ランデブー:ディネルース最後の旅   作:芝三十郎

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WEB版読了後推奨、「オルクセン連邦の崩壊」読了後推奨。 彗星に到達したディネルース達は、魔術波の源を追う。


天なる宝玉

 地上や月面から観測すると、今や五千万キロメートルまで延伸した四本の塵の尾は、末広がりの白いホウキのように見えた。尾を形成するミクロン単位の塵は、大きさが多様であるために、太陽風を浴びて不均一に広がる。そのためホウキのように広がって、強風を受けた吹き流しのように曲がりながら棚引いている。

 

 しかし、彗星の至近距離にまで至った宇宙船アンファングリアの操縦席から見た眺めは、まるで異なる。彗星を小天体だと認識することは、もう難しい。ディスプレイに写しだされた外の様子は、濃い霧のように見えた。

 

 ディネルースは、遙か昔の戦場を思い出した。ベレリアント戦争開戦時に渡ったシルヴァン河畔の夜霧を。その更に前、ロザリンド渓谷に降りた濃霧を。あの頃の敵ならば、銃弾を撃ち込めば倒せた。何と簡単だったことか。

 

 地上の霧と異なり、彗星がまとう霧状のガスは、ところどころに黒い染みのようなものが見え、まだら模様になっている。ガスは常に噴射され続けているから、模様はたちまち変転し、縞模様になった。噴射元である彗星の核は見えない。前方から接近している現在では、コマと呼ばれるガスの覆いで隠されているのだ。

 

「あと一時間で減速噴射を停止します」

 

 ヘルヴェアは確認のために言った。

 

「それで、核から一〇〇〇キロメートルほどの距離で速度同調します。その頃には船内が完全に無重力状態になりますから、お気をつけを。その後はスラスターで緩やかに接近して、夜側に着陸点を探します」

 

 エレンミアも、あくまで確認のために質問する。

 

「尾に危険性は?」

 

「尾といっても、実際は希薄なガスです。地上噴射口のそばでもない限り、危険はごく小さいものです」

 

 エレンミアは頷いたが、懸念が去ったわけではない。ヘルヴェアはそう察して補足した。

 

「ええ、無論、通常の彗星であればの話です。念のため、できるだけ回避していくつもりです。結局はガスの中に着陸するわけですが、それまでは」

 

「着替えは、それまでに?」

 

「はい、お願いします。実際のEVAまでには時間が空くかもしれませんが、彗星の間際に行けば何が起こるか分かりませんから」

 

 船外活動(EVA)に備えた宇宙服着用のことをである。前星紀からあまり変わり映えしない、バックパックのような生命維持装置を背負ったEVAスーツだ。動きやすさを目指し、身体のラインに沿うような自動圧着式スーツの試作が数十年に渡って続けられてはいるが、機構の複雑化による信頼性低下を解決できずにいる。

 

 この予備作戦にあたって船外活動スーツを選定する際にも、オルクセンとキャメロットの熟練宇宙飛行士たちは「低練度者が使うなら、ロヴァルナ連邦製の旧式が最高」と口を揃えた。そして自国製の宇宙服についての婉曲な愚痴を言い始めた。

 

 オルクセンやキャメロットのEVAスーツは、高機能ではあるが作りが複雑で、手間が多い。まず上半身と下半身が別である。他にもヘルメット、グローブ、生命維持装置と、一つずつ装着する必要がある。

 

 一方のロヴァルナ製は、全身一体型だ。背中の生命維持装置がドアのように開くので、そこから中に入ってハッチを閉じれば、それだけで装着完了する。

 

 オルクセン宇宙局は、元女王達のためならばと愛国心を棚上げにしたが、調達できたロヴァルナ製宇宙服には難があった。二度目の体制崩壊以降、昔から怪しかった製品の品質管理は絶望的に悪化していたのだ。担当者が頭を抱えた時、ロヴァルナ製に非常によく似た設計を元に改良した新型を華国が製造していると分かった。

 

 搭乗者である三名のエルフの背格好データを華国に送り、それに基づいて緊急製造された一体型宇宙服「月兎改」が、アンファングリア号に搭載されている。三名分の正・予備で、六着の一体型スーツが横並んでいる様は、白い全身鎧をつけた騎士の整列を思わせた。

