頼れる騎士は頼れない 作:北村 進
「猫ちゃーん。どこ~?」
路地裏を歩きながら、猫撫で声を上げる。
エーレは街の巡回と銘打って、探し物をしていた。
目標はもちろん、昨日ダインが猫に盗まれた飴の瓶である。
「人探しなら自信あるのに……野良猫って、どこを探せばいいの?」
巣とかあるのかな、と首をかしげる。
エーレは知る由もないが、この世界の野良猫は子持ちでもない限り、一か所に定住することはあまりない。
それでも自分の縄張りの範囲内で動くことが多いので、その猫が出現した近辺の人目につきにくい場所を探すのが効率のいい探し方なのだ。
なので猫の出現場所から遠く離れた歓楽街の路地裏を探しているエーレは望み薄なのだが、そんなことは知ったこっちゃないのでひたすら路地裏を練り歩く。
というか、猫が現れた宿付近はもうあらかた探索しきってしまっていたのだ。
「そろそろ引き上げなきゃいけないわよね……」
遠くにある時計塔を見ると、巡回開始からすでに三時間以上経ってしまっている。
時間をかけすぎた。
もうすでに帰ったら怒られるかどうかの瀬戸際の時間だ。
そこで、ハッと。
エーレはあることに気づいてしまった。
「猫って、高いところ好きだから――」
見上げるのは、この街で一番高い四つの時計塔のうちの一つ。
人が近づくことはあっても、登ったり、中に入ったりすることは稀だろう建築物だ。
「よし行ってみよう」
そしていなかったら諦めよう。そう考え、エーレは意気揚々と時計塔へ向かった。
そして、三分後。
「血の跡……?」
猫ではなく、事件性のありそうなものを発見したのだった。
□□□
住宅街の一角に建てられた時計塔。
人気が少ないその場所の入口付近にはしっかりとした鉄柵の扉が設置され、部外者の侵入を防いでいる。
エーレはその扉の下に小さな血痕を見つけたのだ。
それも、かなり最近のものだ。
「時計塔の管理者が……?いや、それはないはず」
押しても引いても開かない柵扉の近くにしゃがみ込み、周囲の石畳にも視線を走らせる。
こういった時計塔は毎年年末にまとめて清掃や調節を行い、管理者もそういった時にしか時計塔に足を踏み入れないはずだ。
なので管理者がこんな中途半端な時期にくるとは思えない。
だがあの血痕は垂直に落ちたもの、柵扉が開いているときに落ちたものだ。
そして柵扉を開けられるのは管理者以外にいないはず――
「……泥棒?」
いや、ない。泥棒ならそれほど高くないあの柵扉はよじ登って乗り越えられるだろう。
わざわざ扉を開けたということは、鍵を持っていたという前提の上でよじ登る元気が無かったか、重い物を持っていたかのどれか――。
「……魔法狂い」
魔法狂いが死体を運び込んでいたとしたらどうだろう。
辻褄が合う。
そこまで思い至り、エーレはサッと踵を返した。
エーレはまだ魔法狂いの特徴も顔も知らないので、この中に誰かがいたとしても魔法狂いかどうか判断できない。
そんな状態で探りを入れるのはリスキーすぎる。
魔法狂い本人がいたとしても先制攻撃ができないからだ。
さっさと報告しに変えるほうが賢明だろう。
冷静にそう判断して早歩きで帰路を辿りかけた直後、二つ先の曲がり角から人影が姿を現した。
「……」
黒いローブで全身を隠しているが、フードの合間からわずかに覗く皺の寄った肌からして老人のようだ。
ずいぶんと背が高く、白い石が嵌めこまれた木のステッキを持っている。
……あきらかに怪しい。一瞬だけ目を細めたエーレはすぐに進路を変え、老人に近づく。
「すみません、このあたりで猫を見ませんでしたか?」
「……猫?」
「はい。全身が真っ黒で、もしかしたら瓶を咥えてるかもしれないんですけど」
声は男。一つ増えた情報を心の中にしまいつつ、少し困ったような声で言葉を続ける。
職質はまず雑談から。
