頼れる騎士は頼れない   作:北村 進

10 / 21
第十話 罪の重さ

 

 

 

『私の名前はライラ、ただのライラです。先に言っておきますけど、正確には幽霊ではありませんから。体は死んでますけど』

 

「んん?」

 

 

ドアとカーテンを閉め、周囲に人の気配がない事を確認したうえで部屋の中央に移動した二人は、神妙な顔つきで向かい合っていた。

 

 

「生霊……ってことかな?」

 

『違います。今の私は体を失い、魔法で魂を保護されているような状態にあるんです。この姿も魔法で表示しているんですよ』

 

「あははは、魔法って。またまた~」

 

『なぜ魔法だけ……?』

 

 

幽霊も生霊も吞み込んで納得するくせに、魔法の話になると頭が固くなる。

明らかに魔法に対して何やら思う所があるらしいダインに、ライラと名乗った少女は困ったような表情を浮かべた。

 

 

『騎士さん。信じられないかもしれませんが、魔法は実在しますよ。マスターが、ダングル様が完成させましたから』

 

「魔法狂いはみんなそう言――完成させた?」

 

 

『魔法は存在する』という言葉は何度も聞いてきた。だが、魔法の開発に成功したと断言する者は初めてだ。

なにせ、それは魔法を実際に使って証明する準備が整っているということを意味するから。

 

なのでたいていの魔法狂い達は『もうすぐできる』だの『材料の分量を間違えた』だの言って言い訳するのだが、魔法を完成させたというのなら可能性は二つ。

 

ダングルとライラが本格的に狂ったか、本当に魔法のような技術を開発したかだ。

 

 

(実質一つだけだ)

 

 

姿を消したり宙に浮かんだりするのはいかにも魔法のような技術だ。

というか魔法の定義をよく知らない身からすると、今ライラが浮かんでいるのが科学技術を利用したものだろうと、正直魔法と見分けがつかない。

 

 

……もういい、魔法を信じよう。話が進まなそうだし。

そう決心したダインは、やんややんやと騒いでいる私情を無視してライラに向き直った。

 

 

「正直に答えてほしい。君はダングルの弟子かい?」

 

『はい』

 

 

あっさりと認めたことに驚きはない。

さっきからその事を隠そうともしていなかった。

だが、それなら疑問が残る。

 

 

「さっきの古い空気の話、ダングルが騎士を倒した方法だね?なぜ話した?」

 

『ダングル様を止めてほしいのです。これ以上、人を殺してほしくない』

 

「人を殺してほしくない?()()()使()()()()()()()?」

 

『……どういう意味ですか?』

 

 

意味の受け取りようによっては人格否定になりうる言葉に、ライラの表情が固まる。

それでも冷静に、誤解がないように言葉を取り繕うチャンスをくれる少女。

 

だがそんな配慮は必要ない。

魔法を使うのなら人を殺したことがあるだろうと、そういう意味で問いかけたのだから。

 

 

「魔法狂いは魔法を手に入れるために平気で他人を苦しめ、生贄に捧げようとする。そうすれば魔法を得られると信じ込む狂人共だからね」

 

 

これまで対峙してきた魔法狂いは、みんなそうだった。

そして、おそらくこれから向き合う魔法狂いも変わらないだろう。

学園時代も含めて四年間も魔法狂いの被害に対峙してきたダインは、たとえ相手が愛らしい幼子だろうとその考えを改めることはない。

彼らの理不尽さを、横暴を、よく知っているから。

 

 

「もし君たちが狂っていないとしても、魔法を完成させたというならその方法を一度は試しているはずだ」

 

 

さらにいえば、実際に行方不明者が出たからこそ騎士団が調査に乗りだしたのだ。

そして実際に騎士にも死者が出ている。

それらの被害をもたらした可能性が最も高いダングルと親密で魔法を使える者が『人を殺してほしくない』などと言っていても、別の目的があると勘ぐるのは当然のことだろう。

 

たとえ幼い容姿をしていても、人を殺している可能性がある。

なら警戒は緩めない。

 

 

『騎士さんは随分と疑り深いのですね』

 

「そうじゃないと騎士はやっていけないさ」

 

 

これまでの経験の中で、()()()()()()()()のほとんどが人畜無害そうな、普通の外見をしていると分かっているのだ。

硬い姿勢を崩さず警戒を緩めないダインに、ライラは流石に不快そうに眉間に皺をよせた。

 

 

『騎士さんには信じてもらえないかもしれませんが、私が生きていた頃は誰かを傷つけるような実験は先生から禁止されていました』

 

 

ライラが右手を上げる。

すると、停滞していた部屋の空気がゆっくりと渦巻き始めた。

 

 

「これは——」

 

『ダングル様の最初の研究内容は空気を操る魔法。そして研究課題は、誰も傷つけず、世間に受け入れられる方法で魔法を習得する方法を見つける、というものでしたから』

 

 

少女が右手を下げると風の周回が止まり、ライラを起点として空気が緩く周囲に広がる。

 

確かに空気を操っているようだ。

それに研究課題がどうという話は自己申告なので真偽の確かめようがないが、ダインの知るダングルの人物像と乖離するものでは無い。

 