 

 ディネルースたち三名は、それぞれ自分専用スーツの背面ハッチを開けた。両王女も猛訓練の甲斐あって、巧みに身体をよじり、素早く入り込む。互いにハッチを閉め合うと、準備は一分未満で完了した。

 

 長時間をスーツ着用で過ごすのは苦労が多いが、排泄がほとんど要らないエルフの代謝は有利な適性である。水とカロリー・ジュースをヘルメット内のストローで吸引して食事を取りつつ、三名はランデブー予定時刻を待った。

 

 一時間後、予定通りに噴射が停止された時には、彗星の核がディスプレイ上で明らかになりつつあった。核は、霧の向こうにある黒い影に見える。ヘルヴェアが微妙な推力調整を開始し、船を彗星の側背に乗り込ませた。

 

 ディネルースとエレンミアは、ヘルヴェアの邪魔にならぬよう無言を保っている。それでも、ヘルメット内に響く呼吸音には緊張があらわれている。

 

 影は突如として小惑星になった。表面は凹凸だらけで、全体としてはピーナッツのような形の岩塊であった。その大きさを実感することは難しい。知識の上では、長軸二十キロ、短軸十五キロほどだと分かっている。しかし、比較対象がない宇宙空間で、またその脅威の大きさも手伝って、ベレリアント半島の大山塊を仰ぐような気になってしまう。

 

「これは……!」

 

 三名は一斉に顔をしかめた。電波、磁気、各種光学まで、あらゆる船外センサーに特段の反応はない。それなのに、エルフである彼女たちは、ガスを抜けた瞬間から、強烈な魔術の波を感じたのだ。空間自体が揺れていると錯覚するほどである。

 

 エルフ族は術力を遠方から探知することができ、かつての戦場では索敵に用いたものだ。他にも白銀樹とそこから切り出された護符の存在も感じることができる。昔、闇エルフが虐殺された際には、レーラズの森の地中に隠された護符の存在を探知し、多くの同胞の亡骸を見つけたこともある。

 

 しかし、彗星核が発している波は、それどころではなかった。三名のエルフたちはそれぞれの感想を交わす。

 

「凄まじいですね。術力の塊のようだ」

「白銀樹の森が成長しても、これほどにはなるまい」

「ヘリオスが有人機なら、すぐに気付いたでしょうに……」

 

 魔術波を感知するセンサーは未だに発明されていないのだ。エルフ達の鋭敏な感覚は、それを強烈に捉えた。普通、魔術探知の射程は五キロメートルほどのはずなのに、三十キロ先の彗星核の波が大音響のように感じられる。

 

 さらに接近すると、彗星核表面の様子が明らかになってきた。

 

「あちこちにジェットが見えます。あの白い流れです」

 

 ヘルヴェアが指差した画面上で、彗星核の赤茶けた地表から、白い粒がきらきらと湧きあがり、宇宙に流れている。

 

 ある種の感動を誘う眺めだったが、エレンミアは眉をひそめた。

 

「魔術反応の強弱があるようです。ジェットのところが特に強いような…分かりますか?」

 

 残る二人も探知を鋭くしたが、わからない。やがてディネルースが言った。

 

「ミアが言うなら、確かだろう。魔術適性はお前が頭抜けているんだ」

 

「では、彗星核の地下に…いると見るべきですね。魔術の源が」

 

 ヘルヴェアの推測に、王女二人は首肯する。

 

 さらに観察を続けると、際立って大きな噴射口の傍らに、明滅する赤と緑の灯火があった。ヘルヴェアがすかさず断定する。

 

「いました。<アドヴィン>です」

 

 横倒しになったマスドライバーは動作を停止しているが、電源は生きていると分かった。いくつかのワイヤーでまだ地表に係留されている。

 

 アドヴィンを運んできた<ヘリオス>の船体は見えない。地表から湧いたジェットに吹き飛ばされ、宇宙空間に飛び出してしまったのだろう。彗星地表の重力はごく微弱なのだ。

 