警戒を緩め、高圧的だと思われないようにするのが基本中の基本だ。
ここで偉そうな態度をとったりするとこの街の騎士団に苦情が行きかねないので、エーレは普段以上に気を使いながらローブの人物に声をかけていた。
「……その猫を探して、どうする?」
「実はその猫が後輩の大切なものを持っていっちゃったので、それを取り返したいなと」
「それだけか?」
「それだけです」
猫をどうこうするつもりはないのに、何故かそちらを警戒されているようだ。
本心から困惑するエーレをよそに、ローブの老人は黙り込む。
そして突然ローブの袖に手を突っ込んだかと思うと、白い飴が詰め込まれている瓶を取り出した。
「えっ、それ――」
「やはりこれか。ほら」
「あ、ありがとうございます」
得心がいったように一つ頷いた老人は、その瓶をそっとエーレに押し付けるように渡す。
そしてローブのフードをさらに深く被り、しわがれた声を発した。
「昨夜、飼い猫がこの薬を咥えて帰ってきた。貴女の知り合いの物なら、私の代わりに返しておいてくれると助かる」
「薬……?ああいや、分かりました」
「では、失礼」
自然な流れで横を通り過ぎる老人。
そこで、予想外の成果である瓶に意識がいっていたエーレは思い出した。
職質がまだ済んでいないと。
「あ、ちょっと、すみま――」
振り向き、呼び止めようとしたその瞬間。
風を切る独特な音を聞いたエーレは剣を抜き放ち、下からすくい上げるように振り上げた。
「っ――飛斬!?」
「瓶の回収だけだと言っていたはずだが?」
反射的に斬った後にその攻撃の正体に気づき、目を見開くエーレ。
そんな彼女にお構いなく、老人はエーレに向けて杖の先を向け、次々と透明な刃を飛ばしてきた。
それを横に跳んで躱し、エーレは民家の壁に足を当てる。
「ごめんなさい」
これをしてしまうと壁に凹みができてしまうので避けたかったが、仕方ない。
申し訳ない気持ちを吐露したエーレは、それでも容赦なく強く壁を蹴り、加速する。
まっすぐ突っ込むとすぐに切られてしまうので、周囲の建物の壁を足場に跳弾するように老人へ接近。
背後をとり、拘束する算段だ。
「……若いな」
老人の上を飛び越えようとした直後、突然何かに頭をぶつけ、弾かれる。
それでもなんとか体をひねって着地地点をズラし、追撃は何とか避けながら上空に目を向けた。
「……何もない?」
やはり目視では何も見えない。
確かに壁のようなものがあったはずなのだが。
この飛斬に似た攻撃と言い、まさかこの老人、魔法を——
エーレがそんな突拍子の無い真実に自力でたどり着きかけたその時、気配探知に高速で接近してくる人影が引っかかった。
敵の増援か。
そう考え顔を顰めながらローブ男に目を向けるが、彼も同じように苦々しい顔で気配のある方向に目を向けている。
仲間を呼んだわけでは無さそうだ。
でもエーレも増援を呼んだ記憶はない。
互いに心当たりがないらしい。
そう察して再び攻撃に移ろうとしたエーレは、突如肩に手を置かれた。
「そこまでだよ。アレは流石に荷が重い」
その声は、その口調は。
四年以上前から交流のある知り合いが騎士としての仮面を被るときによく使うものだ。
振り向くとそこには、灰色の髪を銀色の兜で覆い、片手に青銀に輝く剣を構えた騎士、ダインが立っていた。
「先に帰って報告書に目を通してくるように。まあ犯人は彼なんだけど」
選手交代。
その文字が頭に浮かび上がり悔しさを刺激してくるが、今ばかりは無視だ無視。
緊急事態の真っ最中に、ダインの気を散らすわけにはいかない。
「飛斬を使ってきます。それと周囲に透明な壁が。気をつけてください」
「ありがとう……飛斬?」
エーレが姿を消し、予想外の言葉にダインが振り向いた直後、透明な刃が押し寄せてくる。
明らかに先ほどまでより多い。速度も威力も上がっている。
しかし、次の瞬間に全て消失した。
