高校生活二周目の彼女達が重すぎる件について   作:こーたろ

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3話 二条院礼華が重すぎる

 

 

 毎日が退屈だった。

 欲しいと思ったものはなんでも与えられて、身の回りの世話まで全てしてもらえる生活が、退屈で不自由に感じていた。

 同じような境遇の者ばかりが集まった小学校。退屈だった。年齢不相応に育ったプライドと傲慢な振る舞いが滑稽に映った。

 ……そしてそんな人たちを見ていると、鏡を見ているような気分になって吐き気がした。

家の外の人と接するときは、気持ちが悪いまでのすり寄りを感じて、好きではなかった。

 『二条院礼華』を見ているのではなく、二条院家の一人娘を見ている。

 子供と言うのは存外察しが良いもので、物心つく頃にはその辺りの感情の機微を読み取れるようになってしまった。

 

 中学は比較的一般的な学校にしてほしいと頼んで、私立校に入学した。

 けれど、状況はそこまで変わらなかった。傲慢なお嬢様や御曹司みたいな連中は減っても、退屈な日々を変えるような変化はなかった。

 学校での勉強に加えて、家庭教師による教育。学校と、家の往復。

 

 高校に入った頃には、少し達観していた部分もあったのかもしれない。

 変化の無い日々が続きすぎて、感覚も麻痺してきたような、そんな時。ひとつの噂話を聞くことになる。

 

 『中等部からの繰り上がり組で、すっごい女好きの男がいるらしいよ』

 『なんか両親とも水商売?関係の仕事してるらしくて』

 『このまえ中学生のクセに大人の女の人と一緒にいたんだっていやらし~』

 

 変だ、と思った。

 まず、その噂話自体が本当であるなら珍しい。中学時代でそこまであからさまに女好きであると公言するのは変だ。

 そして、それがこんな形で『嫌な話』として浸透するのも変だな、と思った。

 通常、そんな噂話が立てば、女子は確かに嫌がるだろうが、男子であればむしろダークヒーロー的な存在になっておかしくない。

 むしろ、面白がって話を聞きたがる男の方が多そうだが。

 

 『でね、中学の新しい生徒会長にも手出したらしいんだけど』

 『生徒会長はその女好きをフったらしいよ、年下にフられて、ダサいよねえ~』

 

 ……なるほど、とそこまで聞いて合点がいった。

 おそらく、その生徒会長の女子が人気で、妬み僻みの類で、ここまで噂話が広がり、そして嫌われたんだろうと。

 

 興味が湧いた。

 今思えば、それは天啓だったのかもしれない。

 

 噂話の広がり方は早く、すぐにそれが「宮智一」という少年であると分かった。

 近くを通った時に、クラスメイト達が噂しているのを聞いて、その外見も知ることができた。

 

 興味は持ったけれど、その日はたまたまだった。

 帰り道、噂の少年が急いで駅の方へ走って行ったかと思うと、喫茶店の中に入っていったのを、偶然見かけた。

 

 導かれるように、私はその店に入った。

 店内は少し暗く、アンティークな雰囲気が漂うお洒落な喫茶店。

 午後の一番混む時間帯、店内は3分の2くらいの席が埋まっていて、繁盛しているのが伺えた。

 店内に通されて、カウンターの席に座る。

 しばらくすると、奥から件の少年が出て来て。

 

 「いらっしゃいませ……ってに、二条院さん……?!」

 

 初めて見た少年の見た目は、好ましい物だった。

 確かに、女好きと言われてもおかしくないほどに、同い年くらいの同性と比べて悪くない顔立ち。

 喫茶店のエプロン姿も似合っている。

 

 「あら、名前を知っていてくださるなんて。初めまして、二条院礼華と申します」

 「あ、ど、どうも、宮智一、です……?」

 

 首を傾げながら、「なんで俺喫茶店で自己紹介してるんだ?」と呟く宮様。

 自分でも不思議なほどに、彼に好奇心が湧くのを感じた。

 

 それから、しばらく彼のいる喫茶店に通うことに。

 たくさんの話を、聞きながら。

 

 「朝はパン派なんですけど朝以外でパン食べる気にならないのあれなんなんすかね?」

 「朝のアラームをとんでもない警報音にしたら妹に殴られました」

 「二条院さんってゴカイジャーしってます?あれ戦隊モノのくせにギャグなんすよ」

 

