先輩とあずにゃん   作:如月ミナト

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冬の日、アナザー。


冬の日、アナザー。

 天秤、と言うはかりがある。

 それは対象となるふたつの物をそれぞれの受け皿へと乗せ傾き加減で比重を調べるアイテムであり、またそれは物事の比較にも比喩的な意味合いにてしばしば利用され、より重力に従った受け皿の事柄をヒトは重要と位置付けてその皿に乗せた物事を遂行する。

 

 その日、中野梓は嘘をついた。

 

 それは些細な偽りであったが、つかなくてはいけない言わば必要悪の様なものだった。

 彼女には一般的に「彼氏」と呼ばれる存在があった。故に聖なる夜に彼等が時間を共有するのは至極当然の話なのである。クリスマス会を開こう、と提案して下さった軽音部の諸先輩方には大変申し訳ないのだが、普段から共に過ごす時間を制限される理由の一端でもある部活動に関する事項は、悪いがその日ばかりはすっかりと忘れていたかったのだ。

 

「彼氏ですよ奥さん」

「若い子はいいわねえ」

 

 二学期の終業式が終わった後の部活動の席で、クリスマス会には参加出来ない意向を伝えた梓に対し、それを茶化す平沢唯、田井中律の両先輩の会話に、

 

「ち、違います! 家族と過ごすんです!」

 

 と顔をほんのり朱に染めた梓がした反論。それは、恐らく特定個人がいらっしゃらない先輩方への配慮半分、単なる恥ずかしさ半分と言ったところか。だけどそれは、イコール桜高軽音部のメンバーが嫌いと言う事では無いと、いまの梓なら胸を張って言えるだろう。だから唯が出したクリスマス会の代替案である年末パーティーには参加の意を表明したのだ。彼との初詣は、あくまで先約の存在を秋山澪先輩か琴吹紬先輩に話せば、パーティー中でも抜け出す事は可能だろう。梓はそんな事を考えていた。

 

 軽音部と彼氏、梓はそのそれぞれを年末と言う天秤の違う皿に乗せてみる。すると傾き方は、あくまで彼氏が優勢だったのだ。しかし実際に乗せる事が出来たなら、それはほんの僅かで、幾許の差も無かった事だろう。

 それはきっと、風が吹けば煽られてその立場が逆転してしまう位の、微妙な差──

 

 

 

 ◇

 

 部活が終わって帰宅した平沢唯は、早くも年越しのパーティーを見据えていた。

 

「ただいまぁ」

 

 と言うが早く既に帰宅している妹の憂に年末、軽音部の仲間が泊まりに来ることを告げた。

 

「そうなんだ、楽しみだね」

 

 憂にとっても馴染みある軽音部のメンバーと一緒に年を越せる事に、彼女も多少ならず嬉しそうな顔をして見せる。

 

「でもさぁ、ほんとは去年みたいにクリスマスパーティーを開こうって言ったんだけど、あずにゃんがその日は無理って言うから年末になっちゃったんだよねぇ」

 

 すると「あはは」と笑う唯とは対称的に、憂は至極真面目な顔をした。

 

「そっかぁ、そうだよ……」

 

 刹那、平沢憂は固まった。それは端から見るならば『言ってはいけない事を口にした時の反応』に近いものがあると言えるだろう。

 しかし憂にとっては残念な事に、唯はそれを見逃さなかった。

 

「え?」

 

 口の先ではおどけながらも、唯のその瞳は少しばかり不適に微笑んでいる。

 

「え?」 

 

 対照的にこちらは口の先ではおどけながらも、憂の瞳は笑う事を知らずに右往左往をし始めた。

 

「な、なんでもないんだよ?」

 

 慌ててそう言った憂だが、そのセリフが火に油を注ぐ発言である事には、誠に残念ながらその言の葉が口を離れて後、実姉の目が爛漫とし出した時に気が付いた。墓穴を掘った、と思った時にはもう遅かったのだ。

 

「なんでもないならそんなに慌てないよねぇ?」

 

