遙かなる挑戦者と悠理の旅路   作:星乃 望夢

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ようこそ、本当のポケモンバトルへ

 

 午後の日差しが訓練場に降り注ぐ頃、ついに交流実習のメインイベント、交流バトルが始まった。

 

 そのオープニングを飾ったのは両校の生徒が最も使い慣れたポケモン、ジグザグマ同士のミラーマッチ。

 

 カナズミシティからは常に成績上位の優等生、マサルが。

 

 対するトウカシティからはユーリの戦術を熱心に研究するリョウジがフィールドに立った。

 

 開始の合図と共に先に動いたのは、カナズミシティのマサルだった。

 

 彼の動きには、一切の迷いがない。

 

「ジグザグマ、『しっぽをふる』!」

 

 その最も合理的で美しい初手。

 

 カナズミシティの生徒たちから、「そうだ、それでいい!」と、賞賛の声が飛ぶ。

 

 しかし、対峙するトウカシティのリョウジは、その光景をどこか冷めた目で見つめていた。

 

(…やっぱりな。教科書通りだ。ユーリなら、この一手だけで、相手の思考レベルを何手見切るだろうな)

 

 彼の口元に、ほんの少しだけ不敵な笑みが浮かぶ。

 

「ジグザグマ、慌てるな。『なきごえ』だ!」

 

 その、あまりにも予想外な一手に、マサルは一瞬思考が停止する。

 

(なっ…なぜ、ここで『なきごえ』…? 防御が下がっているのに、相手の攻撃力を下げる? 意味がないじゃないか…!)

 

 その、コンマ数秒の思考のノイズ。

 

 それこそが、リョウジが仕掛けた最初の罠だった。

 

「ジグザグマ、『たいあたり』!」

 

 戸惑いながらも、マサルは次の定石である攻撃を指示する。

 

 ジグザグマは主人の声に応え、まっすぐに最短距離で敵へと突進する。

 

 だが、そのタイミングは完全に読まれていた。

 

「来るぞ! 右に半歩跳んで、懐に潜り込め!」

 

 リョウジのジグザグマは、相手が突進してくるその僅か手前で、まるで予測していたかのように、しなやかなバネで右に跳躍。

 

 相手の攻撃を、毛先をかすめるほどの距離でかわし、がら空きになった無防備な横腹へと、その身を滑り込ませた。

 

 そしてリョウジは、追撃の指示を間髪入れずに叩き込む。

 

「そのままぶちかませ! 『ずつき』!」

 

 カウンター気味に、強烈な「ずつき」がマサルのジグザグマの脇腹にめり込んだ。

 

「ジグッ…!?」

 

 不意の、そして予期せぬ角度からの衝撃に、マサルのジグザグマが苦悶の声を上げてたたらを踏む。

 

 マサルは混乱していた。

 

 なぜだ? なぜ、自分の完璧な定石が、こうも簡単に対処される?

 

 彼が知らないのも無理はなかった。

 

 トウカシティの生徒たちは、ユーリという、常に二手三手先を読んでくる怪物と戦う中で、「技の効果」だけでなく、「技を、どう使うか」という、無限の応用性を骨の髄まで叩き込まれているのだ。

 

 リョウジの初手「なきごえ」は、「しっぽをふる」で下げられた防御力に対して相手の攻撃力を下げて対処するためではない。

 

 相手の思考を揺さぶり、次の行動を、単調な「たいあたり」に誘導するための、巧妙な「釣り餌」だったのである。

 

 その後もバトルは、トウカシティのリョウジの完全なペースで進んだ。

 

 マサルが教科書通りの美しいコンビネーションを組み立てようとするたび、リョウジはその定石のほんの僅かな隙間を突くような、具体的で、そして残酷な指示で、その流れを断ち切っていく。

 

 それはもはや「競技」ではなかった。

 

 相手の思考パターンを読み、その心理を揺さぶり、常に主導権を握り続ける。

 

 ユーリという絶対的な王者が支配する魔境で生き抜くために編み出された、高度な「心理戦」。

 

 やがて、マサルのジグザグマが力なくフィールドに倒れた時。

 

 カナズミシティの生徒たちは、静まり返っていた。

 

