銀杖の担い手 群青 小さな群青/灰の先と終円 縁/緑色   作:海に流れるアリ

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一章 (4)鐘六回

 

 南部噴水区域に防壁が立ち並んでいる。

 サマル地区と呼ばれる南の警備兵は即座に召集が掛かり、天の空模様が一変して黒い網目に覆われたのをその目で確認した。

 各居住区には封印と緊急避難経路への道が開き、市街地の観光施設は防波堤の光の壁が出来た。

 民間人と軍人が入れ替わり、都市に敷かれた特殊な構造によって、中身の人員がそっくり入れ替わる。これを時軸座標の転移(シフト)と云う。

 

 俺達は院の玄関から飛んで関所に来ていた。

 案の定ごった返した三番関所の中には、冒険者や傭兵がうろうろしている。ウルクフ女史が一瞥しては俺の手を固く結んでは前に進む。嫌そうな気配を隠しもしないのは、外でなっている警報音の為か。否か。

 

「なんでこんなに魔物がわいている」

「警戒音は一の水準だったよな」

「サマルの兵士達は?」

「各所の施設へ防衛に行ってる、一般人が逃げ出したら手に負えない」

 

 ウルクフ女史と一緒にロビーに回り込むと、関所の兵士の一人に声をかけて裏手に回された。重篤患者だが冒険者だという説明を成された俺はそのまま一緒に奥の扉の中へ。

 広い通路に出て、表側と打って変わり静けさが満ちている。数人の軍人が広い通路の至る所に設置された扉から現れた。ウルクフ女史を見つけて声を掛けようとするが、すぐに俺を看破すると挙動を固めてはウルクフ女史に追い抜かれていく。

 院の内部には至る所に点間門がある。それは関所の『表通り』の玄関にも設置してあった。院から関所、関所の玄関から都市の要所の入り口前に飛べる仕組みらしい。裏道から行く場所は門の内部に直接飛ぶ。手を引かれるがまま三番関所から国の中央たる『中央管理所』へ飛ぶと、一斉にざわめきが静まった。手続きをしていた門の外側の者たちも俺たちを見ている。

 

「俺こんな簡単に看破されるの初めてだ」

「なんで嬉しそうなんですか。」

「練度が高い術士が揃っているようで素晴らしいなと思ってな!」

 

 そのまま数歩。中央管理所の玄関から広い内部を歩くに至り道中視線がすごかった。声をかけられてはいないが、ウルクフ女史に手を引かれている俺も見えているらしい。

 知らない冒険者や傭兵が口をぽかんと開けていたのが不思議だったが、ウルクフ女史が気にした様子が無かったので俺も何も返さなかった。でも憲兵に引っ立てられる気持ちがちょっとわかった。

 

 通された会議室の中、二十人ほどの軍人がこぞってウルクフ女史を視たが、直ぐに会議に戻った。ウルクフ女史はというと、中央の円卓から離れた場所に置かれた窓際のソファーに俺を招くと装備の確認をしてくる。部屋の内部に慌しく何十人も軍人が出入りしているが、この席は不可視なのか誰も気づいてはいない。薄い青色の光が『不可視の幕』らしい。球状に張り巡らされているから、この領域の中に入らないと円卓の人たち以外は視えないようだった。そのためか、時々円卓の方から窺うような視線を受けて会釈を返せば、咳払いをして視線を外される。

 軍服だという正装に身を包んだウルクフ女史は堂々としている。対して俺は旅人型の専用装備であるが、係員に渡された腕輪を右腕にしていた。ウルクフ女史から腕輪の内部機構を解説されていると、五分ほどして慌しい周囲の人混みの中から一人の特中型人類の兵士が現れた。

 ヘイニー治癒士、と呼びかけられて、ウルクフ女史が顔を上げた。特中型人類の兵士は一瞬で服装を変更すると、同一の軍服に身を包んで綺麗な挨拶をした。ヘンリックと名乗った兵士は獣耳が特徴的な二型であろう人型系譜のハーマーリネムである。ウルクフ女史が指をとんとんと机を叩くと、ヘンリックさんは『不可視の幕』を通ると、俺を見つけて耳をぴんと立てた。

 

「……、その方が、院での緊急搬送を受けた患者さんですか?」

「はい。今回の警報を受けて、協力をしたいと。一月前に此方へ路銀を稼ぎに来てました。その後緊急搬送を受けたのですが、戦闘行動はできるのですが、既知がおらず。同行を頼めればと思いまして」

「承知しました。時間がおしてますので、あとは私が引き受けます。」

「ありがとうざいます。宜しくお願い致します。僕も特秘の任務がありまして、ここまでしか連れ添えず申し訳ないですが、その、目を離さないでいただけますと幸いです。行き場所が無いようでしたら院に戻して頂ければ。……ガゼットさん逃げちゃだめだよ」

「俺を何だと思ってるんだ君は。路銀を握りしめて宿ぐらい絶対取ってやるからな」

「こういう人です」

「わかりました。お任せください」

 

 何故か意気投合している。ウルクフ女史に両手を握りしめられては見上げられて念を押された。内部以外でくれっぐれも首飾りからガライム(創成物)の類を出さないようにとのこと。

 俺はヘンリックさんに連れられて西側最奥の人気の少ない廊下の中、一番最奥の青い扉の個室に入ると互いの自己紹介を交わした。

 記憶喪失の旨と共に、現代の軽い確認をされて全部正解すると装備品をここでしていきなさいと言われた。首飾りの倉庫から装備を取り出すと、あらかじめ登録しておいた一覧表を照らし合わせて許可が出される。俺は旅人の一式を纏うと、ガライム(創成物)の『指環』と『魔法の手袋』、そして『理力の弓矢』を装備した。

 

 関所の要請を受けて警備兵達が指示を行っている。

 各所に冒険者を派遣していくのは『ニハイ』の防士たちだった。有志の一般募集の者達は中央に集められている。要請、嘱託の傭兵や術士たちは難関に集められているようだ。

 与えられた銀色の腕輪をスピーカーに各所に指示が通っている。

 

 この銀色の腕輪は『ライト・スピーカー』と呼ばれている。管理塔に情報が届き、現在地と戦場の分布を集計する為の装置だ。

 状況によっては、各所に設置した拡張器から放送をもって指示をする。

 素材は取ったもん勝ち、異界の侵攻度数によっては、浸食領域から内部の生物達を掃討する。

 領域は街が調整しながら押し戻していくらしい。

 結界のゆるい場所から突発的に出現するより、自発的に箇所を定めて、少しずつ空気抜きの容量で減らしていった方が、大群化することがなくて安全なのだとか。

 掃討は一文日(五日)に一度、夕頃から朝方四時まで、時刻になれば、結界を結びなおす為、各所に術士が派遣される。

 渡された腕輪には、緊急脱出の陣が組み込まれており、これによって死者は極端に少ない。

 突発的な浸食で無い限り、重傷者が傷を悪化させて死にかけるか程度だとか。

 治癒の為、回路がつかえないので、今回は旅人型の設計図で遠方から射撃で望む。

 三人から五人一組で有志は纏められ、信号によって管理される討伐数で報酬が支払われる。

 便利な管理機能のお陰で、一層、簡単に冒険者が参加するようになった。大体木っ端みじんにならなければ無償で蘇生させてもらえるおかげだ。

 討伐後は関所から直接腕輪を介して支払われる。腕輪の情報を元に算出賃金が支払われる仕組みのようだ。

 

 円滑な報酬は多大な影響を及ばした。当時報酬が直ぐ支払われるとあって口コミが冒険者を呼び、気が付けばまたたく間に、月に一万人近くの冒険者が集まる街へと変わった。

 死亡した魔物の素材は、回収時間を過ぎれば街の管理となるが、期限内であれば回収は自由だ。だから様々な素材を目当てに来る者もいる。

 

 ここまでは、オフライン時の内部討伐依頼と同じ仕組みだった。

 初対面で組むことも少なくない、一応、一時間かけて編成する程度には采配は行われているから、だいぶ関所自体も進行が慣れている。

 軍が斥候を送って、配置に着くと点間門が一気に開く仕組みだった。零れ落としを軍が拾う仕組みで、全体の被害を押さえているのだとか。

 

 ヘンリックに連れられて外に出ると、数重の視線を一斉に受けた。眼を瞬けば、ヘンリックが前に出て腕を祓う。視線が解散して各自の班に戻っていく。そんなに珍しいのだろうか、とイークスランフについて尋ねれば、ここに来た経緯が異例中の異例だな、とヘンリックが俺の頭を撫でる。そんな若くないですよと告げれば、まぁ、すまないな、と再びまた撫でられる。俺の髪質は魅惑の髪質なのか?