 完璧超人がたまに見せるドジっ娘属性と、天然が天文学的確率で見せるピカイチの閃きが同時に起こった瞬間である事は、もはや言うまでも無いだろう。

 

「あずにゃん、もしかして彼氏がいるの?」

 

 遠慮無く核心を付く唯に、憂は観念した様子で頭を一度上下に振った。

 梓ちゃん、ごめんなさいっ……内心そう思いながら。

 

「知られちゃったからには……もっと知りたがるお姉ちゃんの事だし話すけど、ほんとは口止めされてるんだから他の人には絶対に言っちゃダメだよ?」

 

 心配そうにそう口を開いた憂に、唯は「うん、うん!」と目を煌めかせながら文字通りの二つ返事で了承する。心配には変わり無いのだが、約束はきちんと守るお姉ちゃんの事だから、と憂は信じて話し始めた。

 

「ええと、実は梓ちゃん、中学の時から付き合ってる彼氏がいるみたいなの。名前は教えてもらってないからわからないんだけど、同い年で近くの高校に通ってるみたいなんだ」

「ふむふむ」

「いつだったか梓ちゃんの生徒手帳を拾った時に、不可抗力で二人が一緒に写ってる写真を見ちゃったのが梓ちゃんにバレて。初めは梓ちゃん、顔真っ赤にして怒ってたんだけど、気が付いたら彼氏さんの事も普通の会話に登場するようになってたな」

「あずにゃん、部活じゃそんな素振り全然見せないのにな」

 

 梓の意外な一面に、唯は正直驚いていたのだ。

 

「多分知られたく無かったんじゃないかな? 恋は恋で部活は部活でってケジメをつけてたみたいだから」

「と言うよりは」

 

 唯が口を開く。

 

「部活で言ったらりっちゃんにネタにされちゃうからかもよー?」

「あ、ははは」

 

 苦笑いしながら憂は、部活で口に出来ない理由が律さんも去ることながら我が姉にもある事は言い出せずにいた。

 

『ほんっとに誰にも言わないでね? 特に唯先輩には絶対だよ?』

 

 過去に梓に言われたセリフが憂の頭の中で響く。日頃から不本意なあだ名と過度なスキンシップで自分の調子を狂わす張本人に彼氏の存在がバレでもしたら……と思うと、梓はその後の唯からの反応に憂鬱を覚えずにはいられなかったのだろう。

 結局のところ、事は本人の知らぬ間に露呈して唯の記憶にインプットされてしまったのだが。

 

「あ、でも」

 

 憂が何かを言いかけた。唯は「ん?」と返事をして憂の方を見る。

 

「最近ね。梓ちゃん、ちょっと元気なかったみたいなの。部活は楽しいって言ってたから、多分だけど彼氏さんと何かあったんじゃないかなって思ってたけど」

 

 

 

 ◇

 

 聖なる夜は、万人の夢を叶える為にあるわけではない。商戦よろしくお祭り騒ぎに興じるのは極小数の国のみであるし、サイレントナイトに相応しい過ごし方をする方が本来ならば歓迎されるべきなのだろう。

 ところで平沢家では、十二月二十四日のクリスマスイブを姉妹仲良く過ごしていた。

 

「憂は好きな人とかいないの?」

 

 夕刻、ふたりでコタツに入って談笑をしている最中、唯が突然そんな事を言った。

 

「え? わ、私?」

「うん」

 

 憂は考える。「いない」と言えばこの件についての会話はそこで終わるだろう。実際、彼氏にあたる人物はいない訳だし。だが仮に「好きな人はいる」と答えたら、唯はそれが誰かを聞き出すまで話をやめないだろう。間違っても本人の前で「その……お姉ちゃんが」とは言えないであろうから。

 

「……いないかな。いまはお姉ちゃんと過ごすクリスマスが楽しいから、それがいいの」

 

 顔を少し紅くして唯から目をそらしながらそう言うと、そんな嬉し恥ずかしな事を言われた本人は目をうるうるさせて「妹よ!」と叫んでは憂に抱きついた。

 

