地球のデバッグ権限を手に入れた男 作:citadel
くそつまんねぇ。
それが、高井礼司の人生を表す、たった一つの言葉だった。
バイトから帰ってきたばかりの礼司は、ソファにへたり込むように座り、ぼんやりと天井を見つめていた。カチ、カチ、カチ、と規則正しく時を刻む壁掛け時計の音だけが、やけに響く。
部屋は散らかっている。脱ぎっぱなしの服。読みかけの漫画。コンビニの袋。それら全てが、礼司の無気力さを物語っていた。
大学に通っている。講義に出て、レポートを提出して、期末試験を受ける。そして単位を取る。それだけの繰り返し。周りの連中はサークルだの、恋愛だの、就職活動だの、色々やっているみたいだが、どれも礼司にとっては遠い世界の出来事だった。
「人生、マジでクソゲーだろ」
礼司は独り言を呟き、スマホを手に取った。液晶画面に映し出されたのは、いつも見ているネット小説のサイトだ。
『ある日突然、チート能力を手に入れた俺は、退屈な世界を無双する』
そんなタイトルが並んでいる。礼司は、こういう小説を読むのが好きだった。現実ではありえない、非日常の世界。圧倒的な力で全てをねじ伏せる、主人公の姿。
「俺も、チート能力とか手に入れねぇかな……」
礼司はベッドに横たわり、スマホを操作しながら、空想の世界に浸っていた。もし、俺が最強の能力を手に入れたら、まず何をしよう?
真っ先に思い浮かんだのは、大学を辞めることだった。そして、バイトも辞めて、毎日好きなことだけして生きていく。それから、俺を馬鹿にしてきた奴らをギャフンと言わせてやる。
そんな下らない妄想を繰り返しているうちに、礼司は眠りについた。
翌朝、礼司はいつも通りの時間に目を覚ました。だるい体を起こし、スマホの通知をチェックする。
SNSの通知。ゲームの通知。ネット小説の更新通知。いつもの見慣れたアイコンが並ぶ中、一つだけ、見慣れない通知があった。
『惑星開発システム 【Nexus Core】 のデバッグ権限が付与されました』
なんだこれ? 広告か?
礼司は通知をタップした。すると、画面が切り替わり、黒い背景に白い文字が浮かび上がった。
『高井礼司様。この度は、惑星開発システム 【Nexus Core】 のデバッグ権限の付与を承諾いただき、誠にありがとうございます。システム起動のため、下記リンクよりアプリケーションをダウンロードしてください』
その下には、見慣れないURLが記載されていた。
礼司は眉をひそめた。どう考えても怪しい。変なウイルスとか、個人情報を抜かれる系の詐欺だろう。
そう思いながらも、好奇心には勝てなかった。
「ま、どうせ何も起きねぇだろ」
礼司はためらいがちにURLをタップした。
すると、すぐにダウンロードが完了し、見慣れないアイコンがスマホのホーム画面に追加された。
アイコンは、青い球体に歯車のマークが描かれた、シンプルなものだった。
礼司はアイコンをタップした。すると、画面が暗転し、無機質な女性の声が頭の中に直接響いてきた。
「高井礼司様。惑星開発システム 【Nexus Core】 付属AI、『ATENA』です。本システムのご利用、誠にありがとうございます」
耳から聞こえているのではない。頭の中に、直接。まるで自分の思考のように、その声は響く。
「な、なんだこれ……」
礼司は驚きでスマホを落としそうになった。
「高井礼司様。あなたは、『上位存在』により、『惑星名: 地球』のデバッグ権限を付与されました。これにより、あなたは本惑星の環境、システム、居住生命体、所有物体などを、自由に編集・削除・新規作成することが可能となります」
ATENAは、感情の全くこもっていない声で、淡々と説明を続ける。
「編集・削除・新規作成……? 何言ってんだ、こいつ……」
礼司は混乱していた。まるでSF映画か、ネット小説の世界にでも迷い込んだかのようだ。
「本システムの操作は、このアプリケーションを通じて行うことができます。画面の指示に従い、操作を行ってください」
ATENAの声が止み、スマホの画面にいくつかの項目が表示された。
『惑星環境』
『惑星システム』
『居住生命体』
『惑星所有物体』
礼司は、呆然と画面を見つめた。
「マジかよ……」
信じられない。信じたくない。だが、目の前の事実は、礼司の常識を遥かに超えていた。
本当に、このアプリで世界を変えられるのか? そんな馬鹿な話があるわけない。
そう思いながらも、礼司の心の中には、確かな高揚感が生まれていた。
「……試しに、一つ開いてみるか」
礼司は、一番上にある『惑星環境』の項目をタップした。
すると、画面にはさらに細分化された項目が表示された。
『気候』
『地形』
『海洋』
『大気』
礼司は、息をのんだ。
本当に、世界を変えられるのかもしれない。
もし、これが本当なら……。
礼司は、ゆっくりと指を動かし、『気候』の項目をタップした。
画面に表示されたのは、日本地図と、各地域の気温や天候を示すデータだった。
沖縄。
礼司の指が、自然と沖縄のあたりをなぞる。
冬でも暖かく、雪など降らない南国の地。
そこに表示されている、現在の気温は22℃。
「フフ……」
礼司は、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「このクソつまんねぇ世界を……」
礼司は、指を動かし、沖縄の気温をゆっくりと下げていった。
「俺が神ゲーに変えてやるよ……!」
礼司の顔に、悪どい笑みが浮かび上がった。
沖縄に、雪を降らせてやろう。
そして、この退屈な世界に、少しばかりの刺激を与えてやろう。
『気温: -20℃』
礼司の指が、画面の数値を確定した。
こうして、高井礼司の、退屈な日常は終わりを告げた。