 ヘンリックと戯れていると数分して高い位置から着地した黄色い頭の男が一人。薬煙草を上下に加えながら両手に短剣を構えてあたりを見回しては、ヘンリックを見つけて此方にやって来た。

 班の編成時、そういえばこいつだけは嫌だ、という視線と共に周囲から避けられていた男である。点点と生やす顎髯、黄緑色と橙色の意匠のアロハシャツが特徴的だから覚えていたのだった。

 流れるがまま、何故か一緒に班を組むことになった。自己紹介を交わすと、ゲイザーと名乗った男はにっかりと笑った。

 

「ガゼット、上位陣狙おうぜ、十位まで賞金が出るんだよここ」

「新人に無茶ぶりをするな。くれぐれも足を引っ張るなよゲイザー。それとガゼット君、君は初参加だから絶対に私の目の届かない場所に行かないでくれ。護衛と転送が出来ない。基本点間門も阻害されるから、くれぐれも頼むぞ」

「わ、わかりました、よろしくお願いします。」

 

 彼も何かしらの地位についているらしい。

 ホログラムの地図片手、ヘンリックが各班の番号を指定して配置を促していく傍ら、ルートを示される。俺たちは一番外側、外周を一周する進路で進むらしい。

 他は拠点を防衛するのだが、ヘンリックとゲイザーが組んだ時点で、この進路に決まるらしい。

 ヘンリックもゲイザーも防衛部門の幹部らしい。先ほど気の毒そうに俺を労わってきた熟年冒険者の十族のレッダ君から教わった。彼は三番関所地点の防衛らしい。

 

 上空に鏑矢が鳴る。弓兵の戦士たちが物見櫓から外壁を伝って飛び回っている。

 その横で耳環のリンク型の通信デバイスを片手間に通話しているのはゲイザーであるが、時折弓兵から矢を向けられては別の魔力の追尾矢を返して狙撃している。迎撃前に何じゃれあってんだあの人達。

 外壁を気だるそうにゲイザーが歩く姿はアロハシャツにサンダルという軽装極まりない出で立ちであるが、死角の五連の追尾矢のヤジに即座に迎撃している事から魔法使いというのは法螺ではないらしい。視たことのない術式で観察していると、いつの間にか視界から掻き消えて、背後にゲイザーが現れる。知覚できたのに反応できなかったため、見すぎだぞと背を叩かれた。

 すごいですね、と心から称賛を送れば、照れた様子で俺の名前ぐらい聞いたことがあるだろうと軽口を返されたので否を答えた。挙動が止まる。ゲイザーが恐る恐るヘンリックを見た。ヘンリックが頷く。

 

「え、まて、お前ま~じもんの初心者か!?」

「え、あ、はい。初参加ですが、一応経験者です。」

 

 五年一度もコイツと会ったこととがないぞ、とゲイザーがヘンリックに問えば無言で顔を反らされている。お前まさか秘匿事項かと声を潜めて尋ねられるので曖昧に笑って返せばヘンリックの名前を叫ぶゲイザー。どこの国からやってきたと問われても、どこの国にもいませんでしたとしか。

 

「引っ張ったデータ、どの国の履歴にも記録が無いんだけどよ、未開拓地からやってきたのか?、まさかこの御時世でずっと定住せずに旅人だったのか?」

「まさかと思うが、ガゼット君、君一人旅か?」

「是。あー、一応連れ添いが居たので、厳密には今回は一人旅です」

「だよなぁ。」

 

 一瞬で俺とゲイザーを閉じ込める影の糸でできた『黒繭』が足元から展開した。真黒な視界の中、灯る黄色い光が蠟燭の火の様に照らしている。

 ゲイザーに真剣にどの大陸から渡ってきた、と問われたので第七大陸と答えると、真剣に見つめられた後、所在地を尋ねられる。オルトマギアのクヘンと答えれば、『黒繭』が解ける。

 

「……ヘンリック、こいつの経歴訊いたか?」

「私の心の安寧のために聞いてない」

「お前俺様売ったな!?」

「ガゼット君は聴かない限り答えない性質のようなので、聞いたお前が浅はかだゲイザー」

「ああ、くそ面倒なことに巻き込みやがって!」

「答えた方が良いですか?」

「いや、今の私は仕事を優先したいので聞かない限り答えないでくれ。ことが終わったら幾らでも聞く。ゲイザー、ちなみにガゼット君はヘイニー治癒士の患者さんだ。」

「それを早くいえ!」

 

 ゲイザーがなおも口を開こうとすると、ヘンリックがヘイニー治癒士からの直接の推薦だと告げた。

 目をまん丸くしたゲイザーが、お前あの嬢ちゃんを認めさせたのかと慄いている。白兵戦で認めさせたと返せば、ドン引きした様子でお前初見殺しだな、と呟かれた。同じ言葉を返されて俺は困惑する始末である。

 とはいえ不法入国だとまずいというわけで、急遽ゲイザーが情報の確認を始めた。

 問い合わせの後、ヘンリック経由でやってきた情報媒体通称『黒の角砂糖』を受け取ったゲイザーが、銀色の腕輪の溝に当てると、固形物が液体に変わる様にぐにゃぐにゃになっては溝に嵌った。

 軌道をすると溝に嵌った『黒の角砂糖』が一瞬で光子化しては、光の糸を情報に変換する。光の糸玉がピンボールほど膨れ上がると、弾けて消えては、渦巻く文字式のデータが銀色の腕輪に読み取られていく。ものの数秒で置換が終わると、ゲイザーの銀色の腕輪のホログラムには俺のカルテとホログラムの簡易な情報が腕輪の上に表示されている。

 三人して見守る中、ヘンリックがホログラムの水晶盤を叩く。一月ほど前のファイルを開くと、病人の証明記録と自身の名前を見つけた。カルテには、主治医の欄にウルクフ・ヘイニーという署名があった。

 なんだかんだで、ウルクフ女史に裏から手を回してもらってるなと苦笑するとゲイザーが目を細めた。

 やはり先月も今月も君で間違いないようだしな、とヘンリックに呟かれて、腕輪に指紋と理力の読み取り機能があることに頬を引きつらせる。

 

「……渡航履歴がないな。どうやってわたってきた。自足で?。護衛に添ってか?」

「気が付いたら、ここに?」

「ガゼット君は記憶喪失だ。現状。」

 

 人攫いか、という視線を受けて首を横に振れば、ゲイザーが情報開示を上に求める声を出した。さらにホログラムの情報がリアルタイムに更新された。二人とも眼を凝らしている。

 読めない文字が多い。暗号だな、と解析せぬよう背を向け視線をそらしていると、ガッシリと肩を掴まれた。

 

「君、外からの漂流者だったのか。……住民登録票がないようだが、今までヘイニー治癒士の保有するヘイニー院にいたのだな?」

「え!?、はい、えっと、確か、十九番地の三階建ての院にお世話になってました。主治医もウルクフさんです。」

「……なんで一度も外出した履歴がない?」

「気絶して、昏睡状態が一月ほど?、ずっと集中治療されてました……?」

  

 ゲイザーが慌ててどこかへ消えた。ヘンリックが片膝をついて目線を合わせて来る。ヘンリックは槍を自身の肩にのっけると、やんわりと俺の両肩に手を添えた。

 

「今日受理された、重篤患者の緊急搬送の申請が一月前程に合った。それが君なのだな?」

「はい。」

 

 言葉を濁すヘンリックに応えれば、唸る様に困った顔をされた。先ほどの物見櫓の位置にゲイザーが戻っていた。ゲイザーが耳環を外して耳を抑えている。すごい周波数の音がスピーカーにハウリングして聞こえるが聞き取れない徹底ぶりだ。なんか叫んでるっぽいな。

 ゲイザーが俺様お仕事中なので対応できませーんと返すと、耳環のリンクを切っている。いいのかな、と視線を向ければ。一コマを切り替える様に隣に戻ったゲイザーが耳環を胸ポケットにしまい込んでいた。

 

「お前そこらへんの宿に泊まるなよ。行く宛てなかったら俺のところ来い」

「ガゼット君は行く当てがない場合ヘイニー院に戻る様にとの指示を出されている。」

「なら院のがいいな。」

「一等級の宿ならいい?」

「特級じゃなきゃ駄目だ。少なくともお前の保護者と連絡が付くまではどちらかにしろ。」

「一人旅だし」

「なら、お前の保護者を呼ばない限りこの国を出ることを禁じる。コレは俺の権限で行使する」

「なんで?」

「人攫いがこのニハイで起こったなんてことが他国に知られたら面倒くさいからだよ。」

「古代遺跡から復活したとか」

「そんな魔物の巣窟からの骨董品、遺跡を出た時点で手続き踏まないと国に入れねぇーよ」

 

 ウルクフ女史に迷惑かけたくないんだよな、と困惑すれば宿代だけで金が飛ぶしなぁ、とゲイザーが頭をかいている。軍に保護は無理だな、とヘンリックが頭を抱えている。なんか俺の正体がバレてるっぽい。誤解の方向で。