ミズイ伯爵はダングルが相談役になってから領民の生活を向上させ、生産力を底上げすることで税収を上げる政策を行うようになった。

 

頑固だが人々のために動く知識人。

だからこそダングルは北の賢者と称えられ、その事を知っていたダインも今回の犯人を知った時に驚いたのだから。

 

 

「それは人を殺さずに完成したのかい?」

 

『はい。ただ、完成には半年ほどかかってしまいましたが』

 

「いや何で『時間がかかりすぎた』みたいな顔をしてるのさ」

 

『それは……』

 

 

浮かない顔で黙り込むライラだが、半年で魔法を完成させたというのは十分早い。早すぎる。

人類が何百年もかけて追い求め、結局見つけられなかった魔法を一年もかけずに生贄無しに発見されたら、今までの魔法狂い達が馬鹿みたいじゃないか。

 

それにしても、なぜそんな天才が今さら誘拐事件を起こして騎士を五人も殺すようなことになったのか。

その答えは、言葉に詰まっている目の前の少女の状態を考えればわりとすぐに分かった。

 

 

「もしかして、空気を操る魔法は君のために開発したのかな?」

 

『っ……』

 

「そしてそれが間に合わなかったから、次は君を生き返らせることを目標に動いている。それも、手段を選ばずに」

 

『なんで――!?』

 

 

口を押さえ、距離を取られる。概ね正解だったらしい。

ということはライラの死因は魔法で何とかなる可能性があったのだろう。それも、空気を操る魔法で。

 

ここにいるライラは魔法で映し出した幻影だそうだが、先ほどから呼吸のタイミングに少し癖がある。

それに呼吸をする必要がないにも関わらず、かなり頻繁に深呼吸している姿を見受けられた。

 

話を聞くまでは大人と一対一で話をすることに緊張しているのかと思ったが、話しているとまったく緊張している雰囲気はない。

なら、生きていた頃からの癖が出ていると考えるほうが、つじつまが合う。

 

 

「呼吸器に何か疾患があったみたいだね」

 

『……まさか、心を読んで?』

 

「ははは、ないない。テキトーな推測だよ」

 

 

笑って否定し、剣の柄から手を離す。

 

事情は分かった。

彼女の話が事実かどうかはまだ分からないが、行方不明者が出始めたのはつい最近。

それこそダインが二週間ほど休んでいた最中だ。

 

いつライラが死んだかは分からないが、彼女が生きていた頃は人を殺していないという話は本当だろう。

それなら彼女は捕縛対象ではない。なら今は信じよう。

 

 

腹をくくったダインは、ライラに背を向けてゆっくりとカーテンを閉め切った窓に歩み寄った。

 

 

「じゃあ情報提供者のライラさん。君の要求を聞こうか」

 

『要求……えっと、ダングル様を止めてくだされば、それだけで――』

 

 

苦笑しながら両手を横に振り、遠慮するように身を縮こまらせるライラ。

 

やはり状況をよく分かっていないようだ。

話し方は大人びているが、中身はやはり年相応なのだろう。

 

 

「——ダングルが捕まったら、まず間違いなく死刑になる。それも公開処刑だ。市井の人々を何人も殺し、騎士も五人殺した彼は、石を投げられながら首を斬られるか、生きたまま燃やされるだろうね」

 

『っ!?』

 

 

ライラは色々と考えが甘い。甘すぎる。ダングルが殺したのはこの地方の大部分を治める伯爵直属の騎士だ。

いくら元相談役とはいえ、捕まれば惨たらしい死は免れない。

 

 

誰かの嘆願がない限りは、だが。

 

 

「僕は王国騎士だ。ミズイ伯爵相手でもある程度の要求は通せる。ただ、冤罪でもない限りは死刑判決を覆すことはできない。死に方を選ばせることくらいはできるけどね」

 

『王国、騎士……噂の……』

 

 

カーテンを開け、振り向く。

僅かに明るくなった部屋の中で、ライラの顔は血の気が引いたように白くなっていた。

 

 

「もう一度聞こう。要求は?」

 

『……せめて、終身刑に変えてください』

 

 

ついため息を漏らす。

動揺しているのか、話を聞いていなかったようだ。

 

繰り返すようだが、ダングルの死刑判決を覆すことはできない。

ダングルの歳からしたら終身刑も死刑と大して変わらないだろうが、それでも刑の意味合いはかなり変わってしまう。

それに騎士殺しの過去の判例に、死刑以外の例はない。

いくらダインでも何か根拠が無ければ司法の決定を覆すことはできないのだ。

 

それを分かっているダインは、分かっていないだろう少女に近づいて肩にそっと手を伸ばし、落ち着かせるようにポンポンと叩——こうとして空ぶる。

 

目の前の少女が投影されている虚像だという事を失念していた。

仕方ないので、体をかがめてその目をのぞき込んだダインは、困った様な笑みを浮かべた。

 

 

 

「だから、死刑を覆すことは——」

 

『それでも!お願いします!少しだけ、ほんの少しでいいので――時間を!』

 

 

