頼れる騎士は頼れない 作:北村 進
なんだか最近生徒会室の女子率が高い気がする。
それもこれも全て彼のせいだ。
同級生やら後輩やら臨時講師の先生やら、美人どころばかり囲っているらしい。いや、全て噂だけども。
まあ、ほんとは彼にそんな下心なんて無いと分かっている。
あの時、テロリストに命を奪われかけた時、彼だけが動いてくれた。
私はこの場所にとって大切な人だと。その身代わりになれるなら光栄だと、堂々と宣言してくれた。
彼が本当に複数の女の子と関係を持とうとする優柔不断で不誠実な人なら、そんなことを言うはずがない。
あれは本当に嬉しかったなぁ……
……それでも、やっぱり彼が他の女性と話しているのはイヤだ。
同時に、私が最初に見つけたのに、と思ってしまう自分がいることも嫌になる。
そんなの運じゃん。それを心の支えにするなんて、騎士志望の身からすれば屈辱でしかない。
どうしたことか。悩ましい。
いっそのこと誰よりも先んじて思いの丈をぶつけてしまおうかと思ったけど、前に探った時に誰ともそういう関係になる気はないと断言されてしまった。
こうなると躊躇ってしまう。思い切っても距離を取られてしまうことが確定してしまった。
なら、諦める?
……無理だから、困ってるのよ。
とりあえず卒業した後、彼は私の後を追いかけてきてくれるから、その時に頑張ろう。
でもなんだか彼はあっという間に先に行ってしまいそうな気もする。
仕方ない。その時は頑張って追いかけよう。
ああ、駄目だ。
やっぱり何がどう転んでも、私は彼のことが——
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「っ……まってください。感染っ、して――」
「ごめん、変な霧に襲われて。吸わなかったけど、小さい傷口からも入ってくるみたいなの」
まだ感染経路が一か所だったら、ダングルの言葉通りその周辺を抉り取ったり切除すれば助かったかもしれない。
しかし、彼女は全身に満遍なく傷を負ってしまっていた。
「……これ、そのうち意識も消えちゃいそうだから、せめてダインに会いたくて」
「——待っててください、今ダングルを起こしますから」
まだ、まだ助かるかもしれない。いや助かる。魔法が希望だというなら、こんな病気くらいすぐに治せるに違いない。
「……起きてください、ダングルさん。こんなことを目指していたわけじゃないはずだ」
しゃがんでダングルを肩から地面に下ろし、襟首を掴み揺さぶる。
反応は無い。完全に意識が飛んでしまっているようだ。
「今こそ魔法が役立つ時ですよ。こんなところで寝ていないで、さっさと先輩を——」
水をぶっかけようと周囲を見回すが、水筒のようなものは見当たらない。
井戸も瓦礫の下に埋もれてしまっているのか、付近には見当たらなかった。
「――起きろよっ!」
我慢の限界だった。老人を何度も揺さぶり、ついには頬を叩く。焦り荒れるダインを、エーレは困ったような顔で見つめていた。
「起きろ、起きろ起きろっ、起きろよジジイ!人に迷惑かけて寝てんじゃねぇ!ふざけん――」
「ダイン、ダメ。それは殺してしまうわ」
振り上げたこぶしを優しく握られ、止められる。
エーレの緑色に染まった手は、肌の下で液状になった肉の感触が分かる、腐った果実のような触感だった。
もう手遅れだと、魔法でもどうにもならない段階まで進んでしまったとダインでもわかるほどに、腐肉化が進行してしまっている。
彼女のポケットから漏れている光はライラだろう。
おそらく彼女でも治療できないため、進行を止めようとして――
「あ……」
「……?ダイン?」
力が抜け、崩れそうになる体をなんとか地面に手をついて支える。
目頭が熱い。呼吸が上手くできない。
胸に手を当てなくても、心臓が記憶にないほどに高周期で鼓動しているのを感じる。
どこかで、何かが折れる音が聞こえた。
「……僕の、せいだ」
決壊する。
「僕が……僕が行かせたせいで、止められなかったせいで、先輩がっ、街の人が死んじゃう……!」
「違う」
「こんな魔法狂いなんかに手間取って!止められたはずなのに!救えたはずなの――」
「ダイン」
横から抱きしめられた。花のような香りが漂ってくるその体は、変色していてなお美しく、高潔さを保っている。
接触面はほぼ全てが硬く冷たい鎧のはずなのに、柔らかく包み込まれていると誤認するほどに優しいハグだった。
「ダインは偉いわ」
「……え?」
目に涙を貯めながら、突拍子のない誉め言葉に戸惑う。
そんなダインを気にせずに、エーレは言葉を重ねる。
「学園でも騎士になっても、人のために努力して、たくさんの人を助けて、いろんな人に頼られて。ダインはそれに応えるために、辛くても苦しくても我慢して戦ってたんだよね。……ごめんね。私、最期まで頼ってばっかりだった」