 流石に怪異ですとは言えず黙っていると、ホログラムを閉じたゲイザーが薬煙草を大気に掻き消すように解いてしまった。

 

「とりあえず今は忘れよう。それがコツだ」

「同感だ」

「あの、別にお世話になる謂れもないので、俺はどうにかしますからお気になさらず」

「国交間の問題になったら困るので、安全が確保されるまでお前は一人歩きは禁止な。」

「そこまで!?」

 

 現代の生活事情を聴いた。

 ニハイに限らず、どの国にも所属している時点で最低給付金が支払われるらしい。税金は特定の売買のみ。生活必需品に税金はかからない。わーお。

 種族特性に縛られない限り、器の不全は即座に直る。汚染事項、概念浸食を食らっている不治の病でない限り、毒の治療も即座に可能。

 死んでも戻ってこれる機関がこの国にはあるが、それはニハ・イの直属たる『タバヴ・ワポ・ル』に限った話。

 外じゃいまだに輪廻転生は信じられておらず、死んだら終わりという死生観が蔓延っている。ゆえに、この時代、別の器に戻るという所業は、神を冒涜する悪魔の所業、と言われて久しいのだとか。

 無限に等しい数の敵相手に防衛するには、死んでも戻れる機構が必要だった、とゲイザーが苦々しく語る。戻っても同一人物であるかどうかは、一般人にはわからないのだ。

 魔術師や治癒士、星瞳の者ならば看破は可能。ゲイザーは星瞳の者らしい。お前を看破できねぇ、と頭痛を堪える様に告げられるので、十中八九該当する分類を絞られている可能性が高い。ぬかった。

 基本器の再生と複製は門外不出の国の最大機密らしく、秘匿事項たるそれが他所に流れると悪用される恐れがあるために、一部信頼のおける機関にしか製造方法を渡していないと。まーた権力争いそうなネタがオクの世界ではごろごろと。やっぱ内乱とかあるの?あるんだ。わー。

 一手に点間門と侵攻における討伐を担う代わりに、集約された『軍』への不干渉を各国へ結ばせた。それが五十年前の出来事らしい。

 聞く話を整理しても、技術がちぐはぐすぎるし、文明の理解が遅い。混ざってるな、と推測を述べればヘンリックが眼を瞬いた。位相世界の文明が合流していることを尋ねれば、遥か昔に、との回答。それじゃ、この世界線の歴程の推移を考えるだけ無駄だな。つぎはぎした文明世界なら、深く考えるだけ意味がない。意義があるのは業と習慣への理解だ。

 今回の規模は最低値の水準、気負うことはないが、俺がここに居る時点で何か起こってもおかしくない。大厄災の呪いに浸食されてるし。

 そのために渦中に来たのだが、対応を間違えたかもしれない。ウルクフ女史には悪いが、ここで処分してもらうのが一番かもしれん。と、考えるのだが、チリリと首の裏が熱くなり、心臓が痛むので言葉が紡げない。

 

「実質、各国の栄華はタバヴ・ワポ・ルがもたらしたようなもんだ。これはどの書物にも載せない馬鹿どもがいるから、これだけは覚えておくように。」

「つまるところ、軍がいるからいままで被害が大きくならなかったんですか。ニハイに軍人が多くいるのもその理由と」

「是。我々は常日頃任務に当たっている為、表舞台に立つことはないが、日常の表側にもいくらか紛れ込んでいる。まあ、私もゲイザーもその一人だな。」

「とはいえ、溢しがいくつかいるのは事実だから、油断は大敵だがなぁ。警報時以外にはぐれは滅多に出ない。ま、市街地で重症になっても入院すりゃ完治できら。」

「そういうもんなんですか?」

「福利厚生、情にあつくなきゃ、リピーターは生まれないんだぜ。日常も討伐も。……まぁ、何度も参加して流れを作りあげてからの方が稼ぎは良いし対応できる。だから、いざとなったら撤退しろ。腕輪にコールして脱出だぞ。一回目は深追い禁物だからな」

「ありがとうございます」

 

 二度目の鏑矢が飛ぶと、上空に三つ巴の陣が浮く。白と緑と黒の陣。天の色が一瞬で茜色に染まると、紫に変わり、黒になった。

 

 ヘンリックがカウントダウンの兆しを告げた。ゲイザーが大きく伸びをすると大声で回りの班に発破をかけていく。多くの兵士が嫌そうな顔をした。ゲイザーに向かって魔法の攻撃や物理的なナイフが飛んできたが、ゲイザーが指を振るだけでそれらが忽然と姿を消し、卑怯だぞという悲鳴と共に追尾を受けた攻撃が術者に戻っていく。

 開始前に怪我をさせるな、とヘンリックが呆れた様にゲイザーに注意をしているが、あいつら今十人単位で俺を殺しに来たんだが注意はいいのかと嘆いている。いいらしい。話題転換に稼ぎの良さを尋ねれば、ヘンリックが時間次第だな、と簡潔に述べた。

 

「今回は一の水準。大体関所が各所の異界から対応できない領域をこの場所まで引っ張ってきてるといってもたかが知れてる。そのための日夜の冒険者たちだ。まー大体この水準一日での最高金額は通しで立って個人で白金貨十枚だったか?。まあ中位や上位は強いやつがかたずけてくれっから気楽に行こうぜ。」

「……その計算だと、一日丸通しで立ってられたらかなりの額ですよね?」

「だな、だが、ま、武器や備蓄は自前で管理しなきゃならねぇから、そこらへんが難しい、まぁ、一の水準なら、百万溜められればいいほうじゃねぇか?、な、ヘンリック!」

「まあな。……ん、音が走ったな、ガゼット君、始まるようだ。ゲイザーもだが、大討伐は一度始まればコールしない限り外に出れなくなる。注視してくれ」

 

 警報音が再び鳴り始めた。腕輪を介して信号の送受信が確認されると、一斉に腕輪から音が鳴る。どこから音が聞こえるのだろうと腕輪に耳を近づけてると、まじもんのルーキーだなぁ、とゲイザーがヘンリックと一緒に苦笑いした。

 

 『ニハ・イ』全土の防衛機構の二十の結界の内、幾重か外れては戻っていく。封鎖領域の展開に伴い『ニハ・イ』全土の建物の色彩が灰色に染まっていく。

 次元座標が空間ごと時限式位相にずれた合図が上がり、半円状に覆われた薄い膜は青色に染まっている。

 門によって閉ざされたこの領域は、対応した退却場所まで戻らなければ、脱出できない封鎖領域へと変わっていく。

 腕輪からカウントダウンが始まった。構えなくてもいいとゲイザーが笑う。

 

「ガゼット獲物は?」

「弓です。」

「おし、お前索敵兼任後衛な!白兵戦は余裕があったら頼むぜ」

 

 とりあえず、腕輪を構えて弓と手袋からの短剣で戦いますと宣言すると、足は引っ張ってくれるなよとゲイザーに笑い飛ばされた。

 

 空が灰色に染まった。天に黒い霧が発生し、景色からも色が抜け落ちる。亀裂が走るような罅が天に入る。

 別の領域と混ざる時に起こる、ノイズが黒い霧と共にところどころで発生する。

 点間門の召喚であれば、亀裂より前に魔方陣が視えるはずなのだが、と目を凝らして弓を構えると、ヘンリックは異変に気付いたようだった。俺にアイコンタクトを残すと、ゲイザーから離れるなと言い残して腕輪で起動したコールと共に知らぬ座標へ点間門を移動した。

 厭らしい魔法の迎撃に追われていたゲイザーが戻ってくると、預かっていたヘンリックの槍を渡す。

 片腕で軽く振るうと、どこかで罵倒と共に爆発音。轟音。

 

「腹でも下したか?」

「そうだといいですが、急用の様です。」

 

 腕輪が一斉に開門の合図を鳴らしたら開始の合図。

 二人して顔を見合わせていると、開門の合図が成る。空を見上げれば、一気に黒い閃光が瞬く間に増殖し、その数、指定された位置から迎撃するように言われた数の、おおよそ百倍であった。

 

 

 鋭い警報音が鳴り響いた。一斉に都市の鐘が鳴り、全てのスピーカーから不協和音が鳴り響いている。にわかに騒がしくなった周囲を見れば、ゲイザーが戻ってきたヘンリックと一緒に難しい顔をしている。迎撃が始まった各班から異常事態を知らせる狼煙が即座に上がる。

 ヘンリックがゲイザーに指示を出し、あらかじめ知らせていた風の精霊式の眷属を呼び出すと、全ての班に十単位一斉に付けていく。並行処理能力がおかしいなこの人、と俺もゲイザーに抱えられて空に高度を上げさせられて座標を確認させられる。ゲイザは片手間に指を折りたたんでは爆発を起こし始めた。数秒で各所の救難信号を拾って、俺の認識できない術式で応援をしているようだ。

