地球のデバッグ権限を手に入れた男   作:citadel

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都内某所にて

山手線の揺れは、子守唄よりも心地よい。

 

疲れた頭を車窓に預け、うとうとと瞼を閉じる。写真サークルの撮影会で歩き回ったせいで、足はパンパンだ。今日の撮影はうまくいかなかった。

 

いや、正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という最悪の状況で、俺はただ他のサークルメンバーについていくだけだった。

 

皆が楽しそうに写真を撮る中、俺はただスマホの黒い画面を眺めているしかなかった。周りからは「圭吾、今日どうしたんだよ?」と聞かれたが、うまく答えられなかった。

 

俺は藤森圭吾、都内の大学に通う、しがない理系大学生だ。写真サークルに所属しているのは、理詰めで物事を考える癖がある俺が、もっと直感的な感性を磨きたいと思ったからだ。でも、理屈を捨てきれない俺は、どんな構図が美しいのか、どんな光の加減がベストなのか、いつも論理的に考えすぎてしまう。そのせいで、シャッターチャンスを逃すこともしばしば。

 

「合理性を信じたいが、心の奥ではオカルトを恐れている」。これは俺自身を最もよく表した言葉だろう。幽霊や超常現象なんて非科学的だと頭では理解している。でも、深夜に一人でいると、ふとした物音に心臓が跳ね上がる。そういう臆病な自分が、俺は嫌いだ。

 

そんなことをぼんやりと考えているうちに、意識がとろりと溶けていく。ガタンゴトン、ガタンゴトン……。規則的な電車の音に身を委ね、俺は意識の狭間を漂っていた。座席に深く身を沈め、瞼を閉じかける。カクンと首が揺れ、遠のく意識の中で、車内のアナウンスが微かに聞こえてくる。

 

「……まもなく、きさらぎ、きさらぎ駅」

 

きさらぎ駅?そんな駅、山手線にあったか?というか、聞いたことすらない。俺は慌てて顔を上げる。車窓から見えるのは、古びたホームと、そこに立つ古風な駅名標。確かに、「きさらぎ」と書かれている。俺の理性が、ありえない、と叫んでいた。これは夢か?疲れて幻覚でも見ているのか?

 

しかし、現実は非情だった。電車は完全に停車し、ドアが開く。俺は、周りの乗客の様子を窺った。彼らもまた、困惑した表情でスマホをいじったり、顔を見合わせたりしている。だが、次の瞬間、俺は信じられない光景を目にすることになる。

 

「きゃああああああああああああああ!」

 

女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、乗客の一人が、突然、見えない力で座席から弾き出されるようにして、車両のドアからホームへと放り出された。そして、ホームに降り立ったその人物は、まるで映像のノイズのように揺らぎ、次の瞬間には跡形もなく消えてしまった。

 

「な、なんだ…っ!?」

 

俺が呆然としていると、同じような現象が次々と起こり始めた。乗客たちは次々と、見えない力によって車外へと弾き出されていく。恐怖と混乱で悲鳴を上げる者、何が起こっているのか分からずに呆然とする者。皆が皆、ホームに降り立った途端、跡形もなく消えていく。

 

俺は、身を硬くしてその光景をただ見つめるしかなかった。論理も、理性も、この目の前の異常な光景を説明することができない。脳が拒絶反応を起こしていた。オカルトなんて信じたくない。信じられるのは、目の前の物理法則だけだと思っていたのに。

 

そして、気づけば車内には俺一人だけが残されていた。あの見えない力は、なぜか俺だけを弾き出さなかった。その理由を考える余裕もない。ただ、恐怖で心臓が喉まで飛び出してきそうだった。

 

どういうことだ?俺が、一人だけ?

 

駅のホームには、人っ子一人いない。駅名標には「きさらぎ」とだけ書かれ、それ以外の情報は一切ない。改札も、自動販売機も、まるで何十年も使われていないかのように、電源が落ちていた。

 

俺は、停車している電車に戻って調べることにした。車内はひっそり静まり返っていて、先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。車内の広告や路線図は、一部が黒く塗り潰されたように欠けている。

 

そして、座席。先ほどまで乗客が座っていた場所には、何も残っていない。彼らは、まるで最初から存在しなかったかのように、その痕跡すら残していなかった。

 

俺は、焦燥感に駆られて車内を行ったり来たりする。だが、どれだけ調べても、この異常な状況を説明できるような手がかりは何も見つからなかった。写真サークルに入っている俺は、いつもならカメラを持ち歩いている。こんな異常な状況、記録に残すべきだ、と頭では分かっていた。だが、()()()()()()()()()()()()()

 

「くそっ、どうすればいいんだ…!」

 

俺は、スマホを取り出し、電波を探そうとした。しかし、あいにく()()()()()()()()()ことを思い出し、舌打ちをする。クソッ、なんでこういう時に限ってモバイルバッテリーも家に置き忘れてきてるんだ。

 

このまま電車の中で待っていれば、助けが来るかもしれない。そう思おうとしたが、この異常な状況が、そんな安易な希望を打ち砕く。いつまで経っても電車は動かないだろうし、このままここに居たら、俺もあの人たちのように「消えてしまう」のかもしれない。

 

俺は、意を決して電車を降り、ホームの端へと歩いた。線路がどこまでも続いている。この先には何があるんだろう。俺は、まるで吸い込まれるように、線路を辿るように歩き始めた。

 

