遙かなる挑戦者と悠理の旅路   作:星乃 望夢

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波導の魂と、二心同体のプレリュード

 

 ユーリの自室。

 

 そこは、外の世界の喧騒から隔絶された、二人だけの聖域だった。

 

 ベッドの上では、ユーリが胡坐をかき、その膝の上には、彼に絶対の信頼を寄せるラルトスがちょこんと座っている。

 

 窓から差し込む午後の光が、ラルトスの空色の髪と、白い体を優しく照らし出していた。

 

「…ラルトス」

 

 ユーリは、まるで自分自身に語りかけるように、静かに口を開いた。

 

 彼の言葉は、声として発せられると同時に、波導を通じてラルトスの魂に直接流れ込んでいく。

 

「君は、本当に綺麗だ。誰が見ても、そう思うだろう」

 

 その言葉に、ラルトスは嬉しそうにユーリの胸にすり寄る。

 

 だが、ユーリから伝わってくる波導は、単なる賞賛だけではない。

 

 その奥に、深く、そして冷たい警戒心が潜んでいるのを、ラルトスは感じ取っていた。

 

「ホウエン地方における色違いの出現確率は、8192分の1。そして君は、ただ珍しいだけじゃない。ラルトスは、キルリア、そしてサーナイトへと、まるで一人の少女が美しい女性へと成長するように進化する。その美しさと希少性は、光が強ければ強いほど、濃い影を引き寄せる」

 

 ユーリの脳裏に、前世の記憶がよぎる。非道な手段でポケモンを捕獲し、高値で売りさばく闇の商人、ポケモンハンター。

 

 彼らにとって、この色違いのラルトスは、喉から手が出るほど欲しい「商品」に映るだろう。

 

「君を狙う悪意は、必ず現れる。それに、この世界には、もっと大きな脅威も存在する。カントーやジョウトを恐怖に陥れたロケット団も、いずれ三度、この世界のどこかで蘇るだろう。僕らは、常に危険と隣り合わせなんだ」

 

 ユーリの言葉は、ラルトスを怖がらせるためのものではなかった。

 

 これは、二人が共有すべき、冷徹な現実。

 

 そして、ラルトスもまた、ユーリの魂を通じてその言葉の真の意味を理解していた。

 

 彼が知る「未来」の記憶。

 

 そこに存在する、数多の脅威と悲劇の光景を。

 

 ユーリは、ラルトスの小さな両手を、そっと自分の手で包み込んだ。

 

「そして、極めつけは、あと二年後に、このホウエン地方で起こる大事件だ。超古代ポケモン、グラードンとカイオーガの復活。世界のバランスを崩壊させかねない、破滅の足音が、もうすぐそこまで近づいてきている」

 

 他の誰にも言えない、世界の運命を左右する秘密。

 

 だが、このラルトスには、全てを話せる。

 

 彼女は、自分の魂の半身であり、唯一無二の共犯者なのだから。

 

「座して待つことはできない。物語の筋書き通りに進むのを、ただ眺めているわけにはいかないんだ。たとえ、歴史をこの手で壊すことになったとしても、止めなければならない存在がいる」

 

 ユーリは、膝の上のラルトスを見つめる。

 

 その瞳は、真っ直ぐに自分を見返していた。

 

 恐怖の色はない。

 

 あるのは、絶対的な信頼と、共に戦うという強い意志だけだ。

 

「だから、ラルトス。僕たちは、強くならなければならない」

 

 その言葉は、命令ではなかった。

 

 それは、二人の間で交わされる、最初の、そして最も重要な「契約」。

 

「君を守るため。そして、僕たちが愛するこの世界を、僕たちの手で守り抜くために。単純明快だ。僕も、君も、誰よりも強くならなければならないんだ」

 

 ユーリの決意は、波導となってラルトスの魂を満たす。

 

 ラルトスは、その言葉に応えるように、ユーリの手に自分の小さな手を重ね、こくり、と力強く頷いた。

 

『はい。マスター』

 

 声にはならない、魂の声。

 

 しかし、その声は、他のどんな言葉よりも明確に、ユーリの心に届いていた。

 

