銀杖の担い手 群青 小さな群青/灰の先と終円 縁/緑色   作:海に流れるアリ

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三章 (1)ブラックチケット

 

 院に帰宅してゲイザーからもらった二枚の黒色のチケットを見せると、ウィナフレッドサンが目を丸くした。

 

「……ブラックチケットだ」

「高いのか?」

「ええそこから……?、うん高い。とっても。ううん、でも、こういう気の回し方、ゲイザーさんはするような人に見えなかったんだけどな」

「上司からゲイザーさんを通して俺と君にだそうだ」

「ヘズさん何したの?」

「断定した目で告げられる覚えはないぞ!断じて!」

 

 訝し気にこちらを見るでない。この場合、正統な衣装でいかなきゃだめなのかな、とウィナフレッドが頭を悩ませている。

 衣装はなー、デザインが絡むから形だけトレースできても、点でセンスや流行りがよくわからんのだ。組み合わせとか微妙な波長で左右されるから。

 

「そもそも旅路の服なんて四着しか持ってないんだが。」

「それは仕方ないとは思うけど、大陸ごとの有数な商人も来るんだよねこのオークションイベント。下手な格好をしていらぬ噂を立てられても困るし」

「そういうの国が気にするのか?」

「面子はあるでしょ、最低限でも。僕も国に所属する身だから、あー……、わざわざチケットの指定が来てるんだよね、相談してみるしかないかな」

「やっぱ誰かに会う感じ?」

「あのゲイザーさんが気を回すなんてよっぽどだよヘズさん。」

 

 ブラッグドッグに伝言を渡しておけばタイムラグなしで騎士殿に伝わる。西に居る旨を伝えて、ウィナフレッドと一緒に店に向かった。ウィナフレッドの点間門で。

 こういう時次元間での距離がないのは便利だな。

 

 

 東側から西に出た。

 空飛ぶ飛行船が物珍しいのか、多くの住民が空を見上げて景色を撮っている。

 専門店が並ぶ下町、上には影を茸の傘のように差す主要経路の高速道路が日陰を作っている。

 主要経路は二段あり、その下にある町は文字通り『下町』と称される。主要経路は陸側の上に柱を何本も建てて支えられている。その柱の上に、二分の一の幅の高速道路、光示列車の座標信号機が組み込まれている。いざとなれば都市全体で脱出できるような設備が四方にあちこち仕込まれている。

 

「夜みたいだな、夕暮れというか」

「ずっと庇があるようなものだからね、だから下町はどの建物にも屋上に振動を電気に変える装置が設置されてるんだ。発電もできるんだよ」

「駅下の発電装置かなにかか」

「この国の駅下には発電装置はないかな、全部光示列車だし。」

 

 地下の道路も大体一人用の一輪車が走っている。利便性の高さがうかがえる。

 

 まるで下駄の隙間を通る様に多層に分かれる通路。アリの巣のトンネルじみた岐路の多さは迷宮そのもの。やはり迷子が多発するので、通路には必ず小型の点間装置の設置が義務付けられている。地下高速道路の脱出路みたいなものだな。装置は二種類、常時入口に戻す陣が二つ貼られている。一つは常時開放型。もう一つはロックがかかっており、オペレーターの通信起動後、解除される座標地点があるらしい。軍用だとか。

 

 ウィナフレッドの案内に従って、番号の降られた地下通路に入ると旧時代の電話ボックス宜しく設置された点間装置の入口扉を開いた。

 ウィナフレッドが設置された通信機のダイヤルを合わせて、備え付けのキーボードをたたく。あ、いるみたいだ、と嬉しそうに笑うウィナフレッドが、三メートル四方の空間の中、中央に敷かれた陣の中へ促す。床の円形の術式が数秒で点へと収束し、再び円となって展開した術式はまったく違う術式が描かれていた。

 

 空間が塗り替わったのを肌で理解した。これは位相に飛ばされたようだ。景色は先ほどの景色と差異はないが、空間に走る様々な術式が頑丈にこの位相を守っている。楔はあの高速道路の中心部に打ってあるようだ。

 軍用と称した別のダイヤルを打ったのだから一般向けの空間ではなさそうだが、人口の密度は先ほどの下町よりもはるかに多い。ウィナフレッド曰く、軍人向けの位相空間の一つらしい。

 従来の街とは別の販路が設けられており、表側、と称される従来の店では出回っていない品も多くここに集う。裏側、なんて揶揄されるこの位相空間の下町は最先端の設備が多く揃う。

 オークションと兼用の蚤市のイベントは特例で裏側の職人も表側と一緒に出品できるイベントだとか。

 

「……人口が多いな」

「先日の大討伐の時も皆出て来てくれたんだ。ほとんどがガーランド国側で協力してくれたみたいだけど、非番だった人達も表側で参加してくれてたみたい」

「金に困ってる軍人が多いのか?」

「オークションでいろんなものを買うために節約してる人が多いからねぇ」

 

 国と軍の間の闇市公共施設のようなもので、国籍問わず二十万人住んでるという。町並みは集合住宅街が立ち並ぶ高層マンションがブロックゲームでもするのか、という具合に密集している。

 それでも、庇の帳は変わらず。昼にもかかわらず街灯が点灯する下町を歩く。夕暮れの砂漠地帯みたいな色あいである。

 大体裏側を示す住所には青の何番地、という正規の住所の後にマークシールが張ってあるらしい。これがバーコードよろしく正確な座標を示すのだとか。読み取る場合や荷物の転移もあのボックス型の点間装置から行っている。

 

「日の当たる場所は無いのか?」

「え?、ああ、あるよ。ここは下町の座標だから。『共通』の構造物の影響を受けてるんだ。表側の高速道路は『共通』なの。内外問わず干渉できる点間装置が貼られてるから、ここから表側の高速道路に出ることも可能だよ。」

「長期旅行者向けの移動施設かなにかか?」

「時短目的の点間装置の集合領域って意味では間違ってないけど、ここは本来表側からの一時滞在場所として建設されたんだよね。地場嵐発生時、点間装置や移動網の無効時の緊急避難場所ともいえるかな。」

「人が多く住んでるが?」

「それは土地を購入した人達。でも多くの制約があって、国に所属している事と任期満了後か、正規休暇を取っている間だけ。大体は僕たちみたいに許可の下りた一時滞在者。紋章持ちか、登録業者、旅行者でも国の所属がわからないとここにはいることすらできないよ」

 

 それにしては観光施設が多くあるが、娯楽に飢えているのだろうか。

 療養施設も多くある場所、と告げられて目的を何となく察する。

 

「別荘地として活用してるものも多くいる?」

「うん。それに宿木やホテルも旅館もあるし、軍人と一緒に同行していれば遊びに来ることもできる」

「……街中で極端に軍人を見かけなかったのはそういうことか。」

「住み分けを意識しているわけじゃないけど、ここの方が羽目を外しやすいのは確かだと思う。でも表側に住所を持ってる人達だってたくさんいるよ?」

 

 なるほどな。住みやすさの雰囲気の違いってのはどこ行ってもあるわ。

 

「ここから他の国に行くことは可能なのか?」

「不可能。あくまでニハイに空間が固定されてるから。遠距離用の点間門を通って出入りは可能だけど、そういった門は関所にしか設置できない決まりだもん」

「法の穴をつついたらいけるのでは?」

「どの国においても、主要国に門がある国はガーランド国から提供を受けてる感知網があるから。次元間の穴はすぐに観測されるちゃうから無理だと思うなぁ。物理的に干渉したらすぐにわかるし、秘密裏に任務を受けてて設置してるところもあるかもしれないけど、大多数が出入りする場所に置かれてることはまずないよ。混線しちゃうもん」

「……幽体ならいける可能性が有るのか?」

「ニハイほど強力じゃないけど、どこの国も浄化と異物探知、転移の術式貼られてるよ?」

「なんか、面倒くさいな国の移動って。」

「それはそうだよ……。」

 

 国の許可が下りた職人や工房の設備が多く並んでいる。業者と一括りにしても、認可さえ降りれば裏側に店を置くことは可能らしい。

 日当たりの件であるが、この位相空間の領域ニハイ西側区域全体に及んでおり、一軒家や永住目的の住宅は普通に日の当たる場所が多いらしい。そりゃそうか。あくまで利便性を求めてここに集合住宅が建った、というわけだった。

 四区域全部ではないのだな、と問えば、ウィナフレッドの曖昧な笑み。別の位相があるんだな、たぶん。

 高速道路の庇下、迷路を抜けて七十五番地、とかかれた緑色の札の街並みに出る。

 番地ごとに境界線が敷かれており、その番地の最大の直径で封鎖領域を示す灰色の膜で覆われている。内側からは膜の色は透明になる。マジックミラーみたいなものだ。

 五番地の区切りは大体工房が多いらしい。日当たりのいい場所の下、ウィナフレッドの案内する店の中に入ると、ひっきりなしに振動している主要経路の音が大きくなった。

 カランカランと揺れる扉のベルの音を搔き消すように轟音が地響きのように響き始めた。

 

