ユイのリ・イニシャリゼ-オルクセン王国編-   作:阿羅本景

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ユイのリ・イニシャリゼ-オルクセン王国編-その4

 ――いや、美味いんだから仕方ないでしょう?

 

 銀座ライオンにガリバーブーツという、2・8リットルの巨大靴型ジョッキがある。いやいやそんなの一人では飲めないでしょう……と思うけどもあれは結構、飲めてしまうのだ。飲ませてしまう、サッポロ黒ラベルの出来の良さがあって初めての所行だが。

 このゴルドシュヴァインのラガーも、その類だ。

 雑味の少ないクリスプさ、でも水っぽくなくしっかりとモルトの甘みとコクがあり、ホップもノーブルホップの香りとビターさの特徴をきっちりと出している。

 これはよいラガーだ。日本で出しても十分以上に通用すると思う。ヘイジーだスムージーサワーなんだかんだ言っても、ラガーを美味しく造るのが一番難しい、腕の見せ所だと醸造家は言うので、オルクセンのブルワーは胸を張っていいと思う。

 だから飲める。飲めてしまうのだ。

 一杯目のジョッキを干してお代わりを頼むと、周りのオーク客が笑ってグラスを掲げてくれる。異国の客が昼前から威勢良くビールを飲む姿は、彼らの心の琴線に触れたのだろう。

 

 そして、早めの昼食がテーブルに並ぶ。

 まだ昼前だったので、白ソーセージであるヴァイスヴルストがあるのがうれしい。籐の籠に入ったプレッツェル、ハムを乗せたサラダ、マッシュポテトにザワークラウト、そして豚の臑肉のグリル・ポーククヌッケ。

 これだけ羅列しても量が多くない? と思われるだろうが、オルクセンのビアホールでは、そのいちいちの量がデカイのだ。

 まずプレッツェルは、スナックサイズのかわいいものではない。日本のインド料理屋で「オイシイヨー」とネパール人店員に言われて無造作に出される、デカいナンくらいのサイズがあった。

 ヴァイスヴルストだって、高級レストランめいてちんまりと皿上に二つくらい並んでるのではない。中に蛸でも住み着いていそうなサイズの陶器の壷に、煮汁とともにドカっと詰め込まれ、マスタードもたっぷり瓶で付いている。

 この調子で一つ一つの皿のボリュームが大きい。骨が真ん中に通ったポーククヌッケは、もはやマンガ肉のビジュアルと化していた。

 でも、酒で胃が広がっているとこれを食べられてしまうのだ。その上にこの料理はビールに合わない訳がない。

 おまけにオーク相手に「私はあんまり食べられないのぉ~」とかカワイイ女子風のアピールしても無駄だ。食え、飲め、豚のごとく!

 

「よい食べっぷりですなぁ!」

「朝から何も食べてなかったので……美味しい! 日比谷のオクフェスもフードにこれくらいのボリュームがあればなぁ、高い金払ってるんだからさぁぁ」

 

 そんな感想がつい、口から漏れてしまう。まぁ、あれはあれでいろいろ事情があるので仕方ないとは知っていますが。 

 ヤクソン氏も健啖であり、剥いたヴァイスヴルストをもりもり食べ、ジョッキのビールをぐいぐい飲んでいく。体格のいいオークにとっては、パーティーのように見えるこの皿でおそらく『ふつうのブランチ』なのだろう。

 そして私たちは、酒に関する談義を交わしていた。

 

 まず、ここに案内してもらったお礼として私は、日本――いやアキツシマの清酒の製法に関して語った。清酒は専門ではないが、酒蔵は何度も行った事があるので製法の基礎知識はある。

 水を煮沸しない、という製法に「そのようなことが可能なのか?」という呟きを漏らしていた。

 麹カビという、毒素を生成せずにデンプンを分解する菌類の存在にも、彼は興味津々のようだった。

 どうも麹カビは星欧には存在しないらしい。さらに酒米を削る、という概念にも驚いていた。

 

「削った米の外側を、もしや捨てて……?」

「いえ、米粉は製菓などに再利用されますのよ?」

 

 私がそう答えると、ヤクソン氏はほっとしたように見えた。

 オークにとっては食料を廃棄する、というのはひどく倫理感に触れる行為なのだろう――それはそうだ、食が太いオークは、日頃から食料を無駄に出来ないだろう。

 

