浅羽悠真と月城柳 短編集   作:あまき.

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部屋から出てこずに泣いている蒼角を悠真と柳が慰めに行く道中で141に寄る話

・両片思いの悠柳。
・映画館イベントを参照しています。


青に到るまで透明

 

 青肌の頬をとめどなく伝う流星群を月城柳はタオルで拭い、指で掬った。

 可愛い子、どうか泣かないで。貴方のため、私に出来ることがあるなら何でもしますから。

 柳は透明の星々に一晩中願いごとをしたが、太陽が昇ってもなお煌めいていた。悲しい光が、自分の不甲斐なさに重たい影を落とす。

 柳は、ベッドに座り込んでなく愛しい妹から離れ、クローゼットからブラウスを取り出して袖を通した。いくら夜通し傍にいて不眠だからといって仕事を休んでいい理由にはならない。アンブレラスリーブが手の甲を撫でて爪先が見えたとき、柳は仕事を理由に逃げているのでは、と思った。

 違う。

 頭を振る。梳いていない淡桃色の髪がふるりと揺れる。

 そういうわけではありません。

 私はただ、やるべきことをしなくては。

「すみません蒼角。先に出ますね。早く帰ってきますから」

 自分が閉ざした扉の向こうに声をかける。蒼角がこちらを追いかける気配もない。

 やるせなく嘆息し、柳はオフィスへと向かった。

 

 

***

 

 

「あっ、月城さん見てくださいよ。このお菓子とか蒼角ちゃん好きなやつですよね?」

 141の商品棚に挟まれた通路にしゃがみ込んだ浅羽悠真は、ポテトチップスの袋を持ち、しゃかしゃかと振りながら柳のほうを見上げた。「定番と、期間限定も買いましょうよ。三つずつ」

「なんでも買ってください。三つでも、五つでも」

 柳が抑揚のない声で淡々と応える。彼女は板チョコレートを片手で十枚ほど掴みカゴに入れているところだった。

 これはまた随分と落ち込んでるなぁ。

 悠真は言われたとおりに二種類五袋ずつを掴んで手元のカゴに入れた。ゆっくりと立ち上がる。

「お菓子以外も持っていきましょうよ。パンとかおにぎりとか。あ、飲み物は僕のカゴに入れるんで、買うなら呼んでください」

 平日の昼前。店内には悠真と柳、二人しかいない。店内放送でボンプ語の歌詞らしき賑やかなテーマソングが永遠と流れていた。いくら明るい曲調にしてもずっと同じものを聞かされては変になりそうだ。もしやこちらの思考を狂わせることで売上向上するという実験結果でも出ているのだろうか。そんなはずはないか、と無為な自問自答をしながら悠真はパンコーナーへと向かう。棚の前に立ち上から下へと眺めお目当てのあんぱんを探す。それは、都合よくこしあんとつぶあんを計八つ陳列されていた。おお、よくぞこれほど在庫していたと感心しながら全て掻っ攫いカゴに放り込む。そして、ほかにも甘そうな菓子パン適当に数点、同じくカゴへ。レジのほうを見遣れば柳はすでに会計をしているところだった。悠真も慌てておにぎりを手当たり次第に入れると会計へ向かった。

「月城さんっ」

 先に自動ドアを出た柳の背中に悠真は声をかけた。柳との会話を悠真は微妙に使い分けている。プライベートという認識のときは苗字で。仕事は役職で。今は、職場から来たとはいえ、内容は完全にプライベートなものだ。それならこちらで呼びたい。公私混同するなよ、という悠真なりの心がけだった。

 柳が人目に付く可能性があるところでは浅羽隊員と呼ぶことを徹底しているのと同じだ。

「飲み物買うなら言ってくださいって話したでしょう? そっち持ちますよ。ほら貸して」

 悠真は柳の持つビニールを半ば取り上げる形で持った。中には炭酸ジュースがぎっしり詰まっており、容器の表面に玉のような汗をかいていた。強度を高めるために手にしたビニールは二重にしてある。しかし重い。取っ手は酷く扱ったらちぎれるのではと思うほど細くなって指の関節にくい込んでいた。

「このくらい持てますよ?」

「持てたとしても両手が塞がっていたら家の鍵空けられませんよね?」

 すかさず返すと柳は「そう、ですね」とやや言葉を詰まらせた。「お気遣いありがとうございます。それにご迷惑も」

「困ったときはお互いさまなんで。というか、迷惑だなんて思ってませんよ。僕から立候補して来たのに」

 仕事はサボれるし、同僚を助けることもできて一石二鳥、いや、おにぎりまで食べたら三鳥かな。

 口にはしなかったが、つらつらと述べればそんな理由です、と悠真は内心で論じる。

「すみません」

 柳の声にはいつものハリがなかった。

 謝らないでくださいよ。

 あなたも、誰も、悪くないのに。

 悠真は空を見上げた。夏本番前で、早朝は雨だったが、今は澄み渡る青空がルミナスクエアのビル群を見下ろしている。こちらが苦手とする重苦しい雰囲気は、あの空にとっては他人事だ。どうも共感は得られそうにはない。いや、悠真にとっては、そちらのほうが助かるわけだが。

「そうだ。月城さん、これ」

 悠真は自分が買ったほうのビニールからあんぱんを一つ取り出した。

「これは……」柳はマゼンタの双眸を二度瞬かせた。

「あなたに僕からの差し入れですよ。蒼角ちゃんを慰めるのに朝の時間ほとんど使ったんでしょう? まだ何も食べてないんじゃないですか? いつもは何か口にしてくるのに」

 普段の柳なら手入れの行き届いた薄桃色の長髪を後れ毛もなく綺麗に編んである。けれど彼女が話をする前から、髪が少し乱れていた。

「貴方の予想は当たっています。でも、私より蒼角にあげたほうが喜びますよ?」

「蒼角ちゃんにはこれでもかってくらい買いましたから」

 柳の落ち込みようは相当だ。あんぱん一つでどうにかなるようなものではない。

 でも、隣にいるあなたの様子を放っておけるほど、僕は薄情でもないんだなぁ。

「それとも、僕のお金で買ったものを誰にあげるかは、僕が決めます。それとも受け取れない?」

「そんなことは……いただきます」

 柳は、あんぱんを受け取ると少しじっと見つ、そしてそっとカバンに仕舞った。

「ひとまずは、急がないと蒼角が心配なので」そう言って柳は歩きはじめた。

「まぁ、それもそうですね」

 なんだ、今食べないのか。

 隣に並んで歩き、そんなことを思う。

 当たり前と言われればそうだ。月城柳という人間が、六課の誰かを差し置いて自分を優先するはずがない。ましてや蒼角のこと、しかも泣いて部屋から出ないなんて、一大事だ。

 なに残念がってるんだか。分かってるのに渡しちゃった、これは僕の落ち度。

 ほんの少しだが、エゴが出てしまったことを悠真は後悔した。

「蒼角に最初に提案するのはあんぱんにしましょうか」

「それ、月城さんが最初に食べたいだけじゃ」

「はい。その通りです」

「ほら」

「それに、貴方が私にくれたものですから」

「え?」

 柳の横顔を見る。しかし悠真とは視線が合わない。前を向く彼女に向かい風が吹く。薄桃色の前髪が、後れ毛が靡いて少し赤らむ頬を撫でていた。

 

 

 

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