 彼のする話はどれも新鮮で、面白かった。

 いつの間にか、その時間がくだらなくて退屈な日々の癒しになっていることに気付く。

 週2回、彼がアルバイトの日に、喫茶店に赴いて、話を聞く。

 彼の淹れた、紅茶を飲む。

 

 高校2年生にしてようやく、少し退屈な日々から逃れられる瞬間を見つけたのだ。

 

 しかし、ある日の事。

 いつものように、彼の紅茶を楽しんでいた午後の事だった。

 

 「見つけましたよ礼華お嬢様……!」

 

 いきなり喫茶店へ乗り込んできたのは、私の付き人、本告琴子(もとおりことこ)だった。

 

 「何か用?わたくし今忙しいのだけれど」

 「何か用、ではありません!部活動も辞めて家にも帰らず何をしているかと思えば……こんなところに入り浸って。お母さまから怒られますよ!」

 

 琴子は幼い頃から私の付き人だった。本告家と二条院家は昔から深い関係にあり、同い年だった琴子は、小さい頃から私の付き人としての教育をされてきていた。

 上手い事、この場所は隠せていると思ったのですが。

 煩わしいことに、琴子が私の手を引いて行こうとする。

 その時呟いた言葉が、私は許せなかった。

 

 「こんな庶民の低俗なお店に行っているなんてお母様の耳に入ったら……私が怒られるんですよ」

 「……貴方」

 

 いくら昔からの仲であっても、その発言は許せない、と思った、その時でした。

 

 「あの~ちょっと事情はよく、分からないんですけど~」

 

 いつの間にか私達の近くに来ていた宮様。

 

 「確かに?二条院さんがなんでこんな所に来てくれるかは、僕も分からないんですけどね、へへ」

 「な、なに?あなたは。分かっているなら邪魔をしないで」

 「へへ……いや、なに。どこをどう判断して、『ここは庶民の低俗なお店』と言い切ったのか気になりましてね?」

 

 いつもどちらかといえばふざけていることの方が多くて、非常に愉快な方の宮様の目が、笑っていませんでした。

 

 「な、なに?少し言い方はキツかったかもですが、礼華お嬢様がいつも行かれているお店を知らないからそんな口が」

 「確かに、二条院さんがいつもどんな店に行っているのか、とか、知らないですよ」

 

 宮様は、私の周りのことについて聞くことは今まで一度も無かった。

 だから、私も彼のことについて深くは聞かなかった。それが2人の中の暗黙の了解のような気がして、そんな気遣いさえも、心地よかった。

 

 「貴方も、ウチの店のこと、なんも知らないっすよね?」

 「……!」

 

 宮様が、私を引っ張って行こうとした、琴子の手を掴む。

 

 「どうぞお客様。お席に着いてください」

 「は、はあ?私は別に」

 「ウチの紅茶、飲んで行ってください。それでまだ『低俗なお店』と思うのなら、二条院さんを連れて行ってもらって構いません」

 「……!」

 

 息を呑んだ。

 そして初めて、心に生まれた感情。

 

 カウンターの中へと戻っていく、宮様。

 

 「な、なんなんですかあの方は……」

 「……」

 

 しばらくして、宮様が戻って来る。

 

 「こちらが、『本日のオススメ紅茶』です。どうぞ」

 

 琴子の目の前に置かれたティーカップ。

 透き通るように鮮やかな紅が、水面に浮かんでいる。

 

 「……」

 

 琴子が、不満げな顔のまま、ティーカップを手に持った。

 琴子も私と同様、昔から英才教育を受けているし、良いものはたくさん知っている。紅茶も、当然。

 それが良いものか悪いものかを判断することができる、舌を持っている。

 

 琴子がひとくち、口に含んだ。

 静かに、目を閉じる。

 

 少しの沈黙と、静寂の後に。

 

 「……今日の所は、私は帰ります……が!」

 

 少しだけ、にやりと笑った宮様の表情を見逃さず、琴子が語気を強めた。

 

 「私は全てを認めたわけじゃありませんからね!礼華お嬢様、絶対に部活動にも戻って来てもらいますよ!」

 

 とだけ言い残すと、琴子が店を出ていく。

 あの子も感じたのだろう。この店の紅茶が、本物であることを。

 

 「あー、二条院さん、すみませんね勝手なことして」

 「いえ……むしろ謝るべきはこちらですわ。身内が大変失礼いたしました」

  

 話しながら、初めて気付く。

 胸の鼓動が、高まっていることに。私はこの感覚を、知らない。

 

 「それにしてもあんな自信がおありなんて、宮様はすごいですわ」

 

