宙旅と行く崩壊編纂記   作:エリュシオンの案山子

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銀、目覚ましい

 ある曇りの日のことだった。

 日課のごみ漁りをしに世界の泡にまで来た彼は……それを見つけた。

 思わず彼が唾を呑み込むような音を出したのも致し方のないことだろう。たとえその身が初めから機械であっても、それほどまでに驚いたのだということを世界に刻みたかったのだ。

 ──それは巨大な舟だった。鋼鉄の舟。灰色のゆりかご。

 本来であればまだ宙を征く最中であるはずの、あるいは着陸するにしてもここではないはずの舟。

 

 傘を差した彼は、中へと入る。

 彼自身の趣味は措いて擱いて、もしこの舟に纏ろう計画に支障があったとしたのなら、それを正しておく必要がある。

 同時に気付きも得ていた。

 この世界の泡に住まう人々。その容姿にはどことなく見覚えがある。それは彼自身の記憶ではなく、彼を構築するネットワークに由来するもの。

 胚種は正しく、そして間違った場所に蒔かれたのだと。

 

 そして。

 そこで彼は、見つけることになる。

 

 長期睡眠ポッドで眠る、在りし日の面影を残した、その少女を──。

 

 ***

 

 聖フレイヤ学園。

 戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれる戦士たちの育成機関であるここでは、各地から集まった若き少女たちが一流の戦乙女となるために日々切磋琢磨をしている。

 なればそう、ここにいる白と青を基調とした服の少女もまた戦乙女の卵であり、世界を襲う病巣「崩壊」を打倒せんと日夜腕を磨いている……はずなのだが。

 

「……」

 

 憂鬱そう。多分、誰もがそう表現する顔で、少女は聖フレイヤへの道を歩んでいた。

 

 

 事と次第は昨夜に遡る。

 

「『クラゲ』。お前に新たな任務を与える。明日から聖フレイヤ学園へ通い、第三律者を絆し、ヨルムンガンドへと連れてくるように」

「え?」

 

 屋内であるというのに傘を差している男性。

 少女の保護者兼上司であるその男は、時折こういう無茶振り──正確に言うと、少女に知らせぬままに決めて準備を終えたすべてのこと──をしてくる。

 説明もなければ質問も受け付けない。ただ、必要なものはすべて揃えられている。不備も不足もないけれど、納得だけができない……そんな男だ。

 

 聖フレイヤ学園。天命極東支部下にある戦乙女育成機関であり、少女の属するヨルムンガンドとは犬猿の仲……と言えるほど表立って活動していないものの、別組織たる天命の下部組織。

 どうやったらそんな場所に生徒一人をねじ込めるのかは謎だけど、この男は仕事だけはできる。バッドコミュニケーションの塊ではあるものの、少女がやるべきことをすれば、他は万事すべて滞りなく進む。

 けれど、それでも彼女は問いを投げかけねばならなかった。

 そう。

 

「私との約束……いつになったら果たしてくれるの?」

 

 少女と男が交わした、昔々の約束。それはヨルムンガンドの保有する「とある施設」への侵入。

 同僚である女性『ワタリガラス』はその地へ何度も侵入し、訓練を受けている……というのに、そこへ入りたいと願った少女は未だ管理者にさえ会わせてもらえていない。

 その静かな怒りを感じ取ったからだろうか、珍しく男が少女の問いに答えを返した。

 

「まだ時ではない……ククク、そう焦るな。約束は必ず果たすし、お前を驚かせるためのサプライズも用意している」

「サプライズなら、初めに言うべきではないと思うけど」

「あることを知っていても身構えることすらできない代物だ……。とはいえそれは先の話。今はただ、任務に集中すればいい……」

「……」

 

 男の名は灰蛇。正式名称灰蛇1866。日々ごみ漁りと称しては世界各地や世界の泡から技術、文化、そして本物のガラクタなどを持って帰ってきては満足し、それが人知れず処分されていても気にも留めない……非常に偏屈な、それでいてヨルムンガンドにおいては常識人寄りな男性。

 とはいえ多少の良識はあるのだろう。少女を拾ったあとは放置するのではなくしっかりと衣食住を提供したし、その境遇を理解して選択肢も与えた。果たしてそれは択と呼べる自由度があったのか定かではないものの、少女は感謝している。感謝こそすれど、ではあるけれど。

