頼れる騎士は頼れない   作:北村 進

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第二十話 あなたがすき

 

 

 

 

驚きのあまり(すき……隙?)とアホみたいなことを考えるダインを置き去りにし、エーレは言葉を重ねる。

 

 

「……ほんとはね……キミを、私のものにしたかったの。うでをくんで、私の……かれしだぞーって」

 

 

長々と説教し続けて疲れたのか、腐食に抵抗して気力が切れそうなのか……エーレは呂律の回らない、眠そうな声でそう告白する。

それが余計にダインの心を揺り動かし、動揺を誘う。

 

 

「……せ、先輩がそう言ってくれるなら……今からでも喜んで。僕も先輩のこと、気になってましたから」

 

 

「え、そなの?」

 

 

腕の中の彼女は驚いたような声を上げた。

そんなに驚くことだろうか。

 

 

「こんな美人な女性(ひと)がずっと傍にいて、しかも色々と気にかけてくれて……惚れない男はいませんよ」

 

 

学園時代は生徒会の先輩後輩として、騎士になってからは上司と部下としての立場と責任があった。

それに、初めて恋した人だからこそ距離を保っていたのだ。

自分は早く死んでしまうと、分かっていたから。

 

 

「びじん……えへへ、うれしいなぁ」

 

 

甘えるようにダインの首筋に頬をスリスリと擦りつけ、くんくんと匂いをかいでくるエーレ。

あまりにも可愛すぎる先輩の行動にフリーズする。

 

まずい。両思いだったことが発覚した今、猛烈に先輩とイチャイチャしたくなってきた。

だが残念なことに、ダインにはそんな時間は残されていない。

 

空の忌々しい亀裂は未だ霧を吐き出し続けている。

そろそろ動かなければならない。

騎士として、ダインはこれ以上をこの場に留まり続けることはできないのだ。

 

だから、ダインはエーレの背中と膝下に腕を回し、ゆっくりと持ち上げた。

 

 

「わぁ……おひめさまだっこだぁ」

 

 

昨夜介抱した時のように口元を緩めながら、今度は胸元に頭をすり寄せてくるエーレにダインも口元を緩ませ、跳躍する。

 

ダングルは近くの適当な屋根の上に置いていく。

まあ付近の屍人(しにん)はすべて処理したし、霧も高いところには来ない。

すぐに殺されることはないだろう。

 

そのまま別の時計塔まで駆けたダインは、エーレを抱えたまま塔の屋根まで登頂すると、あたりを見回す。

 

 

「いま……じょうきょうは?」

 

「霧が止まりません。街中は……おそらく全滅。生存者は騎士団含め、街の外に避難しているようです」

 

 

ひどい状況だ。吐き気がする。

周辺はとても静かだが、何も解決していないのだ。状況は刻一刻と悪化している。

 

動かなければいけない。

人々を助けるためには、ここで時間を食うわけにはいかない。

 

でも、今のダインは騎士の仮面を被る気にはならなかった。

騎士として失格にもほどがあるが、世界よりも大切な(ひと)のほうが優先だ。

 

 

だから。

 

 

 

「正直、僕一人が動いてもどうしようもないくらいです。……なので、もう少しだけ先輩と一緒にいます」

 

 

少しだけ、ほんの少しだけ。

己の欲に従うことにした。

 

 

「……そっか。じゃあ、さいごに二つだけ、おねがい」

 

 

「はい」

 

 

時計塔から下りて平坦な屋根の建物の屋上に降り立ち、ゆっくりとエーレを屋根に寝転がす。

そして、剣を抜いた。

 

 

「ひとつ――わたしを、ころして」

 

 

「……はい」

 

 

 

その願いは予想通りだ。

このまま放置すれば、エーレは苦しみの果てに屍人(しにん)に成り下がる。

それを防ぐには首を斬るしかない。

 

……震える心を押さえつけ、剣を強く握りしめる。

苦しみなく殺す。

そのためには一瞬で、綺麗に斬らなければならない。

 

 

いつものことだ。心を殺せ。

 

 

 

「そして、ふたつめ……」

 

 

苦し気な呼吸を繰り替えす彼女は、ゆっくりとダインのほうへ顔を向けると、小さな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「しあわせに、なってね」

 

 

「……」

 

 

「へんじは?」

 

 

「先輩」

 

 

剣を握る手を緩める。

彼女は分かっていない。

エーレが死んだ後、ダインに幸せなど訪れるわけがないのだと。

 

 

「貴女を一生愛します」

 

 

「っ……こら、ひきょーだぞぉ」

 

 

「格好つけて我慢するからですよ。そんなこと言って、僕がほかの女と結婚したら嫉妬するでしょうに」

 

 

「そうだけど……じいしきかじょー……」

 

 

目に涙をにじませながら、可愛らしく睨んでくるエーレ。

ダインが幸せになれば私は幸せ。

そんな自己犠牲の塊のような遺言を許すわけがない。

 

今も彼女が苦しんでいるのは重々承知しているが、両思いが発覚したばかりなのだ。

そんな彼女の最期なのだから、とびっきりの我儘を言ってもらわなければ。

 

