頼れる騎士は頼れない 作:北村 進
強い。それが彼の第一印象だった。
歩き方や姿勢から分かる鍛錬の跡に、心が震えた。
どれだけ鍛えたらあの歳で、あの領域に至れるのだろう。
私も人並み以上に鍛え、実践を積んできたつもりだ。
実際、一目で自分より格上だと実感させられた相手は彼が最初で最後だった。
でもその一回の敗北で、私の
負けた。完敗だ。この差はきっと、死ぬまで埋まらない。
スタートダッシュの時点で、私は彼に突き放されてしまっていた。
だから、その強さの秘訣を知りたくて。
「貴方、生徒会に興味はない?」
私はつい、彼を生徒会に誘ったのだ。
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「ライラ。あの魔法陣が何なのかわかる?」
『分かりません。私が死んでから開発された魔法かと』
「じゃあ白い石をどけてみるしかないわね」
ダインが敵を遠ざけてくれた。
敵の目論見を阻止するなら、今しかないだろう。
瓦礫を拾い上げて弓につがえ、放つ。
しかし飛んで行った瓦礫は途中で透明な何かにぶつかり、はじき返された。
「また透明な壁……」
『エーレさん、もう一度撃ってください。次は上から山なりに当たるようにお願いします』
「ん?了解」
弓を握る左手の人差し指の指先を白い石にあわせ、そのまま上に照準を移動させ空を仰ぎ、放つ。
弦に弾かれて飛び出した瓦礫は上へ上へと飛翔し、きれいな放物線を描いて白い石に的中――する前に、またも何かに阻まれた。
しかし、先ほどと違う点が一つある。
「瓦礫が浮いてる?まさかこのまま載せ続けたら、重さで――」
『いえ。もし予想が正しければ、あれはすぐに取り除かれます』
エーレの楽観的推測を否定したライラの言う通り、突然強風が吹いて浮かぶ瓦礫を魔法陣の上から吹き飛ばした。
「用意周到ね」
明らかに瓦礫に反応して風が吹いた。
詳しい仕組みは知らないが、何かが乗ったら吹き飛ばす魔法でも仕掛けられていたのだろう。
魔法は随分と状況対応力が高いらしい。
そう感心しながらも舌打ちするエーレだったが、突然エーレの横に姿を現したライラはその考えを否定するように首を振った。
『いえ。魔法は基本的に使用者が近くにいないと起動しませんし、維持できません。そもそも空気の壁がある時点でおかしいのです』
「つまり使用者が近くにいるってこと?でも、ダングルは――」
『先生じゃありません。あの白い石です』
魔法陣の中心で今もぼんやりと光り続けている石。
『あれはおそらく、私です』
「……はい?」
『正確には私の魂を複製したものでしょう。今のあれにどの程度の自我があるのかは分かりませんが、注意してください』
魂の複製!?
