ランデブー:ディネルース最後の旅   作:芝三十郎

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WEB版読了後推奨、「オルクセン連邦の崩壊」読了後推奨。 彗星核の内部に突入したディネルースとエレンミアは、星を操っている古代の女王と対決する。


黄金樹の守護者

 彗星の地下空洞、その中空に映写された祭祀服のエルフに、周囲から氷の結晶が集中する。氷は華奢な胴となり、四肢となり、典雅な顔と金の巻き髪まで形作って、空中の女を実体にした。

 

 女の背後では、黄金樹の根に抱かれた巨大石板が、白銀の輝きを放っている。その光に照らされて、女は侵し得ぬ触れる神聖さをまとっている。

 

 正しく、神話伝承にいう光のエルフだった。その喉から流れ出るのは、当然、古アールヴ語だ。

 

「時なき館をおとなわんとする者。()れの名は何ぞ」

 

 氷の女王と同じ髪色をした王女は、アールヴ語で名乗りを返す。

 

「私はエレンミア・アグラレス。エルフィンド国の王女です。それとも、黄金樹の守護者と名乗った方が?」

 

「おお、()が末の妹か。面影が見えるわ」

 

「やはり……貴女はヴィラールではないのね。上古の女王」

 

「控えよ。()れは、エルフ族が初めのヒメ。今は、いと尊き主上が館のトジメであるわ」

 

「私たちから黄金樹を取り上げたのも貴女」

 

 古の女王はまだらの顔を曇らせ、思い出したように言った。

 

「其の方であるか。ならば()れは、地の国に帰りて死ね」

 

その言葉に、ディネルースが怒りの声を挟む。

 

「やはりお前か。この彗星をぶつけようとするのは!」

 

 女王はエレンミアにのみ、重ねて話しかけた。

 

「当代のヒメよ。()れは妄りに樹を増やし、神々の定めを侵した。エルフ族はいと少なく、いと貴くして、異族どもを従えねばならぬ」

 

 エルフィンド王国最後の女王は、きつく拳を結び、遠い先祖とも、はるか年上の姉ともいうべき敵に反論する。

 

「だから滅ぼすと? いえ、そんなことだから、エルフィンド王国は亡びたのよ。私たちは亡国から学んだ。そして変わったの」

 

「痴れ者が。変わることが誤りだという」

 

「どうして!」

 

「そう定められたがゆえに。世の初めから」

 

 女王の陶酔がディネルースの怒りを掻き立てた。

 

「ふざけるな。そんな定め、知ったことか。だいたい、ヴィラールは――」

 

 女王が一瞥を向けた途端、その視線とともに雹のような無数の氷片が殺到し、ディネルースを弾き飛ばした。

 

 壁面に打ち付けられ、氷の柱に挟まって止まったディネルースを、女王はもう見もしない。

 

「当代のヒメよ。あれは何か」

 

 目の前で放たれた本物の魔術に、エレンミアは圧倒されていた。飛ばされたディネルースを助けに行きたいが、女王から視線を離せない。

 

「種族の矩も保てぬとよ。あのような雑仕女しか持たぬとは」

 

「彼女は私の友! エルフィンドの王女です。私なんかより、ずっと偉大な女王でもあった」

 

「愚かな。あれら山賤(やまがつ)は、身共に仕えるべく、神が分かたれたもの。もうエルフではない」

 

 エレンミアは素早く手を動かし、スーツの太腿部分から必要な装備を取り出した。敵に突き出した右手には、小型のボウガンを握っている。ボルトは装填済み。左手は腰のスティックに置く。

 

 極低重力での戦いに、銃は反動が大きすぎる。また、酸素がない可能性も高かった。そこで、とうに引退していたヴィーリ・レギンに特注した装備である。

 

 女王の目が初めて興味を示した。

 

 生まれて初めて他者に武器を突き付けて、エレンミアはスーツに響く自分の荒い呼吸音を聞いた。躊躇っている時ではないと、グローブの手を絞って引き金を落とす。彗星地表での過酷な温度変化を経た後でも、ボウガンは過たず動作した。

 