「すごい音だな」

「ガーランド国の発表があったから、みんな羽振りよくやって来てるのかも」

「ニハイに限ったことじゃないのか?」

「オークションは多国間から出品できるんだ!ガーランド国の異界侵攻時の道具や素材も多く出されるかも!」

 

 あの薄い封鎖膜を除けば映る景色は外側と同一らしいので、空の天候も表側同様に観測できる。ウィナフレッドの指さす先、見慣れない飛行艇がいくつも連なって十機単位で飛んできている。

 あの国の軍用機かも、と本日大陸間からこちらに来る国の名前があげられる。

 一先ず数十ヵ国の旅人が来るのだな、と理解した。

 大国小国問わずこの国のオークションイベントに来る理由は、ひとえにこの国の治安の良さである。職人保護の条約と旅人向けへの補償金の保険もあるとあって、二巡に一度のイベントにこぞってやってくるのだとか。

 

「あ、あと、言い忘れてたけど基本ニハイとタバヴ・ワポ・ル国は他国への旅人へは証明がない限り装備の販売を禁じてる。国が許可した施設でのみその禁則事項が解除される。蚤市もオークションイベントも認可されてるから、それが免除されるんだ」

「買占めする貴族とかいるんじゃないか?」

「あはは、蚤市もオークションも、購入回数が記録される装置がないと売買禁止だよ。一括で販売されている品を狙うっていうなら別だけど、足跡は絶対につくし。上限がある」

「二十回?」

「そ、誰でもブレスレット型の装置があれば二十回まで手数料なしで買える。そのあとは関税がとられるし、種別によっては申請が必要。これに違反すると出禁措置」

「ずいぶん固いところは固いんだな」

「それだけ職人の技術が高いんだよ、大陸渡航する冒険者や傭兵の中でも、オーダーメイドはニハイでしかしない、っていう人たちがいるぐらいだし。」

「渡航に該当するものが使う品はトップクラスなのか?」

「主要に量産品はまずないね。必ず浄化と耐久値を増す加工が成されてる。使い捨てなら量産品で構わないけど、打ち合ったり、討伐で長期戦闘するとなると持ち歩ける制限があるから。」

「ついでに安い?」

「平均値を出せば間違いなく。紋章付きに最低限のカスタムメイドをしても破産しないぐらいには。」

「それは安いのか……?」

 

 轟音が鳴りやんで、開いて観察していた空から視線を戻して扉を閉める。

 一緒に中へ入ると、あれだけ揺れていたのに先ほどと全く同じ位置で商品が並んでいた。外側から見えた厳重な防音緩衝装置は伊達じゃなさそうだ。

 天井が高い。吹抜けの構造上、一階しかない建物の広さは公用施設体育館並みだ。天板に設置されたステンドグラスだけで難なくウィナフレッドの院の一棟を覆えそうだった。

 日の光を運ぶガラス扉の並ぶ中、暖色のランプが壁面上部に設置されている。

 比較的広い台の上、剣や盾、全身鎧から特殊な繊維で織られたベストやガード、制服染みたジャージなんかも置いてある。

 床はレンガ造り。通路の奥は土壁と木材で覆われており、内外の差が顕著に出ている。店内を示す絨毯の敷かれた敷地内は全て木造りの構造だが。

 カウンターの傍、木製のハンガーが左右に三段ずつ。カウンターの前を塞ぐように並ぶ大きなガラスケースは術符から札、魔道具や小道具が並んでいる。

 

「机の上に並べられてる道具は試作品か?」

「ううん売り物。」

 

 蚤市と変わらない雑多具合。衣類型の装備品はハンガーに、二メートル四方の机の上には値札が糸でくくられた装飾品がごろっごろ転がっている。

 トランプカードだ、と木製品のケースを持ち上げる。アンティークなものもあるらしい。値札を見ると、ゼロが七ツ並んでる。えー。

 机の上に所せましの装飾品。どれも高いし、さらに左奥のカウンターに設置されているガラスケースの中の品には別格な高額商品が入っているようだ。

 ざっとウィナフレッドの傍で並んでみれば、指輪、ネックレス、灰色の婚姻届け。……婚姻届けはおかしくないか。

 

「需要が有るのか?」

「死地に行く人が買ってく」

「それは死亡フラグだろう!?」

「身命を記すと、燃やした間から魔石がでてくるんだ。そこへ魔力を通すと一分だけそれが器の肩代わりしてくれるんだ。」

「場合によっては使いよう?」

「その記す人の身命を宣誓して知ってる人がいないと使えないけどね。結構本ででてくるんだ。使わなくても飾っている人もいるみたい」

「効果が本当にあればいいが、高価すぎないか?」

「器だけとはいえ、損傷、死を回避できるんだよ時間制限付きで。傭兵の人がよく買ってくし、需要はあるんじゃない?」

 

 机の下には木箱。ウィナフレッドでも片手で持ち上げられる軽さなのに入ってる量は机の上の三倍はありそうだった。これも品物。全部売り物。

 木箱自体に浮遊の術式が彫られているらしい。試しに金具のバックルを持ち上げたら、箱の上では片手で持てないほど重かった。

 

「ガゼットさんはそういった相手いなかったの?」

「いない。上司殿はいるけど。恋人となると絶対違うと断言できるし、妹みたいなもんだったからな。まぁ、誓約による関係というものはあってないようなものだろ、自然と関係は変わってくものだし、時に応じて、形囚われる意味がないというか、求められれば応じるし」

「ガゼットさん、同時交際何人?」

「そんなことしたことないぞ!?」

 

 持ち上げてたトンカチが予想以上に重かった。落しかけて、慌てて持ったが。掠っただけでじんじんと痛む指を労わる。

 

「……意外と古風?」

「まぁ人の関係は様々だし、番何人とかいうやつらもみかけたしな。俺は器用じゃないから複数は無理だ。なにかねその目は」

「関係をはぐらかす人ほど手慣れてるっておじいちゃんがいってた」

「孫になんてことを吹き込むんだ君の爺さんは。」

 

 木箱の中を詮索するのおもちゃ箱みたいで楽しくなってきた。三色の組紐が出てくる。ゼロが九つ。絶対ここに置く品じゃねーだろ。

 どういう用途なんだコレ、と伸ばしていると、ウィナフレッドが協力してくれる。長い。十メートルほど伸ばしたところで長さが途切れた。

 

「ところでウルクフ女史、恋人ほしいの?」

「え!?どうしたの急に!」

「いや聴いてくるから」

「あー……、ごめん何も考えてなかった。僕、生徒とはこういう話題特に何も考えずに話す」

「意外と君も気軽に恋バナとかするのね」

「資料一割、恋バナ二割、素材五割、図鑑、研究足して二割ぐらい?」

「現代の若者の割合がちょっと怪しくなってきたな」

 

 ウィナフレッドサンそういうの興味あるの?、と小声片言で尋ねれば普通に否定された。

 正確に言えば、推移への興味はあるけど理解はないかな、とのこと。ウィナフレッドサン考え型理系というか、学者寄りだよね。

 皆楽しそうに話すから、そういうものなのかなって、とのこと。性差種族差はこの世界に置いて些事だからね。まじで。

 最近の流行りの一つに有名な恋愛小説作家の本があったらしい。読んでみてください、と同僚に押し付けられて流し読みしたのを思い出したそうだ。

 概要を伝えられて、今も昔もおおむね変わらんのかね、と苦笑して見せる。

 

「あまり好きじゃないの?」

「一時の感情で燃え上がってもなぁ~~~?」

「わ、すごく陰険な表現」

「嫌味じゃなくて、個人的な感想だよ。否定はしないし、肯定もできる。騎士殿がそうだし」

「み、見えない」

「騎士殿は大層情熱的な性格だぞ。そんでもって一途」

「うん、一途なのはなんとなくわかる。」

 

 遊んでいるとカウンターのレジに設置されたランプが赤色に点いた。

 ウィナフレッドが帰ってきたみたい、とガラスケースの前に戻る。

 

「……婚姻届け贈ってやるかな」

「買える?」

「今小金持ち」

「これ一枚王紋二枚(二百億)だよ」

「複数買ってく奴、絶対ろくなやつじゃないな?」

 

 巷の数だけ恋人がいるラブソングとかありそう。と、商品対応の番号を覚えていく。愛の数だけ強くなれるとかありそうだね。

 ウィナフレッドに問えば、どれだけ重複させても効果は一つの関係につき一度きりらしかった。何故かと問えば、その代償が対応する手順での恋人の身命宣誓だからだとか。

 