 轟音が鳴り響き、火柱が西の方で上がり始めた。

 ヘンリックがゲイザーを呼び、俺を連れて動き出す。どちらも通信機を動きながら使って要所に連絡を掛けている。

 身をひるがえしたゲイザーが足を地面にたたきつけると、地面が割れて視界の端まで亀裂を走らせた。そこから漏れ出る黒い瘴気、一気に宵影が出現し始めて、頬を引きつらせたゲイザーがヘンリックの陰に隠れる。数秒して迎撃音の騒々しさに満ち始めては、ヘンリックが槍を加えると、両手を胸の前に広げては指を折りたたんでいる。ぐっと拳を結ぶように指で空間を掴むと、各地から歓声と共に腕輪を通して礼を告げる声が届いた。第一波でこの数はおかしい、とヘンリックが槍を首と肩に挟んでゲイザーと攻守を後退している。

 天の黒い閃光が再び走る。三人で見上げていると、その数は徐々に増して、一から十へ、十から千へ、分裂する数が瞬く間に眼で追えなくなり、ざっと数万の黒い渦が天に昇り始めている。

 エラー音が腕輪に響く。軍からの通信だというホログラムが強制的に浮き上がり、二分化するという指示が走った後、南の領域が完全に閉鎖された。

 

「おい、ヘンリック。……」

「……集中領域、収束範囲の誤作動?、いいから順を追って説明しろ。」

「んーわんちゃん誤作動っつー、警報音じゃねぇなこれは。エラー音にしては長すぎる。」

「なぜ現場に早く言わなかった!?」

「気絶してるってんなら無理だな、よく気づいたなてめぇらえらいぞー」

「あの、どういうことでしょうか。」

 

 ばっとヘンリックとゲイザーが同時に此方を向いた。ゲイザーに話は後だ、お前は早く関所の中に、と門へ走らされ始めたところ、光が掻き消えた。

 天が真っ黒に染まっている。各所の点間門に照明灯が瞬時に点り、基盤となっている正常の陣の中に組み込まれた刻印石がライトアップをするように、視界を確保するためにまばゆく光る。一定の高さに張られた魔方陣が結界と防衛機構の盾となり、その内側は明るく暖色の日の光を模した『星灯の光』が光球として固定されて数千単位、まるで誘導灯のように二本等間隔に線を引いている。

 

 鋭い警報音がさらに別の高音を鳴らす。同時、鈴のような鐘の音と一緒に音声がスピーカーから規則的に六回連続して鳴った。

 ゲイザーが俺を見た後、ヘンリックを見た。がごんという音が一斉に周囲から鳴り響き、点間門が閉じたことを腕輪が知らせる。各地で阿鼻叫喚の悲鳴と罵倒、そしてヒトさじ程の狂喜の戦闘魔が喜んだ声が聞こえる。やばいのまじってるな。

 面を覆ったヘンリックが静かに告げる。緊急脱出も不可能、閉門されたこの封印状態は向こう側が解除しない限り開門されないとのことだった。

 いつの間にか耳環を外しては、やだー俺様帰るー!と嘆いているゲイザーに事の重大さを尋ねれば、ぐりぐりと抱え込まれてはくすぐりの八つ当たりをされる。やめろ、やめ、……へるぷヘンリックさん!と助けを求めればヘンリックさんに救助された。

 俺がヘンリックさんに縋る様に抱えられてぜいぜいと肩で息をしていると、ゲイザーが正気に戻った。救助される一瞬、ばごんといういい音がゲイザーの頭から鳴った気がする。

 

「ああああガゼット!お前ビギナーズラックを無駄に不幸の方へ使うんじゃねぇ!」

「だからどういうことかわからないんですってば!」

「三年に一度あるかないかの大海嘯だ……、平均の観測値は九段階の上から三番目。嘘だろうといいたいが事実だ。数は……」

 

 腕輪のデータを取得したゲイザーが警報の六だ、と静かに喉と緊急用のベルを鳴らした。

 

 各所に飛びあがる白と青い狼煙、ポイントを収束したホログラムが参加者のマップを瞬時に作成した。多くの者が走り始め、要所である各所の魔方陣へと急ぐ。

 緑と金色の二重丸のある場所が魔方陣。この領域内で腕輪を通して回復と浄化が常に関所からバックアップを受けて行われるらしい。

 この腕輪、何て高性能なんだ、とヘンリックに尋ねれば一つ購入するのであれば水硝貨二十枚だ、とのこと。二十億もするらしいこの腕輪。

 後衛の人間が魔方陣の四方八方にある物見櫓の上に立っていた。

 魔方陣の外周に沿った発射、投擲場所は魔方陣の周辺が平地であることを加味しても索敵に適している。

 魔方陣の中に二百人、大規模な陣の形成の大本は南側にあり、その水路の下に通る回路が町全体を巨大な魔法陣の制御装置にしている。

 あまりにもぴりぴりとした空気の中、左右をヘンリックとゲイザーに挟まれて、ホログラムの地図を受けて手短な作戦が伝えられる。

 防衛機構が発動した、と魔方陣周辺を覆うように薄い赤色半透明のモノリス型の壁が扇を広げるように連なっていく。腕輪がパスになっていた。

 集合ォ!とゲイザーが空振を伴って腕輪に召集を掛けると、足をもつれさせながらも新人と分類される冒険者たちが一斉に魔方陣に飛び込んできた。

 

 腕輪に振られたホログラム番号が班の登録名。三十二番は俺たちの腕輪の登録数字で、二番という数字を持った青色の菱形印が魔方陣を飛び出していく。

 それに続いて五番、二十一番、三十番が後を追う。

 しばらく時間があるな、と空いた門の位置が南と北に偏っていることを示し、ゲイザーが氷嚢を頭に抑えながらため息を吐いた。

 

「お前さん、ずっとこの領域に居てもいいぞ」

「あの、ゲイザーさん大丈夫?」

「本気であいつ殴りやがったな、大丈夫だ。概念の付与だから三分で抜ける。ただ熱くて火傷するぐらい痛いだけだ」

 

 痛いんじゃん。

 

 やってらんねぇな、と物見櫓の上に腰を下ろしたゲイザーが煙草を取り出す。この世界の煙草はタールではなく錬金術や薬剤師に調合されたアロマや治療、魔法術式の効果がある。術式の媒体にする者もいるが、大体空調用の術式の無い低価格のものは、派生人類やハーマーリネムーからは評判が悪いものだった。

 腰を下ろしても剣は握ったままゲイザーが物見櫓の手すりに腰かけては、ここらへんからどこまで伸びるかね、とヘンリックに尋ねている。

 夜までは確実だろうという言葉にゲイザーが嫌そうに首を横に振った。

 人型が来る可能性が有る以上、負傷率はできるだけ抑え、難所が続く場合、新人は関所に回したほうが良いな、とヘンリックが告げる。同時、思い出した様に揃って俺を見るので、棄権はしないぞ、と答えれば両者に難色を示される。

 

「おいヘンリック、責任取って面倒見ろよ」

「当然だ。……一つ、ガゼット君、君は祓えるのか?」

「是。いや、さすがにこの事態なら、人手がいくらあっても足らないでしょう。体力のあるうちは参加しますよ。」

 

 ヘンリックが面を覆うとゲイザーがカラカラと笑った。まぁ、この状況下で祓える術士を逃す馬鹿はいねぇわな、とつづけたゲイザーが半笑いである。ヘンリックにため息と共に掃討にできる限り参加してほしいと頼まれた。快諾すると別途報酬を考えるので、と忖度される。

 

「今回の水準は一でしたよね、なぜ急に上がったんですか?」

「関所曰く、門の全てのポイントが事故を起こしたらしい。収束規模が過去類を見ない範囲で一転に集められた結果、各大国の協力を得てこの領域への数の時間をずらしている。正直、前代未聞だ。」

「初参加結構いるんだよな今回、お前を含めて。どうするヘンリック」

「討伐回数が三回に満たないものは魔方陣周辺区画での迎撃指示が出ている。封印措置が行われているが、門とは別の点間術式の中継点があるから、軍の者がいれば即座に合流させる。軍側が伴えば緊急脱出も可能だろう。」

「俺たちは零しと、囲まれている奴らの救助に回るしかねぇか、あーやってらんねぇ。ガゼットお前大丈夫か?馬車馬のごとく働かされるぞ絶対。」

「別にそれは良いんですが、あの、警報の段階って五段階でしたよね?」

「そうだが、先ほどの警報音は特別なものだぞ?」

「六回鐘がなってましたけど、何か意味があるんですか?」

 

 こいつまじか、という目を二人に向けられた。まじだよ。

 

「それとは別にちっこい子供のころから教えられる特別警報の枠組みがあるだろうが、……お前、どこから来たんだほんっとに。あ?、そうだ。あの特別警報の音と鐘の数は観測不可能っつー意味だ」