 

「留意すべき点は、ある?」

「……」

「自分で考えろ、って?」

「……」

 

 質問受け付けタイムは終わったらしい。

 少女は溜息を吐いて踵を返す。荷物を用意するためだ。

 どうせ明日目覚めた時には用意された寮の部屋の中にいるだろうし、身分や衣服なども全て用意されている。であるならば、持っていきたい私物などを早めに見繕っておくのが吉だ。

 

 割り当てられた自室へと戻った彼女は、ふとある方向へ目を遣った。

 そちらにあるのはとある台座。見えはしないけれど、彼女にとってとても大事な……けれど一度しか顔を合わせたことのないおじさんが鎮座しているはず。

 果たして彼は少女の変装を見破っているのか。そしてそうならば、彼女にコンタクトを取らない理由はなにか。

 やはり気の遠くなるほどの歳月を経て、彼の心は──しまったのか。

 

 少女が灰蛇に拾われてから、まだ一年も経っていない。

 けれど世界が足を止める気配はないし、情勢も刻一刻と変わっていく。

 変わらないものなどない。

 それは少女が一番よくわかっている。

 

 ──想いを馳せる。皆に。

 そして……たとえそれがただの「思い出」であっても、もう一度彼らと会うために。

 少女は「よし」と気合いを入れるのだった。

 

 

 で、現在。

 学生証に記載されていた名前が少女本来のものではなく『クラゲ』であったことにげんなりして、今しがた彼女の脇を通り抜けて行ったなんだか既視感を覚える髪の少女の元気さにアテられてどんよりして、さらにその少女を追いかけていった黒髪の少女が第三律者であることに気付いてげっそりして……今に至る。

 少女の任務は第三律者を絆してヨルムンガンドへ連れ去ること。それはつまり、あのあからさまに仲の良い少女らの仲を引き裂き、第三律者の好意が自身へ向くよう仕向けなければならない。当然そんなことはしたくないし、できるとも思えない。少女の自己評価は低い方だ。実力の面では問題ないと言い切れても、美貌や性格に華があるかと問われたら首を傾げるしかない。

 友人のピンク色の女性であれば「そんなことないわ♪」とか「あなたはとーってもかわいいのよ♪」とか言ってくれるのかもしれないけど、彼女にとっては大体の女の子がそうだからあんまり参考にならない。

 

 そんな憂鬱な気分を抱えながら登校した学園のその入り口で、少女はあり得ないものと出会う。

 

「え……」

「どうしましたか? ……あなたは、確か編入生の」

 

 グレーの髪色。赤縁の眼鏡。神州のものと思しき異装。

 どれをとっても「見覚えのないもの」だけど、少女が彼女を見間違えることはない。

 

 昔、別れて。

 少し昔に、一度会って。

 そして今……再会した。

 

「『クラゲ』さん……で、合っていましたか?」

「あ……はい。お姉……じゃない、あなたは……?」

「フカと言います。同じ一年同士、よろしくお願いします」

 

 少女は今変装をしている。ただ服装を変えているだけではなく、コードネーム『ジャッカル』と灰蛇1866の拾ってきた遺物、そしてグレーシュ自身の能力を組み合わせて作った『迷彩』で、完全なる別人となっている。言葉を発さなければ『ジャッカル』や灰蛇1866でさえ見抜けない代物──とはいえ彼らは仕草などで見抜いてくるが──であり、たとえ彼女と目の前の少女が旧知であったとしても、その中身を見抜くことは至難の業だろう。

 そんな当然のことが、どこか心をチクリと刺す。

 

 けれど。

 たとえ今、少女を騙し、自らを偽ることで距離ができたのだとしても……それでも彼女は行かなければならない。 

 ヨルムンガンドの保有するその施設へ。だから、この程度の痛みは無視しなければならない。

 

「よろしくお願いします、フカお姉ちゃん」

「……? 確かに私の方が年上ですが……」

「あ、嫌なら」

「呼称はなんでも構いません。……学び舎を案内します。ついてきてください」

 

 それはせめてもの抵抗。

 どうしてもその呼び名を変えたくなくての物言いは、幸いにして勘付かれることなく場をやり過ごせた。

 