 放たれたボルトは、極低重力の空間を飛び、女王の肩に突き立った。肌を破り、背中まで貫いたが、血のかわりに氷のかけらが弾けただけだ。

 

 女王がボルトを引き抜くと、周囲の空間からきらめく氷の結晶が集まり、傷はなくなった。服の破れ目すら消えていた。

 

 エレンミアは反作用で後ろに飛びながら、腰につけた小型推進装置を操作する。圧縮窒素が噴射されて加速を打ち消した。

 

 どうにか静止したエレンミアに、女王は嘲笑を投げつける。

 

「おかしな弓よの。それで()れを止めようてか」

 

 女王は楽しんでいるように見えた。

 

「違うな。大昔の女王。お前を殺しに来たんだ」

 

 敵に言葉を投げつけたのは、もう一人の王女だった。氷の柱の合間から抜け出しており、推進装置を軽く吹かして、エレンミアの側に戻ってくる。

 

 ディネルースの右のグローブには、湾曲した刃が握られている。闇エルフ伝統の山刀である。星を操る敵の首魁を予想し、宇宙船で乗り込んできた両王女の武器は、ただの剣と弓だった。

 

 その剣が、女王の興味をさらに引いたようだった。

 

「蕨手か。懐かしや。この手で幾度、異族どもを屠ったことか」

 

 女王が右手で構えをつくると、そこに氷が結集し、一振りの刀に変じた。山刀とは少し違う。湾曲というより、鍔の部分で折れるように屈曲している。

 

 あれが山刀の原型なのだろうと、ディネルースは察した。三百年来の愛刀を握りしめてスラスターを吹かす。回転が生じないよう、相手を突く小さな構えだ。

 

 加速に乗った突きの一撃は、女王の刀で横に弾かれた。その衝撃で空中を飛ばされ、ディネルースは錐もみ状態になりかけるが、断続的なガス噴射で姿勢を保つ。女王の態勢には乱れがない。敵だけに重力が働いているような理不尽さだ。

 

 ディネルースに追い撃ちを狙う女王に、エレンミアが第二射を撃ちかけた。モリム鋼のボルトが飛ぶが、女王が片手を払っただけで矢先が逸れ、そのまま飛んではるかな壁面へ消えた。

 

「矢には飽いた」

 

 女王の目線が雹の嵐となって、白エルフの王女を弾き飛ばした。エレンミアの悲鳴はたちまち遠ざかる。白いEVAスーツが壁面に連なる氷の柱を割り、間に挟まり、動かなくなった。頭部を打ち付けたのかもしれなかった。

 

「お前の相手は私だ!」

 

 ディネルースは女王の後ろから襲撃し、エレンミアへの追い打ちを阻んだ。山刀の斬撃は女王の刀で防がれる。古代の女王と闇エルフの王女は、幾度も刀身を打ち付け合い、そのたびに反作用で離れた。

 

 無重力ないし極低重力下での格闘戦――などというふざけた訓練メニューは、どこの国の宇宙軍、宇宙局にもなかった。彼女とエレンミアの二人で練習した付け焼刃の技である。

 

 次々に変転する上下感覚に吐き気を覚えながら、ディネルースは推進ユニットを操作する。背中側に窒素ガスを噴射して減速し、そのまま女王の方へ再度加速する。厄介なのは、むしろ自分が山刀を振りかぶり、振り下ろす動作の影響だ。その都度に回転運動が生じ、進路を狂わせる。それを逆向きの噴射で打ち消しつつ、二度、三度と行き違い、突きや斬撃を見舞った。

 

 女王の氷の腕を二度まで切り飛ばしたが、すぐに接合してしまう。対するディネルースも、何度かの斬撃を受けた。彼女の体術と十四層の布地のおかげで、皮膚までは届いていないが、既に宇宙服は傷だらけだ。

 

 もう一度交差すれば討たれると、ディネルースは読んだ。窒素ガスの残りも乏しい。状況を見定めた彼女は速度を緩め、刺突ならぬ舌鋒を向けた。

 

