頼れる騎士は頼れない   作:北村 進

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第十四話 その飴の名は――

 

『今、何かが揺れた気が——』

 

「え?揺れ?」

 

 

数人の騎士が残っている会議室で待機中のライラが顔を上げる。

その横でパラパラと資料のページをめくりダングルの情報を急ピッチで頭に叩き込んでいたエーレも、ライラの言葉に釣られて顔を上げた。

 

 

「揺れなんて感じなかったわよ?」

 

『あれ?』

 

 

首を傾げ、何かを探るように右手をブンブンと振るライラ。

その姿をほのぼのと眺めながら、エーレはふと腰のポーチに手を当てた。

 

 

「これは置いていかないと」

 

 

取り出したのは例の飴の瓶。白い飴が中でぶつかりあって、カラカラと音を立てている。

この後また現場に戻る予定なので大切な割れ物を持っていくわけにはいかない。ダインにはこの騒動が落ち着いてから返してあげればいいだろう。

そうしてライラの魂が入っているという白い球の横に瓶を置いたエーレは、また手元の資料に目を向ける。

 

 

「そういえばあの人、これを薬って言ってたわよね」

 

 

あの時は勘違いしているだけだと思っていたが、相手は南の賢者だ。

ただの勘違いで片づけるにしては、こと知識面での信頼性が高すぎる。

 

 

「でも薬なんて、ダインに限ってそんな……」

 

 

王国最強と謳われる王国騎士の一人が何かの病気に罹っているとは想像しにくい。

 

流石に今回はダングルの勘違いだろう。

南の賢者も、ただ拾っただけ物の正体を一々調べたりはしないはずだ。

そう納得しようとしたエーレは、ひとつ良いことを思いついた。

 

 

「確認、しようかな」

 

 

飴か薬かは試しに飲んでみれば分かるだろうと、机に置かれた瓶に目を向ける。

普段はダインに断られているため飲むことができないが、今はダインもいない。

それにいくらこの飴が好きでも、開けてもいない瓶の中の飴の数まではわざわざ数えていないだろう。

万が一入っている飴の数が決まっていたとしても、誤魔化しようはある。

 

 

「………従騎士として大事なことだから、うん」

 

 

悩みに悩んだ末、意を決して瓶をつかみ取る。

そして勢いよく蓋を回した。

 

 

「……?」

 

 

違和感。

新品で未開封の瓶のはずなのに思ったより締めが甘い。それだけでなく、瓶の中には小さく折りたたまれた紙が一枚入っていた。

説明書だろうか、と疑問に思いながら紙を取り出し、広げてみる。

そしてそこに書かれていた文章を流し読みし、瞠目した。

 

 

「王国騎士殿へ……まさかダインの物だと知っていたの?いやそれよりも、これ——」

 

 

そこに書かれていたのは、ダインへ向けて書かれたダングルの目的の説明と勧誘のメッセージ。

そして――

 

 

「『第二の心臓』、強力な昇圧薬……心臓の寿命が……!?」

 

 

この『薬』の薬効と、その副作用についてだった。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「これは……」

 

 

落下の勢いを利用した突きは、結果的に受け止められた。

目論見が失敗したわけではない。現に剣の切っ先が時計塔の屋根に半ばまで突き刺さり、弾かれる様子もないことから魔法の防御も解除できたようなので、むしろ成功と言っていいだろう。

 

このあとは大きな穴を開けて突入するだけ。そんなところまできて、ダインは身動きを取ることができなくなっていた。

 

 

「白い壁……これも空気なのかな?」

 

 

ダインの体を落下体制のままで固定する白く光る障壁。

体の要所要所に巻き付きダインを空中に固定するそれは、いくら力を込めても壊れる気配が無かった。

 

戸惑いながらも体を必死に揺らし、なんとか拘束から抜け出そうとするが緩みそうにもない。

そんなダインの視界の正面に、一人の人影が降り立った。

 

 

「反発防壁を力技で突破するとはな。流石王国騎士殿だ」

 

「……ダングルか」

 

 

資料の写真より少しやつれてはいるが、間違いない。

鷲鼻が特徴的なその顔には写真より皺が寄り、縮れた白い髪を風になびかせている。

 

杖を持つ手の指は細く、体の線も黒い大きなローブで誤魔化されているが、かなり線が細そうな印象だ。

こんな老人がこの高所にどうやって来たのか、下の騎士たちはどうしたのか。

そんな問いかけをする気にはならない。

どうせ魔法でどうにかしたのだろう。

 

 

「一応先に聞いておくよ。投降する気はあるかい?」

 

「あるとお思いか?」

 

「だよね」

 

 

捕らえて身動きを封じた相手に(こうべ)を垂れて投降する馬鹿はいないだろう。

だからこそ彼は姿を現し、煽るようにこんな近くまで接近してきたのだから。

 

しかし、彼はもう少し慎重になるべきだった。

王国騎士を警戒するのなら、念には念を込めてさらに念をぎゅうぎゅうに詰め込むくらいはするべきなのだ。

 

 

「北の賢者、貴方は騎士を舐めすぎだ」

 

 

宙に浮かぶ白い拘束と左腕だけを残し、ダインの姿が消えた。

目を見開くダングルの背後に現れたダインは老人の足を払い、杖を持つ左手を捻り上げようと掴みかかる。

しかし、その試みはどちらも文字通り、空を切った。

 