 こうして。

 少女は晴れて、聖フレイヤ学園へ編入することに成功したのである。

 

 

 屋外練兵場を上から眺め、少女は一人溜息を吐く。

 眼下に映っているのは二人の少女。

 キアナ・カスラナ。そして第三律者、雷電芽衣。

 この二人──非常に仲が良い。これを引き裂くのは大罪なのではと思わせるほどに仲が良い。いや多分大罪だ。

 そして、初対面の段階で、キアナ・カスラナとは打ち解けることができたけれど、本命の雷電芽衣には警戒されてしまった。最も当然のことといえば当然のことだ。だって少女の経歴はとっても怪しい。「入学ではなく編入で」「既にA級戦乙女と言って過言でない実力があり」「特殊な装甲」。

 何か事情がありますよ、と首からプラカードを下げているようなものだ。

 ただ……初対面の相手だろうと関係なく、誰とでも仲良くなれていたピンクの女性を思い出して、少女はまた溜息を吐く。

 幼少を大人ばかりの研究施設で過ごし、思春期の前半分を宙船の中で経過させ、遊び相手はすべて自身の創り出した造物だった。そんな少女には、同年代の子供とのふれあい方、という経験が圧倒的に不足している。

 悲しいかな、彼女が最も会いたがっている少年がこそ今の少女の同年代になるのだが、その少年もどちらかといえばバッドコミュニケーション寄りであったためにあまり参考にならない……というのは言わなくていい話。

 

 とにかく友達作りに失敗した。それが彼女にとって小さくないダメージになっていた。

 

「芽衣さんは、距離を掴みあぐねているだけだと思いますよ」

「あ……フカお姉ちゃん」

「はい」

 

 そんな姿を見られてしまったのだろう。そしてなにか盛大な勘違いをされたのだろう。

 少女に声をかけてきたフカが、それはもう慈愛の籠った声色と顔で笑う。

 

「難しいことかもしれませんが、時間をかけて、少しずつ歩みよってあげてください。芽衣さんは決して相手を慮れない人ではありませんから、その真心は、いつか彼女にも届くと思います」

「ありがとう。……でも、フカお姉ちゃんも私を警戒しているよね」

「ええ、認めます。ですがそれは、あなたが相当な実力者であるからです。あなたからは長きを孤高に過ごした剣士か、あるいは周囲の全てに警戒しなくてはならなかった子供のような、どこか鬼気迫る、それでいて助けを求めるに求められないことを理解した孤軍のような気風を覚えます」

「……」

「気分を害してしまったのなら申し訳ありません。ですが……もし、そのピリピリとした雰囲気を、少しでも崩していきたいと……私もキアナも、そして芽衣さんも考えているのだとも思いますよ」

 

 警戒。

 確かに、そうかもしれない。

 少女にとっての「律者」とは、真に正しく「災害」だ。言葉の通じない、道理の通じない敵。

 第三律者。それによって齎された〝前〟第三次崩壊を、彼女は覚えている。

 

 今は眠っているらしい第三律者は……けれど、いつかは目覚める。そうなった時、この少女らはどういう手段に出るのか。

 

「『クラゲ』、委員長! そんなところで何やってるの!」

 

 大声。少女とフカが声に顔を向ければ、そこでは多少ボロボロになった装甲でこちらに手を振るキアナの姿が。

 その隣にいる第三律者と。そして監督役を務めたのだろう、教官である姫子が「あんたたちも降りてきなさい!」とさらに声を重ねた。

 

「行きましょう、『クラゲ』さん。姫子少佐は怒ると怖いですから」

「……うん」

 

 姫子。無量塔姫子というらしい教官。

 その姿もまた見覚えのありすぎるもの。無論、それを言うなら第三律者も〝似て〟いるし、キアナ・カスラナの苗字で彼女の生い立ちも理解したのだけれど。

 

 懐かしい気分にもなる。

 過去において少女は関係性らしい関係性を持たなかったけれど、記憶にだけは留めてあるから。

 灰蛇がどこまでを理解しているのかはわからない。ただ──。

 

 いい天気であるうちは、少しばかりこの学園生活を楽しもうと、そう前向きになる少女であった。

 

 

 ***

 

 

 某所地下、ヨルムンガンド内。

 