「観測初期での算出個体値が七だぞ、小鬼どころではない、大型、特殊型の首級が複数来る」

「すんません。一ついいですか」

「手短に頼む。」

 

 素直に侵攻規模の危険度がわからないと告げれば、ヘンリックもゲイザーも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 

 警報の鐘の数と比例した収束規模が討伐上定められている。

 観測値の危険度は定められた九段階。大体水準三までで、一から五以上になることはない。

 

 四以上は首級が来る。個体数は危険度が上がるごとに一桁増える。

 七ってことは三桁増えているので、大体千匹ぐらいは確実にいるよってことらしい。

 下級中級上級特級、そして首級。本来の当て字は統べる主という意味で主級だとか。縁起でもないと首級表記。なるほど。

 

「首級ってどのぐらい強いんですか?」

「問題はそこじゃねーよ、首級が複数いるってことは討伐種族が複数いるってことだ。……、新人これ終わったら病院に戻れよ?、絶対今、お前まともじゃねえって」

「ヘイニー院には恩義があるので患者を死なせたくないんだが……、数字は分かるかい?」

 

 唐突な温情に満ちた幼児扱いはやめろや。

 既に上空に着始めている黒い煤と雷光、隙間から飛来してくる鳥型の生物が鉤爪を構えている。

 見れば種類が豊富、ここが魔物のユートピア。関所曰く半数国の七割の転送ポイントが収束しているらしい。

 

「控え目に言って大災害では?」

「控え目もくそもねぇよ、大災害じゃねぇ大厄災だ。巨大国の精鋭たちが軍勢を組んで討伐する規模だぞ、おら三匹!」

「わかっている。……なあ、君なんでこの国に来れたんだ?」

「重篤患者の緊急搬送らしいです。」

「お前のような重篤患者が居てたまるか。」

「君、記憶障害も確実に患ってるだろ!」

「皆なんでそういうこというんですかね!」

「生きてく上で一番最初に倣う基礎知識がまるっと抜け落ちてっからだよっ!」

 

 迎撃を始めながら叫べばゲイザーが半笑いで背中をたたいてきた。

 左側に強い個体の収束を確認、内部情報のポイントを把握して収束させたエネルギーの矢を穿てば、引き手を離すと同時、激痛が脳内を襲った。ふざけんな。

 回路通さなくても反応してくるのはどういうことだ、と次々と中央に位置する座標に門が開き始めているのを理解して、多くの参加者が次々と術式を展開しているのが見える。俺だけ縛りプレイとか嘘だろ。

 花形の魔法使いが複数いるらしい。上等な部類だな、と殲滅戦に置いて敵を火花とする別名花火師たちがいることに安堵するもつかの間、一等反応が高い数値の渦が真上に開き始めている。

 点間を使う暇もない、座標の固定された殲滅戦が始まった。

 あれが開けば間違いなく、この閉鎖に穴が開く。

 本能、培った経験から宙を飛び、何かを言いかけるヘンリックを足場にして宙へ飛ぶ。

 一月駆けて一割、修繕してもらった回復した回路を開く。瞬間、呪いに反応してエネルギーポイントが一気に五百に増えた。

 五百は無理だろ!?、と二の足をためらって空中に風籠の足場を作れば、本能で反応した渦がエネルギーポイントを対価に収束を始めた。

 これは死ぬ、と切り札を切って在庫の爆薬兼用オークション通貨をセット。『長』が観測したエネルギー飽和の限界値から魔素値を推測して賭ける。大本に一枚使わないとまずい。

 右足で空間に渦と同じポイントに罅を入れる『空振』を起こす。一瞬の点滅で入れ替わり十一枚と切り札をぶち込んだ代わりに、飛来するようにねじり出てきた人型の鬼族の宵影が一体出現した。

 左肩を掴まれるが、右手を閉じて開けた『空振』も閉じる。

 

 

 大きな影が降ってきた。ヘンリックもゲイザーも、その場に固定されているように足が縫い付けられている。

 花形の魔法使いも三名こちらに向かってきてくれているが、点間を作動させるだけの余力がないな。司令塔を探す前に俺は落下地点の空を踏みしめては左肩をそのまま、血を使ってガライム(創成物)の『指環』を打ち込んだ。同化させる寸前で宵影が肩を突き放す。一部魔力として取り込まれたために、俺の血の陣が邪魔をして器の稼働が不全になっている。できた隙間の時間で全力、矢の弾幕を張った。三合の合間に対処されては、案の定、飛来したカウンターを真似て此方に攻撃を返してくる。消された理力の矢で威力は多少落ちていている為に、槍衾の如く弾幕の重ね撃ち。理力の矢で対抗魔術を消去していけば、次の手段とばかりに攻撃をさらには止めては本体が手のひらを向けて来る。指がゆっくりと二本折れ曲がると、揺らめいていた体表の黒い影が雫を落とすように浮かび上がっては、俺が行った『空振』の作用と全く同じ原理で空間をたわませて、逆にその衝撃を一方向にレールガンの如く、電気を纏わせて放出してきた。その外套の様に纏った影、攻撃手段で飛ばすことも出来るのね!

 

 雨傘、逆に石を穿つようにゆっくりとした動作で狙いを定めては強く落ちて行く。下の二人が咄嗟にモノリス型の盾を境界に張ってくれたおかげで被害はなし。煙幕の様に盾に突き刺さっては、蒸発、分解されていく。魔力自体を溶かすのか。ゲイザーが魔術師達を転移させると、ヘンリックが応援に来ようとするのを目で止める。モノリス型の盾が割れた瞬間、盾自体が動力になると判断した二人が此方への腕輪の通達通りモノリス型の空間自体を歪ませてくれた。しかし波形の鈴の如く光系列の魔術で壊される前に、雨と同化して霧散していた人型が砲弾の様に飛び上がってきた。矢を打ち、飛んで、足止め、迎撃後、本体はその雨に混じって盾に反応しては補給を最優先していた。封印できぬ以上、次の狙いを定めさせる前に、囮になる。出現した姿に形成する前に、白色のオークション通貨を指で弄んだ。反応した。

 モノリス型の破砕した盾が何時の間にか眼前に在って、避ける前にそれを入り口にして肩が戻った宵影が全力で振り被っている。――ウルクフ女史に謝りながら首飾りのガライム(創成物)から『インナー』を切り替えた。

 

「俺とランデヴーがお望みかい?」

 

 抉ろうとして来た爪を肩に固定させる。灰色に戻ったインナー、バラガラの術士協会の服が耐性を戻す。黒色の雨を散らした瞬間毒も見えていたから大気に触れた時点で汚染されていた。咳き込みながら浄化を成して黒い煤を歯噛みして燃やせば、右腕が固定された代わりに左足の追撃が来る。それも服越し固定させてやれば、ヘンリックと同等の体躯が蹴りを入れてくる。死を選択にすれば許可が出た。

 首飾りを起動して眼に見える形で武装を纏う。主武装に反映しては、銀杖の代わり、『移行装備機能』の中で、もう一つの白兵戦用装備を纏う。

 服装が変わっても抜けねぇだろう、と悪く笑ってやると、刹那の合間に入れ替わった武装に対して驚いた気配がした。知能がある、コイツ。

 

 貫通は抜けないが、中の上着でどうにかなる。

 回路を開ききった影響で激痛が視界をホワイトアウトさせるが、自動行動のルーチンは登録済みだ。このルーチンは最終幕の対異常付与の四分の一を担ったスタイルが組み込まれている。

 銀杖はないが、理力を矢に、光示を鉤爪にできる特注の手甲はある。纏った外套は物理打撃を無効化してくれるからありがたい。

 

 腹に重い一撃、尾に、六本の腕、甲殻類のように棘と鋭い爪で覆われた外角。膝のさらに鋭い棘は嫌らしく物理打撃向こうの外套を紙の如く割いてくれた。自動修復できると理解すると、鋭い棘を本体にぶつけて来る。一見黒い煤のような色の無い外見なのに、対抗してくる物理は確実に鋼よりも硬さがある。存在は確立している。

 血を拭ったなと甲を叩けば、上下に瞬時に走った青い雷を器用に避けて、間髪入れずに此方を蹴っては距離を開けた。

 自動追尾の球状に広がった『理術』を使えば、座標が血糊についていることに気付いた怪物が霧雨となって再び姿を霧散させる。逃げきれなくなったいくつかのポイントで青白い焔が燃えて、一部を切り崩して戦い方を変える知能の高さに舌打ちをする。

 

 影の如く無形に逃走、潜伏もすんのかい、と手札の多さを称賛しつつ、主武装切り替えて魔術師型の二型の副武装に切り替わる。この型は久しぶり。なんせ領地専用の代行装備だったもんで、オクの世界じゃ絶対出さないようにしてた。疑似的な使い方をして、前掛けを翻して足を鳴らせば黒色の魔方陣が展開する。これで回路は強制的に循環する。強化の一種だ。

