ミッドガル聖教皇国の中央聖堂、最上階に位置する謁見の間は、広さ500平方メートルを超える巨大な空間だった。
床は黒曜石を磨き上げた鏡面仕上げで、足音が硬く反響する。
天井は高さ30メートル、全面ガラス張りで、外界の光が差し込むが、特殊な偏光処理により内部の光景は外部から見えない。
壁面には、聖教皇国の紋章である双頭の鷲が金箔で刻まれ、間接照明がその輪郭を浮かび上がらせていた。
中央には、直径10メートルの円形テーブルが置かれ、表面に埋め込まれたディスプレイパネルが、世界地図やデータグラフを投影する準備が整っている。
ルーファス、アルファ、クレアの三人は、テーブルの前に直立していた。ルーファスは、聖教皇国の英雄騎士として知られる長身の青年で、白の軍服に金糸の装飾が施されたマントを羽織っている。
アルファは、補佐官として無駄のない動きと表情で立つ中肉中背の女性、灰色の制服にデータパッドを携えている。
クレアは、魔剣騎士の称号を持つ少女で、赤い革製の戦闘服に、腰には細身の剣が収められていた。
部屋の奥、テーブルの向こう側に少年神祖が座っていた。見た目は14歳程度の少年だが、その瞳には異常なまでの知性が宿る。
白いローブに身を包み、背後の壁に投影された聖教皇国の紋章が、彼の存在を一層際立たせていた。
少年神祖の声は、機械的な反響を帯び、部屋全体に均等に響き渡るよう調整されていた。
「ジェノバ災害の影響は、予想以上に深刻だ」
少年神祖がテーブルの操作パネルに触れると、中央のディスプレイが起動し、世界地図が浮かび上がった。地図上には、赤い円が無数に点在し、災害の被害範囲を示している。東大陸の沿海部には、直径数百キロメートルの赤い円が集中し、内陸部では飢饉や疫病の発生を示す黄色のマーカーが散見された。
映像が切り替わり、崩壊した都市の瓦礫、避難民の行列、医療テントで治療を受ける負傷者の姿が映し出される。音声はなく、映像だけが無機質に流れた。
「この状況は、我々の計画に大きな障害をもたらしている。各国に派遣したエージェントの通信途絶率は30%を超え、情報収集の精度が低下している。ジェノバの完全殲滅は未だ達成できず、さらなる終末装置の出現リスクも無視できない」
少年神祖の言葉は、感情を排した報告書のような調子だった。ルーファスは姿勢を正し、視線を地図に固定したまま耳を傾ける。アルファはデータパッドに何かを入力し、クレアはわずかに眉を動かした。
「これまで我々が維持してきた均衡は、徹底した監視と介入の結果だ。ジェノバ災害は、その均衡を破壊した。ライフラインの崩壊は、各国の統治機構を麻痺させ、我々のエージェントの生存率を下げている。ミッドガル聖教皇国は自給自足の体制を維持しているが、他国の混乱が我々に影響を及ぼすのは時間の問題だ」
少年神祖は一瞬沈黙し、三人の顔を見回した。
「ルーファス、アルファ、クレア。君たちには、世界復興支援使節団として各国を巡り、復興支援を展開してもらう。ただし、これは表向きの任務だ。真の目的は、復興が停滞する各国の統治機構に秩序をもたらすことだ」
ルーファスが口を開いた。
「それは、内政干渉を伴う他国掌握の任務ということですか」
「その通りだ。だが、ルーファス、君には英雄騎士としての役割を果たしてほしい。派手な復興支援に専念し、表舞台で人々の注目を集める。それだけで十分だ。裏の任務は、専門のチームが処理する」
「了解しました」
ルーファスの声は、命令に対する反射的な返答だった。少年神祖の視線がアルファとクレアに移る。
「何か質問は?」
アルファは首を振ったが、クレアが一歩前に出た。
「私、この任務に必要ですか? エリザベートのような吸血鬼の方が、魅了能力で人心を掌握しやすいはずです」
少年神祖は小さく笑った。
「エリザベートやアウロラは、裏の任務に割り当てられている。彼女たちはそれぞれ『血の女王』や『厄災の魔女』として悪名高い。君は魔剣騎士として実績があり、表舞台での受けが良い。ルーファスの英雄的イメージ、君の戦闘力、アルファの調整能力。この組み合わせが最適だ」
クレアは納得したように頷き、一歩下がった。次にアルファが手を挙げ、少年神祖が教師のように許可のジェスチャーをした。
「何だ、アルファ」
「各国に秩序をもたらす任務に異論はありません。しかし、復興後の統治はどうなりますか。異なる宗教や文化を持つ国を支配し続けるには、我が国も大きな負担を強いられます。革命後にロベスピエールの恐怖政治のような混乱が起きる可能性は?」
少年神祖の表情に、わずかな満足感が浮かんだ。
「良い質問だ。統治は各国に委ねる。あくまで我々は復興の支援と、必要最低限のバックドア設置に留める。ジェノバや他の終末装置のリスクが高まっている以上、多少強引な手段も必要だから、やることはやる。だけど、ルーファスたちの使節団は、純粋に復興支援に集中してて良いよ。現政権を軸に、ライフラインの復旧を進めて」
「御意」
アルファは短く答えた。
翌日:輸送機発進翌朝、ミッドガル聖教皇国の中央飛行場に、汎用輸送型航空戦闘空母「クジラ」が駐機していた。
全長200000メートル、幅8000メートル、流線型の機体は、灰色の装甲に覆われ、側面には聖教皇国の紋章が白く塗装されている。機体後部には、4基のタービンエンジンが低く唸り、熱波が周囲の空気を揺らしていた。
搭載可能な物資は50000トン、乗員は20000名。攻撃用レーザー砲塔と対空ミサイルを備え、防御用の電磁シールドも展開可能だ。
数年前に開発されたモデルだが、最新の改修により、飛行速度はマッハ1.8、航続距離は100万キロメートルに達する。
機内の乗員区画は、2000メートル四方の空間に、革張りの座席が整然と並ぶ。座席は人間工学に基づいた設計で、長時間の移動でも疲労を軽減する。
ルーファスは座席に腰を下ろし、窓から見える飛行場の作業員たちの動きを眺めた。クレーンがコンテナを機内に運び込み、作業員がデータパッドで積載量を確認する。
物資のリストには、食料、医薬品、発電機、浄水装置が含まれていた。ルーファスは、眼前の光景に人の営みの連鎖を見た。
物資を運ぶ作業員、点検を行う整備士、指令塔で指示を出す管制官。それぞれが役割を果たし、一つの目的に向かう。
この旅が平和のための第一歩だと考えると、ルーファスの胸には静かな満足感が広がった。