 サーバー機器と思われる機械が密集するそこに、二つの人影があった。

 一つは灰蛇。傘は差していない。

 もう一つは小さなものだ。武装人形と呼ばれるカタチの、緑髪が特徴的な少女。

 

「……どういうつもり?」

「物事を問う時は具体的であればあるほどいい……。そうは思わないか、クライン」

「あなたなら、私が問いたいことを理解できる。……他の灰蛇がどうかは知らないけど」

 

 嗤う。少女……クラインの侮蔑とも取れる態度は、灰蛇にとって面白おかしいものだったらしい。

 クツクツと笑って、その笑み色を隠さぬままに言葉を操る。

 

「なに、ちょっとした遊び心だ。〝英傑たちの終幕は華やかでなければならない〟というのは彼女の言葉だが、であれば〝英傑の続編〟もまた華やかでなければならないだろう。しかしそれが新しき文明を破壊するものであってはならない。であれば、〝ゲストキャラクター〟の居所は添えられた花であるのが素晴らしきことなのだろう」

「もし……あなたの目論見通りにことが運んだとして、あなたは何を得るの?」

「私の目的にあのような変数は必要ない。が、叶うならば第三律者に背を預けられるほどにまであれを絆してほしいものだ」

「どうして?」

「私達はそれぞれに夢や目的がある。それを自覚していない個体も多いし、無為な時間を過ごした者も多くいるが……それでも個というものがある。中でも私は〝ストーリー〟に執着する。世界の泡からガラクタを拾ってくるのもその一環だ。それぞれに込められたストーリーを見出し、こちらの世界へ引き戻す」

 

 クラインは溜息を吐く。聞きたいのはそんなことではないし、その理念自体はもう何度も何度も聞いたことだからだ。

 灰蛇1866。彼は他の灰蛇の中でも変わり種であり、尊主()の目的や使命に頓着を持っていない。

 その代わり、今彼が朗々と述べているように「ストーリー」なるものへの固着を見せ、他者の人生をまるで読み物の一つであるかのように嗜む。それを完読するためであれば労力や資材の投入を惜しまず、ヨルムンガンドに不利益となることだって平気で行う。尊主()が何の咎めも出してこないことをいいことに、好き放題をしている。

 

「何を得るのか。無論、満悦たるストーリーだ。私は火種計画によって起こる……熾るすべてを予測できる。第三律者が単独でここを訪れた場合の出来事も。だから、読み終わったその〝ストーリー〟に少しばかりのアクセントを入れたくなった。ただそれだけだ」

「つまり……。……盛大な二次創作をしよう、ということ? 方舟計画の実行者を使ってまでして」

「相変わらず身も蓋もない言い回しを好むものだ……。まぁ、その認識で構わないが」

 

 肩を竦める灰蛇。

 少しばかり「可否」と「影響」を考えたクラインは、けれど首を振った。

 どの道方舟計画は違う意味で成功し、本来の意味で失敗したそうだ。であるならば火種計画と聖痕計画、恒沙計画の実行、遂行、完了こそが残された自分たちの果たすべき使命。

 そこへ方舟計画の実行者が加わったところで、大した差異にはならない。恐らく尊主()も同じことを考えているから動かないのだろう。

 

「それに、あなたは毎度のように火種計画の全てを予測できた、と言うけれど……あなたにそんな演算能力はないし、そもそも火種計画は予測できる内容じゃない。ただの勘違いで多くを振り回すのは迷惑極まりないけど、どうせ大局へも大した影響を与えられない」

「メビウス博士に似たのは悲観的な所だけだな、クライン。自身の研究へ抱く尊大な自信も受け継いでこその人形。そうは思えないか?」

「それは博士が遺したものを履き違えているだけ。……仕事に戻る。あなたも、やるべきことをやってからここへきて」

「既に向こう三か月分は終わらせているが……まぁ、監視も仕事の一つだな」

 

 クラインは盛大な溜息を吐く。

 全灰蛇の中で最も仕事のできる男。それが灰蛇1866だ。……これでもう少し性格がマトモなら。

 彼女の仕事に灰蛇の入り込む余地はないけれど、彼らを使う者達は何度これを思ったのだろう、と。

 

 一応、同じ者に作られた道具同士として、多少の申し訳なさを感じるクラインであった。

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