君はニコポ・ナデポを覚えているかい?   作:あばなたらたやた

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33話2章⑦

 

 神祖の視線は、端末の向こう側から、常に遠くを眺めていた。

 

 数万年の時を生き抜いた彼にとって、成長とは、単なる力の増大ではない。運命を自らの手で変えるための、果てなき螺旋だ。

 

 ルーファス、アルファ、クレア――彼らを駒として操るのではなく、駒に自ら盤を動かす術を教える。それが、神祖の意図の核心。

 

 彼は過去を忘れない。大崩壊の炉心で肉体を失い、高次元存在として覚醒した瞬間。希望を信じ、先輩たちと共に人類の未来を夢見た少年の時代。

 

 あの失敗は、慢心の産物だった。無限の寿命を持つ今、神祖は自らを永遠の学習者として鍛え上げる。だが、一人で世界を救うのは限界がある。

 

 理想郷の構築には、信頼できる「人類の延長線上」の者たちが必要だ。だから、ルーファスたちに苦難を与える。

 

 平和的で難易度の高い方法を提案するのは、暴力的解決を許す甘えを排除するため。現場で選択を迫ることで、彼らは単なる執行者から、統治者へと進化する。

 

 ルーファスが凡庸さを抱え、努力を避けるのは、神祖の目には明らかだ。あの広告塔の仮面の下で、鬱屈が渦巻くのを、端末越しに見抜いている。

 

 アルファの依存、クレアのプライド――すべてを、試練の火にくべる。

 

「成長とは、痛みを伴うものだ」

 

 神祖の信念は、そこに宿る。ジェノバの封印は、手段の一つに過ぎない。真の勝利は、部下たちが自滅因子を超え、世界を再構築する意志を宿すこと。

 神祖は動じない。

 

 数万年の経験が、彼の神経質をゼロに近づけた。どんな反発も、計算済み。ルーファスたちが暴力的道を選ぼうと、それが彼らの成長の第一歩。

 

 神祖は、影から見守る。

 

 理想郷は、完璧な駒ではなく、傷つきながら立つ者たちによって築かれる。彼の思想――「運命を超える完勝こそが真の勝利」――は、部下たちにも染み込ませる。平和的解決を強いるのは、暴力を美化せず、真の責任を負わせるため。

 

 腹立たしい? それでいい。

 アルファを依存から解放し、クレアの剣をより鋭くする。

 神祖の意図は、冷徹だが純粋。世界存続の責任を、一定水準の人々に共有させる。

 無限の寿命を、孤独に費やさぬために。

 

 神祖の記憶は、炉心の爆光で焼きついたまま、色褪せない。

 

 西暦9999年、旧日本列島・東京湾岸「新資源開発研究所」。

 当時、彼はまだ「神祖」などという名ではなかった。

 ただの少年――■■■、13歳。

 第二次性徴を迎える前の、華奢な体。黒髪、茶瞳、童顔。

 IQ 210、記憶力は無限、思考速度は常人の十倍。

 研究所の「天才少年枠」で採用され、高次元エネルギー制御プログラムを一手に担っていた。しかし失敗の連鎖だった。

 

「人類を飢えから救う」――それがプロジェクトの旗印だった。■は、先輩たちと共に「無限クリーンにエネルギー」を夢見た。

 炉心は「超次元融合炉」と「高次元エネルギー」を融合させる実験炉。

 成功すれば、地球規模のエネルギー革命。失敗すればセーフティが働くようになっていた。

 だがスパイの浸透していた。

 産業スパイは、仲間に紛れていた。

 彼らは「競合国の妨害工作」ではなく、内部昇進のための成果横取りを狙っていた。■の書いた制御コードを「自分たちの成果」にすり替え、安全プロトコルを意図的に無効化した。

 

「炉心暴走。そんなの起こるわけない」

 

 慢心の言葉。

 炉心暴走・0.3秒の地獄

 実験開始と同時に、炉心温度が臨界点を超えた。

 ■は制御室で叫んだ。

 

「プロトコル再起動!  緊急遮断!」

 

 だが、改竄されたコードは応答しない。

 0.1秒後――プラズマが暴走。

 0.2秒後――研究所全体が白い閃光に包まれる。

 0.3秒後――東京湾岸 120km圏内が蒸発。

 死者 4500万人。

 西暦は、ここで『崩壊』し、『異世界』へ漂着した。

 

 ■は炉心の直上にいた。

 肉体は一瞬で炭化した。だが、星命エネルギーの暴走波が、彼の意識を「高次元領域」に固定した。痛みはなかった。ただ、無限の情報洪水が脳を焼き、人類は自滅し、希望は幻想だ、私は……失敗した

 

 その瞬間、神祖は生まれた。

 そこからは後悔の螺旋だった。

 最初の100年

 異世界に飛ばされ、荒野を彷徨う。肉体は再生するが、心は壊れたまま。

 『自分のせいだ』『自分が慢心した』『みんなを信じすぎた』『ちゃんとリスク管理はするべきだった』

 

 次の1,000年。

 異世界の国家を観察し、繰り返される自滅パターンを記録。

 戦争、環境破壊、差別、宗教対立、外敵からの侵略を受けて内戦。

 

「知性体は、必ず同じ穴に落ちる傾向にある」

「優れた者ほど、ボトムの足切りに走りがちになる」

「弱いものほど、どれほど善性があろうと自滅するシステムを作ってしまう」

「優れた者、無能な者、凡庸な者が存在すれば、国は安定するが、生産量が足りなくて滅びる」

 

 1万年目の悟り

 

「できるやつは勝手にできるし、できないやつはできない」

「できるやつは自分が決戦存在になりがちだし、できないやつは徒党を組めれば戦える」

「環境が悪ければ才能は腐り、適切な苦難に遭遇しなければ努力する必要性に駆られない」

「現実は理不尽で不条理である。だからこそ、落ち込み、分析し、学習し、挑戦できる世界が必要だ」

 

 そこで彼は決めた。

 

「ジェノバを根絶する」

「何度でも頑張れる環境を構築する」

 

 慢心への恐怖だからこそ、「簡単な道」を与えない。

「楽をしたら、また大崩壊が起きる」

 仲間たちを信じた結果が大崩壊。だから、味方を「試し続ける。何度でも試練を与え、挑戦する機会を与え、成長し続けてもらう。

 

「本当に成長したか?  自分の二の舞にならないか?」

 

 数万年、誰にも本当の過去を語っていない。

 ルーファスたちにさえ、「神祖」という仮面だけを見せる。

 

「もし本当の失敗を知ったら、彼らは自分を見限るかもしれない」

 

 神祖の端末に映るルーファスたちの姿。

 

「平和的解決」を押しつけるのは、「お前たちも、俺と同じ失敗を犯すな」という、無言の懇願でもある。炉心の爆光が、今も彼の網膜に焼きついている。だから、「成長しろ」「自分の二の舞になるな」「世界を、自分の手から奪い取れ」

 

 それが、神祖の過去の失敗が刻んだ、永遠の贖罪の旅だった。

 

 

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