静筆の魔術師 ~音と秩序の辺境譚~   作:Magical forest

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シュウはパイプオルガンの練習を始める1

 

僕がこの世界に転生して、感じるのは圧倒的なエンタメの無さである。

 

エンタメが発達しない理由は分かっている。みんな余裕が無いからだ。

 

このアリディア王国で、一般庶民の稼いだお金は、税金を引かれた後にほぼ100%、食費や住居費に消えている。余裕なんて全く無い。

 

唯一、余裕ができるのが秋ぐらいで、餌が無くて冬が超えられない家畜を屠殺してみんなに振舞い、春まで餓死しないでがんばろうと励まし合うのだ。

 

一緒に秋祭りの時に笑っていた友達が、冬の間に餓死して春になると居なくなっているとか壮絶すぎる。

 

もっとも、アリディア王国においては食糧供給量に対して、人口が安定したために、冬の間はみんなひもじい思いはするけど、餓死するまで行くのは西のガルディア領ぐらいになっている。

 

後の場所は、食糧生産量=人口という形になって、最初の100年で人口増加を経た後、ここ200年はアリディア王国は人口が一定している。

 

食糧生産量に対して、産みすぎた子は餓死する。自然の摂理ではあるけど、前世を考えると壮絶な状態である。

 

産業転換を行い、農業の生産性を高めて行く必要はあるのだけど、大量の農家が人口の大部分を占めており、”農業の職 = 死なないための食糧生産” みたいな状況なので、生産性の改善や組織化などに着手するレベルにすら達していない。

 

まさに中世初期。かたつむりのように、地を這うような地道な農業の生産性向上が蓄積して、食料に余裕が出来て文化が爆発する。明らかにその前段階である。

 

ちなみに、一般人が魔法を使えるアリディア王国ですらこの状態なので、おとなりの東西に分裂したバルグレイア帝国は、もっと大変な事になっていると思う。

 

このような状況で、僕のような子供が「エンタメが無いよ~。エンタメ欲しいよ~。ゴロゴロ。」と食べるのにも困らずに、ニート生活を謳歌していたら、皆はどう思うだろうか?

 

ただでさえ、超絶優秀な完璧跡取りである、アルノルト兄さんに対して、根暗な弟とされている僕の評価は垂直降下して地面に大激突である。

 

正直、リュートでももらって、前世の音楽でも奏でて懐かしんでいようかなとも思ったのだけど、アルノルト兄さんがあの年齢(僕の4歳年上の9歳)で、公爵家の跡取りになる重圧にも負けずに、せっせと領民のために働いている横で、弟が何もせずに、日夜リュートで浮名を流すというのは、あまりにも外聞が悪すぎる。

 

少なくとも、領民の誰からも次期公爵と認められて、領民の期待と羨望を集めるアルノルト兄さんに対して、僕が領民のヘイトを集める存在になるのは間違いないだろう。

 

アルノルト兄さんはエルフらしい美しい金髪碧眼の美男子で、僕は黒髪黒目なので、光と影という感じで、兄弟で役割分担をしてもいいのだけど、別に僕が自分から進んで、領民のヘイト管理までする必要は全く無い。というか、領民からヘイトなんて向けられちゃったら、僕、泣いちゃう。5歳児だもん。

 

そんな訳で、この世界のエンタメと言えば、本を読んだり、エルラ先生とお話したりぐらいしか無いのである。

 

アリディア王国の状況を考えると、これでも、超絶物凄く恵まれているので、静かにしているのであるが、この前、歳の魔力属性検査を女神教会で受けた時に、良い物を見つけたのである。 

 

それがパイプオルガンである。これは教会での礼拝用だけど、これならリュートを弾くよりも不良っぽさは無いし、音楽に教養があれば何か楽器でもみたいな話になるかもしれない。

 

僕は前世では、暇があればクラシックを聴いていた。 小学校の時にエレクトーンを習い始めてクラシックを知り、中学校受験、高校受験、大学受験、国家公務員試験、そして深夜の資料作り。 勉強や何か作業をするときにはいつもクラシックを聴いていた。

 

いわばクラシックは僕の相棒であり、テーマソングである。 あの相棒をこの世界に蘇らせたかった。

 

そんな感じで、5歳の誕生日プレゼントとして、パイプオルガンを弾かせてもらう事をお願いした。 

 

------------ エルラ・ミュリス視点 ------------

 

私は、シュウ様と一緒にパイプオルガンの講師を待っていた。

 

「早く来ないかな~。」

 

シュウ様がワクワクしながらパイプオルガンの講師を待つ。

 

しばらく待っていると、馬車が5台もやって来た。先頭と最後は簡素な馬車だけど、中間に明らかに貴族の豪華な馬車が止まっている。あれはヴァルト公爵家の公用馬車?

 

中から水色の髪の清楚なご令嬢が降りて来る。 私はその令嬢の顔を見て驚いた。

 

ソフィア・ルメイユ侯爵令嬢。 普人族の侯爵令嬢である彼女は、私の3つ下の学年で、アリディア王立総合学院の文化芸術科を主席で卒業した才女である。

 

正直、同じ学科の主席同士とは言っても、地味で何をやっているか良く分からない史学編纂科と、貴族の中の貴族を育てる文化芸術科では月とスッポンだ。

 

箱入り娘で容姿端麗、深い教養と音楽知識がある彼女は、学院に入学した時から有名人だった。ルミエール公爵領下での子爵家の三女などという私よりも、はるかに血統的にも文化的にも洗練されていて、当然、とんでもなくモテた。

 

ただ、彼女は敬虔な女神教徒であり、特に領民を分け隔てなく癒して、流行り病から国を救ったヴァルト公爵様を尊敬していたはずだけど、その繋がりだろうか?

 

卒業したらすぐに、第二王子と結婚するという話はあったものの、卒業パーティーでのあの呆れた婚約破棄からの流れでしばらく表舞台に出ていないはずだ。 それがどうしてルミエール公爵家に・・・。

 

私は彼女が馬車を降りるまで、いろいろと考えたけど、答えが出なかったので、そのまま経緯を見守る事にした。

 

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