 強制的に回路を完全に開いてるから、まーた渦が他のポイントを食って速度を増してるのが見えた。先ほど爆風で消し去ったはずのポイントの渦も戻って来ていた。本体を消さないと意味が無いようだ。それならしょうがない。腹をくくって『体現』、器の構成を魔術師よりに切り替えれば、弱体化したと誤認した宵影が上空から棘を分離、槍に模しては構えた状態で刺し殺しに来た。

 

 使い方を教わった腕輪から魔法使い諸君に向けて、渦行きの火種を頼む。その一瞬で頬肉を抉られる。貫通を覚えやがった。

 右手を犠牲にして首を防ぐ、左わき腹に尾がささり、完全に六本の腕で体を固定された。

 瞳と瞳が合う。七つある眼孔は色があるのだな、と紫色の中に唯一青い瞳を見つけ、ホワイトアウトの中、強制的に開いた回路とルーチンの影響で、ジャミング装置が自動で発動した。

 

「……、は?」

 

 首をかみ砕かれそうになり、短剣を顎に挟み拮抗して二秒、ようやく待機させていたブラッグドッグが渦の中から次元移動して飛び出してきた。

 人型の鬼族がブラッグドッグに咥えられて、点間で開いた穴から接続していた体躯を解除、遠心力で払い飛ばされる。

 即座に回復薬を口に含み、一緒に渦の中に飛び込んだ。堕ちる最中、死にそうだからとウルクフ女史から念押しに渡されていた上等な回復札を起動させて。

 

 

 渦は轟音と共に黒い煤が撃ち込まれるように空間に減り込んだ。開こうとしていたゲートは中から半壊したことで開く力を失った。

 入口は幾度も黒い火花を散らす。渦は閉じたまま勢いを失いそのまま消失した。ゲイザーとヘンリックの真上で。

 雪崩れ込むように緊急で開いた召喚門から表側の警備をしていた旅団が飛び込んできた。ゲイザーとヘンリックは共に取りこぼしを追う為にその場から去る。前線が崩れた都市の内部は地獄絵図だった。ニ・ハイで壊滅寸前。振り分け再編成を指示して本部を待つ。

 

「無事ですか!?」

「西の結界が全箇所壊れた!術士たちは無事か!」

「フィードバックで気絶してます、回復まで三分、侵攻の規模を考えると、今の数から爆発的に増援が着ます」

「兵士共は!」

「王都に要請を送っています」

「治癒士を呼んで来い!」

「駄目だ、こいつ内臓溢しやがった、回復繭にぶちこんで冷凍ジェル!、次!」

「十四区域の前線から撤退、第五区域から西側の防衛命令だ!」

「抜けれるわけ無いだろう、動ける者は!?」

「七割」

「重傷者から転送しろ、増援が来るまで前線を崩すなよ!」

「避難を優先しろ、遅れれば救出も間に合わないぞ!」

 

///

 

 ここで一つ、特筆すべきこの世界の歴史の不可解な認識の歪みがある。

 宵影とは、本来、宙から降ってくる『星の魔力』や、意思による『火花』によって、『永』と『灯』を伴って生命を獲得する現象の一つなのだ。

 怪異染みた他者を食いつぶすモノではなく、長い年月をかけた石や樹木、朽ち果てた骸の神秘化、作られた火花を打ち込まれたガライム(創成物)の類のものがさまざまな要因を以て生を獲る。九十九の成り立ちとほぼ一緒である。九十九の前身といってもよい宵影は、天秤の要素で天地の所属が変わるものだった。

 ユーザーの見解は、星の魔力に惹かれて、なにかの因子が混ざろうと合流している。神代の時代『宙』を目指した時代があったのは確実だろう、というのは隊長殿、ディヴァイダーというユーザーの見解だった。

 『赤霧』という性質が混ざっている、というのは俺の研究結果、奇しくも血の陣を研究する際に一致する要素を見つけ、大本を暴けばこの世界にはびこる概念の中に、既に法則として混じっている呪い染みた因子を見つけたのだ。

 何かの『厭』が呪いを生んでいる。それは大厄災の呪いに合流して末端を生成する要素となり、すでに混ざり合って『大厄災の呪い』の保有する権能の一部となっている。

 それがなにかの化学反応を起こした結果、大厄災の呪いというバックアップが付いた結果、宵影の進化を著しく早める結果となった。

 

 ゆえに、人型が怪異となるのは最も恐れるべき事項であり、宵影は見つけ次第、変転か浄化、がこの世界の鉄則であった。

 

 怪異はその血の因子で同族を多く生み出す。変転前に討伐後、火で灰燼に帰す、身にまとう『赤霧』を浄化出来ねば死骸が『赤霧』を発生させるという特性を持っている。個を群に、群を個にという過程があるために、群生化した第一段階のものは幼生期とみなされ、個を獲得した第二段階のものは成熟期とみなされる。怪異の進化は五段階まであり、三段階目に大本の情報を元に進化する『到極期』という一番厄介な進化の過程で討伐できないと、四段階目の『怪物』へと変わる。ここからは自己完結で成りうる『権能』を持ちはじめ、『権能』を獲得した時点で、五段階目の『厄災』と認定される。

 

 基本どの段階でも変転は可能だが、理論上進化段階が割合が進むほど必要な理力と魔力が指数関数的に上昇する。係数に累乗が式に加えられるぐらい意味不明な対抗値を持つようになるのだ。冥界の魔素値の変転率とほぼ同一なので、それを定規にして祓う準備をするものだった。

 『厄災』が変転したものは『亜神』とか『陣系列固有種』とか言われるが、大体冥界に属して秘匿された十番目の大陸で『魔神』とか『土地神』をやってたりする。変異の過程で過去に厄災に属していたもののみ、この二種に関しては冥界の番人と一緒に概念条文と契約を必ず結んでいる。結ばないと解体されて『外』へ還される決まりだからだった。

 

 さて、この世界の歪みに戻ろう。

 この世界の『宵影』とは、瘴気から情報破壊された生物、死骸、エネルギーが元になって魔物に変転する。カテゴライズ、冥界類に分類される怪異とされている。この時点でもう事象自体が変質している。

 死骸によって獲得する器や実体は様々。基本、宵影が器を持た時点で『怪物』とされ、元と成った生物が骨組みとなって構築されるとされている。

 自然に属する生物の割合上、おおよそ四足型の類が多いが、この世界は多くの人型が『大厄災の呪い』と相対する過程で死んでいる為、『厭』という性質も相まって、人型へ進化する宵影の条件が多く存在する。基本人型に近づくほど進化の割合が早いと思って間違いない。

 さらに厄介なのが、血の因子である。基本どの器の系譜でも瀕死時、死に際の細胞分裂で『瀕死になると一体から爆発的に増える性質』を持っている。群生体への変転時に『永』と『灯』のエネルギーを獲得できなければ、『核』となった大本の器の生命力が無くなり次第、そのまま消えていく。『が』、他者を食いつぶす作用があるので、周囲にある生物全てが動力となりうる。だから即座に戦況を顧みて均衡が芳しくない場合、即時撤退、閉鎖措置、封印処理が徹底されているのだ。

 

 大抵は核効率を下げて再び眷属を元に再活動をする性質を持っているので、一対でも存在しているとその領域は危険区域、立入禁止措置措置が敷かれる。宙からの星の魔力が定期的に供給される場所で条件が揃うと『巣窟』と認定される。ほぼ永続的に沸くので厄介なのだ。固有の『怪物』が一対でも生まれると、群生化した眷属の統率役となり、巣窟が徐々に規模を広げて、『異界』化することもある。この統率役が人類系譜の器であった場合、国は総力を挙げて討伐を成さねばならない。相容れないものだからだ。

 

 そのため、人型の宵影が発見された場合、国は討伐隊が組み掃討するのが条約で定められている。自国で対処できない場合、所属する同盟国に協力を仰がねばならない。それでも後手に回る場合、巨大国と連盟を結ぶために報酬を提示して、全大陸規模で討伐命令、召集を掛ける。

 

 『ニハ・イ』に集う冒険者と、大討伐の点間門は、ある意味各国から要請された討伐依頼の集大成だった。

 

 水準は討伐規模と難易度、斥候たる軍のものが水準を示し、各関所で要人が判断を降す。今回の警報音の示すところはまさしく、各国お手上げといった段階である。普通に『厄災級』の存在する異界が混じっていた。エラー音の走った要因は、ヘンリック曰く、評価不全と点間門の誤作動による収束規模の調整が制御不能を示しているとか。

 

 ゲイザーが大厄災級だと称したのは、展開した最初の段階で小鬼型の宵影が出現した為だった。これで下位なら上位はどんなだ、という悲鳴でもある。鬼などの人型に類似する存在の大本の発生原理は、多くの戦場で果てた『厭』の性質を持った、素体の人間が由来だからだ。

