敗北の天才。   作:ひつまぶし太郎

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思いついちゃっただけの先に続くことは絶対ない1話です。
こんな先輩がいたら、みたいな。


威嚇射撃

 

 

私は知ってる。

私の弟が、誰よりも努力していることを。

 

弟はとかく体力がない。

持久力がないなら鍛えればいいと思うかもしれないが、そんな単純な話ではない。

弟は、全力で運動をすることへの時間制限というものがあった。

 

心肺機能の問題。

そこに、難しい病名はない。

ただの虚弱体質だと笑う本人の言う通り、それは生まれ持った特性とでも言うべきものなのだろう。

 

ただ、長時間運動出来ないだけ。

ただ、日常生活するには困らないくらいのもので、人より試合に出れる時間が短いだけ。

 

ただ、本人がどれだけ望んでも、身体が言うことを聞かなくなるだけ。

 

───ただそれだけの虚弱体質。

 

どれだけその重みを軽くしようとしても、その瞳がいつも悔しげに細められるのを私は知っていた。

 

弟は天才だ。

サーブもレシーブも、トスも、ブロックも、アタックだってできる。

弟は人より試合に出ていられる時間が短いから、人よりも続けて練習できる時間が足りないから、誰よりも一挙一投足を大切にしてきた。

 

一球でも多く触れていたい。

一点でも多く関わっていたい。

失敗も成功も、全てよこせ。

三十分は、全て俺のものだ。

 

誰よりも静かな弟の熱意は、誰よりも喧しい。

そしてその一挙一投足、容姿すらも弟は美しかった。

弟さんに似て美人ですね、なんてことを言われたことがあるくらいには。

…その日は普通にちょっとムカついたので、弟にアイスを奢らせたが。

 

人の夢と書いて儚い。

初めてその言葉を知った時、不覚にも弟の顔が浮かんだ。

 

だから、バレーボール部のマネージャーをしてほしいと頼まれた時、ついその頼みをうけいれた。

何度も敗北してきた弟を見習って夢破れた陸上にもう一度挑戦する事も考えたが、これを機に弟の大好きな世界に足を踏み入れてみようと思ったのだ。

 

清水夢斗。

 

私の弟は、天才だ。

 

…同時に清楚美少女詐欺のクソガキだけど。

 

 

 

 

 

サーブ。

サーブはいい。

サーブの瞬間、自分が主役なんだと実感できる。

 

誰にも邪魔されない。

誰の助けもない。

全員が自分に注目している。

 

これほど気持ちいいプレイもない。

テンションめっちゃ上がる。

しかも、それでサービスエースを決めた日には帰りにたらふく肉まんを買って帰るというもの。

ノータッチエース?

そんなもん帰りにケーキ買って帰るわ。

 

いつだって、時間制限のある自分は、監督に無理を言ってチームの一本目の役は貰っていた。

そのワガママを通すために、どんなポジションだって熟せるようにやってきた。

ワガママを許してもらえるだけの信頼を、実力でもぎ取ってきた。

同情なんていらない。

いるのはボールと試合の息苦しさ。

そして、その息苦しさの先にある勝利という毒物。

 

練習は全力でやらなければある程度の時間を使えるが、少しでも先に行きたければ自分を完璧に追い込まないといけない。

だから、最大効率で、最短距離で。

努力の結実に近道はないかもしれないが、経験を正しく積めば人は必然的に伸びる。

つまり、『正しい努力』はある。

 

…授業中もボールに触れたくて教室にボールを持ちこんだのは間違った努力かもしれないけど。

 

『清水…肩の上に乗ったそれはなんだ?』

『俺マサラタウンのサトシ!こいつは相棒のピカチュウ!よろしくな!ピッピカカチュウ☆(裏声)』

『ぶはははは!蛍光色の丸いピカチュウって…!ピカ…ピカチュウ…!だはっー!』

 

…田中が腹抱えてたのがムカついたな。

教師と会話しながらも、ノートを取るときだって一切ボールをブレさせずに肩に載せ続けた俺の才能を褒めてほしいんだけども。

 

まぁ、それはさておき話を戻そう。

正しい努力があるのだとするのなら、彼は正しい努力を許されない環境にいたのだろう。

思い返すのは、先日見た中学生の試合。

抜群のセンスとバネ、何よりも大事な熱意を持つチビ。

それがありながら、まるで素人のような下手くそさ。

敗北をまだ知らないからこその純粋さは、時に必死さすら奪い取る悪だ。

 

「さっ、こーい!!」

 

そんな彼が、目の前にいる。

なら先輩として、できることはやっていこう。

 

「清水お前…相手は新入部員だからな!?」

 

わかってます。

焦ったように叫ぶ主将の言葉への了承の意思表示とともに、俺は本気のサーブを打ち込んだ。

 

「だから加減しろって!?」

 

してる。

 

 

 

 

 

「……なんっ」

 

だ、あれは。

コース際、ラインギリギリいっぱい。

ドライブ回転のかかったそのサーブは、俺達1年生4人に反応を一つも許さなかった。

 

及川徹。

自分が手本としたサーブの使い手を超えている、その威力と精度。

 

「───次」

 

大砲のような音と共に、当たり前のようにまったく同じ位置にボールが突き刺さる。

磨かれたばかりのコートに、たった一箇所だけ跡が刻まれる。

ボールの音とは裏腹に、その先輩の動作は静かで美しい。

それこそ、まるで機械のような完璧さだ。

 

澤村さんがなにか慌てたように叫んでいるが、魅入られている自分の耳はうまく言葉が拾えない。

 

もともと、やけにアップが丁寧でフォームの綺麗な先輩がいるな、とは目をつけていた。

朝練する自分たちと入れ替わるように体育館に来て、ただひたすら無言で丁寧で効率的な練習をこなし、人より多く休憩を取るというスタンスのその先輩は、会話が苦手な影山にとって話しかけていいのか微妙なラインだった。

 

そんな影山のためらいを吹き飛ばすように、入部を認められた日向が話しかけに行っての今があるわけだが。

 

「すげええええええええ!王様よりすげぇ!」

「王様やめろ!」

 

先輩って何が得意なんですか!?