 二杯目のジョッキがやってくる頃に、ヤクソン氏からのオルクセン王国のビール史に関する講義が始まった。

 現在の国王は、偉大なグスタフ王。一二〇年の歴史でオルクセン王国の近代工業化と富国強兵を成し遂げ、対エルフィンド戦争で勝利を収めた偉大な国家の指導者だ。

 この国は議会内閣と大統領制に移行しつつあるということだが、国民たちにとっての「マインケーニッヒ」はグスタフ王であり続けるだろう、とヤクソン氏は胸を張って言う。

 だが、オルクセンにおけるビールの変革のきっかけを作ったのは、先代のアルブレヒト大王だという。バイエルンのビール純粋令にあたる勅令で『大麦とホップのみを醸造に用いよ』と定めたのだ。

 ヤクソン氏はジョッキを持ち、渋い顔で語る。

 

「理由は簡単ですな。まだ貧しく飢えていた頃の我が国で、食用の小麦を無駄遣いするな……酒を造るなとは言わん、大麦なら許す、と」

「禁酒の強要は国民の支持を低下させますし、大麦は『出来てしまい』ますからねぇ……」

 

 私の相槌に、我が意を得たりとヤクソン氏はうなずく。

 小麦は土壌細菌の問題があり、連作には難がある。大麦にも同様の連作障害があるが、同じ菌が由来ではないので小麦作→大麦作と土地を使い回す事が出来る。

 しかし、脱穀が難しい大麦はどうにも食味が悪い。かといってすべてを家畜の飼料にするには贅沢が過ぎる。そんな使いにくいカロリー源をヒトサマが有効活用するとすれば――アルコールして飲んでしまえ、という解決法になる。

 人間もオークも、酵母菌の前では同じ振る舞いをするということだ。これは洋の東西、いや世界の差を問わない。

 アルブレヒト大王時代のビールは粗放な醸造酒から次第に現在のビールに近いものへと発展していったという。だが質量ともに飛躍的に向上したのは、グスタフ王の時代になってからだという。

 グスタフ王を語るヤクソン氏の口調には、熱が籠もる。

 熱くならずにはいられない、王の業績は彼らの誇りでもあるのだろう。

 

 グスタフ王は軍人であり王でもあるが、同時に偉大な農学者でもあるという。彼は国内の耕作法を改革すると共に、ホップの栽培法を確立したのだった。

 森の中の雑多な蔓草であったホップの高棚式の栽培法と、馬車による集団収穫と乾燥加工・集積工場の構築を広めた。同時にホップの品種改良を推し進め、モルト製造も醸造所ごとの自家製麦ではなく、焙煎具合やカラメル色などを規格化し集約化されたモルトスター方式に変えた。さらに、ビール醸造後に出るモルト滓の、家畜の飼料化も進めたという。

 国内の農業生産が増加すると、大麦のみを使うべしとした先代の勅令を排した。もはや大麦モルトを原材料とするビールはスタイルは動かしがたい主流になっていたから、新たなスタイル誕生を阻害する規制はもはや無用のものであった。

 オルクセンのホップ品質の向上と規制の緩和は、賞味と評価に足る酒へと変えていった。

 聖星教の修道院から伝わったという謂れもある、ビールの醸造法も変化した。

 魔術による冷蔵技術の一般化によって、下面発酵が可能になったのだ。モーリム生まれのドワーフたちが冷涼な地下道の奥で熟成していたという伝承を持つ、低温長期熟成のビールがオルクセン国内に広まり、一般化していった。さらに規制緩和の恩恵を受けて、小麦と独自の酵母株を使うヴァイツェンも広がっていった

 さらには、ビールの劣化を抑える低温殺菌もグスタフ王が提唱した技術だという。工業化によって炭酸ガスが使えるようになると、低温殺菌・炭酸加圧・魔術冷蔵輸送の三点セットが、ビール醸造を家内工業から商工業へと転化させた。

 なぜか? 輸出と外貨獲得のため……と答えそうになるが、それは平和な日本人の発想だ。 

 

 ――軍隊がビールを必要としたからだ。

 

 ヤクソン氏曰く、オルクセン王国軍の兵士は日常的に大量のアルコールを消費し、昼食で支給されるビールは欠かせないモノだという。

 軍隊で消費される大量のビール――シュナップスやワインに比べると痛みやすい低アルコール醸造酒――を確保し、輸送し、配分しなければならない。

 そのために、三点セットの技術が要る。

 グスタフ王は巨大な軍隊を潤すため、近代化されたビール産業を必要としていた。だからこそ、彼は精力的に醸造産業の改革を促したのだ。

 

 ……これは日本でも同じ歴史があった。

 

 軍隊の酒保で提供されたビールこそが、日本でビールを一般人に定着させ、生産を拡大させた一つの要因でもあった。

 ビール普及の片輪が工業化なのだとしたら、もう一方の車輪は軍国化なのだ。

 

(どうにも必要な技術を先回りして全部知ってる感じだなぁ。そのオークの王様は……?)

