頼れる騎士は頼れない   作:北村 進

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第七話 足りないもの

 

月光だけが差し込む薄暗い部屋。

その部屋の空いている窓から飛び込んできた猫がボロボロの机に座ると、その姿が溶ける(・・・)

そんな不可解な現象が起きた場所に近づいてきた人影は机に残された瓶を拾い上げ、ゆっくりと蓋を開けた。

 

 

「……ほう」

 

 

傾けて中から飴を一つ取り出し、口に含む。

そしてすぐに吐き出した。

 

 

「これはまた……随分と珍しい。第二の心臓か」

 

 

蓋を閉め、目を細める。

その人影は既にこの瓶が誰のものか知っていた。

なにせ、『猫』にその王国騎士から何かを盗ってくるように指示を出したのは自分なのだから。

 

 

「噂に聞く王国騎士殿も苦しむ、か……厄介な」

 

 

それは誰に向けての言葉か。人影は机に瓶を置き、星の煌めく空へと手を伸ばす。

 

今も世界のどこかでは、人々が醜く下界を這いまわり、終わりの時から少しでも長く逃げ延びるために無為に働き続けている。

星々は、月は、そんな我々をあざ笑うように光り輝きながら、彼らの苦悩を優雅に見下しているのだ。

 

あの輝きに励まされる人間がいることは知っている。

見惚れる愚者がいることも識っている。

しかしあの輝きが人々を救う事はない。だから現状を変えるのだ。

 

 

「発展を…………可能性を…………希望を、人類に」

 

 

■■で世界を救う。手始めに少女を取り戻し、誰もが恐れる『モノ』をこの世から排除する。

それが、今を生きる原動力だった。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

翌日早朝。空が白みかけている時刻に街の中心部にある兵庁舎の訓練場を訪れた二人は、剣を構えて向かい合っていた。

 

 

「いつでもどうぞ」

 

 

「はいっ」

 

 

エーレの姿が消える。いや、ただ速く動いただけだ。

気配は——後ろ。

 

 

「っ゛!」

 

「顔に出すな!敵に余裕を与えるな!」

 

 

横薙ぎに振られた剣を弾き、一瞬動きを止めたエーレを剣尻で殴って吹き飛ばす。

狙いは悪くなかったが、痛みに顔を顰めたのはダメだ。

指導者として檄を飛ばし、互いの気を引き締める。

 

騎士同士の戦いは騎士自身でも目でとらえるのは難しい。特にエーレのような()のある騎士は、どれだけ動体視力を鍛えても視力に頼るだけでは完全に捉えることはできないだろう。

騎士に対応するには気配を読み、相手の癖を読まなければならない。

 

「ほら走って走って!格上相手に無策で止まるな!」

 

「っ~~~~~~~!」

 

エーレが残像を残す勢いで駆け回り、上下左右あらゆる方向で剣閃が煌めく。

だが、ダインが振る剣の方が速い。

 

逸らす、躱す、避ける。弾く、逸らす、弾く、弾く、弾く……数が多いだけで単調な攻撃だ。

もはや気配を探ったりするまでもなく、予測だけで全て捌けるようになってきた。

 

もちろんエーレもそれを分かっている。だから。

 

 

「そろそろ――おっと」

 

「まだっ――」

 

 

ほら、趣向を変えてきた。

目に向けて投じられた砂を上体を逸らして避け、背後にまわって(すね)を狙った斬撃は叩き落してその剣の腹を床に踏みつける。

 

同時に上から落ちてきた短剣は左手でキャッチ。

それでも剣を手放して殴り掛かってきたので、左手の甲で逸らして喉元に短剣を突き付けた。

 

「続けますか?」

 

「……降参」

 

決着だ。

 

首元に煌めく銀色の刃から遠ざかるように後ずさりしたエーレは、剣を拾うと鞘に納め、荒くなった呼吸を落ち着かせるように深呼吸しながら座り込んだ。

 

 

「相手の動きを良く読めてますね。体のコントロールも悪くないですし、筋力、柔軟性も申し分ない。今からでも僕に勝つ見込みは十分ありますよ」

 

「ボロ負けしたのに……?」

 

 