 それは、世界の運命に抗うことを決意した、誰にも知られることのない、二人だけの、静かで、しかし何よりも固い誓いが交わされた瞬間だった。

 

 だが、理想を語るだけでは何も始まらない。

 

 ユーリは、まず現状を把握する必要があると考えた。

 

「ラルトス、君は今、どんな技が使えるんだ? 例えば、『ねんりき』は?」

 

 エスパータイプの基本ともいえる技。

 

 これが使えるかどうかでラルトスのおおよそのレベルが分かる。

 

 ラルトスはこてん、と首を傾げ、ふるふると横に振った。

 

 そして、代わりに「きゅるんっ」と、鈴を転がすような、愛らしい声を上げた。

 

「…『なきごえ』か?」

 

 相手の攻撃力を下げる補助技。

 

 それも悪くはない。

 

 しかし、ラルトスはまたしても首を横に振る。

 

 そして、ユーリの机の上に置いてあった小さな消しゴムを、その細い指でちょいと指差した。

 

「?」

 

 ユーリが不思議に思っていると、ラルトスはもう一度、今度はその消しゴムに向かって、先ほどと同じように「きゅるんっ!」と、可憐な声を響かせた。

 

 その瞬間、信じられないことが起こった。

 

 パンッ! と、乾いた音を立てて、机の上の消しゴムが、まるで内側から弾けるように粉々に砕け散ったのだ。

 

 ユーリは、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 

 ただの鳴き声ではない。

 

 明らかに、攻撃の意思と力が乗っていた。

 

 音波による、必中の攻撃。脳裏に、前世の記憶が閃光のように駆け巡る。

 

「ま、まさか…『チャームボイス』……?」

 

 その声は、自分でも驚くほどにかすれていた。

 

 信じられないものを見るようにラルトスに視線を戻すと、彼女は「どうだ!」と言わんばかりに、ふんす、と胸を張り、得意げな顔でこちらを見上げていた。

 

 ユーリは、思わず頭を抱えた。

 

 チャームボイス。

 

 それは、第6世代で登場した、フェアリータイプの特殊技。

 

 絶対に当たるという特性を持ち、ドラゴンタイプに効果が抜群な、あの技だ。

 

(マジか…マジなのか…?)

 

 魂が繋がっているという感覚はある。

 

 自分の波導が、彼女の驚異的な回復を促したことも理解している。

 

 だが、まさか、自分の魂の記憶と知識が、彼女の能力にまで影響を及ぼすとは、夢にも思っていなかった。

 

(いや、待て、落ち着け俺…)

 

 ユーリは、必死に自分の思考を整理しようと試みる。

 

(確かに、後の時代では、プリンやピッピといったノーマルタイプのポケモンが、後付けでフェアリータイプを付与された。だから、元々その素養を持つポケモンがいても、あり得ない話ではないのかもしれない。だが、それはあくまで、フェアリータイプという概念が発見された後の話だ!)

 

 この世界は、まだ第3世代。

 

 フェアリータイプの「フ」の字も存在しない、鋼と悪とが猛威を振るう時代なのだ。

 

 そんな環境で、フェアリータイプの技が使えてしまう。

 

 この事実が、ユーリの頭を混乱させた。

 

(タイプ相性も、技の効果も、この世界の常識とは全く違う。アドバンテージがあまりに大きすぎる。というか、ヤバいんじゃないか、これ…?)

 

 自分のパートナーが未知の力を秘めているという事実は、喜ばしいと同時に、底知れない恐怖をもたらした。

 

 世界の法則を、自分とこの小さなラルトスが、意図せずして破壊してしまっている。

 

 その事実が、ずしりと重くのしかかる。

 

 頭を抱え、うんうん唸るユーリを、ラルトスは不思議そうに、そして少しだけ心配そうに見つめていた。

 

 彼女にとっては、マスターが喜んでくれると思って見せた、技の一つでしかないのだから。

 

 そして、ユーリが抱える本当の苦悩の理由──自分の魂の記憶がダダ漏れであること──を、彼自身が全く気づいていないという、この上なく愛おしい事実に、心の中で小さく微笑むのだった。

