地球のデバッグ権限を手に入れた男 作:citadel
クソつまんねぇ世界を、俺が神ゲーに変えてやる――。
そう豪語し、沖縄の気温をマイナス20度まで下げた翌朝。俺はまたソファにへたり込んでいた。目の前にはスマホの画面。そこに映し出されているのは、ネット掲示板のスレッドだ。
「おいおい、マジかよ……っはははは!」
俺は、込み上げてくる笑いを抑えきれずに腹を抱えて笑った。
那覇空港が雪景色になったとか、水道管が破裂したとか、停電したとか、現地民が毛布にくるまって震えているとか、そんな悲惨な状況を語る書き込みが面白くて仕方ない。中には携帯の充電が切れそうで、これが最後の書き込みになるかもしれない、なんて絶望的な書き込みまである。
「すげぇ……本当に、俺が世界を動かしてる……!」
指先一つで、沖縄全域を未曾有の災害に陥れる。たった一つの悪戯が、これだけ大きな波紋を呼んでいる。この全能感、たまらない。俺は神になったんだ。この退屈な世界を作り変える、絶対的な神に。
「原因不明って……そりゃそうだろ、俺が起こした現象なんだから。物理法則なんて俺の前では無意味なんだよ!」
俺は声を上げて笑った。
笑い疲れて一息ついたとき、ふと、ある書き込みが目に留まった。「死人が出てもおかしくないレベルだろ」――。
その言葉で、俺の笑いはぴたりと止まった。
俺はただ、この退屈な世界に刺激を与えたかっただけだ。まさか本当に人が死ぬなんてことは……。いや、マイナス20度だ。沖縄の家は断熱材なんて入っていないだろうし、暖房設備も整っていない。このまま数日も続けば確実に死人が出る。
「……死なせるのは、ちょっとマズいよな」
ゲームだって、プレイヤーが全滅したらゲームオーバーだ。ゲームを続けるためにはプレイヤーを生かしておかないと。
それに、せっかく俺が作った、この面白い状況を終わらせるなんてもったいない。もっと、もっと楽しませてもらわないと。
「よし、なんとかするか」
俺は、スマホの画面に目を落とした。そこには、あの青い球体に歯車のマークが描かれたアイコンが鎮座している。
「おい、ATENA。沖縄の人間を寒さに強くすることはできないのか?」
思考を通じて、直接脳内に響く女性の声が返ってくる。
『寒冷耐性をスキルとして与えることなら可能です』
「ス、スキル?ちょっと待て。一体どこを弄ったらそんなものを作ることができるんだ?気温を操作することとは訳が違うぞ」
俺は困惑した。惑星の環境を操作することは、直感的で分かりやすかった。しかし、「スキル」だと?まるでゲームのようじゃないか。いや、「デバッグ権限」だからありえるのか?
『【惑星システム】から『ステータス』の項目をONにすることで、【居住生命体】から各人間にスキルの付与が可能になります』
ATENAの無機質な声が、淡々と説明を続ける。
「ステータスまであるのかよ…。上位存在は一体何を考えてこれを作ったんだ?」
俺は額に手を当てた。このシステムは、俺が想像していたよりも遥かに大規模で、複雑なものらしい。まるで、世界そのものが一つの壮大なゲームシステムとして構築されているかのような……。まあ、そんなこと気にしても仕方ないか。
気を取り直し、俺は言われた通りに【惑星システム】の項目をタップ。その中にある『ステータス』という項目をONにした。次に、【居住生命体】の項目を開くと、そこには沖縄に住む人々のリストが表示されていた。
俺は、表示されたリストの中から適当に一人を選び、詳細画面を開いた。すると、その人物の年齢や性別、職業といった基本的な情報の他に、いくつかの空白の項目が表示されている。そこに『スキル』という項目があった。
俺はそこに『【寒冷耐性】』と入力し、確定ボタンを押した。すると、画面に「付与完了」という文字が表示された。
「本当に…できたのか?」
俺は半信半疑だった。しかし、これで沖縄の人々が全滅する事態は避けられるかもしれない。俺は安堵のため息をつき、沖縄に住む全ての人々に、同じように【寒冷耐性】のスキルを付与していく作業を始めた。
「…まあ、これでなんとかなるだろ」
全ての付与が完了すると、俺は再びソファにへたり込んだ。これで、沖縄の人々が死ぬことはないだろう。
「ふぅ……」
安堵の息を漏らし、俺はスマホの画面を眺めた。
「さてと、次は何をしようかな……」
スマホの画面を眺めながら、俺はソファの上で胡坐をかく。沖縄での一件で、俺は自分が想像していた以上に大きな力を手に入れたことを実感した。指先一つで、一地域を未曾有の災害に陥れる。そして、人々に特殊な能力を付与する。これまでの俺の人生では考えられなかったような、とてつもない権能だ。
だが、それと同時に、少しだけ物足りなさも感じていた。沖縄に雪を降らせるというのは、確かに面白い悪戯だった。ネットの掲示板で右往左往する人々を眺めるのも楽しかった。だが、それだけだ。ただ単に世界をめちゃくちゃにするだけでは、すぐに飽きてしまうだろう。
もっと、もっと創造的なことがしたい。
「……世界を変える、か」
俺は、部屋の中をぼんやりと見渡した。散らかった部屋。読みかけの漫画。コンビニの袋。どれもこれも、俺の無気力さを物語るアイテムだ。特に、読みかけのまま放置されていた漫画が、俺の目に留まった。
それは、いわゆるホラー漫画だった。各地の都市伝説をテーマにした、オムニバス形式の作品。パラパラとページをめくっていくと、ふと、あるページで俺の手が止まった。
そのページに描かれていたのは、古びた駅のホーム。薄暗い照明の下、寂れたホームに一人佇む女子高生。そして、ページいっぱいに書かれた大きなタイトル。
「……きさらぎ駅」
ネット上でまことしやかに囁かれている、実在しないはずの駅。電車に乗っていると、いつの間にか辿り着いてしまう、異世界への入り口。
「これだ……これしかない!」
俺は、まるで宝物を見つけた子供のように、興奮を隠しきれずに笑い出した。都市伝説を、現実に具現化する。これこそ、俺の求めていた「ワクワク」じゃないか!