とんでもない話がサラッと飛び出してきたが、それは後だとライラの緊迫した声が告げている。
視界の端に見えるライラは、苦々しい表情を浮かべていた。
『今の先生を肯定するような私なら、人を殺すことを躊躇わないはずですから』
世界が光に包まれる。爆風が押し寄せる。
突如として激しく発光した白い石は、敵対者を排除するために動き始めた。
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轟音が聞こえた。塔の方角からだ。
「彼女が心配かね?」
「いや?」
嘘だ。今すぐ踵を返して救援に向かいたいぐらい心配である。
しかし、それをしても状況が悪化するだけ。
さっさと目の前の老人を拘束して戻るしかないのだ。
「……貴殿は、魔法についてどう思う?」
「ん?」
「時代は加速する。魔法を手に入れ、文明は発展していくだろう。誰もが夢をかなえ、世界は希望に溢れ、涙を流す者はいなくなる」
感情を読ませない顔で杖を構えるダングル。
「この世界とは異なる別の世界がある。私の行使する魔法は、その世界との繋がりを源泉としている」
「ほう」
「だが、繋がりが希薄すぎるのだ。現状では適性のある限られた者しか魔法を行使できない」
「へー」
「だから私は、異界への扉を解放することに決めた」
気のない相槌を繰り返すダインを気にも留めず、ダングルは朗々と宣言した。
「魔法は希望だ。そして誰もが魔法を手に入れれば、知恵が|
「なるほどね」
あの空の亀裂がその異界の扉であり、魔法の集合知を得るためだけにダングルはアレを開いた、という事らしい。
今回の目的は、狙いは分かった。
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それでも、ダインは剣を構え続ける
「賛否両論あるだろうけど、その考え自体は悪くないと思う。でも、それなら余計に人を殺すべきではなかった」
彼の話の中で一番気持ちがこもっていた『死の克服』という言葉。
おそらくそれが彼の最終目標であり、年老いた彼には手段を選ぶ時間が残されていなかったのだろう。
それでも犯罪者ばかりを狙っていたのは良心が残っていたからか。
まあ今考えても仕方のないことだ。考えたとしても変わらない。
もう、長々と講釈垂れるつもりはなかった。結局単純な話なのだ。
手段を選ばずに目的を果たすなら、当然その代償がついてまわる。
今回は|
「貴方は方法を間違えた。―――拘束させてもらうよ」
「……まだ、捕まるわけにはいかない」
杖と剣が相対する。
先に動いたのはダインだった。
相手の手口が分からない以上、正面から闇雲に突っ込むのは愚策だ。
背後か側面に回って攻撃する方が賢明といえる。
だからこそ、ダインはあえて最速、最短で正面に突撃した。
「ぐぅっ!」
今度はわずかに壁を抜いた。
杖が砕け、ダングルが背後へ吹っ飛んでいく。
ダングルまで斬ろうとしたのだが、それは重ねて貼られていたもう一つの透明な壁に防がれたのだ。
幾重にも壁を敷き詰めているのだろう。
やはり一筋縄ではいかないらしい。
相手はダインの倍以上の歳を知識の研鑽につぎ込んだ研究者であり、知識と知恵で勝つことはできない。
だが実戦で使う頭はそういったものとは別物なのだ。
いくら手札が多くても、駆け引きで勝てなければ意味が無い。
そして今の一合で分かった。
駆け引きのセンスが磨かれる戦闘経験では、やはりダインに分がある。
「油断はしないよ」
杖が砕けたからといって魔法を使えなくなると決まったわけではない。
石を拾い、全力で正面に投擲。
瓦礫の中に倒れ伏すダングルへ飛来した石は、しかし途中で静止し、砕け散った。
「刃、拘束、壁、今のは打撃かな?……まだあるね」
そしてバラエティ豊かなそれらの全ての手札が不可視だ。
気配でなんとなく避けることができるとはいえ、厄介極まりない。
次々に石を投擲していく。
それらは空中で止められ、切断されていくが、いくつかは切られることなく地面に落ちた。
当てた場所か、石の強度か、石のサイズか。
切断される条件を探りながら周囲を駆け回り、石の雨を降らせる。
「……悠長だな」
突然、投擲したばかりの石が二つに割れた。
反射的に空中で体をひねると、すぐそばを何かが風を切り裂きながら飛んでいく。
何の変哲もない風の刃だった。特別速いわけでもない。