 

「…はぁ」

 

 ユーリは、大きなため息を一つついて、天を仰いだ。

 

 どうやら、自分が考えていた以上に、この小さなパートナーは、とんでもない爆弾を抱えているらしい。

 

 そして、その爆弾の信管を、自分自身が握っているのだ。

 

「…君、本当にすごいな…」

 

 呆れと、賞賛と、そして少しの諦めが混じった声で呟くと、ユーリは得意げな顔を崩さないラルトスの頭を、くしゃくしゃと撫でてやるのだった。

 

 自分たちの前途は、どうやら波乱に満ちたものになりそうだ。

 

 ユーリは、そのことを、この日、改めて痛感させられた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 「チャームボイス」という、あまりにも強力で、そして時代不相応な切り札。

 

 ユーリは、この力を公の場で使うのは、最後の最後の手段にしなければならないと固く決意した。

 

 この世界の常識から逸脱した力は、ラルトスを、そして自分自身を、無用な危険に晒しかねないからだ。

 

 まずは、エスパータイプとしての基本を固める必要がある。

 

「とにかく、『ねんりき』を覚えよう。それができれば、戦い方の幅が大きく広がる」

 

 しかし、ラルトスはまだ幼く、自力で新たな技を覚えるには時間がかかる。

 

 世界の危機が迫っている今、悠長なことは言っていられない。

 

 ユーリは、戸棚の奥に隠していた宝物を取り出した。

 

 それは、母のジグザグマが「ものひろい」の特性で、長い時間をかけてこつこつと拾い集めてくれた、虹色に輝く不思議なキャンディ──「ふしぎなアメ」だった。

 

「ラルトス、これを食べてみて」

 

 ラルトスはユーリが差し出したアメを、何の疑いもなくこくりと飲み込んだ。

 

 ユーリを絶対的に信頼している彼女にとって、彼がくれるものに悪いものなどあろうはずがなかった。

 

 アメを食べ終えると、ラルトスの体から柔らかな光があふれ、その身に新たな力が満ちていくのを感じる。

 

 試しに、もう一度消しゴムに向かって意識を集中させると、今度は確かに、目に見えない不思議な力でそれを宙に浮かび上がらせることができた。

 

「よし、これで『ねんりき』は大丈夫だな」

 

 ユーリは安堵の息をつく。

 

 これで、ラルトスのレベルは6相当になったはずだ。

 

 現在の技構成は、「ねんりき」「チャームボイス」「かげぶんしん」「なきごえ」。

 

 チャームボイスは隠し玉にするとして、ねんりきで攻撃し、かげぶんしんで回避、なきごえで相手の攻撃力を下げる。

 

 基本的な戦術は、これで組み立てられる。

 

(とりあえず、これでどうにかなるか…)

 

 思考を巡らせ、今後の育成計画を練っていると、急に強い眠気が襲ってきた。

 

 嵐の夜から、ラルトスの救出、ポケモンセンターでの看病、そして今に至るまで、常に波導を使い続けてきたのだ。

 

 その消耗は、まだ幼い彼の体にはあまりにも大きかった。

 

 ユーリは、ラルトスをそっと抱きかかえてベッドに潜り込む。

 

 腕の中に収まる、小さな温もり。

 

 その存在が、疲労困憊の心をじんわりと癒していく。

 

「…おやすみ、ラルトス」

 

 眠りに落ちる寸前、ユーリはまるでそれが毎晩の習慣であるかのように、ラルトスの頭のオレンジ色のツノに、そっと唇を寄せた。

 

 おやすみのキス。

 

 それは、この世界で出会えた奇跡への、感謝の証だった。

 

 ラルトスは、そのキスを静かに受け止め、ユーリの胸に顔をうずめる。

 

 彼の心臓の音と、穏やかな波導のリズムが、何よりも心地よい子守唄だった。

 

 マスターの魂の記憶にある、数多のライバルたち。

 

 そして、この世界でこれから出会うであろう、ハルカという大きな才能。

 

 それら全てを乗り越え、自分が彼の「最高のパートナー」になるのだと、ラルトスは静かに、しかし強く、心に誓う。

 