 ディスプレイの一つに移された彗星の3Dモデルに、アドヴィンを示すポイントが新たに加わった。一瞬遅れて、モデル全体が微修正される。

 

ヘルヴェアはその一部を拡大した。

 

「夜側に着地点を探します。エレンミア様、特に反応の強いところを探して下さいますか?」

 

「了解」

 

 エレンミアが示したポイント、それに最も近い平地を、ヘルヴェアは着地点に決めた。高さ五十メートルほどの丘陵に囲まれた浅い谷間である。

 

 着地自体は速やかに終わり、速やかに固定を完了した。地上局の支援抜きでの臨機応変な操縦だが、ヘルヴェアはあっさりとやり遂げた。真空管式のコンピュータと計算尺の時代に月面着陸をこなした経験が生きている。

 

 ディスプレイに写る船外の光景は、異様そのもの。母星はもとより、月面とも似ていない。彼女らが住まう母星に比べれば、千分の一ほどでしかない微細な重力のために、奇怪な造形の岩や、泥と雪の彫像が自立している。

 

 天文学者であれば興味津々で観察するところだが、彼女らには果たすべき使命がある。ディネルースとエレンミアは、シートベルトを外して立ち上がった。その勢いだけで、僅かに浮き上がりそうになる。

 

「EVA中は、お気をつけ下さい。彗星の外に投げ出されないように」

 

「ありがとう、船長」

 

 エレンミアは言葉で、ディネルースはフィストバンクで礼を伝えた。

 

「船を頼む」

 

「私たちが時間までに戻らないときは、必ず退避してください。」

 

 ヘルヴェアの表情に無念があらわれていた。

 

「必ず、時間までのご帰還を」

 

 ヘラクレス・2は既に発射され、彗星に向かっているのである。

 

 二人の王女はヘルメットの中で頷き、船外に出た。宇宙服の足裏は、豪雪地帯の住民が履く靴と同様、スパイクがついている。歩行補助用のスティックを両手に持っていることもあり、雪山登山を想起させる格好である。

 

 肉眼で目にする船外は、思いのほか明るかった。灼熱の昼側を避け、夜側に着地したとはいえ、彗星を取り囲むガス雲の発光は、満天のオーロラのようだった。比べると、地表の色彩は陰鬱そのものだ。足元の岩も、歩くたびに舞いあがる塵も、赤茶けた黒。炭素やその化合物が雪と氷に混ざっている。一歩を踏みしめる度、地面は僅かに沈み込む。ジャリジャリと聞こえそうな心地だ。

 

 事前の地形評定は確かだった。予定通りのルートを辿り、二十分ほどで目的地についた。周囲を丘や谷、複雑な地形に囲まれた、直径十メートルほどの円形の窪地である。だが、クレーターではない。

 

 両王女、特にエレンミアは、その場所に既視感があった。

 

 周囲の泥と氷の丘が、もしも緑の植生で覆われていたとするなら。

 

 谷状の地形に、もしも清水の豊かな川が流れていたとするなら。

 

 目の前にはきっと、古木と漆喰をふんだんに使った瀟洒な館が連なっているに違いない。

 

 その空間、エレントリ館の中庭にあたる場所こそが、エレンミアの探知した最も強力な魔力の源だった。地上であれば黄金樹がそびえ立っているべき地表に、差し渡し三メートルほどの深い縦穴が口を開けている。

 

 穴の奥の闇から発する激烈な魔術波のせいで魔術通信は使えない。ディネルースは無線で報告した。

 

「ウォルフ・3よりウォルフ・1。目標をみつけた。やはり地下に向かう穴だ。これより突入する」

 

 ヘルヴェアからの返信は雑音が多かった。

 

「…了解。ご武運を。豊穣の大地と、星と樹の…」

 

 両王女二人は頷き合い、スーツのヘッドライトを最大にすると、穴の中へ飛び込んだ。

 

 

 

 縦穴の壁面にスティックを滑らせ、緩やかに下降する。闇は深まり、魔術波は複雑になった。音を聞く感覚に例えれば、何千何万の歌い手が奏でる不協和音のようだった。重層的な波で闇が揺れたかと思うと、二人は突如、極彩色の空間に出た。