「お、お姉ちゃん……くすぐったいよ」

 

 だけどそんな唯が、憂は嫌いじゃない。むしろ大好きだった。

 

「憂、ういぃー」

 

 頬っぺたをすりすりし出した姉から直に伝わる体温に心地よさを感じながらも、憂は「もう……」と苦笑いで唯から離れた。「ふえぇ、ういぃ……」と言いながら不満そうに頬を膨らます姉に対し、憂は時計を見てこう言った。

 

「そろそろ時間だから、ご飯食べに行こうよ、お姉ちゃん」

「うお、もうそんな時間か!」

 

 すると唯は途端に元気を取り戻し、支度をしに部屋へと戻って行った。

 

「現金だなぁ」

 

 と憂はまた苦笑しながら、自分も支度の為に一度部屋へと戻って行った。

 

 

 

 ◇

 

「お待たせ」

 

 梓は待ち合わせ場所に立つひとりの男性に声をかけた。時刻は夕方五時、宵の口ともなれば辺りのきらびやかなクリスマスのイルミネーションがより一層輝きを誇示し始める。そんな光の中に、彼はいた。

 

「待った?」

「全然」

 

 極一般的なカップルの会話は、これから約束される聖なる夜と言う道を歩く為のパスポートのようなもの。もしもこの物語の続きが、

 

『ふふっ、と女の子が笑って、

「じゃあ行こうっ」

 と男性の腕を取って歩き出した。』

 

 とでも言うのならば、幸せな夜になるだろうけれど。

 この子たちはどうやら、少しだけ様子が違うようだ。

 

「行こっか」

 

 神妙な面持ちのままふたりは歩き出す。しかし、その手と手同士が交わる事は、ついに無かった。

 

 

 

 ◇

 

「ふうーっ、美味しかったぁ」

 

 レストラン帰りの唯がお腹をさすりながら満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ほんとに美味しかったね」

 

 隣を歩く憂もまた、お腹をさする事は無かったが満足そうな表情をしている。

 

「クリスマスのご馳走は豪華だもんねぇ。毎日がクリスマスなら良いのになぁ」

「お姉ちゃん、それだとご馳走に飽きちゃうよ」

「あ、それもそっかぁ」

 

 あはは、と笑う唯につられ、憂もまた姉よりも控え目だが笑顔になった。

 

「お父さんとお母さんも、今頃クリスマスを楽しんでるのかなぁ」

 

 唯が一面真っ暗な空を見上げ、ポツリとそう呟く。

 

「時差があるからディナーはまだだろうけど、ヨーロッパで過ごすクリスマスって素敵だよね。雰囲気だけでも味わってみたいな」

「そう言えば今年はどこに行ったんだっけ?」

「オーストリアの首都ウィーンだよ。で、そのままヨーロッパを旅行して、飛行機の中から日の出を見るって言ってたよ」

「あ、そうだったねぇ。日の出の話は覚えてたんだけどね」

 

 唯はまた「あはは」と笑う。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

「うん? なぁに?」

 

 笑顔のまま、憂の方を向く唯に、憂もまた笑顔でこう言った。

 

「私たちも将来、ふたりで旅行に行こうよ」

「旅行? いいねぇ行こう行こう!」

 

 だがしかし、

 

「あ、でも私英語苦手だよ……」

 唯が悄気る。

 

「大丈夫だよ、ふたりなら!」

 

 でもすぐに、憂の笑顔で唯は元気になる。憂もまた、姉と言う存在に元気をもらっていた。

 理想とも言えるふたりが談笑しながら歩いていると、不意に唯の足が止まった。つられて憂も止まり、姉の方を振り向くと、唯は道路をはさんで反対側の歩道を見ていた。そこには、

 

「あずにゃんだ」

 

 中野梓がいた。そして隣には見知らぬ男子がひとりいる。

「あ、ほんとだ」

 