線路を歩き続けて数分。暗闇の向こうに、ぼんやりと光が見えた。トンネルだ。入口には古びたプレートがかかっている。俺は、撮影会で使うために持ってきていた懐中電灯を付けて、そのプレートに光を当てた。

 

「伊佐貫トンネル…」

 

声に出して読んでみると、ずっしりと重い響きがした。トンネルの入り口からは、じっとりと湿った、不気味な空気が漂ってくる。ここから先は、より一層未知の領域だ。一歩踏み出せば、もう二度と戻れないかもしれない。

 

だが、ここで立ち止まっていても何も変わらない。いや、むしろ状況は悪化する一方だろう。俺は、深呼吸をして、自分に言い聞かせた。

 

「……行くしかない。このままじゃ、何もできない」

 

俺は、線路上を歩いてトンネルの内部へと足を踏み入れた。

 

トンネルの中は、想像以上に暗かった。懐中電灯の光だけでは心許ない。壁面は苔むし、不気味な水滴が天井から落ちてくる。一歩、また一歩と進むたびに、足音が不気味に響く。俺は、恐怖で心臓が張り裂けそうだった。

 

どれくらい歩いただろうか。もう何分、いや何時間歩いたのかも分からない。時間という概念そのものが、この場所では意味をなさないようだった。

 

その時、不意に声が響いた。

 

「助けて欲しいか?」

 

頭の中に、直接響くような、重々しい声。俺は、驚愕してその場に立ち尽くした。心臓が跳ね上がり、全身の血の気が引いていく。

 

「だ、誰だ…!?」

 

俺は震える声で叫んだ。恐怖はすでに限界を超え、喉がカラカラに乾いていた。この異常な空間で、自分一人だと思っていたのに。

 

「誰でもいい、助けてくれ…!」

 

俺は、縋るように叫んだ。

すると、闇の中から声が返ってきた。

 

「いいだろう。ただし、それには条件がある」

 

声の主は、まるで俺の言葉を待っていたかのように、淡々と続ける。

 

「お前には私の手足となって動いてもらう」

 

手足?俺は困惑した。どういうことだ?俺を助けてくれる、という言葉とは裏腹に、その言葉には、俺の自由を奪うような響きがあった。

 

「心配するな。お前には相応の力を授けるから、それで好き勝手やって貰えばいい」

 

「私はその様子を見ることができれば満足だ」

 

声の主は、俺の不安などお構いなしに、一方的に話を進めていく。力を授ける?好き勝手やっていい?まるで、俺を操り人形にしようとしているみたいじゃないか。

 

俺は、不安と警戒心から身構えた。だが、今の状況は俺にとってあまりにも不利だった。この異常空間で一人きり。いつ、何が起こるか分からない。このまま進んでいけば、間違いなく野垂れ死ぬだろう。

 

「……でも、力を得る?本当にそんなことが?」

 

俺の脳裏に、探究心と理性が葛藤する。これまでの科学的知識では説明できない現象。でも、もし本当に力を得られるとしたら?この異常な状況から脱出できるかもしれない。

 

声の主が、俺の心の揺らぎを見透かしたかのように、さらに圧を増して迫ってきた。

 

「選べ」

 

「この場所から帰ることも出来ずに野垂れ死ぬか」

 

「力を得て、圧倒的強者として現世に君臨するか」

 

「今すぐ選べ」

 

トンネル内に、重苦しい沈黙が落ちる。俺は、必死に頭を巡らせた。これまでの人生で培ってきた合理的な思考は、もはや何の役にも立たない。俺が選べるのは、生きるか、死ぬか、その二択だけだ。

 

俺は、恐怖と、生への強い執着に突き動かされた。力を得る、という言葉の甘い誘惑に、抗うことはできなかった。

 

「……わかった。従う」

 

俺は、震える声で告げた。その瞬間、闇が揺らぎ、俺の体に熱のような力が流れ込んでくるのを感じた。それは、まるで熱湯を浴びせられたかのような、しかし不快ではない、むしろ心地よい感覚だった。俺の体が、細胞の一つ一つが、未知の力に書き換えられていくような感覚。

 

俺の視界が一瞬白く弾けた。そして、再び闇が戻ったとき、声の主が最後の言葉を告げた。

 

「では契約は成された。――存分に暴れろよ、俺の手足」

 

そう言って、声は聞こえなくなった。俺は、その言葉の意味を理解する余裕もなく、ただ呆然と立ち尽くした。

 

すると、トンネルの奥から微かな風の流れを感じる。

 

「で、出口か!?」

 

俺は、一筋の希望を見出し、全力で走り出した。光が、見えた。もうすぐ、この場所から抜け出せる。そう信じて、がむしゃらに走った。

 

そして、トンネルを抜けた先。

 

俺の目の前には、写真でしか見たことのない、しかしあまりにも見覚えのある建物が立っていた。

 

「しゅ、首里城?」

 

雪に覆われてもなお、その威容を漂わせながら、首里城はそこに鎮座していた。俺は、自分の目を疑った。ここはどこだ?なぜ、首里城にいる?そして、なぜ、雪が降っている?

 

俺が呆然としていると、不意に頭の中に声が響いた。

 

 

 

 

 

『全人類に通達します』

 

『特定地域に【魔王】が出現しました』

 

『魔王出現に伴い、特定地域の環境を【人類生存領域】から【ダンジョン】に変更します』

 

 

 

 

 

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