 

 マッシュポテトをグレービーに浸けてもぐもぐと食べながら、私は考えていた。

 ファンタジー異世界で造るビールは不味いだろうな、というかつての推測は、グスタフ王が行った醸造のすべての改革を、近世社会以前の技術では期待できないことに由来している。

 しかしグスタフ王は一部を魔法で補いつつ、それらを成し遂げた。まるで私のいた世界のビールの到達点を知っていたかのように。

 

 ――異世界のオークなのに、なぜ?

 

「かくしてオルクセンには豊かなビール文化が広がりましたぞ。スタイルも様々にありますな、アルトやボックといった上面発酵、ヴァルターベルグの闇エルフたちが好むヴァイツェン、南部のシュバルツやロヴァルナ沿いの塩井の水でつくるゴーゼ、だがなんといってもラガーにピルスナーが――」

「ん? んんん?」

 

 ヤクソン氏のトークを何気なく聞き流しそうになったが、聞き逃せない単語が混じり、私は皿から視線を上げる。

 

 ――ピルスナー。

 

 これだけは異質なビールのスタイル用語だった。

 なぜ、私の世界の地名に由来するスタイル名が、普通にオルクセンに広まっているのか?

 

「あるんですか、ピルスナーが!?」

「ほほう、ご存じですか、ピルスナーを?」

 

 私の驚きにヤクソン氏は興味深げな表情をしていや。

 だが、意外なことに周囲のオークたちが私たちの会話に反応し、テーブル越しにわいのわいのと口を挟んできたのだ。

 

「いかんいかん! ピルスナーなど紛い物よ!」

「アキツシマのお嬢さん、次はゴルドシュヴァイン特製のヘレスを飲みなされ! アスカニアの盗人ピルスナーなどもはや飲めなくなりますぞ!」

「オルクセン万歳! オルクセンのラガーに乾杯!」

 

 オークたちはジョッキを掲げ、吠えるように唱和する。

 びっくりしてしまった私に、苦笑の顔でヤクソン氏が話す。

 

「ピルスナーの誕生は、いささかまぁ、なんと言ったものか……星欧世界の事情、がありましてねぇ」

「是非とも教えていただけませんか?」

 

 ヤクソン氏が太い指をテーブルに組んで、歴史を語り始める。

 

 オルクセン王国のビールが如実に高品質化を遂げていくと、周囲からも関心の視線が向けられた。だが、魔種族の国であるオルクセンへの偏見の視線も拭いがたく存在した。

 そんな情勢の中、アスカニア王国の突出部にある都市・プルゼリンがあえてオルクセンから醸造家を招聘し、地元のビールを改善しようとした。それは人族の社会にとっては勇気のある行為であり、意気に応えたヨーゼフ・ゴロフというオークの醸造家が異境に赴き、醸造の指導に当たったのだった。

 プルゼリシュは軟水の湧く土地柄であり、モルトの焙煎も控えめにした透明で淡色のラガーが生まれた。軽快なプルゼリニシュ・ラガーはオルクセンにスタイルが逆輸入されるほどの成功を収めたのだった。

 いやそれ以上に、星欧の人族世界はプルゼリニシュ・ラガーを絶賛した。

 魔種族の国オルクセンのビールを真似ることはプライドが許さなくても、星教圏内のアスカニアのビールを真似ることは心理的な差し障りがない。その上で品質と味がいいのなら、製法を真似ない法はない。

 アスカニアからオスタリッチ、グロワールやエトルリア、そして海の向こうのセンチュリースターまで、プルゼリニシュ・ラガーは醸造界の地図を塗り替えようとしているという。

 やがてラガー、という低地オルク語風の単語が抜け発音が変わり、ピルスナーと呼ばれるようになった。

 

 が――オルクセンのオーク達にとっては、ピルスナーは癪の種だ。

 

 我が国のビールの方こそが優れた本流なのに、なぜ人族はああもアスカニアの亜流ビールを重宝するのか? 趣味が悪い、道理に反している、納得がいかない――。

 だからこそ、ビールが好きなオークたちはピルスナーを不愉快視するのだ、とヤクソン氏は語る。

 妙にざわついてきたビアホールの中で、私はジョッキを抱えてつい笑ってしまっていた。

 

「そんなところも南ドイツの関係と似てるなんて……」

「??」

 

 私はヤクソン氏へ手を横に振る。ざわつきが近づいてくるが、店内でなにがあったんだろうか?

 

「あ、いやまぁ創作物語の中というか……なるほど、プルゼリニシュ・ラガーが簡略化されたから同じピルスナーってスタイル名になった、と。納得納得」

 

 

「残念ながらね、道洋のお嬢さん。ピルスナーの呼び名が先にあったのだよ」

 

 

 

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