 自分たちのエース格がなぜ負けたのか。

 

 その理由を、彼らはまだ完全には理解できずにいた。

 

 ただ、自分たちが信じてきた「正しさ」が、目の前でいとも容易く覆されたという、漠然とした、しかし、確かな敗北感だけが、その胸に重くのしかかっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 先のジグザグマ戦での、衝撃的な敗北。

 

 カナズミシティの生徒たちの間に、初めて「トウカシティは、ただの田舎のスクールではない」という、漠然とした警戒心が生まれていた。

 

 その、少しだけ張り詰めた空気の中、第二戦、ポチエナ同士のミラーマッチが始まった。

 

 カナズミシティ側は、先ほどのエースとは違う、より攻撃的な戦術を得意とする少年、ユウタ。

 

 対するトウカシティ側は、ユーリの「攻撃型アゲハント」に心酔する少女、ミキだ。

 

 開始の合図。今度も、先に動いたのは、カナズミシティ側だった。

 

「ポチエナ、『とおぼえ』!」

 

 その指示に、カナズミシティの生徒たちから安堵の声が漏れる。

 

 そうだ、それでいい。

 

 ポチエナの強みは、その攻撃力。

 

 「とおぼえ」で、その牙をさらに鋭く研ぎ澄ます。

 

 これこそが、ポチエナの最も強く、最も美しい戦い方だ。

 

 しかし、トウカシティのミキは、その光景を冷ややかに、そして、まるで「待っていました」とでも言うかのように眺めていた。

 

(やっぱりな…教科書通り。ユーリならこう言うはずだ。「相手に、気持ちよく『積み』をさせるな」って)

 

「ポチエナ、チャンスだよ! 相手が声を張り上げてる、その無防備な喉元に、砂をぶちまけてやんな! 『すなかけ』!」

 

 その、あまりにも品がなく、しかし、あまりにも効果的な指示。

 

 ユウタのポチエナが、天に向かって雄叫びを上げている、その、完全に無防備な瞬間に、ミキのポチエナが蹴り上げた砂が容赦なく襲いかかった。

 

「グッ…!? ゲホッ、ゲホッ…!」

 

 雄叫びは、無様な咳き込みへと変わり、ユウタのポチエナは、目だけでなく、口の中まで砂まみれになってしまう。

 

「なっ…汚いぞ!」

 

 タケシが、思わず抗議の声を上げる。

 

 しかしミキは悪びれる様子もなく、冷たく言い放った。

 

「汚い? バトルに、きれいも汚いもあるわけ? 相手が隙を見せたら、そこを突く。それだけだよ」

 

 トウカシティの生徒たちは、ユーリの戦術だけでなく、その、勝利に対する冷徹なまでの「哲学」すらも、吸収していたのだ。

 

「うろたえるな! 『たいあたり』だ!」

 

 砂を吐き出しながらも、ユウタは攻撃を指示する。

 

 「かみつく」は、同じあくタイプには効果がいまひとつ。

 

 ならば、威力の上がった「たいあたり」で確実にダメージを与える。

 

 これもまた、セオリー通りの正しい判断だった。

 

 だが、ミキはその反撃すらも完全に読み切っていた。

 

「来るよ! その場から動くな、ギリギリまで引きつけて…今だ、左に跳べ!」

 

 ミキのポチエナは、まるで猛牛をかわすマタドールのように、最小限の動きで、相手の直線的な突進を回避する。

 

 空を切ったユウタのポチエナが、体勢を崩した、その一瞬の隙。

 

「今だ! がら空きの横っ面に、思いっきり『たいあたり』を叩き込んで!」

 

 カウンター気味に、強烈な一撃が、タケシのポチエナの脇に突き刺さった。

 

「くっ…! ならば、『すなかけ』だ!」

 

 体勢を立て直したユウタは、相手の命中率を下げ、状況を五分に戻そうと試みる。

 

 これもまた、教科書的な守りの定石。

 

 しかし、その「定石」こそが、トウカシティの修羅たちにとっては、最大の「カモ」なのである。

 

「『すなかけ』には、『すなかけ』だ。相手の砂に、こっちの砂をぶつけて、もっとでかい砂煙を作りな!」

 