「まぁ、二度と死を共に誓えなくなる代わりに生還するのはドラマチックだな」

「でしょう!?」

「でも王紋二枚(二百億)はねぇわ。」

「僕もそう思う。」

 

 互いに深く同意を示していると、どたばた足を音を飛ばしてレンガ道から人影が出てきた。

 

「やぁウィナフレッド、恋人自慢に来たのかい?」

「あ、ジャッツ!」

 

 ガラスケースを冷やかしていると、奥から店の者がやって来た。ぴょこんと被った頭巾からはみ出た獣耳。緑色の瞳をした主流八大種族のロウバチ。ぴこんと音が鳴ったから間違いない。

 女性のようだが背が高い。俺の頭二つ分高い彼女は、ウィナフレッドのそばに腰をかがめると胸に手を当てて挨拶をした。ミスディ(創作家)を示す紋章とエプロンをしていることから、彼女がこの店の主のようだ。この人ウィナフレッドの本名呼んでるんだけど。ウィナフレッドに視線で問えば、俺も問題ないらしい。どうも。

 

「ヒヨリでいいよ、こんにちは僕のお友達。お友達が連れてきた君は、どなたかな?」

「初めましてウィナフレッドさんの紹介でここへ連れきていただいた、ガゼット・オブスサーバーといいます。専門術士のヘルフバルト(魔術師)、紋章はルンイガキンカ様より承っております。……どうした借りてきた猫を見たような目をして」

「まともな紹介ができる!?」

「俺を何だと思ってるんだ君。」

「あはは、ウィナフレッドのお友達なら僕のお友達、この子は生来人を正直にしか見れないから、君もそのお眼鏡にかなったというわけだね。うむ感心感心。それでウィナフレッドの久方ぶりのご来店であるが、なにか御用かな?」

「ブラックチケットで軽装で行ったらまずいよね?」

「まずいね~それは親友の結婚式にパジャマで行く並みにまずい」

「それはまずいな。」

「ヒヨリ、突然で悪いんだけど、衣装を誂えてもらいたくて、パターンが残っていればなんだけど。」

「ガゼット君のパターンは今図らないと駄目だねぇ、コデクシィンのパターンを取ったのは君が三代の時以来だからね~。ウィナフレッド、二年前より身長伸びた?」

「二ミリ。」

「うんうん、今日はよく良い姿勢で眠ったようだね、じゃあ大丈夫だからウィナフレッドは奥に入って右側の個室で待っててね」

 

 じゃあガゼット君は僕と一緒に中で寸法を計ろうか、と案内される先は奥に入って突き当りの一番左側の部屋であった。

 いきなり俺の採寸するの?と問えば時間がないのは見て取れるからね、とロウバチ女史。

 

「改めて、僕の名前はジャツ・レキンダシハ・ヒヨレ・ウェバナポーラン・ケホ・フォネカクニ・ロタンアンゾキュ・ランゲデ・バーニウっていうんだけどさ!はい、挙手どうぞ!」

「数回であれなんですけど、今から口調普段のにしていいですか?」

「いいよ!」

「俺たち初対面だよな?」

「そうだよ!」

 

 すごい軽いノリで真名名乗られんたんだけど。このノリはなんとなくウィナフレッドと気が合いそうな気がする。面倒見の受け皿として。

 どう返せばいいんだ、と真直ぐに見つめれば、にや~とした悪い笑み。騎士殿をほうふつとさせる、面白いことが大好きな人間の眼だ。

 魔術師だからなるべく真名は控えたいのだが、と告げれば、じゃあどこまで名乗れる?、と挑戦的な返し。や、やりずれぇ。

 

「正直な気持ち、本気で一文字も名乗りたくない。」

「う~~ん君は誕生日が同じじゃないとフラグが解除されない系男子?」

「名乗ったって駄目だしするでしょ」

「あったりまえ~じゃん?」

 

 やりづれぇ。俺は確か、服を買いにつれて来られたんだよな?。

 まぁ、僕のことはフラグ解除はまだなので君はジャツと呼んでくれたまえ、とロウバチ女史。仕方なくジャツ殿と呼ぶ。不本意である。

 

「それも本名なんだけどさ」

「……、……、ウィナフレッドに注意をしたほうが良いか?」

「ぜーんぜん僕がこの工房でそれ以外呼んだら絶交ね!つったし」

「あなたたちの関係がわからん!」

 

 楽しそう。心底楽し気な笑みを浮かべて、寸法を測り始めるジャツ殿。

 上着を脱ぎシャツの姿、の下は包帯だったのを忘れていたな。ウィナフレッドに治癒をしてもらったものの、本能が理力を回路の耐久率に当てている為まったく傷の直りが遅いのだ。治癒力が枯渇しているまである。

 血の匂いはこれか、とはいでは楽しそうに包帯まで捲られる。もうなるようになれ。

 

「君って鍋に入れられたら諦めて沸騰して調理されちゃうタイプ?」

「これは調理されてるので?」

「めっちゃ調理してるよ~もう僕いつでも君のこと殺せるもん。」

 

 怖いんだけどこの人。白旗を掲げて両手を上げれば、でゅくしという声と共に肩を抉られる。いっっっっ!

 ちょっとまて、立ち上がって距離を取って衣服を掴んだまま戦闘態勢。にこにこしてるが、この人、肩の傷の再生してたのに、完全に一掻きで開きやがったぞ!、……え、待っておいおいおい!?、驚愕と同時に影の中に落とされて、入れ替わる様に白い繭が俺の居た座標に展開する。轟音と共に破砕音が鳴り響いた。

 

 傷口から残滓を抜き取られたジャツ殿の指の上、青い『箱』の中に封じてあった俺の『残滓』が大爆発した。

 

 爆風と共に焔やら水やら雷が落ちて、地表の上は波形の鈴を鳴らした様に位相次元のあちこちに飛ばされている。

 白い繭にえぐり取られた肩の傷、塞ぐように青い光が欠損部を埋めて封をしている。その代わり、魔力の消費が激しすぎて『理寄り』に戻りそうになってるがな!

 鋭角に釣り上げたジャツ殿の眼の中、憤怒が宿って殺意がみなぎっている。

 ジャツ殿に黒い槍で心臓を穿たれると、赤霧の棘が出てきた。思わずジャツ殿を蹴り飛ばせば、吹き飛ばされたジャツ殿が頬を引きつらせている。

 赤い半透明な防衛機構が俺を囲み、ジャツ殿の四方八方を塞ぎ始めた。そのさらに外殻に空間に波紋を広げて、青い槍が浮かび上がるのを見て咄嗟に『長』を呼んだ。能力だけ借りてジャツ殿の体を引き寄せると、轟音と共に景色が上下に入れ替わった。

 

 真っ黒な空間に落ちている。ジャツ殿が気付き、突きとばされて距離を取るが、まだあの『箱』が控えてる。上司殿の残した足場をオーバーコートの陣から展開して、一度意識が消えた。

 

 停止術がにわかに敷かれて、俺は青の術式たる『秘匿の箱』に入れられている。殺されてないだけましかもしれない。

 正面では異界化した領域の中、真黒に染まる世界でジャツ殿が俺の正面に立って緑色の杖を構えている。

 色んな術式を試したらしいが、数が多すぎて対処できてない。虱潰しとかまじか、とジャツ殿が嘆くと、対処した術式が模範された。

 俺の入った『秘匿の箱』を片腕に持ち上げて、空間を転移するジャツ殿。賽の目状に空間を等分しては、理力の足場を作って、音の風を駆使している。

 

「なぁ、オブスサーバー君、なんだこれ!!!!!」

「七桁の防衛機構。全部が殲滅と浄化のために組まれてるから祈りを対消滅してくれ」

「バグか君!!!!!」

 

 既に六桁分解してるぞ、とジャツ殿が疲れ切った様子で杖を構えている。なんで俺を殺してないのと問えば、軍に君を連れてっても国どころか世界が終わりそうな直感がすごいんだよ、とジャツ殿が叫びながら防衛機構をギャリギャリと回し始めた。

 

「八桁いってないかこれ」

「足したらその位になるかも」

「なんで君生きてるんだ!」

 

 シェイプシフトたる体現の移行、ハーマーリネムの二型になったジャツ殿が『長』に似た構成をしている体躯の尾を振り回しては『空振』を起こしている。

 一発で五桁が飛んでる。やっばいなこの人。左右に振る度空間破砕が起こっては、異界の時限式位相が消えていく。この人単身で国落とせるでしょ。集中力が切れたら死ぬ、とジャツ殿が短期決戦に乗り出している。

 