 憂も続けて梓の姿を確認する。

 

「やっぱり、彼氏さんとデートの予定があったんだね」

「………………」

 

 唯は、無言のまま向こう側のふたりを見ていた。

 

「お姉ちゃん?」

 

 それを不思議そうに見ていた憂が声をかけると、唯は、

 

「ねぇ憂、先帰っててくれるかな?」

 

 そう言ってどこかに行こうとする。

 

「え? ……お姉ちゃん?」

「大丈夫、あずにゃんの邪魔はしないよ」

 

 ふたりの事が気になるのかな、そう思った憂だが、しかし流石にストーカーは良くないと唯をとめようとした。

 

「お姉ちゃん」

 

 けれど、なぜだろう。理由もなく、憂は止めるのをやめてしまう。

 

「ケーキ食べるから、早く帰って来てね」

 

 多分それは、唯に対するひとつの信頼。唯の目が、ギターに触れている時の真剣なものだったのもあいまったのかも知れない。

 

「うん」

 

 返事をして唯は憂と別れ、梓のいる反対側へと向かった。唯の後ろ姿をじっと見つめていた憂も、そろそろ帰ろうかと家の方に足を向けた時、上空からはいつか姉がプレゼントしてくれた真っ白な、こちらは本物の雪の華が舞い降りて来た。

 

「ホワイトクリスマス、だね」

 

 

 

 ◇

 

 ふたりを纏うのは厳かな聖誕祭の空気ではなく、かといって楽し気なカップルの雰囲気でもない。

 気まずさ。一言で言い表せばそれが一番しっくりとくる事だろう。

 中野梓は思わず漏れそうになる溜息をすんでのところで飲み込むと、半歩だけ前を歩く少年の横顔に憂鬱そうな表情をしてみせた。彼には見えないようにするその顔は、彼には見せてはいけない表情でもある。当の彼は梓よりも、もっともっと迷惑そうな顔をしていた。

 

 もう、あの頃には戻れない。わかっていた。わかっていたけど、やっぱり諦める事など到底かなわなかった。梓が異性を好きになると言うことを初めて知ったその相手だから、思い入れはより強いものだった。

 だけど、最近はあからさまに避けられていた。高校に入学して会う時間が激減したのも理由のひとつだが、多分その所為で、彼には他に好きな人が出来たのだろうと梓は思っていた。いや、好きな人が出来た為かどうかはこの際はどうでもいい。客観的事実として、梓は彼に嫌われている、それがやはり辛かった。

 

 たくさん回った。いままで制限されていた分を全部取り戻すかの勢いで様々な場所に行った。喫茶店にも行ったし、ゲーセンにも行った。ご飯も食べたし、梓の我儘で楽器店をも覗いた。でもふたりが顔を合わせるその都度、ふたり共に心から笑えていない事が浮き彫りになる。会話を繋ごうとしても、いつもどこかでプツリと切れる。梓は彼の目を見れない。怖かったから。直ぐ隣を歩く事も出来ず、手なんて尚更繋げない。それでも梓は頑張った。彼もまた、途中で梓を置いて帰る事をせず、一緒に隣を歩いてくれた。

 

 ふたりにとって、これは最後の思い出作り。互いが互いに決別するための儀式なのだった。

 そして、終わりの時が来た。待ち合わせ場所だったところにまたふたりが戻って来て、梓は彼と向かい合う。その距離はおおよそ一メートル。彼の体に抱きつくにも、その唇を奪うにも、十分可能な距離なのに。そこには、ふたりにしか見えない大きな壁が聳え立っていた。

 

「じゃあな、梓」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 ばいばい。

 

 

 

 

 

 

 ホワイトクリスマスに喜びを感じる人は数多といるだろう。しかし梓には、それが喜ばしいクリスマスの形だとはとてもじゃないが思えなかった。雪降る道の向こう側に消えていく大きかった背中。好きだった背中。その背中が、人混みと降り頻る冬の華によって見えなくなって。

 