背中を丸めてブーたれるエーレ。

そんな彼女に対して、ダインは指を二本立てて見せた。

 

 

「先輩に足りないものは二つ。一つは、相手に合わせる力です。せっかく相手の動きは読めていて、自分の体も思い通りに動かせるのに相手がされたら嫌なことをできていない。相手の動きに合わせて動けていないんです」

 

「……やってるつもりなんだけど」

 

「意識しているのは伝わってきましたよ。でも実際には嫌な攻撃になっていません。全体的にタイミングが少しズレていて、逆に反撃できそうな攻撃ばかりでした」

 

「うーん……」

 

 

頭ごなしに否定するつもりはないが、ここを曖昧にするとエーレに悪影響が出かねないのでしっかり否定する。

自分の本当の課題に向き合う辛さはよく分かる。

意地を張って、目を逸らしたくなるのも。

だからそれに向き合わせるために、指導者の自分がいるのだ。

 

 

「そうですね……先輩、踊りましょう」

 

「え?」

 

 

タイミングのズレを自覚させる案として一つ良さそうなものを思いついた。

座り込むエーレの手を取り立ち上がらせ、その細い右手を左手で握る。

己の右手はエーレの左肩甲骨に。彼女も戸惑いながら、左手をダインの右肩と右肘の間に置いた。

 

 

「はい。ワーン、ツー、ワーンツー、ワー、ンっ、ツー……」

 

「え、ちょ、えええ?」

 

 

予告なしで動き出す。

あえてリズムと重心移動の方向を滅茶苦茶にして、エーレに合わせる気もまったくない。

そんなダインの踊りにエーレは何とか合わせようとしてワタワタと足を動かす。

当然無茶させているので足を何度も踏まれるが、ダインは気にせず動き続ける。

 

 

「やる事は変わりませんよ。顔は下がっていいので僕がどう動くかよく見てください。そして予測して、自分の体を動かす!」

 

「いやっ、これっ、合わせても、急に変わるっ」

 

「当たり前じゃないですか。いま全力で先輩の読みを外しにいってますから」

 

「鬼ぃ!」

 

 

それから十分ほど踊り続けたが、結局エーレはダインに合わせて動くことは出来なかった。

体力的には全然平気なはずだが、ヘナヘナと座り込むエーレ。

精神的疲労が大きかったらしい。

 

 

「……言ってたこと、よく分かったわ。今のダンスはゆっくりだったのに、まったく合わせられなかった……」

 

「ですね。もしかしてダンスは苦手でしたか?」

 

「五歳の頃から仕込まれているけど何か?」

 

「じょ、冗談ですよ。ふつうの社交ダンスであんな滅茶苦茶な動きをする人はいないって分かってますから」

 

 

答えを分かっているくせにからかうダインにムスッとした顔になりながら、エーレは立ち上がる。

 

貴族の娘なのだから当然だ。

というか社交ダンスの授業が必修な学園を首席で卒業していたエーレが踊れないはずが無い。

だからこそ余計に精神的ダメージを受けたのだろう。

表情からして分かりやすくイラついている。

 

これ以上つつくと破裂しそうなので、次の話に移ることにしよう。

 

 

「それで、先輩にもう一つ足りないものがあります。何だと思いますか?」

 

「……冷静さ、とか?」

 

「それは若いんですから当然ですよ。僕だって足りませんし」

 

 

学園を出て社会に出たばかりの若者に冷静さが足りないのは当然だ。

間違いではないが、今回の正答としては認められない。

 

 

「技術」

 

「いや十分足りてますよ。いや先輩自身は満足できていないのかもしれませんけど」

 

「戦闘センス」

 

「弓使いのくせに僕とまともに打ち合える人が何言ってるんですか?」

 

「美貌」

 

「大正解――嘘嘘!嘘ですって!自分で言ったじゃないですか!?」

 

 

ふざけ始めたのでタイムアップ。

答えはもっと簡単でシンプル、かつ場合によっては今からでも改善可能な問題点だ。

 

 

「正解は、想定外の技です」

 

「想定外の……?さっきの砂とかナイフは?」

 

「アレを技って言い張るんですか!?」

 

「ごめん忘れて」

 

 