「だっめだ時限式位相の数が多すぎる、なんで増えるんだこれ!」

「うわ、くっついてきてたのか……」

「やっぱり君のせいだろこれ!あーーー、もうやってらんないぞ!」

 

 シャウトの轟波が放たれた。ビリビリと空間を揺らす『波状』の理術。怒りではなく、指向性のある静への術式だ。

 いつの間にか四型担ってるジャツ殿の体躯は、やはり『長』に近いが、全身が真っ青に燃えていた。散らした火の粉が式となって空間に溶け込むと、波紋を広げて並列に広がっている時限式位相の座標軸を検索し始めた。

 点が連線、広がる火の粉。線となった暗闇の中、位相を可視化した青い霧が渦巻く領域の中、防衛機構の一つが反応して大量に式神を異界の魔素を吸わせて召喚している。……、これ、大厄災の呪いの異界じゃないか。

 全部祓わないとまずいが、ジャツ殿が居る今、愚者の鎖を切るには厳しい。展開もできないかもしれない。第一今の俺、全身痺れて動けないし。

 解毒が先か、とブレスレットの理力を回せば、見咎められたものの邪魔はされない。呼吸できるだけ温情がある。

 

「君、さっき良く喋れてたな」

「自動行動で動かしてる」

「君、やっぱ捨て身でウィナフレッドを攫いに来たんだろ?」

 

 数の暴力だ、と無限に広がり始めた黒い式神に頬を引きつらせていると、ジャツ殿が興味が失せた様に並行に右腕を伸ばす。翻すだけで、端から式神自体が白く燃えて完全に消えている。

 模るだけの力が残ってないな、と呟きながら、ジャツ殿がいつの間にか敷き終わった停止術の中、時間を飛ばして防衛機構の大半を解除していた。顎を掴まれて貌を持ち上げられると、正面にジャツ殿が居る。

 

「君を解析したけど具体的な情報は何もわからなかった、君、今眼が見えてないでしょう、どうやって知覚してる?」

「……波長。」

「だいぶ飛ばしたけど、その痺れは霊格を殺した数に比例して効果が連動してる。そこまで長引いてるやつは見たことがない。どれだけ殺した?」

「覚えてないな。」

「……、君は白の理念だ。暗示や洗脳にかかっている可能性は?」

「ないぞ。……自白というか、強制的な命令を混ぜてるだろ。俺には効かないぞ。」

「ちぐはぐがすぎる。」

 

 半分壊れかかった異界の中から、潜んでいた植物型の蔓が飛び出してきた。本命がこいつだな、と小手先で僕らを試していた奴らだな、とジャツ殿が鼻を鳴らしている。

 覚えのある波長に思わず顔を上げれば、影の中に潜んでいた白い影たちが居ない。ぶわっと冷や汗が出て止めるためにオーバーコートの陣を使って外に出る。

 俺をかばって分離したんだ。白い影だけは対消滅させられない。本来の持ち主はあの子たちなのだ。

 目を驚愕に染めたジャツ殿には悪いが、俺は単身で飛び込んで蔓の中に入る。抉られる器は一時的に『器構薬』で再構築してまだ潜る。

 完全な断絶、異界ならメフィストのリンクが届かないか、と解析を掛ければ成功。ブレスレット状態に戻ったオーバーコートから『ジャミング』を発動していると、一番最奥に白い繭の波長が見えた。

 血を吸ってたならば、と亜術を組んで飛べば、青い宝石を中に秘めた白い影たちが俺の影に戻ってきた。

 轟音が鳴って切り開かれた真上、息を切らしたジャツ殿が俺に再度『秘匿の箱』を掛けては一工程で指で浮遊させて引き上げてきた。

 

 並列で処理していた足場の青と黒の二色の陣がジャツ殿の足を介して踏まれると発光、閃光をきらめかせて渦を巻く。ジャツ殿が両手を叩いて合間から青い焔をアコーディオンを引く様に広げると、空間全体にブロック状の亀裂が入り、俺とジャツ殿以外の領域全てが等分で箱状に切り分けられた。すっげ。一センチ四方の小さな箱が空間を形成しているのだが、それが指を鳴らすと一斉に白焔を巻き散らして内側に捻じれて消えていった。属性の対消滅を成した領域の中、真黒に染まる世界が徐々に薄く灰色に変わっていく。

 灰色から白へ、にわかに黄緑色に染まると、空間が軋む音がして俺は『秘匿の箱』に封じ込められたまま片腕で担がれた。

 

 先ほどの部屋に戻ってきた。ひび割れた空間が晴れると、高い天井の下、俺は先ほどよりも丁寧に降ろされた。

 

「……大方祓われてた、君が宿す意味が解らない。おい、君、今の僕を巻き込んだダイナミック自殺か何かか?」

「なぁ、なぁ、ジャツ殿、ウィナフレッドサンが信頼のおける防士を紹介してくれるって言ってたんだけどジャツ殿のこと?」

「君、割かし今死ぬか生きるかの瀬戸際だって解ってるか?」

「だって時限爆弾に火を点けられるとは思わないじゃんか!!!」

「……全然君の思考が読めない。僕を殺しに来たわけでもなさそうだけど、初見殺しが過ぎるんだよな」

 

 『秘匿の箱』を解かれた。屈みこまれて真直ぐに見つめられる。息が上がった状態、冷や汗をかいたまま四肢が動く程度に回復を成せば、ジャツ殿からテストする、と告げられた。

 困惑しながら見上げれば、先ほどの空間を破砕した尾がやってきていた。躊躇も一切ないぞ。咄嗟にブレスレット上に戻っていたオーバーコートで防いだが、触れた品を没収された。

 

「ず、ずるいぞ!」

「僕工房吹っ飛ばされるところだったんだからこれぐらいいいだろ!!あんだこれ、帰還の術式が掻き消せない、きみどっから来たんだ!」

「わけわからんけど異界だ!!!」

 

 涙目で副武装を纏おうと衣服の首飾りを右手で掴めば、口笛からの飛び蹴りがやってきた。半回転して宙返り、ざっと距離を開けるが、手の中に首飾りは無い。くるくると回すジャツ殿の指には俺の首飾り。やられた。

 

「その傷、普通じゃあそうならない。子供の傷の直りより遅いじゃないか。本当に魔術師なの?、概念浸食を受けてる奴なんて真っ当じゃないよ」

 

 室内にしては空間は広い方。狭くはないが、外よりは断然窮屈だった。直線状、五十メートル走はできそうな高い屋根と部屋であるが、こうも追撃が来ると距離も無くなっていく。初速が早い。速度が増していく。重たいんだよこの人の打撃。自前の肉体強化は最低限、全盛期の一パーにも満たねぇもんなの!、骨を折らずに打撃を逃がしているだけ褒められてもいい。今を凌げるのはルーチンに格上との戦闘経験があるからだ。

 左肩が砕かれた。興味が失せたような目が、此方を射抜いた。姿が消えると同時、胸の前に両手を構えた。目で追えなくなったら一発で胸を折られる。狙い通り、心臓めがけてやって来た回し蹴り、床の着地に間が合わず、足を払われてさらに追撃。腕の軸をばねに尾をふるってきたジャツ殿に攻防で一番の重たい打撃を食らわされる。右腕が逝った。衝撃逃がせずに壁に肩から減り込めば、そのまま壊れなかった壁の真横に槍が刺さる。動けず埋まったまま、俺の真上に影。

 

「弱いな。」

 

 踵落しの要領で仕留めに来た。仕込み刃が剥き身でついてる。本気だと悟り、反射でルーチンを切った。この人、今気づいたけど概念の毒もばら撒いている。前後する視界の中、やりたくなかった血の陣を描いた。ジャツ殿を天井に重力を降ろして一度弾く、埋まったジャツ殿が即座に身をひるがえして、着地する前に空間に仕込んである『青霧』から召喚した『大斧』を投げて来る。

 此方は影から無理やり出ようとして殺意を走らせる『長』を抑えるのに必死だってのに、ジャツ殿は俺が術を作動させた瞬間、見るからに筋力の係数が変えて反撃に出てきている。……様子見は終わりのようだった。あれに殴られたら壁ごと吹っ飛ぶ。騎士殿に連絡しないでくれと必死に訴えて、『長』を影の中に縛ったまま垂直に落ちて来る大斧を左側の手のひらで弾く。あ、あっぶねこれ次元切断の斧じゃねーか!!!