「古い女王。知っているぞ。ヴィラールのやったことは無茶苦茶だ。一人目は我らを西の海へ。二人目は、またベレリアントへ戻し、自然の恵みだけで暮らすように。三人目は畑に鉱山を。めいめいが、勝手な教えを垂れただけだ」

 

 ヴィラール。その名を出せば、女王は自分を無視できない。巫女は涜神者を許せないと、そう踏んでいる。

 

山賤(やまがつ)が。神々は伺い知れぬ。身共は、ただ従えばよいのだ」

 

「石板を読まなかったのか? 彼らはもう戻らない。私たちの枷を外して去ったぞ」

 

「あれは戯れよ! 現に、戸は動いておった。方々は、ここから旅立たれたのだ。ここに戻って来られる。正しく導いてくださる」

 

「エルフはもう、ヴィラールの人形じゃない」

 

「身共は神々の喜びのために在る! そのために人からエルフを、獣からオークやコボルトを造られた。我らはそのままであればよいのだ」

 

「帰ってこない親を待ってか」

 

「捨てられるはずがない! ()れを愛されたのだ、主上が」

 

 女王の唇が引き攣っているのが分かる。剣の戯れをやめ、手をかざして中空に氷の槍を形成しはじめる。

 

 それが完成し、自分の身を貫くまでの時間を、ディネルースは計った。

 

 しかしその時、空洞のどこかで割れた氷のかけらが飛来し、女王のそばを通った。氷片は、彼女らの上下感覚における上方から来た。

 

 女王の目が、その方位に向かう。氷の壁面、その上の方に。

 

 横向きに生えた氷の柱に足をかけ、掴み、高みへと登る青い影がある。青地のつなぎはオルクセン宇宙局のもの。ディネルースはその人影へ叫んだ。

 

「バレたぞ! 行け!」

 

 エレンミアは大枝を蹴り、空中へと躍り出た。勢いのまま正面の枝に衝突するかと思うと、それを蹴り、反動で更に上へ。狙い定めたピンボールのように枝から枝へ反射し、中空へと駆け昇る。

 

「あやつが…!?」

 

 まだらの女王が咄嗟に見下ろした壁面では、背面ハッチが開いた空っぽの宇宙服が、まだ氷柱に挟まれていた。

 

「死ね、愚かな妹!」

 

 氷の槍、その穂先が上を向き、エレンミアを狙う。

 

 ディネルースは窒素ガスを吹かし、槍とエレンミアの間に踊り出た。減速し、何とかその場にとどまる。両手を大きく広げた。氷の槍が進み始める。

 

 しかし、その穂先が闇エルフの王女を貫くよりも早く、黄金色の突風が渦を巻いた。その風にくるまれて、槍はたちまち溶けた。空洞内を針山のようにしている氷柱までもが水に変わっていく。

 

 あちこちが破れた宇宙服越しに、黄金の風の温かさがディネルースには分かった。

 

「なんたる。禍つ神か!」

 

 屈辱に怒る女王が再び腕を掲げ、二度目の槍を作ろうとした時、エレンミアの四肢は最後の跳躍を果たした。空洞の中央へ。黄金樹の根に囚われた大石板に向けて。

 

 飛びながら、首に掛けた紐を空中で引きちぎる。

 

「星よ、樹よ。私たちは――」

 

 勢いのままに自らの護符、当代でただ一つ、黄金樹の枝から作られた護符を大石板に叩きつけた。

 

「自由だ!」

 

 そのまま身体ごと衝突し、反動で弾き返される。その時、白エルフの王女の手に護符はもうなかった。落としたのではない。砕けたのでもない。いずこかに消えていた。

 

 石板は白銀の輝きを収め、黒一色に戻った。

 

 絹の布が裂けるような悲鳴をまだらの女王があげ、下方へと落ちていく。

 

 ディネルースはスラスターを吹かせてエレンミアの進路に回り込み、減速して、そっと受け止めた。

 

 見下ろせば、地に落ちた女王の身体は崩れ始めていた。両王女に向けて伸ばした腕は、肘から先がなかった。

 

「いったい、何を……!」

 

 答えるエレンミアの声には、抑え得ぬ哀れみがある。

 