 

「で、もう一つのお願いはどうします?」

 

 

「……おねがいを、ひゃくおくこかなえて」

 

 

「分かりました」

 

 

「まってまってごめん、そんなにたえられない」

 

 

意外と余裕のありそうなエーレは、うーんうーんと悩んだ末に、笑みを浮かべる。

 

 

「じゃあ、ちゅーして。……綺麗なところにでいいから」

 

 

「……」

 

 

無言で剣を鞘に納める。

そのまましゃがみ、彼女の頭の両側に手を置いて、その整った顔を覗き込んだ。

 

腐食は彼女の顔の八割ほどまで侵食していた。きれいな肌が残っているのは額の左上部分のみ。

そういうところにキスしてほしいというのが、ダインを受け入れるように目を瞑った彼女の願いなのだろう。

 

仕方ないことだ。感染する恐れがあるのだから。

 

 

「分かりました」

 

 

だから、ダインは彼女の願いを『正しく』汲み取り、その唇を塞いだ。

 

 

「んむぅっ!?!?」

 

 

驚きに目を見開いたエーレと至近距離で見つめあう。

声からわかっていたが、やはり口内はまだ腐食がそこまで進んでいないらしい。

見た目に反して、腐食の速度はそこまで早くないようだ。

なら痛みはないだろうと、逃げ回る彼女の舌を遠慮なく舌で捕まえ、蹂躙する。

 

 

「まっ……っ…………ぁっ、ちょっ――むぅ!?」

 

 

死の間際の静謐で悲壮な空気が突如として霧散するほどに、激しく深いキス。

一度呼吸をさせるために顔を上げ、何かを喋ろうとしたら物理的に黙らせる。

そんなことを都合三度、義手を支えに右手で肩や顎、頭を順番にゆっくりと撫でながら繰り返す。

二度目からは彼女の舌も応えてくれるようになったものの、四度目には限界値を超えたのかビクビクと体を痙攣させ始めたので、ダインは仕方なくエーレを解放した。

 

 

「……大丈夫ですか?」

 

 

垂れ下がった唾液のつながりがゆっくりと彼女の口に飲み込まれていく光景に目を細め、そのままエーレの目を覗き込む。

 

 

「……ぅぅ。けだものぉ……」

 

 

「……」

 

 

「ばかぁ……どんかんやろぉ……なんでそんなじょうずなのぉ……おんなのてきぃ――」

 

 

「……誘ってますよね?」

 

 

「……ぅん」

 

 

頷く彼女に、今度は軽い口づけを落とす。

唇と唇を触れさせるだけの、初々しいキス。

それだけで情欲を抜きに幸せな気持ちになれるのだから、不思議なものだ。

 

 

「んぁ……」

 

 

「すみません、時間がもう無さそうなので」

 

 

「んーん。……ねえ」

 

 

「何ですか?」

 

 

「わたし、せかいでいっちばん……しあわせだぁ」

 

 

見ているこちらも(とろ)けてしまいそうな笑みを浮かべるエーレ。

しかしすぐに何かに気づいたように眉を寄せると、心配そうな顔でこちらを眺めてきた。

 

 

「はじめてだった……?」

 

 

「もちろんです」

 

 

「わたしもぉ……えへへ」

 

 

すぐに満面の笑みを浮かべたエーレに、何だこのかわいい生き物は、と状況を忘れて抱き寄せそうになる自分を抑え、ダインは立ち上がる。

 

 

そして、剣を抜き放った。

 

 

「……先輩」

 

 

「なーに?」

 

 

「好きです」

 

 

「・・・・・・わたしもすき」

 

 

ゆっくりと剣を構える。

 

もっと早くこう言えていれば、なんて後悔は口にしない。

そんな考えは、今のやり取りの中で互いにもう何回も思い浮かべたはずだから。

 

 

だから。

 

 

「いつか必ず追いかけます。なので――次に会ったとき、結婚してください」

 

 

「……あんまりはやく来ちゃだめだぞぉ?」

 

 

「じゃあゆっくり出発して速攻で見つけます」

 

 

「…………かんたんな女みたいでやだ」

 

 

刻一刻と魔の霧が満ち、世界が侵食されていく中で、少女は拗ねたような声を出す。

しかしよく聞くと、その声は隠しきれないほどの喜びの色に満ちていて――

 

 

「ねえ」

 

 

「はい」

 

 

「だいすき」

 

 

「僕も大好きです」

 

 

「んふふふ――じゃあ、またね」

 

 

「っ……はい。また」

 

 

 

 

 

青銀が煌めき、鈍い音が静かに響く。

 

その日、次代の王国騎士候補として期待されていた才色兼備の騎士は、最愛の人の手によってこの世に別れを告げた。

死してなお腐食が止まらなかったためにすぐに燃やされてしまった彼女の遺体の顔は、誰もが見惚れるほどに美しく、幸せそうな笑顔だったという。

 

 

 

 

―――――――――――

これは、美人な先輩騎士とイチャイチャするまでの物語

 

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