 あの赤い棘。ウィナフレッドの蜃気楼。その大本の障壁、永劫回帰の呪いが死に反応したなら、自動迎撃できるだろと踏んで、目を見開くジャツ殿の前に点間を成す。間合いを狭められて、ジャツ殿が一瞬だけ警戒に行動を止めた。

 閉じてた回路を全部開いた。動く左手を構えて刃越し、足を掴んだ。

 三連の鎌の形をした棘が手のひらを貫くが、抑えたならこっちのもんだ。

 危険すぎる、という思念がジャツ殿から流れてきた瞬間、俺の首に何かが迫っている。

 あの斧、一度でも接触判定を成したら追尾で勝手にするとか、最高に浪漫にあふれる品だな!と空間に回せた赤い血の霧で方向の置換を成して、天井に突き刺した。

 同時壁の槍で胸を抉られたが、血を噴出した傷口を気にせずに笑みを浮かべた。

 目をかっぴらいたジャツ殿には悪いが、一発ぐらい肘の打撃は許されるんじゃねーの、と、右手を構えたところで力が抜けていく。概念の毒の効きが早すぎる為だった。あ、やべ、影が抑えきれない。――、まて、おい!。

 

『――誰に許可を得て刃を向けている』

 

 俺の影が蠢いたと同時、俺を仕留めるために尾を振るってきたジャツ殿が、半ば空中で空間を蹴り上げては反射的に毛を逆立てて飛びのいた。だが刹那の合間に行われた攻防後、ジャツ殿の両足が中半ば消えた。

 浮き上がった『長』が俺を守る様に糸の影を伸ばしている。倒れ込んだ床の上、黒い糸の籠で守られた俺の外側には、断面図を解せずに床に伏せるジャツ殿の足が映った。まるで紙面を破るように太ももから下の膝が抉られている。

 『長』の馬鹿!と半ば胸中で叫べば馬鹿なのは間違いなくあなただぞ、という辛辣な言葉が文字に浮かんだ。

 それに私は一度もあの方に意図的な害はなしていないと告げられて困惑する。

 下、と問われてみれば、黒い籠の中に俺と同じように閉じ込められる、『黒い腕』。

 

『二度は許さぬと息を巻いていた』

「いや、安易に首飾りを解いた俺が悪いし」

『だが私も二度は許さぬ。』

「え、ええ、長、そんな性格してたっけ。」

 

 俺の足元から、ブラッグドッグとは別の無数の黒い腕が目玉を吸盤のように宿して俺の背中から棘を伸ばしていた。

 

 『長』曰く、ジャツ殿が『それ』に食われそうになっていたので、浸食されていた足を切り離したと。なるほど。治療前提のテストならば、それに汚染されたら概念浸食を起こすので、と云われて貌がひきつる。模範したの?。全容を把握したジャツ殿が緑杖を支えに呆れて俺を見た。

 

「オブスサーバー君、君、いつでも僕を殺せただろ」

「むりです。」

「なんなんだ、いや、まず、それなんだ」

「俺も解らない。」

 

 双方血が足らなすぎる。概念の毒が空間に張り巡らされている為に、俺は再置換が使えない。成したら内側から自壊、崩壊を成す悪辣極まりないナノロボットが散布されている為に。もう対策されてらぁ。『長』にウィナフレッドを呼んできてもらおうとするが、焦ったようなジャツ殿が嫌がる気配に中断する。呆れた様に『長』が空間のナノロボットをどっかに祓ってくれた。

 何か残っていたか、と倉庫をあされば、支給品の回復薬。

 無いよりましだろ、とジャツ殿の方へ投げれば、臨戦態勢、ずっと血だらけの断面図を床に足を支えていたジャツ殿が反射的に弾く。毒じゃねーよ。うっかり弾いたと云わんばかりに俺を見るな。

 

「諸刃の剣が過ぎないか」

「なりふり構っていられない、僕は別の器があるから死なないし」

「あなたのそれ生体だろ、大切にしろよ」

「そっくりそのまま返したいところだけど、害したのは僕の方が先だから、……きみ、まっじでちぐはぐが過ぎるぞ!何度言わせる気だ!」

「あーもう、ウィナフレッドさんにも云われたってば。……『長』、俺以外なら治せるよな、骨組み抉ったの返して。存在ごと切り取ったでしょ、ジャツ殿いいから止血しろ間に合わなくなるぞ」

 

 長、頼むよ。いやいやじゃないんだよ。ジャツ殿も惚けた表情してないで早く止血して。敵意も好意もないためか、霧散していく緊張と共に、黒い腕と棘が影の中へゆっくりと戻っていく。俺が回路を開いたせいで露骨に増したジャツ殿の敵意に反応したようだった。仕方ないので血の陣で刹那の『点間門』を広げて首飾りを手に取り、念のため移動していた『倉庫の腕輪』の器復元用の『器構薬』をジャツ殿に投げ、俺の方は残っていた『浄化の魔石』を影の中に運んだ。白い糸が俺を一度撫でて戻っていく。その際、開いた傷口から黒い霧が抜けて、影の中に閉じ込められた。『長』が『倉庫の腕輪』から百単位で回復薬を取り出してくる。使わないと駄目?。駄目ですか。

 『長』の糸の影と共に同時並行治療を受けた。片手で回復薬を開けて止血をすると、『長』が咥えてきたオーバーコートの上着と共に首飾りを首にかける。二度と外すのやめよ。同じ意見なのか『長』にも厳命されている始末。はい。

 

 でもこれ取らないと即殺す気まんまんだったしなぁ、と言い訳を述べればジャツ殿に『長』が目を細めている。攻撃するなよ、と慌ててジャツ殿を見れば半信半疑で『器構薬』を使っている。解析を終えたらしい。

 

「何故点間を成さなかった?」

「ここ以外で使ったら捕捉されるじゃん、出した瞬間ジャツ殿外側に応援を求めそうだったし、最悪工房ごと爆破したでしょ」

「きみのその子がいたら絶対に成さなかったけど、まあ、うん」

「ジャツ殿ウィナフレッドさんのご友人でしょ、流石に恩人のご友人に失礼なことはできないし。」

「なぁ、君の倫理観可笑しくないか?」

 

 ぶっちゃけ首飾り外さないと軍に連れていかれそうだったし、その場合『長』呼んで次元移動するしかないし。

 基本、この国での許可が下りた場所以外、次元間での移動が成せない為、必然冥界行き。さすがにそれはな、というわけで防衛手段である。次元間の捕捉網は緊急事態だったのか、あの大討伐時は術式が外されてたし、防衛機構が万全だったために、結界の維持を考えずに別の位相世界にも簡単に飛べたのだ。だが、今の俺は残機ないから対処できないので必然切り札が絞られる。……その、騎士殿が温情を掛ける理由が微粒子レベルで何一つ存在しなかったので、万が一にも移動は無理だった。騎士殿、マジで線引きが厳しいので『外』へ巡らせるまで抹殺されてしまう。

 ジャツ殿の足を見れば、『器構薬』でも復元できてない。どれだけ情報対価を有してるんだこの人。

 

 『長』、ともう一度懇願すると、『長』が仕方なく隠していた足のパーツを戻してくれた。これを分解して再構築すれば元に戻る。浄化成されてるし、一度エーテルから外れてるために、俺の分解作用も効く。オギナギの式どうかいたっけ。基本銀杖頼りだったから一からかけない。あれ一重に見せて、三桁の式が歯車みたいに重なり合ってるシャドーボックスみたいなもんでさ、物理的にも矛盾してて刻むのも至難の技なのだ。もう転写でいいや。媒体たる相応の品が唯一、ブラックチケットしか紙面をもってなかったので、それの上に極微小に文字を穿っていく。このチケットも物理的に矛盾してて亜空間化してるから刻めると思ってたんだよな。よっしいけた。

 ジャツ殿が無言で思案しながら俺の動作を見守っている。『長』が背後から何かすれば殺そうとしている為だろうけど、温情を受け賜わったようである。

 詠唱、魔力を『長』から借りる。これで俺が抑えたのと、長が飛び出したのを貸し借りナシとする代わりに通してもらって、一工程で指を魔方陣へなぞった。ほら元通り。さっすが俺。素晴らしい手際。『長』を即座に影の中に返還すると危機感の無さを文字で飛ばされたがこれ以上は支障が出るから駄目です。ありがとうございました。

 

「……、どうした?」

「……いや、考えたくない可能性を有してしまって、君の危機感の無さにあきれてる」

 

 ジャツ殿に調子を確かめれば、混乱した様子で普通に首を絞められた。さては戦闘民族だな?。それでも律儀に回答してもらえたので腕はなまってないと胸を張れば、身長差から足が浮く。でも温情なのかもう片方の手で腰を支えられている。やだ、これが巷の壁ドンかしら。

 

「なぁ、君、脳に損傷負ってる?」

「二つの意味に聞こえるんだが、物理的には現在進行形で損傷中だぞ。ジャツ殿にもされたし」

 

 長いため息と共に首を親指でなぞられる。回路が閉じることはないのでそのままにしておくと在りえないと顔をしかめたジャツ殿が俺をにらむ。

 