「風を固めた刃——なるほど、似てるね」
「……化け物め」
一振りですべての刃を纏めて吹き飛ばしたダインは不敵に笑う。
ライラが空気を操る魔法を研究していたと言っていたが、これがその成果なのだろう。
確かに脅威だ。だがこれだけならダインにとっては何の問題もない。
「ダングル。過ぎた力だ……なんて偉そうに言えた身じゃないけど、ソレの使い方を間違えるな」
「……」
「君が救いたい人は、君に人を殺してほしくないと言っていたよ」
追い打ちのように放たれる刃も慎重に全てかき消しながら接近していく。
飛斬は強力だが、まっすぐ飛んでくる単調な技。連射されたとしても対応は簡単だ。
「あの子に会ったのか」
「知っていたんだね。じゃあ――」
「分かっている」
あと三メートルという所まで来たところで、老人は杖を持ち替え袖の中から何かを取り出した。
「だから私は戦うのだ」
鋭い閃光が瞬く。
また爆発か。咄嗟に目元を隠し、跳躍したダインは苦し紛れに光の中へ斬撃を飛ばす。
手ごたえはない。そして爆発もしなかった。
「やられた……」
誰もいなくなった路地裏に降り立ち、諦め半分で気配を探る。
やはり気配も見事に消えていた。
いったいどんな移動手段を使っているのだろうか。
身のこなしは非戦闘員のそれだったので、まさかダングルの足が驚くほど速いというわけではあるまい。
必ず何かタネがあるはずだ。
「……あそこ」
石を蹴り上げ、とある通路に蹴り入れる。
しかしその石は透明な何かにぶつかったりすることなく、ただレンガの壁に反射して乾いた音をたてるだけだった。
変な気配を感じた気がしたが、気のせいだったらしい。
「帰るか……」
相手の手の内は少し見えた。
逃げ足が速いと分かったのも収穫だ。
……そういうことにしておこう。
□□□
「……また寿命が縮んだ」
ダインが立ち去ってからしばらくして、石を蹴りこまれた通路に伏せていた老人は透明化を解除し、立ち上がった。
騎士が気配を読むときには、基本的に空気の流れや音などを指標にしている。
そのため、
それでもダインは少し勘づいていたようだが。
「王国騎士……流石に格が違うな。正面からでは勝ち目がない」
服についた砂埃をはたき落としながら、老人——ダングルは通路を出る。
周囲に人がいないことは空気の動きで分かっている。動くなら今だ。
ローブを翻し時計塔に向かったダングルは、柵扉を軽々と飛び越えてその中に入る。
そこにあったのは、いくつかの赤く染まった布袋と8の字の形をした大きな紋様。
よく見ると蛇が絡まりあったかのような難解な記号で構成されているその紋様の中心に白い石を置いたダングルは、ゆっくりと後ろに下がる。
「だがやはり若い。もっと焦るべきだった」
エーレは伝え忘れていた。
この時計塔がダングルの拠点である可能性が高いと。
そしてダインも、土地勘に優れた伯爵付き騎士達が見つけられないほどに上手く潜伏していたダングルがわざわざ姿を現した場所のランドマークを怪しまなかった。
些細ながらも重大なミスの積み重ねにより、その計画が始動する。
誰もが夢見て叶えられなかった、死に終止符を打たんとする計画が。
「
『はい、マスター。【異開の鍵】を起動します』
石が光り輝き、その輝きが紋様にも伝播していく。
そして、空気が震えた。
『起動完了。約二十秒後に開通します』
「ああ、頼んだ」
杖を床に突き立て、その場にあぐらをかいて座る。
騎士達はこの場所をすぐに嗅ぎつけてくるだろう。あの王国騎士も必ずやってくる。
しかし問題はない。計画が始動したことで勝利条件が変わり、戦いに勝つ必要は無くなったから。
「これでようやく……」
強くなっていく石と紋様の光を顔に受けながら、ダングルは自分の周囲に白く輝く壁を作り出し、目を瞑る。
その時は、すぐそこまで迫っていた。