 ミキの指示に、ユウタは「何を言っているんだ?」と、一瞬理解が追いつかない。

 

 だが、次の瞬間、彼は自分たちの知る「すなかけ」が、いかに限定的な使い方であったかを思い知らされる。

 

 二つの砂塊が空中で衝突し、フィールドの中央に視界を完全に遮断する、濃密な「砂煙の壁」が出現したのだ。

 

 そして、ミキのポチエナはその砂煙の中へと音もなく姿を消した。

 

「どこだ…!? どこから来る!?」

 

 ユウタと彼のポチエナは、完全に不測の事態に陥り、ただ怯え、混乱するしかない。

 

 砂煙の中から一方的な攻撃が始まる。

 

 背後から、側面から、時には、足元から。

 

 ミキのポチエナは砂煙を隠れ蓑に、一方的に、そして確実に、ユウタのポチエナの体力を削っていく。

 

 悲鳴だけが砂煙の中から断続的に響き渡る。

 

 それはもはや、バトルではなかった。

 

 地形を自らの手で作り出し、それを隠れ蓑として、一方的に敵を狩る。

 

 ユーリが見せた、戦術の応用。

 

 その、ほんの初歩。

 

 しかし、その「初歩」ですら、カナズミシティのエリートたちにとっては、理解不能な、悪夢のような光景だったのである。

 

 美しい城を、丹精込めて築き上げようとする建築家が、その土台を、ダイナマイトで何度も、何度も、爆破される。

 

 自分たちの「正義」が、相手のより狡猾で、より実践的な「正義」の前になすすべなく蹂躙されていく。

 

 カナズミシティの生徒たちは、この二戦目にして、自分たちとトウカシティの修羅たちとの間に横たわる戦術思想の根本的な、そして、絶望的なまでの格差を、思い知らされることになったのである。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 先の二戦でトウカシティの生徒たちの常識外れの戦術思想に、既に心を折られかけていたカナズミシティの生徒たち。

 

 しかし、彼らの中にはまだ、最後の希望が残っていた。

 

 それは、自分たちが最も得意とし、最も美しく育て上げたと自負するポケモン──アゲハント。

 

「…大丈夫だ。アゲハントなら、負けない」

 

「僕たちのアゲハントは、ホウエンで一番、美しいんだから…」

 

 彼らの言葉通り、フィールドに現れたカナズミシティのアゲハントは、まさしく芸術品だった。

 

 丹念に手入れされた翅は、光を浴びて七色に輝き、その優雅な羽ばたきはまるでバレリーナが舞うかのよう。

 

 ふわりと、軽やかに滞空するその姿は、バトルフィールドを一瞬で華やかなコンテストステージへと変えた。

 

 対する、トウカシティ側のアゲハント。

 

 その姿は、どこかくたびれ、翅には、これまでの激戦を物語るかのような、小さな傷がいくつか見て取れる。

 

 その光景に、カナズミシティの生徒たちは僅かながらも自信を取り戻していた。

 

 しかし、バトル開始の合図と共に彼らは自分たちの認識が根本から間違っていたことを思い知らされる。

 

 カナズミシティのアゲハントが、優雅に距離を取りながら「かぜおこし」を放つ。

 

 それは相手を牽制し、有利なポジションから次の攻撃に繋げるための、洗練された動きだった。

 

 だが、トウカシティのアゲハントはその風に流されない。

 

 バッ、と、空気を叩く、鋭い音。

 

 これまで、ふわりふわりと飛んでいたはずのその翅が、まるで戦闘機のフラップのように角度を変え、力強い羽ばたきで風を切り裂き、その場に踏みとどまったのだ。

 

 それはもはや、蝶の「羽ばたき」ではなかった。

 

 空気を掴み、推進力に変える、とりポケンの「飛行」そのものだった。

 

 そして、次の瞬間。

 

 トウカシティのアゲハントは滞空をやめ、その体を一直線の弾丸のように、カナズミシティのアゲハントへと向けて加速させた。

 

「なっ…!?」

 

 その、あまりにも荒々しく、攻撃的な機動にカナズミシティのトレーナーは、反応が遅れる。

 

