――飲んで寝たら、オルクセン王国に連れて行かれた。
あーまたユイ・アラモードせんせーが訳分からないこと言ってるぅ、と思われるだろうか?
安心してほしい。私も我が身に起こっている事は、訳が分からない。
辛うじてある最後の記憶は、けやき広場ビール祭で死ぬほど飲んだ、ということだ。
日本最大のビアフェスであり、クラフトビール界のコミケとも言われる巨大イベント。春のけやき広場は屋外広場で開催なので、昼前にグランドシートを広げて確保すれば、テント席の予約時間で追い出される事はない。日焼け止めもきっちり塗り、帽子やアームカバーでガードして臨んだのだった
……そういえば、今の自分の格好もおかしな事になっていた。
なんで明治時代の帰国子女みたいなドレスを着ているのか? 私はどこでこんなコスプレに着替えたのか? というか、さいたま新都心のどこに貸衣装屋とかあるの? わからない。
酔っぱらいは怖いねぇ、なんで寝る前にそれをやったのか、目覚めた後でその理由が理解できない。朝起きるとコンビニ売りのカロリーの固まり・二郎風ラーメンの容器がキッチンにあったりとか。
けやき広場は最近の傾向で地方の新規ブルワリー参加が少なく、メンツ的に『いつもの』なので、そんなに飲むモノないだろうなー、と見くびって行く。
しかしけやき広場スペシャルを各ブルワリーが用意しているので、10杯で3リットル弱くらいは興味本位で飲んでしまう。
そして夕方になると、仕事明けでやってきた知り合いと遭遇するようになるので、さらに飲む。
地方のビアフェスは一人で飲んでいるので、飲み過ぎると会場内で寝てしまい、そこで飲酒がストップするので粗相はしないが――東京のビアフェスは友人と出会い、しゃべりながら飲むと楽しすぎてつい、リミットを無意識で突破してしまう。
あー、話がズレてますねすいません。それでヘロヘロになって、さいたま新都心駅で京浜東北に乗って戻るところを、多分間違えて高崎線かなにかに乗ったんじゃないのかと思う。
それに気付かず空いてる座席に座り、そのままダウン。
……泥酔して座ると、とんでもないところにワープする事になる。西武池袋線で飯能、どころか小手指で折り返して副都心線を突っ切って武蔵小杉で目が覚めた時は、血の気が覚める思いをした。
自堕落な酔っ払いを天は見逃さずに罰するのである。子曰く、天網恢々疎にして漏らさず。
――いやそれでも、最終電車でオルクセン王国行きはひどい仕打ちでは?
遠い耳はガタガタという客車の振動を聞き、涙腺が動かず視界が狭い霞む目で左右を見回す。
車内は木製の内装の、レトロな対向座席。碓氷の鉄道文化むらで見た、昭和の一等客車という雰囲気。遠くに聞こえる、蒸気機関車のロコモーティブな響き。
「あ、スマホ……!」
酔って落っことしがちなスマートフォンが気になり、あわててハンドバッグの中を漁る。いや、ストラップを手首に感じない時点で手遅れだ、とは思うけど。
「……なにこれ?」
スマートフォンの代わりに、もろもろと見慣れぬ品が出てくる。
アキツシマ、という国名の記された旅券。活字体がクラシカルで、スタンプの押されたサイズの大きな切符。女性用の財布には、見慣れない紙幣とコイン。
紙幣を広げて目を細めてじーっと見つめる。
精緻なデザインの欧州風紙幣。額面のデザインは精巧ながらも簡潔でわかりやすい。そして偽造防止も兼ねた細線版画の肖像は、妙にイケメンの豚面軍人のもの。
豚面というのは、人間の鼻の向きや顎の太り方からの例えではない。下顎から牙が生えている本物の豚のヘッドが、詰め襟肩章の軍服の上に鎮座している。
しかしその瞳には知性と抜け目のない注意力が宿っている。書籍デビューの頃に面談した、文庫の編集長のようでもある。
――とんでもない国に酔っぱらって来てしまった。
紙幣を戻して大判の旅券を開く。今のパスポートと違って、写真は貼り付けられてない。雄渾な筆跡の外務大臣が保護を求める文面と印章、その下に私の本名の、どこか不貞腐れたような筆跡の署名。
査証のページを開く。スタンプを見ると、キャメロットやグロワールという国で私は入国・出国手続きをしていことになっている。その最後にあるのはオルクセン王国の入境管理官のスタンプと日付のサイン。
「――――これなら、降りる時に捕まらないか」
旅券を仕舞うと、ハンドバッグを膝に置き、瞳を閉じる。由来のない安心感に頭が沈む。スマホはもう落としてるのに。
……眠い。
まだ分解途中の粘ったアルコールが、意識を小刻みにブリンクさせる。客車の振動は座席を伝わり、眠気を強烈に増幅する。
「起きたら次は赤羽駅とかじゃないかなぁ? 無理かぁ……」
もうどうにでもなれ――という深夜泥酔ウーマンの投げやりな脳内判断に身を任せる。
漆黒の闇が流れ行く窓ガラスに、ぐいと耳を押しつけた――。