突如取りつかれたように体を投げ出し、ダインの足元で地面に頭をこすりつける少女。

その姿を見て、ダインは顔に貼り付けていた偽物の笑顔をひっこめた。

 

 

こうなることは分かっていた。

自分のために動いたせいで恩人が死ぬなんて、大人でも耐えられるはずがないから。

ライラが正気で堪えていられる道理が無い。

 

慕っている人には少しでも長く生きていてほしい。そう願うのは当然の事。

彼女は今、ダインの前に姿を現したことすら後悔しているだろう。

 

 

 

『なんでもします!なんでもしますから、どうかマスターを許してください!本当は優しい人なんです!頑固だけど困っている人を見捨てられない人なんです!私を助けてくれたんです!騙されやすくて、笑顔が下手で、すぐにどっか行っちゃうけど!』

 

 

 

零れ落ちた涙が空中で消える。

体を失い、未来を失い、今、恩師すらも失いかけている彼女の苦しみを推し量ることはできない。

分かった気になるべきではないというのもそうだが、ダインには大切な家族がいないから。

場違いにも、泣いているライラを羨ましいと思ってしまった。

 

 

『色々だらしなくてどうしようもない部分もあるけど!私にとっては大切な人なんです!——殺さないでぇ!』

 

 

少女が床に何度も頭を叩きつけて泣き叫ぶ姿は、かわいそうで同情を呼ぶものだ。

もし何も知らない人が見たら、一つくらい願いを聞いてやってもいいんじゃないかと、そう言いそうなほどに必死な姿にダインの良心も引っかかれる。

 

 

「……その思いを、ダングルはたくさんの人に味わわせたんだよ」

 

『——ぅ』

 

 

だからこそ、無責任な思いで向き合ってはいけない。

 

 

「ダングルが殺した人を愛する人たちもいたはずだ。家族の死を知った遺族の方々は、君のように泣き叫んだかもしれない。今の君なら、彼らの気持ちがよく分かるんじゃないかな」

 

『————』

 

 

何も悪くないのに、ただダングルの目についたという理由だけで命を奪われ、家族を奪われた。

 

誰のためだろうと、ダングルがしたことは許されない。

責任を取らなければならない。

法の下に死刑判決が出たのなら、止めるべきではない。

 

それでも償いきることはできないのだ。

被害者の明るかっただろう未来は永遠に閉ざされ、残された遺族はダングルが死んでも、悲しみをどこかで一生引きずり続けるから。

 

 

ライラは下を向いたまま固まっている。

当初、彼女はダングルにこれ以上人を殺してほしくないと言っていた。

しかし被害者の気持ちを少しでも実感した今になってやっと、それがどれだけ重い意味を持ち、責任を負わなければいけない言葉なのか理解しただろう。

 

その言葉は、『泥遊びで服を汚してほしくない』と言うような覚悟で気軽に言えるものではないのだ。

 

 

 

「これが最後だよ。これ以降は訂正させないし、無責任なことだったら無視する。———君の要求は?」

 

『……っ』

 

 

ダインの問いかけに、ライラは床に伏せたまま頭を抱え、何も考えたくないと主張するように左右に振る。

少女にとって厳しすぎる言葉を投げかけてばかりだということは分かっている。

 

厳しすぎて、もしかしたら反発されるかもしれない。

状況を考えれば、それだけは避けるべきだろう。

なぜなら彼女は貴重な情報源だから。

今は甘い言葉をかけて丸め込むのが最善だ。

 

 

 

そんなことは、当然分かっているんだ。

でもこうしたいと思ってしまったから仕方ないじゃないか。

自分と似た境遇をもつこの少女に対しては誠実でいたいと、そう思ってしまったから。

 

(…………いや、でももっと他に言い方があったか。悪いのはこの子じゃないし――)

 

『……分かりました』

 

 

それでも後悔が残るダインが内心で悶え始めたとき、思っていたより早く、ライラが腕で目元を拭いながらゆっくりと立ち上がった。

正直、今ここで逃げられたり攻撃されることも視野に入れてしまっている。

しかしダインは身構えることなく、ただ少女の泣き腫らした目に視線を合わせた。

 

 

『なんでもします。なのでどうか、マスターが捕まったら死刑になるまでの間、私をマスターの傍にいさせてください』

 

 

目を見開くダインの前で、深々と頭を下げる少女。

その程度の願いならダインでも十分叶えることができるだろう。

 

それにしても死刑の執行方法を指定してこなかったのは意外だった。

てっきり、毒による安楽死くらいは求められると思っていたし、そのくらいは許容するつもりだったのだが。

覚悟ができた、ということなのだろうか。

 

 

「……顔を上げて」

 

 

ゆっくりと顔を上げるライラ。

そんな少女に、ダインはできるだけ優しい笑みを意識しながら手を差し出した。

 

 

「その願いを必ず叶えると、王国騎士として約束するよ」

 

 

恐る恐るといった様子でライラも手を伸ばす。

 

彼女には実体が無いため、実際にダインの手を握ることは出来ない。

しかし形だけでも交わされた握手は、二人の約束に対する思いと責任感を共有するものとしては十分だった――

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。