しかし反応が遅れた。音も気配も直前までなかったのだ。
(刃は敵の傍に出現させることができる?――いや、それなら最初からそうしているはず)
不意を打つにしても、そもそも相手に飛斬を知られる前に今の飛斬を撃ったほうが手っ取り早い。
なら何かカラクリがあると考えるほうが自然だ。
「避けるか」
「当然」
距離を詰める。
今のような攻撃ができるならわざわざ距離をとる意味がない。
攻め続けて攻撃に転じる余裕を奪う方が得策だ。
「……せっかくの機会だ。貴殿の勘違いを一つ、正すとしよう」
「勘違い?」
右斜め後方。
砕かれ散乱した石畳の陰から飛来した空気の刃を左に跳んでかわし、追撃として正面から迫る刃は剣で側面を叩き受け流す。
そう何回も連続で空気の刃を剣で弾くと刃こぼれをしてしまうため、できるだけ正面から受けるのは避けなければならない。
「貴殿はコレを圧縮した空気として認識しているようだが、空気をどれだけ圧縮したとて貴殿の攻撃を受け止めることはできない」
周囲が渦巻き、形を変える。
誘いこまれた、と認識したときにはすでに上下左右の全方位を透明な何かに囲まれていた。
「コレは、空気とは似て非なるもの。私たちは『魔力』と呼んでいる」
空気――いや、魔力の壁の中に閉じ込められたダインに、全方位から魔力の刃が殺到する。
「我々の周囲には常に魔力が満ちており、適性があればその状態を変容させることができるのだ。……貴殿も行使していたようだが、無意識だったとはな」
避けられない。しかし全て剣で対処しようとすると剣が使い物にならなくなってしまう。
ならどうするか。
「イテテテテ」
大人しく、鎧で受ける。
要所要所は分厚く守られているが、遠征用の鎧なので特に鎖帷子になっている関節部の防御力は心もとない。
道中のあの爆発で火傷を負ったのも、着ていたのがこの鎧だったから。
だから鎧に不信感が芽生え、この任務中は攻撃が来たらすべて剣でさばいていたのだ。
ただ、今回はしっかりと役目を果たしてくれた。
「……断てぬか。実験では鉄の板を二つに割ったのだが」
「鉄と鋼の違いから学びなおしてきなよ」
苦々しい表情を浮かべるダングルに痛みに耐えながらも清々しい笑みを浮かべる。
他の国がどうか知らないが、わが国では剣よりも鎧の方が硬く、頑丈だ。
防御しか能がないため、気兼ねなく壁として使えるのもいい。
ならば、残る問題は攻撃を防いだ際に体を打ち付けてくる衝撃だけ。
「一振り――あ、ちょ、痛い、痛いって」
剣を両手で握って振りかぶりながら悲鳴を上げる。
痛い。ものすごく痛い。
できるだけ鎧の分厚い部分で受けようとしているが、たまに鎧が薄い可動域部分にクリーンヒットするのだ。
ただ、もう剣を振り下ろす用意はできた。
「拘束を――」
「斬る」
さらに透明な魔力の縄が絡みついてくるも、気にせず振り下ろす。
魔力の壁。
未知数な物体で構成された壁は異常に頑丈で、しなやかだった。
しかし、それだけだ。
あの塔を覆っていた反発する魔法や白光の壁ほどの強度はない。
「即席の魔法では止めることもできないか」
「一振り」
止まることなく、駆けながら剣を右に構える。
腰を入れた渾身の一撃なら、壁ごとダングルを斬れるはずだ。
「斬――」
「だが間に合った」
「!?」
突如、周囲を液体が満たした。
訳が分からない。
少し口に含んでみるが、無味無臭で毒が入っているわけでもなさそうだ。
しかし、これでは息ができない。
「言っただろう。魔力の|
水の中に佇むダングルは、自分の顔の周りにだけ空気の膜を形成し、涼しい顔でダインに種明かしをする。
刃や壁は気体の魔力を固体にすることで作り出していた。
そして今回は、気体を液体へと変化させた。
宙に漂う魔力を凝縮させたのだ。
「くっ――」
駆けようとするが、水がまとわりついてきて思うように走れない。
斬り飛ばそうとしても、液体を斬ったところで意味はない。
そして、脱出方法もわからない。
おそらくだが、どれだけ移動しようともこの水はついてくるのだろう。
「周囲の魔力はすべて私が掌握した。苦労したぞ、まったく」
「っ……」
「これで斬撃を飛ばすこともできん。終わりだ」
真顔で勝利宣言してくるダングル。
確かに、逃げることはできない。
そしてまだ息は苦しくないものの、これが続けばそう遠くない内に酸欠になるだろう。
――なら、ここで仕留める。