 深い安堵と、確かな決意に包まれながら、二人と一匹は、穏やかな眠りへと落ちていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 嵐が過ぎ去り、トウカシティが日常を取り戻した日。

 

 トレーナースクールも、数日ぶりに再開された。

 

 ユーリは、いつもの通学路を、新たなパートナーと共に歩いていた。

 

 彼の腰のベルトには、普段見慣れない、パールホワイトに輝くプレミアボールが誇らしげに装着されている。

 

 それは、ラルトスのためのボールだ。

 

 しかし、当のラルトスはボールの中にはおらず、ユーリの隣をちょこちょこと歩き、その小さな手を固く握っていた。

 

 嵐の後、ユーリはラルトスと共に、町の復旧作業を積極的に手伝った。

 

 折れた枝や瓦礫を、ラルトスの「ねんりき」で片付ける。

 

 その光景は、多くの人々の目に留まった。

 

 超能力で瓦礫を浮かせる、空色の髪をした不思議なラルトスと、それを操る少年。

 

 その甲斐もあって、この特別なポケモンがユーリのパートナーであることは、大きな混乱なく、一種の微笑ましいニュースとして町の人々に受け入れられていた。

 

 スクールの門をくぐると、やはり、全ての視線がユーリとラルトスに集中した。

 

 トレーナー免許を取得する前に、自分だけのポケモンを持つ。

 

 それは、親の教育方針によっては時折見られる光景だ。

 

 しかし、それは子供たちの集団生活の中に、明確な「特別」を作り出すことでもあるため、ごく一般的な家庭ではあまり行われない。

 

 10歳になれば、誰もが初心者用のポケモンを貰えるのだ。

 

 それ以前に個別のポケモンを与えられるのは、よっぽどの事情があるか、あるいは──よっぽどの、トレーナーとしての才能を持っている場合に限られる。

 

 もし、他の子供がラルトスを連れていたら、それは嫉妬やっかみの対象になったかもしれない。

 

 「ずるい」「なんであいつだけ」。

 

 そんな声が、どこからか聞こえてきたはずだ。

 

 だが、ユーリは違った。

 

 彼の腰に輝くプレミアボールと、その隣を歩く世にも珍しい色違いのラルトスは、誰の目にも「嫉妬」ではなく、「納得」の象徴として映っていた。

 

「すげぇ…やっぱりユーリは、本物のポケモンを持ってるんだ」

 

「あのラルトス、色が違う…! きれい…」

 

 羨望、興味、そして尊敬。

 

 子供たちがユーリに向けるのは、常にポジティブな感情だった。

 

 なぜなら、彼らは知っているからだ。

 

 ユーリが、レンタルポケモンのケムッソですら、誰にも真似できない戦術で勝利に導く、規格外の才能の持ち主であることを。

 

 彼ほどのトレーナーならば、特別なポケモンをパートナーにすることも当然だ。

 

 むしろ、そうでなくては釣り合わない。

 

 子供たちの間には、既にそんな共通認識が出来上がっていた。

 

 ユーリは、そんな視線を気にするでもなく、自分の席に着く。

 

 ラルトスは、まるでそれが当たり前であるかのように、ユーリの足元にちょこんと座り込んだ。

 

 その光景を、教室の後ろの席から、ハルカがじっと見つめていた。

 

 また、先を行かれてしまった。

 

 悔しい、という気持ちがないわけではない。

 

 だが、それ以上に、彼女の心を満たしていたのは、燃え上がるような闘争心だった。

 

(やっぱり、すごいな、ユーリは)

 

 あのラルトスは、きっとユーリにしか扱えない。

 

 そして、自分もいつか、あんな風に、誰からも認められる特別なパートナーを見つけ、彼の隣に立つライバルになるのだと。

 

 ユーリという「特別」は、周囲の子供たちにとって、妬みの対象ではなく、目指すべき「目標」そのもの。

 

 彼の存在が、この小さなトレーナースクール全体のレベルを、知らず知らずのうちに引き上げていることを、まだ誰も気づいてはいなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 待ちに待った、バトル実習の時間。