「ほんとにほんとに、ウィナフレッドを取り込みに来た諜報員とかじゃなくてか?、偶然ウィナフレッドの院の傍に降りたっていうのか?」

「死に掛けだったんで、そういった情報いってないの?」

「あれだけ活躍を成したら偽装だと思うだろ普通!それなのに、一度も君から偽りの波長が出てなくて、僕の腕が鈍ったのかと錯覚すらするんだけどな!」

「あー……、理解した。ジャツ殿、サイボーグお爺ちゃんになにか託されてたでしょ」

 

 物事の分析ができるのになぜ警戒を解くと逆に諭される。今軍を呼ばれても俺が困るし。話が通る相手がいるうちにウィナフレッドさんの保護を願いたいと告げれば呻かれる。

 どの段階までと問われて、俺が消えても最低限の尊厳と自由を約束してもらえるようにと告げれば、ジャツ殿が瞼を閉じた。

 本当に君に敵意はないな、と判断されて、ジャツ殿に残っていた敵対用の観察の色が消えた。二度も殺してしまったと謝られるが、俺そういった思い切り嫌いじゃないよ。バラガラの術士達を思い出すから。でも二度としないでほしい。

 

「ジャツ殿、最初から領域内の『概念の毒』で無力化すればよかったんじゃないの?」

「そうするとすぐに軍に運ばないと死に至る。情報を探る前に拘束される可能性が高かった。……ゆえに、解呪が成されている場合、問答無用で傍にいる者を殺せといわれていたんだが……、事情がありそうだな、と今判断を成した」

「あのさ、そこまで温厚な性質なら、……俺が言ってもなんだけど、手段を講じるなら、なんで最初に対話を求めなかったの?」

「君な、他国にも属していない流浪の魔術師なんて地雷源どころか大厄災、怪異そのものだぞ?、しかも概念浸食を受けてる役満付で?あの警戒心の塊のウィナフレッドが本名を呼ばせるなんて、よっぽどだと判断した。いいかオブスサーバー君、君ウィナフレッドの名前を呼ぶ許可何て両手の指を揃えても余るんだぞ。」

「え、そんなに?、あんなお人好しが?」

「君が本気で国の条約とニハイの絶対を知らないのは理解した。そして、君がトラブルメーカーだというのも。」

 

 的確に刺されてぐうの音もでないわ。

 一先ず降ろされてジャツ殿が立ち上がったままガシガシと自身の頭を混ぜている。ウィナフレッドが秘匿を選ぶ患者で、あまつさえ懐く、と急に言葉をこぼし始めては俺を見下している。

 うわ、制限ができない、とジャツ殿が顔を引きつらせて、相互の作用について問われる。保有する術式相互で引っ張れると述べれば、ジャツ殿が両手で顔を覆った。

 

「いや、変だと思ったんだ、だけどモンヴトーロ殿と連絡が取れない今、そういった可能性が有るとふんで、案の定隠し玉持っているし、駄目だ暗号化しても思考が垂れ流しになる。なんだこれ!?」

「気の毒ついでに一つお返しに聞いていいか?、やったー!なあ!俺の肩の残滓ってまだ残ってる!?」

「この状況でそれを聞くのか君!?、いや、……開いたままのこってたわずかな残滓は、君が抑え込んだ黒い腕が持って行ったからもうない。」

「あー細胞に残った残滓が浄化の膜でラッピングされたまま残ってたのか。だから開く必要があったと、あなた本当に温厚だな。さっきの本気も脅しと尋問を兼ねて、俺を一度殺して復活させる気だったろ」

 

 無言でため息と共に俺の頭を混ぜないで。

 

「なあなあ、そんな一細胞片で治癒が遅くなるものか?、子供より直りが遅かったんだけど」

「……それが、広がらないようにキャシパティを割いていたんじゃないかい?、それこそ、砂の一粒程でも人を死に至らしめるには十分の呪いだったから。……本気で君、ここがどこだか解ってない?」

「ジャツさん軍人かなにか?」

「軍用の防止専門術士なのはこの店の看板を視たらわかると思ってたんだけど、本当に、知らなかったみたいだね……」

 

 あまりにも武装解除がすんなりといくから、広範囲の殲滅型なのかなと思って警戒してたんだけど、とジャツ殿。時限式の位相空間は結界がいじられると連鎖的に崩壊の危険がある。例えば僕らの工房を軸にして魔方陣を広げられた日にゃ僕この工房破棄しないと駄目だし、と疲れた様に述べられて納得する。

 あー、なるほど。外にいる騎士殿がまさにいまそれをしようとしてますわ、と返した。『長』、騎士殿に連絡宜しく。緊急要請は仕方ない。あとで『長』からも話がある?、今は良い。……はい。

 

「主殿、話は日が暮れても続くほどありますが、今にします?」

「後にします。」

「ウィナフレッドさんが『神域』に寝ていたのですが、そちらの方の仕込みですね?」

「ここは僕の工房みたいなものだからね、加護があっても、疲れて居たら部屋の香りでちょちょいと寝れる。あの部屋は国を跨いだ複数の門が繋がってるから、それが目的でウィナフレッドもここに来たんだろうし。予想外に魂魄が疲弊してたから、逃げてきたのかと思ったんだけど……」

「ほら騎士殿、やっぱり精神的な疲れがとれてるわけないんだよ」

「なぁランテッド殿、君の主人は危機感がないとよく言われないか?」

「お察しの通りですがそろそろ開放して頂けると、私もこの一帯を更地にせずに済むんですが。」

 

 すごい速さで丁寧に騎士殿に引き渡された。騎士殿が治癒をふるってくれる。念入りに心臓の傷口の中央を指で撫でては顔をしかめている。刺しました?、刺しました、とジャツ殿が観念して白旗を掲げると、無言で俺を持ち上げる。抱え込まれて首裏から手を当てられて、ぐわっと一気に魔力を流された。痛い痛い、ちょ、静電気が渦を巻いてると叫べば中に残ってる別の概念の毒を取ってるんですよ、と騎士殿。強めに背中を叩かれて胸の中央から飛び出てきた白金色の小さな箱を騎士殿が手に取ると、『血』、と促されて指を切っては纏わせていく。

 置換を成して俺ではなく騎士殿の右手に吸い込まれると、座った目でジャツ殿を観察する騎士殿。怖い。

 

「軍を呼ばないでいただけた温情に免じて、私の方もこれで不問としましょう。」

「割かし今僕の危機だった?」

「多分抹殺されるか否かの瀬戸際だった」

「いやー、怖すぎるな君の騎士殿!」

 

 霊気の理が心臓に集まるのを感じる。騎士殿が秘匿を掛けて内側に封じている為に白焔しか起こっていない。うわ、内側の回路の形成に残機五回も使いやがった。ビリビリじんじんと痛む心臓のまま涙目で睨めば、今常人の百倍傷の直りが遅いんですからね、と念を入れて騎士殿の目がマジで叱られる。すんません。

 

「今読んだならわかるとおもうけど、僕自身に敵意はもう無いよ。これは依頼だから実行したまでだ。たとえ君に殺されても。でも、ちょっと無差別が過ぎるから、周りの人間だけは勘弁してくれると助かるんだが。工房内では無抵抗を誓うから、その、天の流星解いてくれない?」

「……ロウバチという種族は今も昔も変わりませんね、主殿」

「身内に甘く他に排他的なんだよなぁ。騎士殿悪かったよ、機嫌直してよ、ほら、種族特性はわかってたけど、ほら、二百年もたてばいけるかなってチャレンジ精神が沸いちゃったからさ」

「なぜそこで踏みとどまった検討をしないんですか。あなたが『長』を抑えた影響で二度も危機に間に合わなかったんですよ。反省なさい。」

 

 とりあえず塞がった両肩の傷に包帯をされる。騎士殿の残機を五回使っても、骨をつなぐのみ。ズタズタにされた回路は治らなかった。右腕ももしかしてギブス?、やだー!