「貴女が恐れたことを。護符は保存媒体なんでしょう? 白銀樹から黄金樹、そして石板へ記憶を保存するための。世界が決定的に変わったのを認めたくないから、あなたは新しい記憶を拒んだ。でも、無視なんてさせない。もう上書きした」

 

()れに、なぜ」

 

「貴女の妹で、たぶん同じものだから。私にも石板の権限がある。黄金樹の守護者の」

 

 エレンミアはアールヴ語で命じた。

 

「古い女王は消えよ。この星を守る魔術も!」

 

 途端、地下空洞に満ちていた光が消えた。EVAスーツのライトが氷に反射し、黄金樹の葉が僅かに光るだけの、薄暗い空間になった。

 

「そ、そんな。認めぬ。あの方のおわさぬ、()れの知らぬ世界など」

 

 歩こうとするや足が砕け、悲鳴をあげて転倒する女王を、ディネルースは見つめた。

 

「未知なものに会い、知りたいと思う。分からないから惹かれる。生きるとは変わっていくことだ」

 

 ディネルースは、腕に抱えたままのエレンミアをわずかに引き寄せた。女王のことが、今の彼女には少しだけ分かった。もう遅すぎるということも。

 

「それをやめたお前は、誰にも会わず、何も変わらず、そこでひとりで滅びてゆけ」

 

「い、嫌じゃ。消えたくない。死にたくない。()れは、もう一度……ああっ」

 

 砕け散った女王の喉が、最後に何かを叫んだようだった。それが種族創生の神、彼女が愛した男の名であったに違いないと、王女たちには分かった。

 

 だが、感傷に浸る暇はない。ディネルースはスラスターを操作し、エレンミアを彼女の宇宙服のところへ届けた。そのまま着用を補助し、同時にスーツの外観に異常がないことを確かめた。

 

 エレンミアがスーツに収まると、すぐにヘッドライトが点灯した。機能にも異常はないらしい。

 

「急いで戻りましょう。もう時間がない」

 

 ディネルースは自分の腕のモニターを見せた。表示は、残り一時間を切っている。

 

「一人で戻ってくれ。すぐヘラクレスを起爆させろ」

 

 そう言って、自分のスーツを示す。女王の剣を受けた亀裂から、層状の断面が見えている。大気のある空洞内なら兎も角、彗星地表に出れば、真空と宇宙線に耐えられないのは明らかだった。

 

「すぐ戻ってくる!」

 

「駄目だ。片道でも、ぎりぎりの時間だ」

 

「ばかを言わないで! 予備のスーツを持ってくれば」

 

「石板の制御役だって、予備がいるかもしれない。別の光のエルフが目覚めたら終わりだ。私はあれを抑えにいく」

 

 エレンミアは何事かを言おうとして果たせず、ただ首をふるばかりだった。ディネルースはもう一人の王女のヘルメットに手をやり、両手で挟み持った。

 

「ありがとう、ミア。あの時、私の自決を止めてくれて。おかげで新しい世界に出会えた。子ども達を頼む。みんなにも謝っておいてくれ。別れも言えなくてすまない、と」

 

「そんなの……」

 

「いいんだ。言っただろう。私たちは死にに行くんじゃない。あの子達の未来のためなんだ。必要なことをしよう」

 

 二人の王女は向かい合って両手をつなぎ、しばし見つめ合った。やがて、互いの足をそっと蹴り、反作用によって反対方向へ飛んだ。ディネルースは大石板へ。エレンミアは出入り口へ。

 

 狙いは正確だった。エレンミアの身体は洞窟へと吸い込まれた。もう乱舞する情景はなく、ただの暗い穴になっている。

 

「私たち……?」

 

 エレンミアが振り返った時、丸く切り取られた視界の中で、ディネルースの姿は小さかった。大石板のそばに浮かんでいる。

 

「ディーネ……!?」

 

 叫び、手を伸ばしても、白エルフの王女の身体は慣性に従って進む。

 

「ディーネ!」

 

 視界から急速に遠ざかる闇エルフの王女の身体は、力なく浮遊するばかりだ。既に息が絶えているように、エレンミアには見えた。

 

 

 

(次話「果てしない時の流れに」に続く)

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