 梓はただただ、立っていた。これでいいと自分に言い聞かせながら。嫌がってた彼を無理矢理付き合わせたのは自分自身だ。もう好きでもない自分に『最後の思い出作り』って言う大義名分を掲げて連れ回したのは自分だ。あわよくば、それで少しでも関係が改善されたら……と思えど現実はそう甘くはない。もがけばもがくほど辛くなることは、少し考えればわかったはずなのに。

 冬の寒さが、心に染みる。いまは疎ましいだけの結晶が積もりに積もって、頭の上が少し重たく、そして冷たくなっていた。

 

 その時、その雪を払ってくれた人がいた。

 

「えっ…………?」

 

 驚いて、梓は振り替える。そこにいたのは、おんなじパートの頼り無い先輩。

 

「あずにゃん、風邪引くよ」

 

 平沢唯。

 

「……見てましたか、いまの?」

 

 梓は質問する。唯は何も答えない。

 

「私に彼氏がいること、知ってたんですか?」

 

 梓は問い掛ける。唯はやはり何も答えない。

 

「……こんな私を、笑いますか? 部活と恋の両立すら出来ない、こんな情けない私を」

 

 梓は唯の瞳を見る。それでも唯は、口を開かなかった。

 

「……お気遣い、ありがとうございます、唯先輩」

 

 梓は、唯から視線をそらす。

 

「私、帰りますね。先輩も、風邪引かないうちにあたたかいところに戻って下さい」

 

 そして踵を返し、唯に背を向けた。

 刹那。

 

「あずにゃん」

 

 唯は梓の後ろから手を回し、梓の胸の前で腕を交差させる。梓の冷えた背中には、唯のあたたかな体温が染み渡る。

 

「……唯先輩」

 

 言わずもがな驚いた梓だったが、すぐに、

 

「……やめて下さい、こんな場所で。みんなが、見てます」

 

 そう言って唯の拘束から逃れようとする。しかし唯は、梓を抱いて離さない。

 

「……やめて下さい、って言ってるんです。怒りますよ?」

 

 それでも唯は、梓を離さなかった。

 

「……なんでなんですか、なんで……離してって、言ってるのに……」

「あずにゃん」

 

 三度目の呼び掛け。唯は、やさしく、

 

「泣きたい時は、泣いていいんだよ」

 

 そう、言った。

 

「……ふざけないで、ください……なんで、どうして……」

 

 それを受け、梓の声は、段々と涙声に変わっていく。

 

「……こう言う時だけ、やさしくて……先輩はずるいです……ずるい、です……」

 

 そして。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

 拘束が一瞬だけ緩んだ。梓は体を捻り、唯の胸元に飛び込んだ。

 

「いっぱい泣いていいよ、あずにゃん」

 

 そんな梓を、唯は強く抱き締める。強く、強く抱き締める。梓の悲しみを、唯が代理で受ける事は出来ない。それでも唯は、梓の気持ちを少しでも受け止めようと、梓のやり場のない悲しみを、少しでも自分が引き取ろうと、梓に胸を貸した。それは先輩として、仲間として。そして。

 

 中野梓が好きな人間として。

 

 

 

 ◇

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

 気が済んだのか、泣き止んだ梓は唯にお辞儀をひとつする。

 

「ううん、いいよ」

 

 唯は唯で、そんな梓の姿を見て普段通りに「えへへー」と笑っていた。

 

「あ、そうだあずにゃん、うち寄ってかない? ケーキあるよ」

「え、いいんですか?」

「いいよいいよー、ホールのケーキ、憂とふたりだけじゃ食べきれないもん」

 

 それじゃあ、と梓はお言葉に甘えて唯に続く。その手と手は、どちらからともなくひとつに繋がっていた。

 冬の妖精は、いつしか地上から消え去っていた。道端の名残も溶けてしまうのは時間の問題だろう。

 

「今度誰かとホワイトクリスマスを向かえる時は、笑顔で雪を見れますように」

 

 温もりのそばで、梓はそう思った。

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