 彼らが知っているアゲハントは、こんな「飛び方」はしない。

 

 トウカシティのアゲハントは、一瞬で相手の懐に潜り込むと、そこから壮絶なドッグファイトを仕掛け始めた。

 

 急上昇、急降下、そして、相手の背後を取るための錐揉みのようなスピン。

 

 ユーリという悪魔との対空戦で、生き残るために、その体に叩き込まれた異次元の戦闘機動。

 

 カナズミシティのアゲハントは、ただ、美しい「舞」を踊ることしか知らない。

 

 しかし、トウカシティのアゲハントが繰り広げているのは、相手を撃墜するためだけの、無慈悲な「戦闘飛行」。

 

「『かぜおこし』を、ぶつけろ!」

 

 トウカシティのトレーナーが叫ぶ。

 

 そのアゲハントが放つ風は、もはやそよ風ではない。

 

 力強い羽ばたきによって生み出された、鋭い空気の刃だった。

 

 ジグザグマやポチエナの戦いでは、まだ分かりにくかったかもしれない、両校の「格差」。

 

 しかし、この、三次元の空間を自由に動き回るアゲハントという存在は、その差を誰の目にも明らかな形で、残酷に、そして美しく、描き出した。

 

 カナズミシティのアゲハントが、華麗な「ショー」を見せている間に、トウカシティのアゲハントは、冷徹な「狩り」を行っていた。

 

 やがて、ゼロ距離での格闘戦に翻弄され、的確に急所を突かれ続けた美しいアゲハントが、力なくフィールドに墜ちていく。

 

 その光景は、カナズミシティの生徒たちの、最後の希望とプライドが完全に砕け散った瞬間を、象徴していた。

 

 自分たちが信じてきた「美しさ」が、より過酷な環境で磨き上げられた「強さ」の前では、あまりにも無力であるという残酷な真実を、彼らはこの日、初めて学んだのであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 本日最後の実習、ダブルバトル。

 

 そのフィールドに立ったのは、カナズミシティが誇る選りすぐりのエース生徒二人。

 

 そのパートナーは華麗なアゲハントと、獰猛なポチエナ。

 

 シングルバトルでの雪辱をこの連携戦で果たそうと、その瞳には闘志がみなぎっていた。

 

 対するは、ユーリただ一人。

 

 しかし彼の両隣には、まるで近衛兵のように二匹のアゲハントが静かに滞空していた。

 

 その姿を見た瞬間、カナズミシティの生徒たちの間にほんの少しだけ、安堵の空気が流れた。

 

 先ほどシングルバトルで見たトウカシティの生徒のアゲハント。

 

 その翅は、激戦を物語るかのように傷つき、その飛び方は蝶というよりは、荒々しい鳥のようだった。

 

 しかし今、目の前にいるユーリのアゲハントは全く違った。

 

 その翅は丹念に手入れされ、傷一つなく、光を浴びて絹のように輝いている。

 

 その佇まいは荒々しさとは無縁の、絶対的な自信からくる「気品」そのものだった。

 

「…そうかあのアゲハントが、特別だったんだ」

 

「あのアゲハントたちこそが、本来の、美しいアゲハントなんだ。これなら、僕たちの戦い方でも、通用するかもしれない…!」

 

 彼らは、ユーリの「気品」を、自分たちの「常識」の範疇にあるものだと、そう、信じたかったのだ。

 

 だが、その甘い希望的観測はバトル開始の合図と共に木っ端微塵に粉砕される。

 

「ポチエナ、『とおぼえ』!」

 

「アゲハント、『かぜおこし』!」

 

 カナズミシティ側が、教科書通りの、完璧な連携で攻撃を仕掛ける。

 

 ユーリのアゲハントたちは、その号令を待つまでもなく、左右へと散開すると、全く異なる動きを見せた。

 

 一方が、相手の「かぜおこし」の風に乗り、まるで凧が空に吸い込まれるように、一気に、高く、高く、舞い上がった。

 

 その瞬間、カナズミシティの生徒たちは、悪夢の再来を見た。

 

 あの、荒々しいアゲハントが見せた、蝶とは思えぬ、戦闘機のような機動。

 

 その「源流」が、今、目の前にあるのだと。

 