「そんなこと――」
ない、と続けようとしてところで口に優しく人差し指を当てられ、出鼻をくじかれる。
「黙っていたけど、私、実は宰相様にお願いしてダインの従騎士にしてもらったの。そうすれば、少しでもダインを手伝うことができるかなって」
目を見開く。まさか、自分から望んで従騎士になっていたとは。
嫌がらせだと邪推していたのはとんだ見当違いだったらしい。
「ダインから頼ってくれるくらい強くなりたかったのに、結局こんなことになっちゃって……悔しいなぁ……」
乾いた笑いを含む声。しかし震える声から伝わってくる感情はポジティブなものではない。
悔しさと後悔と――自己嫌悪。
その言葉には、何度も自分を責め嫌っていたダインだからこそ分かる、無力な自分を自ら追い詰めるような感情が込められていた。
「でも、ダインと一緒に過ごして一つだけ分かったことがあるの」
状況に頭が追いつかず、ただただ呆然として動きを止めるダインに、エーレは笑いかける。
「君は、強くて弱いんだよね」
「……弱い?」
「体も心も強いけど、誰かに頼ることを怖がっている。他人に期待して、信じるのが怖いんでしょう?」
「そんなこと――」
ない、と否定する言葉が出ない。
なぜか。簡単だ。思い当たる節があったからだ。
「いつか裏切られるなら、信頼も期待もしなければいい……君がそんな風に考えて、いつも怯えているように見えたの」
……否定できたら、どれほど良かっただろう。
まるで臆病な子どものような思考回路だ。
傷つくことを恐れ、他人に寄りかかること自体を忌避してしまうとは。
協調性が求められる騎士として、責任ある王国騎士として、致命的な欠陥だ。
信頼も期待もしてくれない者に、誰がついてくるというのか――
「はいストップ」
頭に軽い衝撃を感じ、思考の海から目を覚ます。
横を見ると、チョップした手を構えながら、エーレがジト目で睨みつけてきていた。
「その目、どこまで自分を責めてるのよ。私、君を追い詰めたくてこんなことを言ってるんじゃないのよ?」
「……じゃあ、何なんですか」
「ふーてーくーさーれーるーなー」
右手で頬をつままれ、グニグニとこねくり回される。
今まで経験がないタイプのスキンシップに硬直するダイン。
その様子を見てエーレは満足げに鼻を鳴らした。
「誰にだって十個や二十個は欠点があるものなの。一個の欠点でいちいち人格否定するまで自分を追い詰めてたら、キリがないわよ?」
「それは……確かに」
ニコリとほほ笑んだエーレは、頬から手を放してまたダインの体に手を回すと、小さくささやいた。
「今すぐ誰かを頼ってとは言わない。そう言った私がドジふんじゃって、ダインのことをもっと傷つけちゃったから。……でも、君を信じて愛する人はいるんだってことは、信じて欲しいの」
「……」
「君をちゃんと見ている人が、君のために動いてくれる人がいるってことを、忘れないで。君を恩人だと思っている人、私たくさん知ってる。……君は、一人じゃないのよ」
「……分かりました」
「あ、信じてないわねぇ?」
笑顔でギュッと抱きしめる力を強めるエーレ。
その通りだ。
正直、今言われたことを真正面から受け取ることができるほど、まっすぐな性格はしていない。
「まあ、今はそれでいいわ。……帰ったら嫌というほど思い知るでしょうからねっ……と」
苛立っているような低い声で告げられた最後の言葉の意味が分からず、首をかしげるダイン。
その頭をポンポンと叩いて腕から解放したエーレは立ち上がり、あたりを見回した。
「ふぅ……文句は以上!時間は――ありそうね。じゃあ……あとは言わなきゃ、いけない……こと……を…………」
「先輩!?」
急に力が抜けたエーレを咄嗟に抱き留める。
「ご、ごめ――あっ……」
エーレの状態を確認する。
体の震えが激しすぎる。
全身の筋肉が麻痺しているのかもしれない。
それに、腐食の割合は見える肌でも九割を超えていた。
筋肉まで腐ってしまうのだとしたら、もう立つことすら厳しいだろう。
思わず息を呑むダインをよそに、そんな状態だと自覚していないエーレは、立ち上がるために一度力を入れようとするが、あえなく失敗する。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
「……もう、いっか……」
あまり力を籠めないように、それでも抵抗されない程度にしっかり抱きしめる。
この状態で下手に動くと、腐った肉が肌を突き破って噴き出してくる可能性がある。
そんなことになったらその痛みは地獄だろう。これ以上苦しむ姿は見たくない。
そんなダインの拘束を受けたエーレは諦めたのか、脱力してダインの首筋に顔をすり寄せた。
「あのね、ダイン」
「何ですか?」
「すき」
――唐突に、世界が動きを止めた。