………サーブ?

見せて欲しいです!

いいよ、と。

 

テンションは全く異なるのに、バレーボールという共通言語を持つ者同士話は早かった。

 

気づけば1年生全員がコートにいて、気づけばえげつないサーブがコートに突き刺さっていた。 

 

───肌が泡立つ。

天才という化け物を前に、対抗心とこの男を使いこなしてみたいという我欲が湧き上がり、口もとが自然と弧を描いた。

 

「……次」

「待て待て待て待て!1年の心を折るきか!?」

「…折れないでしょ、この程度じゃ」

 

キャプテンに止められようが、その手はボールを離さず、目線も俺達から外れない。

その気だるげな瞳は確信していた。

俺達が、まだやる気なことを。

 

「それに、あと3本だけです」

「………はぁ、終わったら一旦休ませるからな」

「うす」

 

(折れた…)

(澤村さんが折れた…)

 

その光景をいつものことと流す2年以上のメンツとは裏腹に、主将すら黙らせるその実力に月島と山口は思わず息を呑んだ。

 

「…チッ」

 

これだから天才は嫌いだ、と月島の舌打ちが出るが山口も同じ気持ちだった。

まるで挑発するように、まったく同じ位置に突き刺さるサーブは正直心が折れるには十分なものだった。

 

とはいえ、だ。

自分の幼馴染が逃げるなんてカッコ悪いことをするはずもないことも確信していた。

 

「…次は取る」

 

小さく呟かれたその宣言が聞こえてるのかいないのか。

先輩が、笑った気がした。

 

 

 

 

 

結局、月島が上げれたのは最後の一本だけで、それもかろうじてセッターに返ったぼてぼての物となってしまったが、それでもあの負けん気は褒めるべきだろう。

あと見せてくれとせがんできた日向には申し訳ないことをした。

結局本当に見せるだけとなってしまった。

でも崩れたレシーブからのセットアップでの速攻は大したものだった。

ご褒美として今度なにか技でもコツでも教えてやろう。

 

と、タオルを顔にかけパイプ椅子で休む俺を見つめる目線が3つ。

日向は俺に触発されてサーブ練習中なので、残りの一年生たちの目線だ。

 

「……サボってるわけじゃない」

「や、その…」

「まさかあれだけで体力切れなんて言わないですよね?」

「ちょ、ツッキー!」

 

口ごもる影山とは逆に、月島は楽しげに笑う。

もっと競わせろというその貪欲さもその相手を挑発して自分のペースに引きずり込むスタンスも俺は嫌いじゃない。

伸びるよお前は。

だから、この話を聞いて罪悪感なんて覚えなくていい。

 

「体力切れ…じゃないけど」

「「「…………………」」」

「体質的に、どうしても体力がつかないから、調整してる」

 

虚弱体質。

それを説明するのはあまり好きではない。

好きではないが、説明の義務はあるだろう。

いつもは意図的に減らしている口数も増やして、俺は説明する。

 

「三十分ちょっと。それが、俺の身体を全力で動かし続けられる限界だ。それ以上は血は口からこぼれるし、手足は痺れるし立てなくなる…あ、別に命がどうのって話じゃない。日常生活には困らないし、体育の授業もなんとかなる。力の抜きところを間違えなきゃな…ただ、体力がないだけだ」

「…試合はどうしてるんですか」

「出れて最初の1セット。以降はピンサー」

「………!」

 

ピンサー。

ピンチサーバーの略。

一瞬生まれた同情の気配を感じて、ズレたタオルの隙間から顔を見る。

 

「だから、俺はなんでもやるしできる選手になった。日向の速攻も、たぶん出来るよ」

 

俺は仲間である以前に、切磋琢磨する宿敵たちとして後輩を見据える。

 

「そうだな…俺が気に食わないなら、俺に同情したいなら。俺が1セットも出られなくなるくらいうまくなれよ」

 

「───うおおおお!今のは惜しかった!」

「どこが?」

 

俺はコートの中から聞こえてくる元気な声に微笑みながら、休憩をやめて立ち上がった。

目の前にいる後輩たちが、俺からの圧に固まっているという事実から目をそらすために。

 

や、ほんと。

パワハラとか威嚇じゃないんすよ。

でも初見でコースを変えなかったとはいえ本気のサーブあげられるとムカつくなって思っただけで…ほんと。

ほんと違うから。

 

「……あと、俺のサーブはあと4つはあるからあんま調子のんなよ。そもそもコースだって他狙えんだからな」

「大人気ない…」

「おい清水!1年にパワハラすんな!」

「してないっす!」

「こら!待て!…ハウス!」

(犬?)

 

パワハラではない、断じて。

俺は呆れる月島と怒る菅さんからの説教から逃れるように、走り出した。

 

 




はい。
最近ハイキュー読み返してて書きたくなった時間制限付きの天才兵器の話でした。
続きはありません。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
でも評価とか感想とかたくさんもらえたら続きは出るかもしれません(ゴミ乞食作者)。
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