 

 だから、知能を付ける前に進化を終わらせる。そうしてこの世界の人類は生存競争を勝ち抜いてきたのだった。

 

 さながら台風、自然現象。雷雨。大火災。大地震、大噴火。

 

  

 次元移動させたブラッグドッグから降りる。咥えられたまま無力化された推定宵影はなすがままだった。抵抗が無意味だと理解しているらしい。

 

「あー、誠に遺憾であるだろうが聞け。お前は今死ぬか生きるかの二択を俺に握られているー。」

 

 座標は本線とは別の位相次元、ブラッグドッグが無力化し続ける加えたままの鬼族の宵影を観察する。

 検査結果、これ宵影じゃない。怪物だ。

 ピンポイントで俺に反応したのは天秤が冥界に傾いている怪異だからだろうか。

 あの中じゃ一番強い、と断言できる。理由はブラッグドッグが広域、全領域観測してくれた為だ。

 

「さっきお前の星を見た時、エーテル活性度が見えたんだが、大陸の言葉は分かるか?」

 

 ブラッグドッグが無理じゃない?、と文字を提示してくる。

 俺が二百年後の世界で言葉が通じている理由は、音声を首飾りを通して収集した言語の類似翻訳を頼んでいる為だ。

 これがないと意思疎通も不可能。なぜなら干渉作用のある術式は全部遮断されているから。

 渦を由来とした顕現のポイントは最終決戦用に整備した術式の爆薬が予想以上に利いた。正直一つで良かったかもしれない。死んだら死にきれないので限界飽和量まで全部使ったけど間違いないくオーバーキル。

 本来門が開く前に壊れるってのは、大本全てのポイントが壊れないと不可能だからだ。小さな入り口は今魔法使いたちが爆発させてくれているので大丈夫であろう。

 なんか、人型の怪物から困惑した気配を感じる。

 知能があるってことは既に何度も人を食ってるのか、それとも成った素体の意志が生きているか。ジャミング兼内部干渉を掛けたいんだけどここで回路開いたらまーた別の穴が開く可能性が有る。呪いのせいで。それはまじでやばい。

 

「独り言なんだが、グールはたまに大本となった人間が意識を保っていることがある。死ななきゃいけないのに死にたくない本能が大切な人を傷つけるんだよな。」

 

 反応が有。人間が大本だと、これが救いのない話が多い。なんとか生存ルートを模索したユーザーが浄化術を開発したり色々と展開を確立したものだった。

 音が聞こえる。

 『移行装備機能』で副武装から旅人風の私服一式に戻す。実はこの私服一度ごとに死の判定を回避できる装備なのだ。あの案山子には全部貫通爆殺粉砕されたけど。くそったれ。あと自動回復機能もついてる。だから死んでなかったっぽい。

 音の翻訳を、首飾りがしてくれる。由来がある言語なのか、と目を瞬くと、言葉が聞こえた。

 

「ヘズ。」

 

 言葉が届いた瞬間、ブラッグドッグが噛み殺そうとする前に本能が停止、帰還させた。

 一瞬の隙をついて人型の怪物が俺の心臓を貫く、そして中にある魂魄の陣を引きずり出して、怪物がそれを食らった。

 

 回路が緊急的に開く。解呪できない呪いが作動するのを感じた。障壁が瓦解する寸前、一瞬で俺の理と器の保有していたエネルギーが全部持ってかれた。黒い煤が象り、俺の胸から影の手が湧く。それは『盾』を模すと、全面の刻印の走る黒い『概念障壁』を成す。

 黒い閃光が走り傷口から侵入しようとしていた別の呪いが停止する。理が少し食われたが、深層は無事だった。

 指一本動かせぬ間に判定が一度終わり、二回目の死亡判定が来る。盾も一瞬で瓦解したために、次はもう耐えられない。

 

 早い終わりだったなと目を閉じれば、呪いが障壁を突破する前に人型の怪物がそれを掴んだ。

 呪いが双方を取り込む前に、人型の怪物が掴んだ部分から青白色の焔が上がる。燃やされて青く染まっては浄化されていく。同時、蜘蛛の巣上の白い亀裂の入った黒い煤が剥がれ落ちていくと、その下から上等な装備が垣間見えた。

 首に手を当てられる。人型の怪物が眼に見えて挙動を変えて、俺の傍に片膝をついていた。動かされぬまま這わされる指から膨大な量の術式を感知しては、一瞬意識が飛ぶ。

 母港画面が強制的に開くと、赤い文字で消されたはずの呪いが端から回帰して戻って来たことを示す記録と、浄化を試みられている事実が示されていた。

 怪物の変転と浄化が成ったらしい。理解して表示の詳細を見れば、俺の回路の呪いはどれだけ解呪しても下の値が変わらないらしい。

 ちなみに前回より量数値が増えてるのは、『理』がたった今浸食されたため。……ええー、うそでしょ。阻害の意味がない。

 俺が成した魂魄の陣よりも強い浄化で解呪しても戻ってくるモノなんて、もう概念浸食の中でも最悪の部類に入る永劫回帰の呪いしかないんだけど。

 

 この呪いは特別も特別。太古の部類、永劫回帰の類で、執着されているのが俺の何かだと判明。自己分析してはもう限界から抵抗をやめた。

 ごふりと吐血していると、人型の怪物の表層が蜘蛛の巣上のひび割れを成した。黒い表層を物理的に落としていく。表層の煤が煙に変わり、端から青白色に燃えては消えていった。

 本来の色を取り戻した人型の器を持つものが俺の傍に膝をついたのが辛うじて分かった。額に手を当てられると、内外の秘匿状態が解除される。腕は二本、瞳は六つだが、四つ閉じている。怪物の名残は、瞳の形ぐらいだろうか。緑色の瞳が一瞥しては俺の中の回路を強制的に閉じていく。

 並行して行われていた『器』の修繕が加速した。

 治癒術を回されて、欠損が埋められていく先、在りうるはずのない要素が譲られて『器』の再構築が行われていた。情報対価が譲られている。戻った視界の中、泣き出しそうな顔に声を掛ければ、瞠目される。人影の視線は懐かし気に目を細めた後、真剣な目に戻り、俺への治療を行っていた。

 本来であれば百回死んでも完全体に再構築できる量の再生と治療が行われているが、足りない。

 

「旅行にはちょっと景色が悪いんじゃないか」

「ここがいいと強請られまして」

「一人旅か」

「一人になってしまいました。」

「とうとう、途中で振られたか!」

「生憎切っても切れない仲ですのでご心配なく。」

 

 言葉が翻訳せずに聞こえた。穴の開いた衣服をはがされて、直接胸に手を当てられた。許可を出せば、激痛と共に切断された理の深層が人型の手で開かれた。

 苦痛を対価に開かれた隙間に自身の手で探る。取り出した瞬間に接合が成された場所から、魂魄の内側に直接秘匿所持していた最終兵器の霊薬を取り出した。人型に渡せば、苦笑した気配がそれを受け取る。人型が青い硝子小瓶を片手で開けて飲むと、治療の経過は一気に不足が過剰に反転しては、飽和状態を示す白焔が身を走った。

 

 気配が真っ当に戻ったのを感じた。体内の回路が焼けるような熱さで活性化する。器の再構築が行われて、回路以外が凄まじい速度で編まれていく。

 散った血が新緑色に燃えると、気が付けば全盛期に近い生来の器に戻されていた。まじか。

 

「あとは、何を降ればいいと思う?」

「全盛期のスタイルに戻したほうが無難かと思われますが、その条文はそれだけなので、よく考えて使うように。戻したら上書きして固定されます。」

「……、なぁ、この素体に使った依り代の因果の糸、どんだけ怪物払って貯め込んでたの」

「五十年分の異界値ですね。ガライム(創成物)になった祈糸をかき集めてましたよ。役に立ちましたね。」

「正気か?」

 

 止血、そして渡された『経験値』を取得して、一先ず肉体の再強化を図ると筋力も凡そ戻ってきた。この一連の流れ、俺の理が情報機構に近い怪異だから出来たやつ。平時だったら即気絶して休眠してる。怪異って便利。背を起こされるとガライム(創成物)のオーバーコートを羽織らされた。血痕も全て燃えると、壊れた旅人の一式も新品同様に戻った。

 来た経緯を尋ねれば、突貫せざるを得ない事態に巻き込まれた。おおよそ屠りましたが、数が多すぎてポイントを収束して脊髄反射で殲滅していたんですが、いつの間にか自動行動に任せていたもので、とのこと。一人で大規模異界を殲滅できますよ、と笑顔で返されても何も言えないのだ。

 

「……、とりあえず、遅いけど、本人?、お前の怪物の大本になった姿、それは真実の形なのか?」

「一瞬だけ抑えるので、知りたければ眼での判定をどうぞ。お気のすむまで。」

「……、いや、いや……俺の直感捨てたもんじゃないんじゃないかね?、……騎士殿。」

 