 

 そして炎に包まれた。

 

「ディーネ!?」

「ミア!」

 

 咄嗟に無事を確認し、熱さがないことに気づく。スーツの温度計は氷点下を示している。それなのに、周囲は炎熱地獄だった。炎の合間に金属が見え隠れする。

 

 二人の感覚は鋭さを増す。炎は単一ではなく、切り取られた画面のような複数の光景だ。多数のカメラが次々切り替わるように、無数の炎が高速で周囲を飛び散っている。重層音の中に混じる悲鳴を聞き分け始めた。

 

<助けてくれ!>

<もっと水を!>

<服が、服が。うわぁ!>

 

 ひときわ印象深い声が届く。声は苦しげで、死の間際のようだった。

 

<ふふ……ふふふ……こんなに周りは燃えているのに……火は無いか……>

 

 エレンミアには聞き覚えがあるような気がした。入り乱れる鉄と炎の中に、紙巻煙草が見える。

 

 一瞬の後に、別の光景がとって変わる。海に浮かぶ鉄塊。ディネルースは、かつてシルヴァン川でその姿を見たことがある。

 

「メーヴェだ!」

 

 砲艦は嵐のような銃撃を受けている。船橋に立ち、こちらに砲を向けるオークの水兵たちが見える。

 

<撃て、奴らを!>

<殺せ、早く殺せ!>

 

 エルフの声が叫び、一瞬後に水兵たちは消し飛んだ。原型を留めぬ血と肉片と化し、船橋に飛び散り、多くは海に落ちた。

 

 その光景も飛び去り、また別の光景が乱舞する。砲撃で焼け落ちる白銀樹。頭上に崩れてくる家屋。胸から湧き出す血。千切れたエルフの白い腕。

 

 堡塁に乗り込んでくるオーク兵、その銃剣が腹に突き立つ。投げ込まれ、炸裂する擲弾。白い太腿に噛みつき、肉を食い千切る悪魔のような牙。

 

 エレンミアが「やめて」と絶叫したかた思うと、景色はベレリアントの風景に変わる。

 

 ディネルースには、既視感と違和感がある。自然が豊か過ぎるのだ。

 

「スコルの村か? しかし…」

 

 失われた白銀樹が青々と繁っている。同時に、それを嬉々として切り倒す白エルフ兵が見える。繰り返し打ち込まれる斧は、幹の半ばまで食い込んでいる。

 

「や、やめろ、やめろ!」

 

 ディネルースの族民だった闇エルフの骸が山と積まれ、地面は血でぬかるんでいる。骸の一つが握りしめた白銀樹の護符が、ふっと姿を消した。次の瞬間、母樹が切り倒された、世界は闇に沈んだ。

 

 絶叫して四肢を振り回すディネルースを、エレンミアが羽交い締めにした。

 

「落ち着いて。現実じゃない。騙されては駄目」

 

「離せ! 私の、私の村だ。殺してやる、白エルフどもを!」

 

「二百五十年も前のことよ!」

 

 揉み合いながら、彼女らはまだ闇を落下しているようだった。

 

 また現れた景色は海岸だった。ベレリアントの北岸に特有のフィヨルド地形。その小さな入江に、木造の巨船が帆を連ねている。

 

 浜にぬかずいた数千の白エルフたちが、護符を額の前で握りしめ、一心に祈っている。流木で組まれた祭壇の上で、全身をローブで覆った祭司らしき女が、最初の歌声を発する。他の者達がそれに続き、祈りの歌が始まる。両王女が知るものとは少し異なる歌だ。

 

 我らが彷徨える魂

 

 この寄る辺なき世界の旅

 

 光り輝く星降る雨よ、我らを導け

 

 病も苦痛も危険もない常楽の地へ

 

 星よ、我らを導け

 

 白銀樹よ、我らを守れ

 

 星よ 樹よ

 

 我らの魂は護符の中に

 