 

「……現状、どのような理力も魔力も唯一の例外を除き、今のあなたには効かないのだと理解してください。あなたウィナフレッドさんがいるから生きているようなものなのですからね?、……いいか、三度目は許さないからな。」

「わーるーかったよー、大丈夫本気で死にそうだったらジャツ殿冥界に落としてたから」

 

 地を這うような声に冷や汗と共に是を返せば、反応をしたジャツ殿が蒼白になって首を真横に振った。騎士殿槍を消してください。

 

「え、本当に僕、問答無用で冥界に落とされるところだったの?」

「はい。」

「あんだけ動揺しなかったのに冥界にはそんなドン引きするんだなジャツ殿。当たり前なの?」

「うん。当たり前です。だから冥界云々の気持ち、僕にもわかるよ、ヒヨリ。」

 

 二人して振り返れば、騎士殿が『姿隠し』を終えた開いた扉の前に笑顔のウィナフレッドサンが立っていた。

 

 

 

 あの後大変だった。ウィナフレッドは言葉の制限がないから、此方が見ていて気の毒になるほど、そう理詰めでジャツ殿を論破していた。

 

「ウィ、ウィナフレッド、僕らまだ友達だよね?」

「僕の友達はいちいち関係を確認してくるような人じゃないのは確かだね。」

「オブスサーバー君!」

「俺に振るなよ!」

 

 依頼だからといって親友と決別するってわかってたら絶対やらなかった、と気弱なジャツ殿が弱っても、ウィナフレッドは折れなかった。

 力関係というか、決定的な要素が見えた気がするが気のせいだ。気のせいですよ、と一瞬……うぃ、……ウィナフレッドサンの瞳がこちらを諭すように向いたが、これは、俺の読みの甘さだろうか。?、無言で瞼を伏せて一度うなずいたので、気のせいじゃないらしい。いや気のせい?、誤解を進める理由もないので、とウィナフレッドさんが無言で俺を招き寄せる。視線で。無言でよれば、ヒヨリさん、と強めのため息とともに語気に強い思いが込められているバトンタッチがじゃつどのに渡されると、恐る恐るじゃつどのがこちらを見た。見下ろされて見上げれば、両手を結ばれている、いつの間に、と、返す間もなく、ウィナフレッドさんがこういうことなので、とジャツ殿を見上げている。

 ……関係性の豊富さ?、たくさんあるんですが。何、?、無言でウィナフレッドさんが俺の方を見るので、何とも言えない表情で会話を無言のうちに終えたジャツ殿が、なぜか俺を見ずに、しかし見た後、天井を見上げている。騎士殿と同じタイミングで、双方ため息をつきたがっているが、失礼が度を超すのでと、面を覆って控えているようだった。なんとなし、俺が失言をした様子(声には出ていないのに)を悟られたのはわかった。

 

 殺した理由と死んだ理由と甘すぎる理由と寝てしまった落ち度を謝られて、無言で首を横に振れば、ジャツ殿が苦虫を嚙み潰したようにウィナフレッドさんを見つめた。僕、本気です。と告げられれば、ジャツ殿が無言で俺を見る。

 何を告げているのかはわからないが、場を整理、主導なされるのだな、と、意外ではある。

 

 残滓の結果、と渡された、書物のような青い焔が渦巻く平面のバインダー。片手で持てるその品は、自分の回復は自分で記録したまえ、という言葉とともに、治療費の代り、前払いの手付金として称された。なぜそこまでするのかと問えば、無言でそっと包帯に似た生地でバインダーのカバーまでくれる始末。どうした急に。

 

「僕もウィナフレッドも忙しいし、年に数回会えるかどうかなんだよ!?嫌われたらおしまいじゃないか!」

「……?、いや、人の好き嫌いが簡単に覆るかどうかは知らんが、そんなこといったら俺は何度もウィナフレッドさんを泣かせてるし、なんで急に演技が勝ってんの」

「君に本音をつぶやきたくない」

「俺だってそうだよ」

 

 寝かせた仕込み、かなり危険な賭けだったらしい。とりあえず、俺の異様な怪我の要因を外した後、軍に問答無用で運ぼうとしていたらしい。ウィナフレッドさん、疲労度がすごいもんね。わかる。そんな折、奇跡掛かったる流れで、双方目論見が外れた上、やはり殺意が上回った。と、いうことらしい。よくわからん。

 

 バインダーの使い方を教えてもらって、属性の部分を見られた。がやっぱり風じゃなくて、不明になってる。俺の質変わった?、と問えば、変わってないとのこと、自身の属性を調べたことは普通にある?、ありますけど、まり口外しないほうがいい?、そうですか。風といえばなぁ、と、空間の余波を見れば、移相世界の流れが見える。

 

「どういうことだオブスサーバーァ!」

「やめろ、片手でアイアンクローは止めろ!」

「『ウェバナポーラン』」

 

 そんな幻覚がよぎった後、ありえませんねという騎士殿の声で手で目を遮られるがごとく、視界を埋められて、空間が、湯気のように歪んで霧の如く霧散した。幻覚が消える。喉鳴らしたぞ、ジャツ殿が、とみれば、無言で視線を外している。移相世界の分散と、本線染みた構築の螺旋が、直角を形成した一本の図形の様な罫線を作ると、瞬く合間だったが、文字に変換された後、瓦解して、空間を揺らすだけで波紋が消える。命令条文が消えた証拠だった。エラーが赤い文字で現れた後、ゆっくりと、インキを垂らすのとは逆さになるように、ゆっくりと、焦がした熱変化のように、色が消えて、無色に戻る。エラーが起きた履歴すら消えたが、消失された後はないために、記録庫の中に一連の解析が残っているのを確認できた。そうして、俺も騎士殿の腕に抱え込まれている。俺を着地させる騎士殿が、無言で寒い空気を肺から押し出していた。

 

 すとんと着地した足の衝撃とともに、頭を左右に振って振り返れば、いつの間にか壁際に追い込まれてるジャツ殿。騎士殿が壁ドンの理想像を行っている。背中には激怒であるが。騎士殿の隣に、いつの間にか、こちらに背中を向けているウィナフレッドサンである。顔は見えない。何度も言ったじゃないですか、というウィナフレッドさんの言葉とともに、ジャツ殿が無言で蒼白になっている。幼児を纏っていようと、大人ってものは警戒をしないといけないと諭したのは誰だったんですか、と淡々理詰めされては、ジャツ殿、が、ジャツ殿……涙目じゃねーか!

 身命の宣誓で縛られる前に、先に俺が名乗れば、騎士殿が笑顔で俺へ威嚇をかます。あ、あぶねー!

 ダメだって、と遮るように腕を伸ばせば、無言で騎士殿とウィナフレッドさんが俺を見る。ダメだってば。感動した様子で俺を厚く見つめないでジャツ殿。 

 

「待て、今秒で忘れるから大丈夫だジャツ殿」

「『ジャツ・レキンダシハ・ヒヨレ・ウェバナポーラン』がヒヨリの本名だね。」

「なんで俺に、正式言うんだ!?ウィナフレッド!」

 

 騎士殿、ウィナフレッドさんを巻き込むのやめてください。笑ってないで助けてくださいよ。半笑いであるが、含むところ楽しそうなので、この騎士殿素である。面白みがある世界でよかった。ね。ダメだと威嚇をすれば、無言で俺を見つめるウィナフレッドさんである。笑顔でにっこりと微笑みをいただきまして、首に腕を伸ばされる錯覚を受けて屈みこめば、無言で額と額を押し当てられた。挨拶?、違う?、そうですか。僕だって、と告げられて、バインダーを借り受ける許可を取られて是を返せば、エラー音。壊さないでくれないか!?、とジャツ殿が悲鳴を上げていることから、普通にシャレにならない処理落ちみたいだった。データを移行するわけではないが、完全に、ウィナフレッドさんが、魔力を開示している。星ってエラーが起きるの?、と騎士殿に問えば、観察の色を返事して、は、ウィナフレッドさんが行った出来事を見つめている。情報量は、軽く五千桁を超えたらしい。そりゃ処理落ちするわ。ジャツ殿が悲劇ぶった演劇を成せば、ウィナフレッドさんが仁王立ちである。堂々たるいでたちであった。

 

「依頼だとしても、僕だって家族に手を出されたら怒るにきまってるでしょ」

「いぇ、え、まった、予想外なんだけど、君と俺、すでに家族のくくりなのか?」

「一蓮托生って意味なら。そうだね。……家族でしょ。ガゼットさん。往く宛てないのなら、僕の家が我が家みたいなものじゃん。」

 

 どうすんだよジャツ殿、俺こんな告白染みた状況も初めてだぞ。事態を呑み込めない俺を置いて、ジャツ殿が本気を理解したとたん、ウィナフレッドサンの目がまじで怒ってるじゃん。いってることがめちゃくちゃなのに。あの騎士殿が是正をしない。身内扱いは、騎士殿が何も言わずに微笑みを浮かべているから、おそらく、誠実な回答だったのだろう。と、解析をした俺は何も言えず。ウィナフレッドサンの危機感を本能的に危うく思う。大丈夫かこの人。俺の本心は心底複雑だが。うれしいという感情が出ず、危機を察知したのは久方ぶり。ウィナフレッドさんとしての印象としてあろうとしているのか、と三者三様、紛れて俺も見つめれば、ウィナフレッドさんがちょいと、俺の視線で誘導されてくれる。むろん、彼女は激怒した。が。俺を見つめると、無言で両手を取ってくる。冷静に沈着しているが、引っかかりの引っ張りを理解して、自身でもう防衛装置を組んでいる。あー、もうだめかもしれない。俺のジャミングですら、歯が立たないときが来るとは。悲しげに見れば、無言で若干の防衛装置の緩和が見られる。やったー。