 ユーリのアゲハントの動きは荒々しさこそない。

 

 しかし、その一つ一つの動きは、より洗練され、より精密で、そして、より「殺意」に満ちていた。

 

 混乱と沈黙に包まれた彼らのすぐ隣で。

 

 トウカシティの子供たちの、あまりにも日常的で、そして、あまりにも残酷な「公開解説」が始まった。

 

「あー、始まったな。ユーリの『制空権確保』」

 

 一人の少年が、やれやれ、といった表情で呟く。

 

「せい…くうけん…? なんだ、それは…?」

 

 近くにいたカナズミシティの生徒が、藁にもすがる思いで聞き返す。

 

「見てなよ。まず、片方を高く飛ばして、完全に上を取るんだ。これで、飛べないポチエナは、もう、ただの的になる。下手に攻撃しようとしても、空の上のアゲハントには届かないだろ?」

 

 その言葉と同時に、空高く舞い上がったアゲハントが、ポチエナの頭上から狙いすました「どくばり」を、雨のように降らせ始めた。

 

 ポチエナは逃げることすらできず、その場に釘付けにされる。

 

「そんな…! なら、もう一匹のアゲハントを、二人で集中攻撃すればいいじゃないか!」

 

 カナズミシティのエースが、必死に活路を見出そうと叫ぶ。

 

 それは数的有利を活かした、当然の反撃案だった。

 

 しかし、その声はトウカシティの別の生徒の、冷めた一言によってかき消された。

 

「無駄だよ。下にいる奴は、『タンク役』だから」

 

「…タンク? 盾ってことか…?」

 

「ああ。わざと、お前らの攻撃を引きつけて、『かたくなる』で全部受け止めるための囮りで、ただの『盾』さ。そいつを攻撃してる間に、上の奴がやりたい放題になる。ダブルバトルは、ただ攻撃するだけじゃない。どっちが、相手の攻撃を効率よく引き受けながら攻撃するか、その『役割分担』が重要なんだよ。…まあ、ユーリに、何度も叩き込まれたことだけどな」

 

 その解説通り、低空を飛んでいたアゲハントは、ポチエナとアゲハントの攻撃を全てその身に受け止めながら、しかし、「かたくなる」と「すいとる」を駆使して倒れる気配を一切見せない。

 

 カナズミシティの生徒たちは、ようやく理解した。

 

 自分たちは、戦っているのではない。

 

 ユーリという、恐るべき指揮官が描いた、完璧な脚本の上で、ただ、踊らされているだけなのだと。

 

 そして、トウカシティの子供たちの、追い打ちをかけるような「答え合わせ」は、まだ続く。

 

 上空のアゲハントが、大きく旋回し、「かぜおこし」を放つ。

 

 その風が、タンク役のアゲハントのすぐそばを通り過ぎる瞬間、タンク役のアゲハントもまた、「いとをはく」を放った。

 

「うわ、出たよ。『かぜおこし』と『いとをはく』のコンボ。あれ、マジでえげつないんだよな」

 

「ああ。風に糸を乗せるから、攻撃範囲がめちゃくちゃ広がるんだよ。避けようがねえんだって」

 

「あの糸、粘着性だから、翅にちょっとでも絡まったら、もう、まともに飛べねえしな。飛行能力を奪われたアゲハントなんて、ただの的だろ?」

 

 彼らにとって、目の前で繰り広げられているのはもはや見慣れたユーリの「いつもの戦術」の再放送に過ぎない。

 

 しかし、カナズミシティの生徒たちにとっては、それは自分たちの知らない、悪夢のような戦術が次々と何の解説もなく繰り出される地獄の光景だった。

 

 やがて、連携を完全に断ち切られ、上からの攻撃で消耗しきったカナズミシティのポケモンたちが、力なくフィールドに倒れた時。

 

 訓練場は、静寂に包まれた。

 

 最大の屈辱は、バトルに負けたことではない。

 

 それは自分たちが、命懸けで戦っているこの戦いが、相手にとってはもはや「答えの分かっている、退屈な問題」でしかないという、絶対的な「格の違い」を隣の席の解説者にリアルタイムで突きつけられ続けることだった。

 

 

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