 誤魔化すように、言葉を続ける。

 しかし返って来た言葉は意外で……それでいて、彼らしくて。

 

 

 

 

 

 

 「え。あ、紅茶淹れたの、店長す」

 

 「……へ?」

 

 それは、あまりにも拍子抜けする答え。

 

 「いや~!僕も淹れられるんですけど、まだ未熟モンなんで!店長に拝み倒して淹れてもらいました!いや~!良かった!」

 

 私の目が点になっている間に、キッチンの方から、呆れたように出てくるのはこのお店の店長。

 

 「あんたねえ……別に隠してかっこつけても良いよって言ったじゃない……」

 「え?なんでそんなことしなきゃいけないんですか?僕は店長の紅茶がバカにされたのが許せなかっただけですしお寿司」

 

 その言葉に、あまりに嘘偽りが無くて。

 今まで彼と接してきた全ての時間が、最初に聞いた噂話をふっ飛ばして。

 

 「あははははははは!!」

 「え、二条院さん?!」

 

 おかしくなってきて、笑ってしまう。

 いつぶりだろうか、こんなに笑っちゃうのは。

 

 目から涙が溢れた。

 面白い、本当に面白い、それでいて、最高に素敵な人。

 

 涙で歪む視界の中、おろおろと狼狽する宮様が映る。

 

 ――今分かった。

 この人が、私の運命の人なのだ、と。

 私の退屈な人生はこれから、この人で変えられていくのだ、と。

 

 

 それから、彼と共にした2年間。本当に様々な事があった。

 彼の事をもっと深く知って、辛い境遇にあることも知った。

 それも、運命だと思った。彼は私に会って、私の手の内に収まって、幸せを手にするのだと信じて疑わなかった。

 

 そう、信じていたのに。。

 

 『えっと……ごめんなさい。礼華さんと付き合うことは、できないです』

 

 誰もいなくなった講堂で、私なりに完璧な場所をセッティングして一世一代の告白に臨んだ。

 勝算は十分にあると思っていた。

 

 しかし待っていた結末は、あまりにも残酷なものだった。

 

 宮様がいなくなった後、ようやく、フられたのだと遅れて気付いて。

 頬に、一筋の涙が伝った。

 

家に帰って、絶望に染まった私の脳内は、墨を思い切りぶちまけたかのように、黒く染め上がって。

 寒気と、吐き気。

 ベッドに倒れ込むようにして、嗚咽を漏らした。

 

 けれど、私は諦めなかった。 

 その日の夜、もう一度考える。

 一度くらいの失敗で、諦めるはずがない。

 絶対に、私は宮様と結ばれる運命なのだから。

 

 そう思って、眠りにつくと。

 

 異変が起こったのは、次の日だった。

 何故か、高校入学式の日にタイムスリップしていたのだ。

 

 けれど、私は驚くほどに冷静になっていて。

 

 私が宮様と結ばれるために、神様がもう一度チャンスをくれたんだ、と自然にそう思う事ができた。

 

 1年間、入念に準備を進めた。

 付き人の琴子までタイムスリップに巻き込まれていたのがイレギュラーで、少し準備に手間取ってしまったが、大方は問題なく。

 まだ中学3年生の宮様に接触するのは、やめておいた。

 何が起こるか分からない。最悪なのは、宮様がこの高校に繰り上がってくれないことだから。

 

 そして、高校2年生になるタイミング。

 

 旧校舎に現れた、宮様の姿を見て。

 

 

 心が躍った。

 胸が熱くなった。

 

 ああ、その目を、わたくしに向けて欲しい。

 私の全てを、受け止めて欲しい。

 

 彼の元へ向かって行く。

 

 少し猫背で、やる気の無さそうな、愛らしい、彼。

 

 胸の高鳴りが抑えきれなくて。思わず私は、彼に向けて飛び込んだ。

 

 彼の腕に抱かれる。

 それだけで、こんなにも気分が高揚する。

 

 

 「うわっ?!」

 「ナイスキャッチですわ!智一様!」

 

 あぁ。

 私は1年間。この瞬間を待ち望んでいたんだ。

 

 思わず昂り過ぎて、彼を「智一様」と呼んでしまったけれど。

 

 驚いたような彼の顔。

 ああ……愛らしい。

 

 

 

 でも……これからですわ。

 

 これからじっくり、もう一度、2年をかけて。

 

 

 

 貴方を、私の……二条院礼華のものにしますね……?

 

 

 

 

 

 

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