大袈裟に驚くダインにエーレは顔を赤く染め、視線を遮るように手のひらを向ける。

不意打ちとして考えるとあまりにも一般的だし、なんならダインは軽く避けることができた。

まあ上空にナイフを仕込んでいたのは流石だったが、なにぶん威力が低すぎる。

ダインからしてみれば、技と呼ぶには練度の低いアドリブ戦術という認識だ。

 

まああのような攻撃でも、油断している格上相手になら勝てる可能性はあるのだが。

ただダインの言っている『想定外の技』とは、そういう次元の話ではない。

 

 

「つまるところ、油断していない格上相手にも初見なら打ち勝てる技、必殺技が欲しいんです」

 

「必殺……えぇ……?」

 

 

子どもっぽい、と分かりやすく顔に書かれているエーレに向かって剣を掲げて見せる。

 

 

「先輩は剣を持っている人が剣で攻撃してきてもまったく驚きませんよね?それで相手が格下なら、確実に勝てるはずです」

 

「それは当たり前じゃない?」

 

「そう。つまり先輩の攻撃は全て当たり前、標準的なんです。それをいくら磨いても、いざという時に格上と戦うことになったら当たり前のように負けます。勝てるわけがありません」

 

 

当然だが、非常時には敵を選ぶことはできない。

敵がもし格上でも、騎士である以上逃げることができない状況であることの方が多い。

なのでエーレには、そんな時に打てる起死回生の一手を手に入れてほしいのだ。

 

 

「こ、今回は弓が無かっただけで――」

 

「弓があってもそんなに変わりませんよ。先輩が弓を背負っていたら、僕は弓を使って攻撃してくると予測できます。悪弾撃ちができるといっても、それはこの国では有名な技。当たり前の枠組みから外れるほどの武器じゃない」

 

 

それに弓の技はたいてい距離を離さないと使えない。

だからエーレは今回持ち込まなかったのであり、もし持ち込んでいたら距離を詰めにいっていたので弓に持ち替えることもできなかっただろう。

 

 

「前までは先輩の足の速さが想定外(ソレ)でした。でもなんか最近、騎士団内に同じような人が増えてきましたよね」

 

「ほんとにね。先輩騎士たちは『また環境が回ってきた』って言ってたわ」

 

「環境が回る……?」

 

 

一つ一つの単語の意味は理解できるのによく分からない。

専門用語的な意味が含まれているのだろうか。

 

 

「とにかく、何か不意を突く方法を新しく考えてみてください。剣にこだわらず、毒とか爆薬とか使っていいので」

 

「それ騎士としてどうなの?」

 

「王国騎士の人たちは滅茶苦茶使ってましたよ」

 

「そうなの!?」

 

 

年に一回王国騎士同士で手合わせすることがあるのだが、初参加だったダインはそこで散々な目に遭ったのだ。

具体的には炙られ痺れ爆撃され、挙句の果てには四肢を金属の縄で縛られてすぐに岩のような硬さにまで固まる泥に漬けられ放り出された。

 

まあそれもこれも一騎打ちで四人抜きした後に乱戦が控えていることを忘れ、調子に乗って煽ったせいではあるのだが。

 

生意気だったことは反省している。

が、次の合同訓練に参加したらあの四人だけは絶対にぶちのめそう。

 

 

「わ、分かった。色々考えてみる」

 

「期待してます。じゃあもう一戦しましょうか」

 

「え゛」

 

 

剣を構え、固まっているエーレへにこやかに笑いかける。

 

戦いの中でしか見えないものもある。

自分に足りないものをさらに明確に自覚し、適切な改善策を模索するにはトライ&エラーも重要だ。

 

だから、狼狽えていないでさっさと剣を抜け。

笑顔のダインから圧を受け、エーレは眉を八の字にしながら抜剣した。

 

 

「……私は嬉しいけど、任務前よ?」

 

「知ってますよ?軽くやるだけですから」

 

「絶対軽くない……じゃあ、行きます」

 

 

その宣言と同時にエーレの姿が消える。

それから他の騎士が朝の修練をしに来るまでの間、訓練所にはただただ金属同士がぶつかり合う音が響くのだった。

 

 

 

 

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