 

 ユーリがいつものようにカラサリスを借りようとすると、子供たちから期待に満ちた声が上がった。

 

「ユーリ! 今日はそのラルトスで戦ってくれよ!」

 

「見たい、見たい! ユーリの本当のポケモン!」

 

 スクールのレンタルポケモンは、扱いやすいジグザグマ、ケムッソ、そして少々気性が荒いが技は単純なポチエナが基本だ。

 

 彼らは皆、物理攻撃が主体であり、ポケモンバトルの基礎を学ぶには最適だった。

 

 キャモメやハスボーといった特殊技を使うポケモンも森にはいるが、初心者には少しクセが強く、レンタル用としては用意されていない。

 

 そんな中、突如として現れたニューフェイス、ラルトス。

 

 しかも、それはレンタルポケモンではなく、ユーリという一人のトレーナーと心を交わした、正真正銘のパートナー。

 

 その姿は、子供たちにとって、もうすぐそこに見えて、けれどまだ遠い、二年後の自分たちの理想の姿そのものだった。

 

 彼らがそのバトルを見たくなるのも、無理からぬことだった。

 

「…わかった」

 

 その純粋な好奇心を無下にするのも野暮だろう。

 

 ユーリは、子供たちの声に応え、ラルトスと共にバトルフィールドに立った。

 

 しかし、その光景は、いつもとは明らかに異なっていた。

 

 カラサリスの時は、ただモンスターボールを投げてバトルを開始するだけだった。

 

 だが、ユーリはラルトスを前にすると、まるでこれからスポーツでも始めるかのように、ゆっくりと体を解し始めたのだ。

 

 屈伸、伸脚、肩回し。

 

 一つ一つの動きは、ごく普通の準備体操だ。

 

 だが、異常だったのは、彼の隣に立つラルトスだった。

 

 ユーリが右腕を伸ばせば、ラルトスも右腕を伸ばす。

 

 ユーリが腰を回せば、ラルトスも小さな体をくるりと回す。

 

 それは、主人の動きを真似ている、というレベルではない。

 

 まるで鏡に映したかのように、あるいは一つの体を共有しているかのように、寸分の狂いもなく、完璧にシンクロしていたのだ。

 

 そして、数分の準備体操が終わった瞬間。

 

 ユーリとラルトス、二人を包む空気が、がらりと変わった。

 

 しん、と静まり返るフィールド。

 

 先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、肌を刺すような、鋭い緊張感が辺りを支配する。

 

 エスパータイプのポケモンは、トレーナーと心を通わせるのが基本だ。

 

 故に、力を示せば従えられるドラゴンタイプとはまた異なり、その扱いは極めて難しいと言われる。

 

 トレーナーが邪な心を持てば、ポケモンは反発し、言うことを聞かない。

 

 あるいは、その悪意に染まり、共に堕ちていく。

 

 トレーナーの精神性が、ダイレクトにポケモンの力に影響する、最も繊細なタイプ。

 

 半身に構えるユーリ。

 

 それと完璧にシンクロし、同じ構えを取るラルトス。

 

 その姿は、もはや「トレーナーとポケモン」という関係性には見えなかった。

 

 それは、一つの魂を分かち合った、二心同体の戦士。

 

 あるいは、これから始まる戦いを前に、静かに呼吸を合わせる、一組の熟練のダンサー。

 

 子供たちは、言葉を失っていた。

 

 目の前で起きていることが、自分たちの知っているポケモンバトルとは、あまりにもかけ離れている。

 

 ただならぬ雰囲気、としか言いようのない、静かで、しかし圧倒的なプレッシャーが、その小さな二人から放たれていた。

 

 まだ、技は一つも繰り出されていない。

 

 だが、その場にいた誰もが、確信していた。

 

 これから、とんでもないものが始まるのだ、と。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 対戦相手は、スクール内でも好戦的なポチエナ。

 

 あくタイプであるポチエナに対して、エスパータイプのラルトスのメインウェポンである「ねんりき」は効果がない。

 

 相性だけで見れば、ラルトスが圧倒的に不利。

 