俺は、すぐにスマホを手に取り、ATENAを起動させた。
「ATENA。この世界に、存在しないはずの駅を作ることは可能か? きさらぎ駅っていう駅なんだけど」
『可能です。惑星環境、惑星システム、居住生命体、惑星所有物体……全ての要素を編集・削除・新規作成できます。駅という所有物を新規作成し、惑星システムに組み込むことで、きさらぎ駅の実装は可能です』
「マジか。よし、じゃあ早速作ろう」
俺はスマホを操作し、【惑星所有物体】の項目を開いた。その中の【新規作成】をタップすると、またいくつかの項目が表示される。
『名称』『座標』『属性』『所有者』
俺は『名称』に「きさらぎ駅」と入力し、『属性』に「異空間に存在する駅」と設定した。次に『座標』だが……これはちょっと考えないといけない。現実世界にある場所にそのまま作ってしまうと、物理法則とか色々あって面倒なことになりそうだ。
「ATENA、この世界とは別の、異空間みたいな場所に駅を作ることはできるのか?」
『可能です。座標を任意で設定するか、または既存の惑星システムに干渉しない、新たな空間を作成することもできます』
「じゃあ、既存のシステムに干渉しない、新しい空間に作ってくれ。そこを『きさらぎ駅』の存在する世界にする」
俺の指示通りに、ATENAはきさらぎ駅の空間を作り始めた。画面に映し出される無機質なコードやデータが、俺の空想を具現化していく。その様子を見ているだけで、俺はとてつもない全能感に満たされた。
「よし、これで駅はできた。次は、どうやってこの世界の人間に辿り着かせるかだ」
ただ単に、普通の電車を走らせて駅に到着させたところで、面白くない。都市伝説らしく、特別な条件を満たした人間だけが迷い込む、そんな非日常を創り出したい。
俺は【惑星システム】の項目を開き、電車に関するシステムを検索した。すると、日本中の鉄道会社の路線図や時刻表、運行状況などがすべてデータ化されているのがわかった。
「すげぇ……」
思わず感嘆の声が漏れる。このシステムは、俺が思っていたよりも遥かに精巧に、そして緻密に作られていた。本当に、世界そのものが一つの巨大なゲームシステムとして構築されているようだ。
「ATENA、特定の条件を満たした電車だけを、きさらぎ駅が存在する空間に転移させることはできるか?」
『可能です。電車システムに新たなイベントを組み込み、特定条件下で異空間転移イベントが発生するようにプログラムすることで、実現可能です』
「よし! 完璧だ」
俺はガッツポーズをした。これで、俺が思い描いた通りの「きさらぎ駅」が完成する。最高のホラーアトラクションだ。俺はニヤリと笑った。
「さて、どこに作ろうか……」
最初、俺はきさらぎ駅の都市伝説の元となった、静岡県の地方路線にしようかと考えた。だが、すぐに思い直す。
「いや、待てよ……そんな田舎の路線じゃ、誰も気が付かないだろ」
せっかくの悪戯だ。もっと多くの人が、もっと大きな騒ぎになる場所がいい。
「……山手線だ」
日本の中心を走る、世界一乗降客の多い路線。そこに、きさらぎ駅を設置してやる。
俺はすぐに【惑星所有物体】の項目から【山手線】を検索した。表示された路線図と車両のリストを見て、俺はまたしても高揚感に包まれた。
「うわ……マジで全部データ化されてる。すげぇ」
俺は山手線のある車両を選び、そこに「きさらぎ駅に迷い込む」というイベントを組み込んだ。
「最後に、どんな条件で迷い込むようにするか、だな」
俺は腕を組んで考え始めた。ただ無作為に選ばれた人間が辿り着いても面白くない。都市伝説らしく、何かゾクゾクするような、特別な条件がいい。例えば、午前0時の電車に乗っているとか、乗客が特定の呪文を唱えるとか……。
色々考えた結果、俺の頭に一つのアイデアが閃いた。
「……あ、そうだ」
俺は悪どい笑みを浮かべ、スマホの画面に目を落とした。
「ATENA。きさらぎ駅に迷い込む条件は――」