 祈りを終えたエルフ達は沖合の巨船に乗り込む。はるか大海へ旅立った。海を越え、白い壁で休み、さらなる大海へ。その途上で死に、海へ投げ込まれた亡骸が、巨船の旅を見送る。見知らぬ岬を越えて、さらなる大洋へ。そこは嵐の海だった。

 

 しかしエルフ達は諦めることを知らない。嵐を目前にして揺れる巨船、その舳先に、一人のエルフが立っている。月桂の冠を被り、トーガを片がけにした、そのエルフは男である。

 

「そんな馬鹿な!?」

「あれを!」

 

 エレンミアが指差す先で、エルフの男は両手を掲げ、何事かを唱えた。すると黄金色の魔力のうねりが生じ、間近に迫った大嵐を吹き消した。穏やかに凪いだ海面を、船団は進んでいった。

 

 果てしない海の先に、美しい島の連なりが見えてくる。船団はその一つに到達した。下船したエルフたちは、雲一つない青空の下、澄明な波に洗われる砂浜で、歓喜の声をあげた。

 

 その目線の先、白い砂浜のただ中で、漆黒の石板が屹立している。トーガの男エルフがその石板に近づき、手で三度触れた。石板が左右に割れるように開き、その隙間は夜であり、まばゆい星空が覗いた。ひときわ輝き、大きな尾を引く彗星があった。それを目指し、男は石板の中へ飛び込んだ。

 

<星よ、樹よ、身共は救われた。いざや、不死なる地へ!>

 

 一人の女エルフがそう叫ぶと、顔を覆っていたローブを脱ぎ捨てた。その異様さに、ディネルースとエレンミアは息を飲んだ。女は、男を追って石板の裂け目に見える夜空へと飛び込み、その後に数千のエルフ達が争うように続いた。

 

 彼ら彼女らが夜空に飛び込むと、見る見るうちに彗星が巨大化し、光が周囲を覆った。ディネルースとエレンミアの体感は、落下の終わりを悟った。全身が自らの重みを、足裏が地面を感じた。

 

 光景の乱舞は終わった。見回した周囲は明るい。地面から無数の氷の柱が生え、槍のように尖っている。転がる石や岩も、黒い塵をわずかに含んだ氷の塊である。

 

 スーツ内のセンサーが動悸の激しさを警告していると、ディネルースは今さら気がついた。センサーの表示はそれだけではない。

 

「空気がある……?」

 

 それも呼吸が可能だと、あり得ない状況を教える表示が恐怖を掻き立てる。ヘルメットを脱いで確かめようとは思わない。

 

「ディーネ、上を見て。あれを」

 

 エレンミアの声に促されて顔をあげると、ここは巨大な球形の空間だと分かった。平らに思えた地面は、ごく緩やかに湾曲して壁となり、はるかに上方の天井へと繋がっている。壁面全体が発光しているらしく、それが氷で乱反射して眩しい。

 

 その球形空間の中心で、予想通りのものが浮かび、ゆっくりと回転していた。

 

「黄金樹だ……!」

 

 エレントリ館から失われた聖樹が、豊かに枝葉を茂らせている。根は四方八方に伸び、多足の怪物を思わせた。

 

 とりわけ太い根が、長さ数十メートルはあろうかという、黒く巨大な石板を抱え込んでいる。土も水もない中空に浮かんで、石板から養分を吸っているかのようだった。

 

 その大石板から声がした。音ではなく、魔術通信の声が。

 

「戸を叩くのは、たれか?」

 

 石板が黒から透明に変わり、白銀の輝きを放ち始めた。その光から浮かび上がるように、白い祭礼服を纏った女エルフが現れる。

 

 その顔の右半分は白く、左の頬から目にかけては黒い。闇エルフの褐色肌とは違い、文字通り黒々としている。祭礼服から覗く肌も、部分的に黒く変色している。

 

 その女は、先ほど見た伝説時代の光景の中にいた。祈りを主導し、指導者らしき男エルフに仕えていた、巫女のような者。

 

「時無き館の戸を叩くのは、たれか?」

 

 目前の空中に浮かぶ女が、神話伝承が伝える古代種、光のエルフの族長なのだと、両王女は悟った。

 

 

 

 

(次話「黄金樹の守護者」に続く)

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