 

「なるほど、左腕は義手だったか」

 

「……まさか、貴方も幽霊になっていたっていうオチかい?」

 

 

(さわ)れなかった。実体がないらしい。

今のダングルはライラと同じような状態にあるのだろう。

振り返りざまに振られた光る杖を回避して元の場所に戻り、地面に刺さった剣と、拘束が消えたことで地面に落ちた左腕を回収する。

 

その間に少しでも時間稼ぎになればと投げかけた問いは、思いのほか効果があったらしい。

 

 

「『貴方も』、か……その口ぶり、まさかライラもコレを使っていたのか?」

 

 

ダインに狙いを定めてなにやら発光させ始めていた杖を下ろし、こちらの質問から何かを察したのか満足そうに口の端を曲げるダングル。

攻撃は中断してくれたものの、こちらの問いにはっきり答えるつもりはないらしい。

 

 

「魔法で映し出している虚像——だから気配がしないのか」

 

「魔法?何を言っている。これは科学の範疇だ」

 

「科学……?」

 

 

剣を構えながら眉を顰める。

もしそれが科学だとしたら、ダングルの技術力は王国どころか帝国すらもはるかに凌駕していることになる。

というかライラは魔法だと言っていたはずだが……

 

戸惑うダインを置き去りにして、ダングルが再び杖を構える。

 

 

「ところで、あの薬は受け取ったか?手紙を入れていたのだが」

 

「薬?手紙?」

 

「ああ。『第二の心臓』のことだ」

 

「!?」

 

 

目を見開く。どこから漏れた――のかは明白だ。あの猫だろう。

 

まずい。薬品名を知っているならその効果も、どういった患者に処方するのかも知っているはずだ。

 

 

「『第二の心臓』。心拍数が極端に少ない患者の心拍活動を活性化させ、全身に血が巡るようにするための薬だ。一回の服用で効果は6時間程度持続する」

 

 

焦るダインに対して、ダングルは朗々と語りかけてくる。

『お前の弱点を知っているぞ』というアピールなのだろう。

 

 

「主な副作用は眩暈、頭痛、息切れ、一過性の四肢の麻痺、そして最も負担の大きい心臓の劣化があげられる。そのため、服用し始めると通常は6年、長くて10年ほどしか生きることができない」

 

 

事実だ。主治医の見解と綺麗に一致している。

だがそれは一般人の、しかもあまり体を動かすことのできない貧弱な患者たちの話だ。

筋肉量が多く、その分いろいろと頑丈なダインなら、もう少し長く生きることができる……かもしれないらしい。

 

 

「それでも『第二の心臓』を飲まなければならないほどに心拍数が少ない人間は一年も生きられない。そう考えると破格の効果といえるだろう」

 

「……それで、何が言いたい?」

 

「私と共に来ないか?」

 

「……」

 

 

沈黙する。それを悩んでいると解釈したのか、ダングルは両手を広げた。

 

 

「分かっているはずだ。あの薬を飲み続ければ、貴殿はそう遠くない内に死に至る。その年にしてそれほどの実力……貴殿を失うのはもったいない。私ならば、あのような薬を利用せずとも魔法で貴殿の病を治すことができる」

 

 

脅し、褒め、報酬を提示する。

引き抜きになれている者のセリフだ。こんな緊迫した状況でなければ、もっと迂遠(うえん)で仰々しく勧誘してきたのだろう。

魅力的ではある。ダインとて、死への恐怖を克服しているわけではない。

当然その言葉に心惹かれないわけがなかった。

 

だが。

 

 

「悩むのであれば、今回見逃してくれるだけでもいい。もちろん謝礼として心拍機能を強化する魔法を――」

 

「やはり貴方は騎士を舐めている」

 

 

小出しの報酬でこちらを底なし沼に引きずり込もうとするような提案を遮り、後ろへ軽く跳んだ。

 

 

「今は勤務中だ。賄賂は受け取らない」

 

「……勤務時間外に提案すべきだったか」

 

 

遠ざかっていく嘆息交じりの声を無視し、落下する。

今のダングルに攻撃は効かない。おそらく上の老人は幻影だ。

叩くならこの中にいるだろう本体を。

 

そのためにまず、この時計塔を破壊する。

 

 

「一振り」

 

 

頑丈なものを斬る際に重要なのは実力と、自信だ。

それを斬るイメージを思い浮かべ、それが可能だと自分に言い聞かせる。

そして確信を持てたのなら、斬れないものはない。少なくともこれまではそうだった。

 

結局のところ、実力がいくらあってもできないと思っていることはどう頑張ってもできないのだ。

実戦経験に乏しい貴族の剣士をみるとわかりやすいだろう。彼らの中にはダインに匹敵する技術を持っている者も数人いるのに、それでも鉄の薄板一枚すら斬れないことが多い。

 

宝の持ち腐れだ。

だが一度自信を失えば、ダインもそのような剣士に成り下がりかねない。

 

だからダインは宣言する。

自分は分厚いレンガの塊程度、一撃で簡単に斬ることができるのだと。

 

 

「斬る」

 

 

剣を斜めに振りぬき、その斬撃に飛斬を乗せる。

その一撃は進路上のレンガと木材の(ことごと)くを砕き、切断し、蹂躙した。

 

 

 

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