 誰もがそう思っていた。

 

 バトル開始の合図と共に、相手の少年が叫ぶ。

 

「ポチエナ、すなかけだ!」

 

 視界を奪い、こちらの命中率を下げる、定石通りの一手。

 

 舞い上がった砂が、ラルトスへと襲いかかる。

 

 しかし、ユーリは慌てない。

 

「ラルトス、足元の砂を、ねんりきで巻き上げろ!」

 

 ラルトスは、目に見えない力で自らの足元の砂を竜巻のように巻き上げ、飛来する砂の壁を、より巨大な砂の壁で相殺してしまった。

 

「なっ…!」

 

 相手の少年が驚きに目を見開く。

 

 復旧作業で持ち上げた木やレンガに比べれば、砂粒など羽のように軽い。

 

 子供たちは、そしてハルカも、この時になってようやく思い出す。

 

 ユーリという少年は、補助技である「いとをはく」ですら、物理的な攻撃技へと変えてしまう、常識外れの天災なのだと。

 

 ならば、より自由度の高いエスパータイプのポケモンを手に入れたら、どうなるのか?

 

 その答えが今、目の前で繰り広げられていた。

 

「そのまま、砂嵐でポチエナを囲め!」

 

 ラルトスが操る砂の竜巻が、ポチエナの周囲を渦巻き、その動きを完全に封じ込める。

 

 身動きが取れず、混乱するポチエナ。

 

 だが、ユーリの本当の狙いは、そこではなかった。

 

 彼は、まるでスクールの生徒全員に語りかけるかのように、静かに、しかしはっきりと告げた。

 

「ポケモンバトルは、地形を使えばこんな事もできる。でも、それだけじゃない。ポケモンバトルに勝つ為には、タイプ一致のメインウェポンが効かない時の為に、サブウェポンを用意しておくのがセオリーなんだ」

 

 その言葉と同時に、ユーリは鋭く指示を飛ばす。

 

「ラルトス、めざめるパワー!」

 

「ラーッ!!」

 

 ラルトスの小さな体から、今までとは質の違う、燃えるような赤いオーラが立ち昇る。

 

 両手に収束されたエネルギーの奔流が、自らが作り出した砂嵐を内側から吹き飛ばし、中心にいたポチエナに直撃した。

 

 悲鳴と共に吹き飛ばされるポチエナ。

 

 フィールドには、物が焼けるような、独特の匂いが微かに漂う。

 

 誰の目にも明らかだった。

 

 今放たれた「めざめるパワー」のタイプは、ほのおタイプ。

 

 ユーリが、ジグザグマの「ものひろい」で得た、貴重なわざマシンで覚えさせた、隠し玉だった。

 

 これで、ラルトスの技構成は「ねんりき」「チャームボイス」「かげぶんしん」、そして「めざめるパワー(ほのお)」。

 

 あくタイプのポチエナには、ほのお技で。

 

 もし相手が、カラサリスやマユルドといったむしタイプなら、文字通り焼き尽くすことができる。

 

 それ以外の相手には、強力な「ねんりき」が飛んでくる。

 

 そして、こちらが「とおぼえ」や「しっぽをふる」で体勢を整えようとすれば、その隙に「かげぶんしん」で幻影を作り出し、的を絞らせない。

 

 ポケモンが変わっても、ユーリのバトルスタイルは何も変わっていなかった。

 

 相手の対策に対して、常に複数の選択肢を突きつけ、思考の迷路へと誘う。

 

 さらに、タイプ相性が最悪の相手ですら想定し、それを覆すための一手を、周到に用意しておく。

 

 この一戦は、子供たちにとって、単なる「負けバトル」ではなかった。

 

 そこには、明確な「学び」があった。

 

 メインウェポンだけに頼らず、サブウェポンを用意することで、「詰み」の状態を回避できること。

 

 そして、どれほど相性が悪くとも、戦略と準備次第で、勝利への道筋は必ず見つけ出せるのだということ。

 

 ユーリとラルトスが見せた、たった一度のバトル。

 

 それは、このトレーナースクールに、ポケモンバトルの新たなセオリーが誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

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