 苦笑して返せば、無言で額を擦られた。領地に残してきた元相方。NPCたる現地民にして友好度上限突破した仲間(メンバー)の一人、騎士殿がそこに居た。

 

 

「ジャミングついでに逆探知して事情はすべて把握しました。とりあえず言えることはそうですね。最初に殺されててよかったですね、ライラック・ヘズ」

「やめてくれ、なに怒ってるの騎士殿。身命の一部に概念形言して縛るのやめてください。首に真綿閉められているみたいだから、……おい、笑ってないで解除しろよ!」

「危機感の無さも無防備もあなたどこの時代でもいつも通りじゃないですか。神秘纏ってます?」

「そんな神秘願い下げだが!?年相応の反応じゃなくて悪かったな!」

 

 複製した記憶を読み解いた騎士殿が空から降ってきた場面の質問をいくつかする。相違はないぞと応えると考え込む素振り。治療の成果を尋ねられて目を瞬く。

 

「回路以外は復元してる。器、今『理』が怪異になってるからいつも通り復元できないんだよな。助かった」

「……いつも通り再生を行うとどうなります?」

「打ち込まれた『隻』の要素が邪魔をして再生場所の情報、術式そのものが消える。」

「再生すると自壊するとかあなたなんて悪辣な対価を背負わされてるんですか。」

「器自体が呪われてるのかなって思ったんだけど、そうじゃないっぽいんだよな。あくまで回路の汚染によって変質した器の祓いのために対消滅を成すだけで」

「ゆえに外部からの治療は可能と。……」

 

 騎士殿が頭を抱えた。

 

「あなたと話したいことは山積みではありますが、……手短に最優先事項を伝えます。まず、あなた以外所属の者、同胞、他のギルドメンバーはいません。」

「ナイスジョーク」

「ジョークに聞こえますか?」

 

 冷や汗でべっとりと濡れた服が急速に乾いていく。さすが高性能な私服である。俺は現実逃避をやめて騎士殿の顔を見る。騎士殿の眼は目はとても澄んでいた。

 

「ここ、本線だよな?」

「然り。」

「じゃあなんで騎士殿ここに居るの?、……大戦後の二百年後なんだよな?」

「ええ。まさか主人が未来にいるとは盲点でしたよ『ライラック・ヘズ』」

「指で概念形言作ってなぞるのやめてやめて、呪術やめて。なんかパワーアップしてる理由は解らないけどそれは俺に直に効く」

 

 微笑みで糸目のように細められていた目と瞳孔が神妙に開く。騎士殿実は激おこじゃねーか。

 

「あなた、権能も発動できないのに再生措置が完了する前に二回殺されたらどうやって蘇生する気だったんですか?」

「それは、ほら、あれだよ。俺、今『怪異』だから復活できるかなって」

「できません。なぜならあなたは回路を開く選択肢ができなかったから。あなた死に際こう思いましたね?、この複雑に飛んだ場所なら、死んでも本線には影響が及ばないと。」

「まるで俺が死んでも良かったみたいに言うのは聞き捨てならんな」

「事実でしょうが。」

 

 四面楚歌。味方も現状この時代に居ない。そんな環境の中、唯一味方として合流してきた騎士殿に殺されそうだった俺。助けに来たのにこの仕打ちですか、と再び笑顔を浮かべられて冷や汗が止まらない。

 そもそも、私にむざむざと殺されるとか馬鹿なんですか?、と一転して消え入りそうな声で騎士殿が憮然と言い払ってくれるので罪悪感が辛い。

 

「仕方ねーだろ解決策が思いつかなかったし、エネルギー切れで無差別に殺す前に俺を殺させるのが手っ取り早かったんだから。」

「あの場面は『長』に私を破壊させるのが最善でした。」

「そしたらお前復権できねーじゃ、……。」

「ヘズと同じものを持ってますよ」

「有無が解らなかったからあれが正解。」

 

 やめろやめろ無言でアイアンクローはやめたまえ。だって回路の中の呪いが怪物を取り込んでも俺は死なないという確信があったし、取り込まれても怪異だから復権できる自信があったんだよ。結果は呪い自体が赤子の手をひねるように呪い自体が簡単に浄化されていたから、永劫回帰の呪いじゃなかったら死んでたが。あ、これが怒りの原因ですね。魂魄の陣も決戦前に掘ったものだから騎士殿に情報がなかったし。まぁ終わり良ければ総て良しと宥めれば全力の理力が眼にぶち込まれる。治療の暴力は止めたまえ!

 そもそも騎士殿、バグはバグだと思ってたけど、対呪いに強すぎない?。形式だけのアイアンクローを両手で外せば何とも言えない顔で騎士殿が俺を見る。なんだよ。

 

「その呪い私では解けません。なんてものを背負わされてるんですか主殿。隻が混じってるとか意味がまったくわかりません。」

「そうだろね。俺も未だに解らないし。ついでに騎士殿、この呪いってさ永劫回帰の呪いなんだけど、現代で解呪可能なの?」

「無理ですね。それは今あなたと一体化してますから、解呪したら変転した要素が全部吹っ飛びます。呪い自体がヘズと言ってもいい。その呪いの作用が権能染みてますから、……解呪の道筋をたてて、隔離しない限り無理でしょう」

「胸の黒い怪異を止めるには?」

「解呪しない限り無理でしょう」

「やっぱ無理なんじゃねーか!!!」

「言葉は濁しますが、あなたが生きているのがマジモンの奇跡なのですからね」

「なんで今目をそらしながらいったんですかね騎士殿?」

「とりあえず腕。」

「はい。」

 

 さすが回復術士専門の迎撃、籠城、調伏、清浄に特化した騎士殿である。回路以外は万能だな。既に始まった器への浸食が祓われていくが、加速していく始末。逆に俺の体力が削られていると伝えると、長い長いため息と共に乱雑に頭混ぜられる。申し訳ないがこれはもう器の弱体化は復権時の怪異で固定されてる概念染みてるから不可能だよ。一度真っ白になったから、この器で全盛期を体現で戻せることに意味はあるけど。

 軽口叩き合っている間に別のアプローチ、焦げ付いている回路を癒してくれるがやはり一パーセントも回復しなかった。回路の復権を成した治癒士の情報を伝えれば、情報がありませんと騎士殿が唸るぐらいだからやっぱ復権だよなこれ。

 互いにやっぱりあの人は特別おかしいな、と頷き合うと、現状を把握する為に現代の都市や情報を尋ねられた。また聞きしたことを伝達した。

 

「悪いんだけど俺も昨日の今日で意識が点々と飛んでるんだ。此方も外からの情報を確実に求めてるぐらいだし。目覚めたの今日だし。何かあるか?」

「……一つ優先事項を。さっさとここを出ないと一人、感知した魔法使いが乗り込んできます。あなたが『長』を消したばかりに。」

「さっさといえ」

 

 ブラッグドッグを紙に写した魔法陣から呼び出せばなぜか俺は首根っこを咥えられた。騎士殿が『長』の鞍にまたがり次元の外に出た瞬間、黒いツバのあるとんがり帽子をかぶった女性が閉じたポイントを的確にマークして竜種にまたがって空を駆けていく。すれ違った一瞬、目が合った。

 

 自陣の座標に何事もなかったように戻るとゲイザーとヘンリックが大本が爆発した影響で群生化した小鬼共の掃討に追われていた。いたるところで罵詈雑言が聞こえる。大変そうである。

 危険度は一気に七から四に下がったが、まだ首級が複数いるらしい。

 うがー!と頭をかき乱しながら短剣を振り回すゲイザー。膾切りにしてるけど、手首をひねる動作が完全に鍵をまわすのそれ。どうやってんだ。

 

「やっと戻ってきたなガゼット!……、……お前なんで大きないぬっころに咥えられてんだ」

「反抗期ってやつです。最近構ってあげられなかったのが利いてるらしくて、冗談です、振り回すなやめろやめて馬鹿っやめてっ!?」

「そこの兄ちゃんはそいつの身内か?」

「主人がお世話になってます」

「騎士殿ォ!説明する前に降ろせ!物理的に足がつかないんですっってば!」

「しばらくそうされているのが良いかと。」

 

 ヘンリックと一目で意気投合した騎士殿がポイントを把握してくる。

 ゲイザーが可愛そうなもの見る目で此方を見てくる。べしべしと尾で五回ほど叩かれた後、静まりたもうたブラッグドッグに地面に降ろされた。ぼしゅんとまるで足元に穴が空いたようにブラッグドッグが俺の影に消える。時々黒い影が俺の背中をたたくことからまだ怒っているらしい。帰らねーからな、という確固たる意志を感じる。はい。戯れている間に騎士殿とヘンリックが指示を出しれくれたので、仕方なくそれに倣った。

 

 

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