 

 合間を挟もうとしたジャツ殿が口を閉ざしている。一瞥の視線の中に、本気の激怒に業火を垣間見たからだ。黒い閃光の如く、炎が潜行のように走る錯覚を受けて、空間の定義がおかしいことに気づくほど。移相世界だからだろうか、と解析を掛けたいのだが、ジャツ殿の防士としての判断がかたくなに、片手間に、本気で博士のように、指一本で俺の行動をけん制している。ウィナフレッドさんですら手が出ない御仁ってことだもんね。やだー。まぁ、騎士殿が真っ先に殺すことを選ぶのだから、こうなることは目に見えていた。時間を置いたら、騎士殿が対策されるのはわかっていたのだから。俺が甘すぎた。目論見、すでに調理完了済み。恩義がなければ、殺されているのは俺の方だ。工房に入る時、俺が異邦人なのはわかっていたはずだから。分かっていた結末でしょうと、騎士殿があきらめかけている。そこは頑張ってくれよ騎士殿。どう考えても軍に通報される案件。じゃないとこの人殺されちゃう。無言で二人して空白の間のように、白旗を掲げることしかできない。ウィナフレッドさんのご友人を奪うことは絶対にしない。と、誓ってみれば、霧散していく怒気の消化の如く、なんともいえない侘しさで背中で哀愁を騙って呉れるウィナフレッドさんである。が、頑張って!ウィナフレッドさん。視線も飛ばず、無言で右手で目を覆っているウィナフレッドさんを、面白そうに、……俺も追加で交えて見ては、騎士殿を一瞥して、あきれる様子を取り繕ってくれる。ジャツ殿、本音、優しすぎてため息が出そう。優しいこの人。さて、わが友人ウィナフレッドはどっちをとってくれるのかな、という、非道極まりない発言をもって、ウィナフレッドさんの論舌が幕を開けた。軍の情報部に直談判、始まりました。俺と騎士殿の怪異認定。結果は、連絡を幹部に伝えるようにとのこと。情報は、当然、ジャツ殿が情報部の長なので、幹部はきちんとうなずいた。まだいるの?、やだー。

 

「……ウィナフレッド。」

「僕が一番嫌いなこと、ヒヨリさんが一番知ってるのに。どうして先走ったんですか。」

「う」

「誰も知らない間に死んで責任とるなんて、僕が喜ぶと思ったの?」

「その」

「ガゼットさんもだよ。」

「俺も!?」

「皆、皆、皆さ!」

 

「どうして皆、僕を連れていってくれないの!教えてくれない!連れてかない!、なんで一緒に手伝っちゃダメなのさ!」

 

 それは、と

 飛び火と、会話の切断のやり取り。にわかに灯った憤怒と激高。本気の烈火に俺がうろたえた瞬間、暴発が抑えきれなくなったウィナフレッドさんが、記憶の祖後に気づいたとたん。決定的に悲しそうに俺を見た。そうして悔しそうにつくろった本気の悲しみを霧散させるように、未練を叫びながら、その両目には涙を出すまいと固く目をつむろうとして。誰かに邪魔をされている……。

 ぼろぼろと大粒の涙で泣き始めたので、涙をごまかせなかったウィナフレッドさんが弾ける様に腕で面を覆おうとすれば、ジャツ殿の腕がそれをけん制した。抗議をされたジャツ殿の狼狽具合はすさまじかったが、立ち上がったまま、ジャツ殿がウィナフレッドサンの前で片膝をつくと、ウィナフレッドサンがジャツ殿の右手を掴む。

 

 無言の攻防。口を開く前に、ジャツ殿の影が降る。被うように両腕に閉じ込められたウィナフレッドさんがそのまま、なすがまま。しばらくして、言葉を探す様子のジャツ殿に、両手を伸ばして、ジャツ殿の右手と共にその首をも包み込む。ジャツ殿の右手がウィナフレッドさんの頬に移動をすると、ウィナフレッドさんはそのまま、ジャツ殿の右手を受け入れた。やさしい熱に顔に、頬にと、降る手順を顎の前にとどめ、ウィナフレッドさんも、右手に押し当てて、すり寄っている。切ないなぁ。

 

 固まる、ジャツ殿が此方に助けを求めるが。俺も何も言えず内心はうろたえたまま。とりあえず、左手で肩を抱いたら、どうだろう、と目配せを送ると、ジャツ殿がぎこちなく、ウィナフレッドサンの肩へ腕を回した。すると、ウィナフレッドサンはジャツ殿の胸に飛び込んで。痛そうな悲鳴が上がる。固く抱き寄せられているだけの風に見えるのだが。……。え、何。俺?、名前?、ジャツ殿にも知らせちゃダメなの?、俺の名前が禁忌とは不可思議な、あ、はい。と、よぎれば、

 

 いつの間にかジャツ殿が背後に居て、俺の真上に影を落としている。名の交換、と、いわれて、宣誓の音色。鈴の代わりに、音の風が響いたのは初めてだ。空間に刻んだから、嘘はつけない、と告げられて、何とも言えない俺の表情を見ては、ようやく安堵の色を浮かべている。お、大人ーーーーだーーー、!。

 腕を引かれて、見上げた態勢で寄せられたまま、ウィナフレッドさんに抱き寄せられた。

 

「――」

「――。」

 

 首を覆われて、頭を覆われる。胸に抱かれる俺は片膝をつくような状態になるが、いつの間にかジャツ殿が扉付近に用意をした普段用に設置されている中型人類向けの椅子に着地させられていた。座標ごと移動をさせられている、と気づいた時にはすでに、姿見隠しの要領で、隠されていた品を広げられては、招来した品ではないことを告げられる毛布が上空に落ちてきていた。中、見上げる先、先の憤怒は消えぬまま、しかし視線があった瞬間、影の合間に輪郭の線がともに布の中に完全に消えては、触れる手の先、感触に気づいたのが後になる、首にしびれが先走った。毛布が覆われた真下の、一瞬の合間の出来事。

 

「どうして皆、僕を連れて、いってくれなかったのか、解った」

「……ウィナフレッド、?。」

 

 知らない間に大事な人がいなくなるのは、嫌なんだよ、と蚊の鳴くような声でウィナフレッドさんが呟いては、静かになる。あまりにも静かなので、動けない中のまま、毛布をめくったジャツ殿がおそるおそる、俺への無言の念輪を送っては、俺と共に、俺の胸の中を見る。眠っている、と指摘されて、俺に凭れたまま不本意に寝落ちしてしまったウィナフレッドさんを、無言の許可をめくる合間に出したジャツ殿の視線を受けて、浮かべられた後、ようやく俺は、ウィナフレッドさんの方を見た。憐れみを超えた悲痛そうな色を超えた観察の視線に無言を貫く。首がしびれて、動けないのである。両手で毛布に手を伸ばすような体制のまま、上半身が伸びた様子で椅子に沈み込んでいる俺の上、ウィナフレッドさんが眠っている。

 

「寝てる……?」

「本当に寝てるな。」

 

 ブラッグドッグがいつの間にか口にくわえていた香の棒きれのせい。文字が浮かび、迂闊な話と、事実の話を二択提示されて、どちらも後程聞く旨を伝えれば、ジャツ殿が腕の中で寝落ちしてしまったウィナフレッドサンをそっと静かに抱き上げた。

 左手に持っていたバインダーが音を鳴らした。風の属性に開示されていたはずの、処理落ちしていたバインダーが再度、俺の情報の解析を終えている。ともに見れば、なんと、先の不明の質が、現時、現状の結果、解析の更新で書き換わっていた。星の色。……。両者三者ともに願われた末を見上げた。天井が高いところだ。星は見えない。

 

「あの疲労でどうやって起きたんだ?」

「無理やりです。私が声をかけてすぐに、ウィナフレッドさんは目覚ましを掛けて起き上がってきました。」

「目覚まし?」

「治癒士の一番最初に覚える魔術さ。……そうか、ウィナフレッド魔力が使えるようになったのか。理力が空っぽだったけど、盲点だったな」

「とりあえず、互いにカードの交換をしたいんだが、……今更ながら、ジャツ殿はウィナフレッドの敵ではないんだよな?」

「ウィナフレッドのためなら世界の敵に回れるとも!」

「オーケー敵の敵は味方ってことにしよう。」

 

 依頼はもうないかな、と尋ねれば、あれが四年越し最後の依頼だったさ、とジャツ殿が苦く笑った。

 

 

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