウォルフ・1に委ねる。アイス、頼みます」

 

「アイス、了解」

 

 宇宙の彼方にいるヘルヴェア・オストエレン船長は端的に答え、カウントを開始した。

 

「減速まで五秒。四、三、二、一、噴射」

 

 アンファングリア号は星系の外方に船尾を向けて減速を開始。ディネルース達の身体は柔らかな座席に押し付けられた。

 

 彼女らの進路は、聖星の予測進路と交差している。その交点、ランデブーポイントに達する時、船と星の速度は同調するはずである。

 

 オストエレン船長は地上へ報告を送った。

 

「噴射、異常なし。アンファングリアは“最後の(ラスト・)努力(ディッチ) ”を開始した」

 

 その噴射炎は、ちょうど夜間であったオルクセンの地からも見えた。作戦指令所の模様は、ごく僅かな時間差で報道されている。

 

 知性ある者たちは、魔種族と人間の差なく祈り、願い、空を見上げた。全知性体の生存への望みは、夜空に出現した小さな噴射光と、その船に乗り込む三名のエルフ達に託された。

 

 その船はアンファングリア。上古の昔、驕り高ぶる白エルフの女王に挑み、致命の牙を突き立てた巨狼族の始祖の名を冠している。

 

 ベレリアント半島のツェーンジーク山脈では、現在の巨狼族を率いる牝族長が、亡き伴侶との間に生まれた二頭の息子と共に、その光を見上げていた。

 

 夜空に現れた噴射炎は、小さな牙のようにみえた。遥か彼方の牙へ、彼女らの群れは吠えた。鳥や小さな獣たちは恐怖にかられて逃げ、山々は騒然とした。勇ましい遠吠えは、幾度も繰り返し、夜の大気を震わせた。

 

 巨狼語を解する者が聞けば、その遠吠えが意味をもつ言葉だと分かっただろう。彼女らは叫んでいる。

 

<その(あぎと)にかけよ!>

 

 夜空に光る小さな、しかし鋭い牙が、討つべき凶星へ近づいて行く。

 

 

 

(次話「天なる宝玉」に続く)

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